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八
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先代国王が若かりし頃、公爵令嬢との婚約を解消し、元平民の男爵令嬢に熱烈なプロポーズをして結婚したというのは国民であれば知らない人がいないくらい有名な話だ。
当時この件については賛否両論あったらしいが、今では身分差を乗り越えて結ばれた先代国王夫妻の美談として語られている。――――ただし、『先代王妃のその後』までがセットだが。
身分差を乗り越えて結婚した二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……とはいかなかった。
元平民で貴族になったばかりの男爵令嬢に『王妃』は重すぎたのだ。
子を産み王家の血を増やすことはできても、それ以外の仕事をこなすことはできなかった。
結局、心労がたたり、先代王妃は若くして儚くなった。
愛する人を失った先代国王は体調を崩し、当代国王に王位を譲ると、離宮に閉じこもって短い余生を過ごした。
幸いなことに二人の血を受け継いだ当代国王は優秀だった。もし、これで当代国王が愚かな者だったら国は終わっていただろう。けれど、王家は今も威信を落とすことなく続いている。
国王は先代とは違い、政略結婚をした。
両親の恋を否定したわけではない。ただ、肯定もしなかった。
そんな当代国王に倣うように貴族達も政略結婚を続けている。
ただ、中には先代に憧れて身分違いの結婚を望む者もいた。
アンジェラもその一人だ。
祖母はそんなアンジェラの気持ちを否定しなかった。
男爵令嬢に必要ないはずの公爵令嬢としての振る舞いを仕込んだのは他でもない祖母だ。
アンジェラ視点では祖母が復讐を企んでいた素振りは全くなかった。
困惑しているアンジェラにデビッドは慎重に言葉を選びながら話しかける。
今から話す内容はデビッドにとっても口にしづらい内容だ……とでもいうように。
「祖父母にまつわる恋物語……実際は美談なんかじゃ全く無かったんだ」
「え?」
「今から話す内容は本来王家の者にしか教えてはならない……王家の醜聞に繋がる真実だ。それをアンジェラ嬢にも話す……内密にしてくれるね?」
「え、ええ。それはもちろんですが……そんな重要なことを本当に私が聞いてもいいのですか?」
将来王太子妃になるエンリカはともかく、アンジェラは王家とはなんの繋がりもないただの男爵令嬢だ。
しかし、デビッドはもちろんだと頷いた。
「君はもう当事者となってしまったからね」
「私が……当事者?」
ああと頷くデビッド。嫌な予感がする。けれど聞かなければならない。
「全ての始まりは祖母だった。祖母が……魔女の力を借りて祖父に近づいたことが発端だったんだ」
「魔女の力……先程も言っていましたが、そもそも魔女なんて実在するんですか?」
魔女なんて絵本の中でしか見たことがない。信じられないと眉を寄せるアンジェラ。
しかし、デビッドははっきりと頷いた。
「魔女は確かにいる」
王太子であるデビッドがそこまではっきり言うということは本当にいるのだろう。
そして、きっとそのことは本来アンジェラが知るべきではないことだったのだ。
アンジェラはゴクリと唾を飲み込んだ。
「その魔女が先代国王様を操っていたってことですか?」
アンジェラの質問にデビッドは首を横に振る。
「いや、魔女といっても本の中に登場する魔女のように強い魔法を使えるわけじゃない。精神に作用する呪いをかけることはできても完全に支配することはできない。強い意志を持っていれば操られることもないし、接触時間を減らせば効果は薄れる。……その程度のものだ」
「でも、その程度の力で、先代国王様はお祖母様から先代王妃様に乗り換えたんですよね?」
乗り換えたという言葉にエンリカが眉をしかめたが、『実際そうでしょ』とアンジェラは素知らぬ顔でデビッドの言葉を待つ。
デビッドもそう言われても仕方ないというように苦笑しながら頷いた。
「ああ。例えばだが……君に『ちょっといいな』と思った相手がいるとする。そんな君に外野が『その気持ちは恋だ』と吹き込む。何度も言われているうちに君は『この気持ちが恋だ』と思い込む。そして、『ちょっといいな』程度だった気持ちが、はっきりと『恋』に変わる。もちろん、『いやこれは恋じゃない』と跳ね返せる者もいるだろうが、少なくとも祖父は違った。その程度の力でも祖父は祖母への好奇心を恋だと錯覚してしまったんだ。祖父のプライドが高かったのも一因だろう。自分が間違えるわけが無いという謎のプライドがあったんだ。それでずっと真実が見えなくなっていた。気づいたときには手遅れだった」
