8 / 9
八
しおりを挟む
先代国王が若かりし頃、公爵令嬢との婚約を解消し、元平民の男爵令嬢に熱烈なプロポーズをして結婚したというのは国民であれば知らない人がいないくらい有名な話だ。
当時この件については賛否両論あったらしいが、今では身分差を乗り越えて結ばれた先代国王夫妻の美談として語られている。――――ただし、『先代王妃のその後』までがセットだが。
身分差を乗り越えて結婚した二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……とはいかなかった。
元平民で貴族になったばかりの男爵令嬢に『王妃』は重すぎたのだ。
子を産み王家の血を増やすことはできても、それ以外の仕事をこなすことはできなかった。
結局、心労がたたり、先代王妃は若くして儚くなった。
愛する人を失った先代国王は体調を崩し、当代国王に王位を譲ると、離宮に閉じこもって短い余生を過ごした。
幸いなことに二人の血を受け継いだ当代国王は優秀だった。もし、これで当代国王が愚かな者だったら国は終わっていただろう。けれど、王家は今も威信を落とすことなく続いている。
国王は先代とは違い、政略結婚をした。
両親の恋を否定したわけではない。ただ、肯定もしなかった。
そんな当代国王に倣うように貴族達も政略結婚を続けている。
ただ、中には先代に憧れて身分違いの結婚を望む者もいた。
アンジェラもその一人だ。
祖母はそんなアンジェラの気持ちを否定しなかった。
男爵令嬢に必要ないはずの公爵令嬢としての振る舞いを仕込んだのは他でもない祖母だ。
アンジェラ視点では祖母が復讐を企んでいた素振りは全くなかった。
困惑しているアンジェラにデビッドは慎重に言葉を選びながら話しかける。
今から話す内容はデビッドにとっても口にしづらい内容だ……とでもいうように。
「祖父母にまつわる恋物語……実際は美談なんかじゃ全く無かったんだ」
「え?」
「今から話す内容は本来王家の者にしか教えてはならない……王家の醜聞に繋がる真実だ。それをアンジェラ嬢にも話す……内密にしてくれるね?」
「え、ええ。それはもちろんですが……そんな重要なことを本当に私が聞いてもいいのですか?」
将来王太子妃になるエンリカはともかく、アンジェラは王家とはなんの繋がりもないただの男爵令嬢だ。
しかし、デビッドはもちろんだと頷いた。
「君はもう当事者となってしまったからね」
「私が……当事者?」
ああと頷くデビッド。嫌な予感がする。けれど聞かなければならない。
「全ての始まりは祖母だった。祖母が……魔女の力を借りて祖父に近づいたことが発端だったんだ」
「魔女の力……先程も言っていましたが、そもそも魔女なんて実在するんですか?」
魔女なんて絵本の中でしか見たことがない。信じられないと眉を寄せるアンジェラ。
しかし、デビッドははっきりと頷いた。
「魔女は確かにいる」
王太子であるデビッドがそこまではっきり言うということは本当にいるのだろう。
そして、きっとそのことは本来アンジェラが知るべきではないことだったのだ。
アンジェラはゴクリと唾を飲み込んだ。
「その魔女が先代国王様を操っていたってことですか?」
アンジェラの質問にデビッドは首を横に振る。
「いや、魔女といっても本の中に登場する魔女のように強い魔法を使えるわけじゃない。精神に作用する呪いをかけることはできても完全に支配することはできない。強い意志を持っていれば操られることもないし、接触時間を減らせば効果は薄れる。……その程度のものだ」
「でも、その程度の力で、先代国王様はお祖母様から先代王妃様に乗り換えたんですよね?」
乗り換えたという言葉にエンリカが眉をしかめたが、『実際そうでしょ』とアンジェラは素知らぬ顔でデビッドの言葉を待つ。
デビッドもそう言われても仕方ないというように苦笑しながら頷いた。
