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第一章
第三話 お見舞いという名の情報提供
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外の天気は久方ぶりに雲一つ無い晴天。こんな日には散歩や、外で花を愛でながらお茶でもしたいところだ。しかし、イザベルは今ベッドの中にいた。枕をクッション代わりにして上半身だけ起こして、先日読めなかった本を読んでいる。
最近人気があるというミステリー小説だ。
「この作品は当たりね。とても……興奮したわ。伏線を細かく丁寧に撒いているし、読みこめば犯人がわかるようになっている。心理描写もとても生々しく人間臭い。とてもリアルに近くて……いい」
恍惚とした表情で本を抱きしめていると、ユリアが喉を潤す為の紅茶をさっと差し出してくれた。程よく冷めた紅茶はとても美味しい。喉が落ち着くと、さらに本についての感想を語る。ユリアからの返答や反応はもちろん無いが、それでいいのだ。この興奮を外に吐き散らしたいだけなのだから。
しばらくするとノック音が聞こえた。イザベルへの来客らしい。この部屋に通すように伝える。
本はユリアに片付けてもらい、髪も軽く整えてもらう。
メイドに案内されてやってきたのは学園内でも交流があったイザベルの友人、クラーラ・アーベルだった。艶やかな緑の髪色は会うたびに目を奪われてしまう。この色を出すのは前世では難しいでしょうね。なんてことを考えながらも表情には出さず、『心労がたたって体調を崩した病人』を装い儚げに微笑む。
「久々に友人と顔を会わせることが嬉しくて、つい見つめてしまったわ。ごめんなさいね。それに、こんな格好のままで……」
「まぁっ、そんなこと気にしませんわ! それよりも、こんなに痩せてしまっていることの方が心配よっ」
クラーラはユリアがさりげなくベッド横に用意した椅子に腰かけると、イザベルの手を握りしめて嘆いた。
イザベルがここ最近痩せてしまったのは、本に集中しすぎて食事を何回か抜いてしまったからなのだが、そんなことはもちろんクラーラは知らない。
クラーラはイザベルの体調を心配していたが、イザベルが学園での状況を知りたいと告げると身振り手振りで話してくれた。学園では物静かな才女と謳われていたクラーラだが、よほど鬱憤がたまっていたのだろう。話が止まらない。イザベルが時折相槌を打つだけで、聞きだそうと思っていたことを全て話してくれた。
「イザベル様の件は冤罪だと考えている人がほとんどなのよ。……それなのに、ラース様が率先してイザベル様を絶対悪だとして吹聴して回っているから……その」
「誰も異を唱えられない状態なのね。……きっと、私がいない分今まで以上に好き勝手しているのではない?」
少し砕けた話し方で自嘲するように尋ねれば、クラーラは悔しそうな表情を浮かべて頷いた。
「正直、今回のことでラース様には愛想がつきましたわ。平民の娘をあんなに持ち上げて、さらには最近では自分達がまるで世界の中心、国の中心人物のようにふるまっておいでなのです」
珍しくクラーラは激怒しているようだった。
「それは、聞き捨てならないわね……第二王子が、国の中心人物のように振舞っているなんて」
「ええ……自分は王になる器を持っている。そのうち王も気が付く筈だ。その時妃となるのはエミーリアだ、なんて法螺を吹いて回っているのです」
「第一王子がすでに立太子しているのにですか」
「ええ、ええ。それなのに、勝手にそのように申しているのです。側近達もそれを止めることはなく、むしろ自分達も特別な存在かのように振舞っていますわ」
「それは問題……いえ、大問題ですわね」
頭が痛いとイザベルが額を押さえれば、クラーラも疲労を顔にのせて頷く。
「そういえば、側近といえば……確かクラーラ様の婚約者も」
「ええ。情けないことに、次期宰相と謳われていたあの方も今では愚行を晒し続けています。イザベル様、私は悔しいですわ……」
クラーラは我慢していた感情が噴き出したかのように泣き始めた。イザベルはクラーラがどれだけ婚約者の為に尽くしてきたのか、おそらく婚約者のエーミールよりも理解していた。
ユリアからハンカチーフを受け取りクラーラの涙を拭くとその手に握らせ、黙って抱き寄せ背中を撫でた。
クラーラはしばらくして泣き止むと、恥ずかしいところを見せてしまったと謝罪をした。イザベルは気にしなくていいと言ったが、クラーラは気まずく思ったのか早々に帰ってしまった。
イザベルは寝室の窓からクラーラが帰っていくのを見送り、見えなくなると窓に息をはぁと吹きかけた。
白く雲ったガラスに指で線を描くようになぞる。
線を何本も何本もバラバラに無造作に描き、次第にその線は一箇所に集まっていった。
「『理想的な推理家というものは、一つの事実を提示された場合、その事実からそこに至るまでの全ての出来事を隈なく推知するばかりでなく、その事実から続いて起こるべき、全ての結果をも演繹するものだ』……なるほど。やはり、そういうことなのね」