「そんな……」
「もし、祖母が結婚後も祖父との『恋』を育み続けることを望んでいたら祖父はそのことに気づかなかったかもしれない。けれど、祖母は祖父以外との『恋』を望んでしまったんだ。そして、祖父は気づいてしまった。祖母との恋がまやかしだったことに。祖母は表向きには病死したことになっているけど、本当は違う。毒杯をあおったんだ。祖父は……本当に心労が祟った結果だけどね。これが、王家が隠してきた真実だよ」
衝撃的な内容にアンジェラは言葉が見つからなかった。
視線を落とすとブレスレットが目に入った。頭をよぎる既視感。
身分違いの恋。
精神に作用する魔女の呪い。
まやかしの恋。
「まさか、これが?」
気づいた瞬間、血の気が引いた。
追い打ちをかけるようにデビッドがアンジェラに尋ねる。
「君の祖母はそのブレスレットについて何か言っていなかった?」
「お祖母様は……「コレがあなたと『運命の相手』との縁を繋ぐお手伝いをしてくれるから」と……そういえばお祖母様が口にしていた『運命の相手』はやけに具体的だったような。だから、私はすぐにブライアン様が『運命の相手』だとわかって……いえ、もう一人当てはまる人がいた……『高い身分を持っていて、優秀で、王子様のような人』これって……」
目の前のデビッドを見る。次いで、エンリカと繋がれた手に視線を落とした。
――――陛下から手を繋ぐように命じられた……と言っていた。
まるで、アンジェラにデビッドの相手はエンリカだと見せつけるように。デビッドには相手がいるのだとはっきりと理解させるように。
――――もしかして、お祖母様が言っていた『運命の相手』はブライアン様じゃなくて……デビッド様のことだったの?
「私、最初から間違っていた? ブライアン様もこのブレスレットのせいで?」
「いや、それはおそらく違う」
「え?」
ブライアンが苦い顔で否定する。
「ブライアンは多分……ブレスレットがどういうものなのか気づいていた上で、その効果を利用していんだ」
「それは……どういう意味?」
言い辛そうに口を閉じたブライアンに代わってエンリカが口を開く。
エンリカはアンジェラのことを真っすぐに見つめて言う。
「転入してきたあなたは知らなかったのでしょうけど、以前のブライアン様は異常なくらいソフィー様に執着していたのよ。そんなブライアン様にあなたを好きになる隙があったとは思えない。……ソフィー様に何とか嫉妬してもらいたくて、気を引きたくて、ブレスレットの力に操られているフリをしていたという方がしっくりくるわ」
「おそらくブライアンは頃合を見てブレスレットのことをバラし、それまでのことを全てブレスレットのせいにするつもりだったんだろう」
「まさか、あっさりとソフィー様から捨てられてるとは思わなかったのでしょうね……自業自得ですわ」
エンリカの辛辣な言葉を否定せずにデビッドは苦笑する。
ブライアンと恋仲だったアンジェラとしては二人の言葉を否定したいところだったが、妙に納得してしまった。
時々上の空だったブライアン。ソフィーとの婚約が解消されてからのブライアンの変化。
「そういう……こと、だったのですね。……もっと早く気づいていれば……」
呆然自失となったアンジェラに、デビッドが申し訳なさげに付け加える。
「それについては僕達にも非がある。都合がよいからと静観するべきではなかったんだ……」
「え?」
「僕達は君のブレスレットのことやブライアンの思惑について早い段階から気づいていたんだ。実際に僕も魔女の力の影響を少し受けていたからね。だから僕はすぐに君から距離をとった。けど、ブライアンを君から引き離すことはしなかった。それが、王家とジャーシー家、クーパー家の総意だったからだ。アンジェラ嬢と一緒にいるようになってから、ブライアンの狂気はなりを潜めた。アレさえなければブライアンは理想的なクーパー家の当主なんだ。だから、皆ブレスレットのことや二人の関係には目をつぶることにした」
「……それで婚約解消もスムーズに進んだんですね」
「ああ」
なるほど、と納得すると同時にアンジェラの全身から力が抜けた。