「ああ。例えばだが……君に『ちょっといいな』と思った相手がいるとする。そんな君に外野が『その気持ちは恋だ』と吹き込む。何度も言われているうちに君は『この気持ちが恋だ』と思い込む。そして、『ちょっといいな』程度だった気持ちが、はっきりと『恋』に変わる。もちろん、『いやこれは恋じゃない』と跳ね返せる者もいるだろうが、少なくとも祖父は違った。その程度の力でも祖父は祖母への好奇心を恋だと錯覚してしまったんだ。祖父のプライドが高かったのも一因だろう。自分が間違えるわけが無いという謎のプライドがあったんだ。それでずっと真実が見えなくなっていた。気づいたときには手遅れだった」
「そんな……」
「もし、祖母が結婚後も祖父との『恋』を育み続けることを望んでいたら祖父はそのことに気づかなかったかもしれない。けれど、祖母は祖父以外との『恋』を望んでしまったんだ。そして、祖父は気づいてしまった。祖母との恋がまやかしだったことに。祖母は表向きには病死したことになっているけど、本当は違う。毒杯をあおったんだ。祖父は……本当に心労が祟った結果だけどね。これが、王家が隠してきた真実だよ」
衝撃的な内容にアンジェラは言葉が見つからなかった。
視線を落とすとブレスレットが目に入った。頭をよぎる既視感。
身分違いの恋。
精神に作用する魔女の呪い。
まやかしの恋。
「まさか、これが?」
気づいた瞬間、血の気が引いた。
追い打ちをかけるようにデビッドがアンジェラに尋ねる。
「君の祖母はそのブレスレットについて何か言っていなかった?」
「お祖母様は……「コレがあなたと『運命の相手』との縁を繋ぐお手伝いをしてくれるから」と……そういえばお祖母様が口にしていた『運命の相手』はやけに具体的だったような。だから、私はすぐにブライアン様が『運命の相手』だとわかって……いえ、もう一人当てはまる人がいた……『高い身分を持っていて、優秀で、王子様のような人』これって……」
目の前のデビッドを見る。次いで、エンリカと繋がれた手に視線を落とした。
――――陛下から手を繋ぐように命じられた……と言っていた。
まるで、アンジェラにデビッドの相手はエンリカだと見せつけるように。デビッドには相手がいるのだとはっきりと理解させるように。
――――もしかして、お祖母様が言っていた『運命の相手』はブライアン様じゃなくて……デビッド様のことだったの?
「私、最初から間違っていた? ブライアン様もこのブレスレットのせいで?」
「いや、それはおそらく違う」
「え?」
ブライアンが苦い顔で否定する。
「ブライアンは多分……ブレスレットがどういうものなのか気づいていた上で、その効果を利用していんだ」
「それは……どういう意味?」
言い辛そうに口を閉じたブライアンに代わってエンリカが口を開く。
エンリカはアンジェラのことを真っすぐに見つめて言う。
「転入してきたあなたは知らなかったのでしょうけど、以前のブライアン様は異常なくらいソフィー様に執着していたのよ。そんなブライアン様にあなたを好きになる隙があったとは思えない。……ソフィー様に何とか嫉妬してもらいたくて、気を引きたくて、ブレスレットの力に操られているフリをしていたという方がしっくりくるわ」
「おそらくブライアンは頃合を見てブレスレットのことをバラし、それまでのことを全てブレスレットのせいにするつもりだったんだろう」
「まさか、あっさりとソフィー様から捨てられてるとは思わなかったのでしょうね……自業自得ですわ」
エンリカの辛辣な言葉を否定せずにデビッドは苦笑する。
ブライアンと恋仲だったアンジェラとしては二人の言葉を否定したいところだったが、妙に納得してしまった。
時々上の空だったブライアン。ソフィーとの婚約が解消されてからのブライアンの変化。
「そういう……こと、だったのですね。……もっと早く気づいていれば……」
呆然自失となったアンジェラに、デビッドが申し訳なさげに付け加える。
「それについては僕達にも非がある。都合がよいからと静観するべきではなかったんだ……」
「え?」