後ろを振り向きユリアに微笑むと、ユリアは心得たように頷き部屋を退室した。
ふふ、と笑いながらイザベルは窓のラクガキを消した。
最近人気があるというミステリー小説だ。
「この作品は当たりね。とても……興奮したわ。伏線を細かく丁寧に撒いているし、読みこめば犯人がわかるようになっている。心理描写もとても生々しく人間臭い。とてもリアルに近くて……いい」
恍惚とした表情で本を抱きしめていると、ユリアが喉を潤す為の紅茶をさっと差し出してくれた。程よく冷めた紅茶はとても美味しい。喉が落ち着くと、さらに本についての感想を語る。ユリアからの返答や反応はもちろん無いが、それでいいのだ。この興奮を外に吐き散らしたいだけなのだから。
しばらくするとノック音が聞こえた。イザベルへの来客らしい。この部屋に通すように伝える。
本はユリアに片付けてもらい、髪も軽く整えてもらう。
メイドに案内されてやってきたのは学園内でも交流があったイザベルの友人、クラーラ・アーベルだった。艶やかな緑の髪色は会うたびに目を奪われてしまう。この色を出すのは前世では難しいでしょうね。なんてことを考えながらも表情には出さず、『心労がたたって体調を崩した病人』を装い儚げに微笑む。
「久々に友人と顔を会わせることが嬉しくて、つい見つめてしまったわ。ごめんなさいね。それに、こんな格好のままで……」
「まぁっ、そんなこと気にしませんわ! それよりも、こんなに痩せてしまっていることの方が心配よっ」
クラーラはユリアがさりげなくベッド横に用意した椅子に腰かけると、イザベルの手を握りしめて嘆いた。
イザベルがここ最近痩せてしまったのは、本に集中しすぎて食事を何回か抜いてしまったからなのだが、そんなことはもちろんクラーラは知らない。
クラーラはイザベルの体調を心配していたが、イザベルが学園での状況を知りたいと告げると身振り手振りで話してくれた。学園では物静かな才女と謳われていたクラーラだが、よほど鬱憤がたまっていたのだろう。話が止まらない。イザベルが時折相槌を打つだけで、聞きだそうと思っていたことを全て話してくれた。
「イザベル様の件は冤罪だと考えている人がほとんどなのよ。……それなのに、ラース様が率先してイザベル様を絶対悪だとして吹聴して回っているから……その」
「誰も異を唱えられない状態なのね。……きっと、私がいない分今まで以上に好き勝手しているのではない?」
少し砕けた話し方で自嘲するように尋ねれば、クラーラは悔しそうな表情を浮かべて頷いた。
「正直、今回のことでラース様には愛想がつきましたわ。平民の娘をあんなに持ち上げて、さらには最近では自分達がまるで世界の中心、国の中心人物のようにふるまっておいでなのです」
珍しくクラーラは激怒しているようだった。
「それは、聞き捨てならないわね……第二王子が、国の中心人物のように振舞っているなんて」
「ええ……自分は王になる器を持っている。そのうち王も気が付く筈だ。その時妃となるのはエミーリアだ、なんて法螺を吹いて回っているのです」
「第一王子がすでに立太子しているのにですか」
「ええ、ええ。それなのに、勝手にそのように申しているのです。側近達もそれを止めることはなく、むしろ自分達も特別な存在かのように振舞っていますわ」
「それは問題……いえ、大問題ですわね」
頭が痛いとイザベルが額を押さえれば、クラーラも疲労を顔にのせて頷く。
「そういえば、側近といえば……確かクラーラ様の婚約者も」
「ええ。情けないことに、次期宰相と謳われていたあの方も今では愚行を晒し続けています。イザベル様、私は悔しいですわ……」
クラーラは我慢していた感情が噴き出したかのように泣き始めた。イザベルはクラーラがどれだけ婚約者の為に尽くしてきたのか、おそらく婚約者のエーミールよりも理解していた。
ユリアからハンカチーフを受け取りクラーラの涙を拭くとその手に握らせ、黙って抱き寄せ背中を撫でた。
クラーラはしばらくして泣き止むと、恥ずかしいところを見せてしまったと謝罪をした。イザベルは気にしなくていいと言ったが、クラーラは気まずく思ったのか早々に帰ってしまった。
イザベルは寝室の窓からクラーラが帰っていくのを見送り、見えなくなると窓に息をはぁと吹きかけた。
白く雲ったガラスに指で線を描くようになぞる。
線を何本も何本もバラバラに無造作に描き、次第にその線は一箇所に集まっていった。
「『理想的な推理家というものは、一つの事実を提示された場合、その事実からそこに至るまでの全ての出来事を隈なく推知するばかりでなく、その事実から続いて起こるべき、全ての結果をも演繹するものだ』……なるほど。やはり、そういうことなのね」
後ろを振り向きユリアに微笑むと、ユリアは心得たように頷き部屋を退室した。
ふふ、と笑いながらイザベルは窓のラクガキを消した。
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