新事実を知れば知る程、初恋がただの黒歴史へと変わっていく。
デビッドはそんなアンジェラに憐みの目を向けながらも本題に入った。
「皆ブライアンの執着を甘くみていたんだ。誰もブライアンがあそこまでするとは思っていなかった。……幸いブライアンは一命をとりとめた。きっと、そのうち目を覚ますはずさ。その前に君の意志を確認しておきたい。君が望むならブライアンと円満に別れられるよう王家も手を貸す。代わりと言ってはなんだが……そのブレスレットを渡して欲しい」
アンジェラは俯き、そっとブレスレットに触れる。
今までこのブレスレットを敬愛する祖母の遺品だと思っていつも身に着けていた。
けれど、今はその祖母のことも信じられそうにない。
祖母がどういうつもりでアンジェラにコレを渡したのかをはっきりとさせないのは王家なりの落としどころなのだろう。
アンジェラは震える手でブレスレットを外してデビッドへと差し出した。
受け取ったデビッドは表情を和らげた。
「ありがとう。後は僕らが何とかするから任せてくれ」
「はい。よろしくお願いしま……あっ」
「「?」」
ふと、気づいた。
魔女の存在を知っているデビッドなら知っているかもしれない。
ただの幻覚だと言われるかもしれないが、他に頼れそうな人はいない。
アンジェラは思い切って相談することにした。背中に突き刺さる視線を無視して。
「聞いてもらいたいことがあるんです」
アンジェラの話を最後まで聞いた二人の顔は真っ青だった。
慌てて辺りを見渡すデビッド。
警戒するようにデビッドにくっついて視線を彷徨わせているエンリカ。
どうやら二人とも信じてくれているらしい。
アンジェラは小声で話しかけた。
「自分で言うのもなんですけど、信じてくれるんですか?」
「え? ああ。王家の書庫には幽霊について書かれた記録が結構残っているんだよ」
「今はそんなことよりも、私たちの話を聞いたブライアン様がどんな反応をしているかの方が気になりますわ」
幽霊状態になっているブライアンが物理的な攻撃を仕掛けてくるのかは不明だが、過去にブライアンがどれだけ非道な行いをしてきたか知っているエンリカとしては警戒せざるを得ない。
アンジェラはエンリカに言われて、慌ててブライアンの様子を窺う。
二人がきてから視線をずっと逸らしていたのでわかるのは今のブライアンの様子だけだが、少なくとも今は怒っているようには見えない。
そう告げると二人ともあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「とにかく、一度王城に戻って調べてみるよ。もしかしたら、ブライアンの目が覚めないのもそのせいかもしれないしね」
「お願いします」
深々と頭を下げ、お願いするアンジェラ。
デビッドが解決策を見つけてくれるのを祈らずにはいられなかった。
当時この件については賛否両論あったらしいが、今では身分差を乗り越えて結ばれた先代国王夫妻の美談として語られている。――――ただし、『先代王妃のその後』までがセットだが。
身分差を乗り越えて結婚した二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……とはいかなかった。
元平民で貴族になったばかりの男爵令嬢に『王妃』は重すぎたのだ。
子を産み王家の血を増やすことはできても、それ以外の仕事をこなすことはできなかった。
結局、心労がたたり、先代王妃は若くして儚くなった。
愛する人を失った先代国王は体調を崩し、当代国王に王位を譲ると、離宮に閉じこもって短い余生を過ごした。
幸いなことに二人の血を受け継いだ当代国王は優秀だった。もし、これで当代国王が愚かな者だったら国は終わっていただろう。けれど、王家は今も威信を落とすことなく続いている。
国王は先代とは違い、政略結婚をした。
両親の恋を否定したわけではない。ただ、肯定もしなかった。
そんな当代国王に倣うように貴族達も政略結婚を続けている。
ただ、中には先代に憧れて身分違いの結婚を望む者もいた。
アンジェラもその一人だ。
祖母はそんなアンジェラの気持ちを否定しなかった。
男爵令嬢に必要ないはずの公爵令嬢としての振る舞いを仕込んだのは他でもない祖母だ。
アンジェラ視点では祖母が復讐を企んでいた素振りは全くなかった。
困惑しているアンジェラにデビッドは慎重に言葉を選びながら話しかける。
今から話す内容はデビッドにとっても口にしづらい内容だ……とでもいうように。