「僕達は君のブレスレットのことやブライアンの思惑について早い段階から気づいていたんだ。実際に僕も魔女の力の影響を少し受けていたからね。だから僕はすぐに君から距離をとった。けど、ブライアンを君から引き離すことはしなかった。それが、王家とジャーシー家、クーパー家の総意だったからだ。アンジェラ嬢と一緒にいるようになってから、ブライアンの狂気はなりを潜めた。アレさえなければブライアンは理想的なクーパー家の当主なんだ。だから、皆ブレスレットのことや二人の関係には目をつぶることにした」
「……それで婚約解消もスムーズに進んだんですね」
「ああ」
なるほど、と納得すると同時にアンジェラの全身から力が抜けた。
新事実を知れば知る程、初恋がただの黒歴史へと変わっていく。
デビッドはそんなアンジェラに憐みの目を向けながらも本題に入った。
「皆ブライアンの執着を甘くみていたんだ。誰もブライアンがあそこまでするとは思っていなかった。……幸いブライアンは一命をとりとめた。きっと、そのうち目を覚ますはずさ。その前に君の意志を確認しておきたい。君が望むならブライアンと円満に別れられるよう王家も手を貸す。代わりと言ってはなんだが……そのブレスレットを渡して欲しい」
アンジェラは俯き、そっとブレスレットに触れる。
今までこのブレスレットを敬愛する祖母の遺品だと思っていつも身に着けていた。
けれど、今はその祖母のことも信じられそうにない。
祖母がどういうつもりでアンジェラにコレを渡したのかをはっきりとさせないのは王家なりの落としどころなのだろう。
アンジェラは震える手でブレスレットを外してデビッドへと差し出した。
受け取ったデビッドは表情を和らげた。
「ありがとう。後は僕らが何とかするから任せてくれ」
「はい。よろしくお願いしま……あっ」
「「?」」
ふと、気づいた。
魔女の存在を知っているデビッドなら知っているかもしれない。
ただの幻覚だと言われるかもしれないが、他に頼れそうな人はいない。
アンジェラは思い切って相談することにした。背中に突き刺さる視線を無視して。
「聞いてもらいたいことがあるんです」
アンジェラの話を最後まで聞いた二人の顔は真っ青だった。
慌てて辺りを見渡すデビッド。
警戒するようにデビッドにくっついて視線を彷徨わせているエンリカ。
どうやら二人とも信じてくれているらしい。
アンジェラは小声で話しかけた。
「自分で言うのもなんですけど、信じてくれるんですか?」
「え? ああ。王家の書庫には幽霊について書かれた記録が結構残っているんだよ」
「今はそんなことよりも、私たちの話を聞いたブライアン様がどんな反応をしているかの方が気になりますわ」
幽霊状態になっているブライアンが物理的な攻撃を仕掛けてくるのかは不明だが、過去にブライアンがどれだけ非道な行いをしてきたか知っているエンリカとしては警戒せざるを得ない。
アンジェラはエンリカに言われて、慌ててブライアンの様子を窺う。
二人がきてから視線をずっと逸らしていたのでわかるのは今のブライアンの様子だけだが、少なくとも今は怒っているようには見えない。
そう告げると二人ともあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「とにかく、一度王城に戻って調べてみるよ。もしかしたら、ブライアンの目が覚めないのもそのせいかもしれないしね」
「お願いします」
深々と頭を下げ、お願いするアンジェラ。
デビッドが解決策を見つけてくれるのを祈らずにはいられなかった。
当時この件については賛否両論あったらしいが、今では身分差を乗り越えて結ばれた先代国王夫妻の美談として語られている。――――ただし、『先代王妃のその後』までがセットだが。
身分差を乗り越えて結婚した二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……とはいかなかった。
元平民で貴族になったばかりの男爵令嬢に『王妃』は重すぎたのだ。
子を産み王家の血を増やすことはできても、それ以外の仕事をこなすことはできなかった。
結局、心労がたたり、先代王妃は若くして儚くなった。
愛する人を失った先代国王は体調を崩し、当代国王に王位を譲ると、離宮に閉じこもって短い余生を過ごした。