「祖父母にまつわる恋物語……実際は美談なんかじゃ全く無かったんだ」
「え?」
「今から話す内容は本来王家の者にしか教えてはならない……王家の醜聞に繋がる真実だ。それをアンジェラ嬢にも話す……内密にしてくれるね?」
「え、ええ。それはもちろんですが……そんな重要なことを本当に私が聞いてもいいのですか?」
将来王太子妃になるエンリカはともかく、アンジェラは王家とはなんの繋がりもないただの男爵令嬢だ。
しかし、デビッドはもちろんだと頷いた。
「君はもう当事者となってしまったからね」
「私が……当事者?」
ああと頷くデビッド。嫌な予感がする。けれど聞かなければならない。
「全ての始まりは祖母だった。祖母が……魔女の力を借りて祖父に近づいたことが発端だったんだ」
「魔女の力……先程も言っていましたが、そもそも魔女なんて実在するんですか?」
魔女なんて絵本の中でしか見たことがない。信じられないと眉を寄せるアンジェラ。
しかし、デビッドははっきりと頷いた。
「魔女は確かにいる」
王太子であるデビッドがそこまではっきり言うということは本当にいるのだろう。
そして、きっとそのことは本来アンジェラが知るべきではないことだったのだ。
アンジェラはゴクリと唾を飲み込んだ。
「その魔女が先代国王様を操っていたってことですか?」
アンジェラの質問にデビッドは首を横に振る。
「いや、魔女といっても本の中に登場する魔女のように強い魔法を使えるわけじゃない。精神に作用する呪いをかけることはできても完全に支配することはできない。強い意志を持っていれば操られることもないし、接触時間を減らせば効果は薄れる。……その程度のものだ」
「でも、その程度の力で、先代国王様はお祖母様から先代王妃様に乗り換えたんですよね?」
乗り換えたという言葉にエンリカが眉をしかめたが、『実際そうでしょ』とアンジェラは素知らぬ顔でデビッドの言葉を待つ。
デビッドもそう言われても仕方ないというように苦笑しながら頷いた。
「ああ。例えばだが……君に『ちょっといいな』と思った相手がいるとする。そんな君に外野が『その気持ちは恋だ』と吹き込む。何度も言われているうちに君は『この気持ちが恋だ』と思い込む。そして、『ちょっといいな』程度だった気持ちが、はっきりと『恋』に変わる。もちろん、『いやこれは恋じゃない』と跳ね返せる者もいるだろうが、少なくとも祖父は違った。その程度の力でも祖父は祖母への好奇心を恋だと錯覚してしまったんだ。祖父のプライドが高かったのも一因だろう。自分が間違えるわけが無いという謎のプライドがあったんだ。それでずっと真実が見えなくなっていた。気づいたときには手遅れだった」
「そんな……」
「もし、祖母が結婚後も祖父との『恋』を育み続けることを望んでいたら祖父はそのことに気づかなかったかもしれない。けれど、祖母は祖父以外との『恋』を望んでしまったんだ。そして、祖父は気づいてしまった。祖母との恋がまやかしだったことに。祖母は表向きには病死したことになっているけど、本当は違う。毒杯をあおったんだ。祖父は……本当に心労が祟った結果だけどね。これが、王家が隠してきた真実だよ」
衝撃的な内容にアンジェラは言葉が見つからなかった。
視線を落とすとブレスレットが目に入った。頭をよぎる既視感。
身分違いの恋。
精神に作用する魔女の呪い。
まやかしの恋。
「まさか、これが?」
気づいた瞬間、血の気が引いた。
追い打ちをかけるようにデビッドがアンジェラに尋ねる。
「君の祖母はそのブレスレットについて何か言っていなかった?」
「お祖母様は……「コレがあなたと『運命の相手』との縁を繋ぐお手伝いをしてくれるから」と……そういえばお祖母様が口にしていた『運命の相手』はやけに具体的だったような。だから、私はすぐにブライアン様が『運命の相手』だとわかって……いえ、もう一人当てはまる人がいた……『高い身分を持っていて、優秀で、王子様のような人』これって……」
目の前のデビッドを見る。次いで、エンリカと繋がれた手に視線を落とした。
――――陛下から手を繋ぐように命じられた……と言っていた。
まるで、アンジェラにデビッドの相手はエンリカだと見せつけるように。デビッドには相手がいるのだとはっきりと理解させるように。
――――もしかして、お祖母様が言っていた『運命の相手』はブライアン様じゃなくて……デビッド様のことだったの?