幸いなことに二人の血を受け継いだ当代国王は優秀だった。もし、これで当代国王が愚かな者だったら国は終わっていただろう。けれど、王家は今も威信を落とすことなく続いている。
国王は先代とは違い、政略結婚をした。
両親の恋を否定したわけではない。ただ、肯定もしなかった。
そんな当代国王に倣うように貴族達も政略結婚を続けている。
ただ、中には先代に憧れて身分違いの結婚を望む者もいた。
アンジェラもその一人だ。
祖母はそんなアンジェラの気持ちを否定しなかった。
男爵令嬢に必要ないはずの公爵令嬢としての振る舞いを仕込んだのは他でもない祖母だ。
アンジェラ視点では祖母が復讐を企んでいた素振りは全くなかった。
困惑しているアンジェラにデビッドは慎重に言葉を選びながら話しかける。
今から話す内容はデビッドにとっても口にしづらい内容だ……とでもいうように。
「祖父母にまつわる恋物語……実際は美談なんかじゃ全く無かったんだ」
「え?」
「今から話す内容は本来王家の者にしか教えてはならない……王家の醜聞に繋がる真実だ。それをアンジェラ嬢にも話す……内密にしてくれるね?」
「え、ええ。それはもちろんですが……そんな重要なことを本当に私が聞いてもいいのですか?」
将来王太子妃になるエンリカはともかく、アンジェラは王家とはなんの繋がりもないただの男爵令嬢だ。
しかし、デビッドはもちろんだと頷いた。
「君はもう当事者となってしまったからね」
「私が……当事者?」
ああと頷くデビッド。嫌な予感がする。けれど聞かなければならない。
「全ての始まりは祖母だった。祖母が……魔女の力を借りて祖父に近づいたことが発端だったんだ」
「魔女の力……先程も言っていましたが、そもそも魔女なんて実在するんですか?」
魔女なんて絵本の中でしか見たことがない。信じられないと眉を寄せるアンジェラ。
しかし、デビッドははっきりと頷いた。
「魔女は確かにいる」
王太子であるデビッドがそこまではっきり言うということは本当にいるのだろう。
そして、きっとそのことは本来アンジェラが知るべきではないことだったのだ。
アンジェラはゴクリと唾を飲み込んだ。
「その魔女が先代国王様を操っていたってことですか?」
アンジェラの質問にデビッドは首を横に振る。
「いや、魔女といっても本の中に登場する魔女のように強い魔法を使えるわけじゃない。精神に作用する呪いをかけることはできても完全に支配することはできない。強い意志を持っていれば操られることもないし、接触時間を減らせば効果は薄れる。……その程度のものだ」
「でも、その程度の力で、先代国王様はお祖母様から先代王妃様に乗り換えたんですよね?」
乗り換えたという言葉にエンリカが眉をしかめたが、『実際そうでしょ』とアンジェラは素知らぬ顔でデビッドの言葉を待つ。
デビッドもそう言われても仕方ないというように苦笑しながら頷いた。
「ああ。例えばだが……君に『ちょっといいな』と思った相手がいるとする。そんな君に外野が『その気持ちは恋だ』と吹き込む。何度も言われているうちに君は『この気持ちが恋だ』と思い込む。そして、『ちょっといいな』程度だった気持ちが、はっきりと『恋』に変わる。もちろん、『いやこれは恋じゃない』と跳ね返せる者もいるだろうが、少なくとも祖父は違った。その程度の力でも祖父は祖母への好奇心を恋だと錯覚してしまったんだ。祖父のプライドが高かったのも一因だろう。自分が間違えるわけが無いという謎のプライドがあったんだ。それでずっと真実が見えなくなっていた。気づいたときには手遅れだった」
「そんな……」
「もし、祖母が結婚後も祖父との『恋』を育み続けることを望んでいたら祖父はそのことに気づかなかったかもしれない。けれど、祖母は祖父以外との『恋』を望んでしまったんだ。そして、祖父は気づいてしまった。祖母との恋がまやかしだったことに。祖母は表向きには病死したことになっているけど、本当は違う。毒杯をあおったんだ。祖父は……本当に心労が祟った結果だけどね。これが、王家が隠してきた真実だよ」
衝撃的な内容にアンジェラは言葉が見つからなかった。
視線を落とすとブレスレットが目に入った。頭をよぎる既視感。
身分違いの恋。
精神に作用する魔女の呪い。
まやかしの恋。
「まさか、これが?」
気づいた瞬間、血の気が引いた。
追い打ちをかけるようにデビッドがアンジェラに尋ねる。
「君の祖母はそのブレスレットについて何か言っていなかった?」
「お祖母様は……「コレがあなたと『運命の相手』との縁を繋ぐお手伝いをしてくれるから」と……そういえばお祖母様が口にしていた『運命の相手』はやけに具体的だったような。だから、私はすぐにブライアン様が『運命の相手』だとわかって……いえ、もう一人当てはまる人がいた……『高い身分を持っていて、優秀で、王子様のような人』これって……」
目の前のデビッドを見る。次いで、エンリカと繋がれた手に視線を落とした。
――――陛下から手を繋ぐように命じられた……と言っていた。
まるで、アンジェラにデビッドの相手はエンリカだと見せつけるように。デビッドには相手がいるのだとはっきりと理解させるように。
――――もしかして、お祖母様が言っていた『運命の相手』はブライアン様じゃなくて……デビッド様のことだったの?
「私、最初から間違っていた? ブライアン様もこのブレスレットのせいで?」
「いや、それはおそらく違う」
「え?」
ブライアンが苦い顔で否定する。
「ブライアンは多分……ブレスレットがどういうものなのか気づいていた上で、その効果を利用していんだ」
「それは……どういう意味?」
言い辛そうに口を閉じたブライアンに代わってエンリカが口を開く。
エンリカはアンジェラのことを真っすぐに見つめて言う。
「転入してきたあなたは知らなかったのでしょうけど、以前のブライアン様は異常なくらいソフィー様に執着していたのよ。そんなブライアン様にあなたを好きになる隙があったとは思えない。……ソフィー様に何とか嫉妬してもらいたくて、気を引きたくて、ブレスレットの力に操られているフリをしていたという方がしっくりくるわ」
「おそらくブライアンは頃合を見てブレスレットのことをバラし、それまでのことを全てブレスレットのせいにするつもりだったんだろう」
「まさか、あっさりとソフィー様から捨てられてるとは思わなかったのでしょうね……自業自得ですわ」
エンリカの辛辣な言葉を否定せずにデビッドは苦笑する。
ブライアンと恋仲だったアンジェラとしては二人の言葉を否定したいところだったが、妙に納得してしまった。
時々上の空だったブライアン。ソフィーとの婚約が解消されてからのブライアンの変化。
「そういう……こと、だったのですね。……もっと早く気づいていれば……」
呆然自失となったアンジェラに、デビッドが申し訳なさげに付け加える。
「それについては僕達にも非がある。都合がよいからと静観するべきではなかったんだ……」
「え?」
「僕達は君のブレスレットのことやブライアンの思惑について早い段階から気づいていたんだ。実際に僕も魔女の力の影響を少し受けていたからね。だから僕はすぐに君から距離をとった。けど、ブライアンを君から引き離すことはしなかった。それが、王家とジャーシー家、クーパー家の総意だったからだ。アンジェラ嬢と一緒にいるようになってから、ブライアンの狂気はなりを潜めた。アレさえなければブライアンは理想的なクーパー家の当主なんだ。だから、皆ブレスレットのことや二人の関係には目をつぶることにした」
「……それで婚約解消もスムーズに進んだんですね」
「ああ」
なるほど、と納得すると同時にアンジェラの全身から力が抜けた。
新事実を知れば知る程、初恋がただの黒歴史へと変わっていく。
デビッドはそんなアンジェラに憐みの目を向けながらも本題に入った。
「皆ブライアンの執着を甘くみていたんだ。誰もブライアンがあそこまでするとは思っていなかった。……幸いブライアンは一命をとりとめた。きっと、そのうち目を覚ますはずさ。その前に君の意志を確認しておきたい。君が望むならブライアンと円満に別れられるよう王家も手を貸す。代わりと言ってはなんだが……そのブレスレットを渡して欲しい」
アンジェラは俯き、そっとブレスレットに触れる。