「私、最初から間違っていた? ブライアン様もこのブレスレットのせいで?」
「いや、それはおそらく違う」
「え?」
ブライアンが苦い顔で否定する。
「ブライアンは多分……ブレスレットがどういうものなのか気づいていた上で、その効果を利用していんだ」
「それは……どういう意味?」
言い辛そうに口を閉じたブライアンに代わってエンリカが口を開く。
エンリカはアンジェラのことを真っすぐに見つめて言う。
「転入してきたあなたは知らなかったのでしょうけど、以前のブライアン様は異常なくらいソフィー様に執着していたのよ。そんなブライアン様にあなたを好きになる隙があったとは思えない。……ソフィー様に何とか嫉妬してもらいたくて、気を引きたくて、ブレスレットの力に操られているフリをしていたという方がしっくりくるわ」
「おそらくブライアンは頃合を見てブレスレットのことをバラし、それまでのことを全てブレスレットのせいにするつもりだったんだろう」
「まさか、あっさりとソフィー様から捨てられてるとは思わなかったのでしょうね……自業自得ですわ」
エンリカの辛辣な言葉を否定せずにデビッドは苦笑する。
ブライアンと恋仲だったアンジェラとしては二人の言葉を否定したいところだったが、妙に納得してしまった。
時々上の空だったブライアン。ソフィーとの婚約が解消されてからのブライアンの変化。
「そういう……こと、だったのですね。……もっと早く気づいていれば……」
呆然自失となったアンジェラに、デビッドが申し訳なさげに付け加える。
「それについては僕達にも非がある。都合がよいからと静観するべきではなかったんだ……」
「え?」
「僕達は君のブレスレットのことやブライアンの思惑について早い段階から気づいていたんだ。実際に僕も魔女の力の影響を少し受けていたからね。だから僕はすぐに君から距離をとった。けど、ブライアンを君から引き離すことはしなかった。それが、王家とジャーシー家、クーパー家の総意だったからだ。アンジェラ嬢と一緒にいるようになってから、ブライアンの狂気はなりを潜めた。アレさえなければブライアンは理想的なクーパー家の当主なんだ。だから、皆ブレスレットのことや二人の関係には目をつぶることにした」
「……それで婚約解消もスムーズに進んだんですね」
「ああ」
なるほど、と納得すると同時にアンジェラの全身から力が抜けた。
新事実を知れば知る程、初恋がただの黒歴史へと変わっていく。
デビッドはそんなアンジェラに憐みの目を向けながらも本題に入った。
「皆ブライアンの執着を甘くみていたんだ。誰もブライアンがあそこまでするとは思っていなかった。……幸いブライアンは一命をとりとめた。きっと、そのうち目を覚ますはずさ。その前に君の意志を確認しておきたい。君が望むならブライアンと円満に別れられるよう王家も手を貸す。代わりと言ってはなんだが……そのブレスレットを渡して欲しい」
アンジェラは俯き、そっとブレスレットに触れる。
今までこのブレスレットを敬愛する祖母の遺品だと思っていつも身に着けていた。
けれど、今はその祖母のことも信じられそうにない。
祖母がどういうつもりでアンジェラにコレを渡したのかをはっきりとさせないのは王家なりの落としどころなのだろう。
アンジェラは震える手でブレスレットを外してデビッドへと差し出した。
受け取ったデビッドは表情を和らげた。
「ありがとう。後は僕らが何とかするから任せてくれ」
「はい。よろしくお願いしま……あっ」
「「?」」
ふと、気づいた。
魔女の存在を知っているデビッドなら知っているかもしれない。
ただの幻覚だと言われるかもしれないが、他に頼れそうな人はいない。
アンジェラは思い切って相談することにした。背中に突き刺さる視線を無視して。
「聞いてもらいたいことがあるんです」
アンジェラの話を最後まで聞いた二人の顔は真っ青だった。
慌てて辺りを見渡すデビッド。
警戒するようにデビッドにくっついて視線を彷徨わせているエンリカ。
どうやら二人とも信じてくれているらしい。
アンジェラは小声で話しかけた。
「自分で言うのもなんですけど、信じてくれるんですか?」
「え? ああ。王家の書庫には幽霊について書かれた記録が結構残っているんだよ」
「今はそんなことよりも、私たちの話を聞いたブライアン様がどんな反応をしているかの方が気になりますわ」
幽霊状態になっているブライアンが物理的な攻撃を仕掛けてくるのかは不明だが、過去にブライアンがどれだけ非道な行いをしてきたか知っているエンリカとしては警戒せざるを得ない。
アンジェラはエンリカに言われて、慌ててブライアンの様子を窺う。
二人がきてから視線をずっと逸らしていたのでわかるのは今のブライアンの様子だけだが、少なくとも今は怒っているようには見えない。
そう告げると二人ともあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「とにかく、一度王城に戻って調べてみるよ。もしかしたら、ブライアンの目が覚めないのもそのせいかもしれないしね」
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