今までこのブレスレットを敬愛する祖母の遺品だと思っていつも身に着けていた。
けれど、今はその祖母のことも信じられそうにない。
祖母がどういうつもりでアンジェラにコレを渡したのかをはっきりとさせないのは王家なりの落としどころなのだろう。
アンジェラは震える手でブレスレットを外してデビッドへと差し出した。
受け取ったデビッドは表情を和らげた。
「ありがとう。後は僕らが何とかするから任せてくれ」
「はい。よろしくお願いしま……あっ」
「「?」」
ふと、気づいた。
魔女の存在を知っているデビッドなら知っているかもしれない。
ただの幻覚だと言われるかもしれないが、他に頼れそうな人はいない。
アンジェラは思い切って相談することにした。背中に突き刺さる視線を無視して。
「聞いてもらいたいことがあるんです」
アンジェラの話を最後まで聞いた二人の顔は真っ青だった。
慌てて辺りを見渡すデビッド。
警戒するようにデビッドにくっついて視線を彷徨わせているエンリカ。
どうやら二人とも信じてくれているらしい。
アンジェラは小声で話しかけた。
「自分で言うのもなんですけど、信じてくれるんですか?」
「え? ああ。王家の書庫には幽霊について書かれた記録が結構残っているんだよ」
「今はそんなことよりも、私たちの話を聞いたブライアン様がどんな反応をしているかの方が気になりますわ」
幽霊状態になっているブライアンが物理的な攻撃を仕掛けてくるのかは不明だが、過去にブライアンがどれだけ非道な行いをしてきたか知っているエンリカとしては警戒せざるを得ない。
アンジェラはエンリカに言われて、慌ててブライアンの様子を窺う。
二人がきてから視線をずっと逸らしていたのでわかるのは今のブライアンの様子だけだが、少なくとも今は怒っているようには見えない。
そう告げると二人ともあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「とにかく、一度王城に戻って調べてみるよ。もしかしたら、ブライアンの目が覚めないのもそのせいかもしれないしね」
「お願いします」
深々と頭を下げ、お願いするアンジェラ。
デビッドが解決策を見つけてくれるのを祈らずにはいられなかった。
31
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

記憶を無くした5年間、私は夫とは違う男に愛されていた
まつめ
恋愛
結婚式の夜に目を覚ますと、愛しい夫が泣きそうな顔をしている。何かおかしい、少年らしさが消えて、夫はいきなり大人の顔になっていた。「君は記憶を失った。私たちは結婚してから5年が経っている」それから夫に溺愛される幸せな日々を送るが、彼は私と閨をともにしない。ある晩「抱いて」とお願いすると、夫は言った「君を抱くことはできない」「どうして?私たちは愛し合っていたのでしょう?」彼は泣いて、泣いて、私を強く抱きしめながら狂おしく叫んだ。「私の愛しい人。ああ、君はもう私を愛していないんだ!」

田舎娘をバカにした令嬢の末路
冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。
それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。
――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。
田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

愚か者の話をしよう
鈴宮(すずみや)
恋愛
シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。
そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。
けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる