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王太子とヒロインは追い詰められる(2)
しおりを挟む「それで?」
「「え?」」
真顔でダニエルは二人を見据える。
「俺を引き止めようとした理由はわかりました。今回のことで俺は護衛騎士から外されるでしょうからそれについてはもういいです。問題は、俺の婚約者クロエに対する暴言です」
「ぼ、暴言? 私、そんなこと言ったつもりは……だって、ダニエルは小さい頃から婚約者に虐げられてきたんでしょう? だから私、そんな婚約者と結婚しなきゃいけないダニエルを可哀想だと思って……」
「は? 誰がそんなデタラメを言った? クロエは俺の女神だぞ? 誰だ俺の女神を侮辱したやつは」
ダニエルの瞳孔が再び開く。
サラは小さな悲鳴を上げた。ジェレミーが慌てて、ダニエルの視線を遮るようにサラの前に飛び出す。
ジェレミーの背中の後ろでサラは困惑していた。
――――何、今の反応?! もしかして私間違えちゃったの?! でも、原作ゲームでも二次創作でもダニエルとダニエルの婚約者の仲は最悪だったはずよ?!
少なくともジェレミーはサラが知る通りの性格だったし、学園時代に起きた色々もサラが知っているシナリオ通りだった。その結果、平民であるサラがジェレミーの婚約者になれたのだから間違いない。
確かに些細な違いはあったけれど、それは元のシナリオに影響するほどでは無かった。だから、サラはこの世界が間違いなくサラがよく知る乙女ゲームなのだと確信していたのだ。
だが、それがここにきて崩壊し始めた。
――――もうシナリオは終わったから設定は当てにならないってこと? いや、幼い頃から仲が悪くなかったってことは最初から設定が違っていたのか。……バグ? それとも、もしかして私の他にも転生者がいたの?
サラは学園に入って早々に王太子ルート一本に絞ったから他の攻略対象者やその婚約者達には関わることは無かった。
だから、気づかなかったのかもしれない……原作との相違に、他にも転生者がいた可能性に。
そのことに気づいた瞬間、サラは自分がした言動を思い出した。土下座する勢いで頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。私勘違いして、酷いことを、い、言いました」
「……ここにクロエがいないことを幸運に思うんだな。もし、クロエがいたら俺は絶対にお前を許さなかった」
鋭い視線。さすがにジェレミーがいるから殺意は抑えているようだが、一度経験した恐怖はすぐには忘れられない。反射的にサラの身体は殺意を向けられた時と同じように震え出した。
慌てて、ジェレミーが再びサラを己の後ろに隠す。
「ダニエル! もう充分だろう! サラも反省している。これ以上は私も黙ってはいられんぞっ」
暗に不敬罪を匂わせれば仕方ないとダニエルが引いた。ホッとしたのも束の間。
「あらあら。まだ解決していなかったの?」
「っ、は、母上」
突然現れた王妃。ジェレミーは慌ててサラから離れ姿勢を正す。サラも顔色が悪いまま、姿勢を正した。
ダニエルは一礼すると壁際に移動して控えようとしたが、王妃にそのままでいいと言われ直立する。
ひとまず皆椅子に座るように促され黙って従う。だが、王妃の登場によって先程とは別の意味で空気が凍ってしまった。
ダニエルの表情はさほど変わっていないが、ジェレミーとサラの顔色は明らかに先程までより悪くなっている。特にサラは青を通り越して白い。
王妃は一人一人の顔を見てから口を開いた。
「私がここに来た……ということは、わかっているわよね?」
視線の先にいるのはサラとジェレミー。
一度、サラにはダニエルとの噂について忠告している。けれど、また騒ぎが起こった。
ジェレミーが向かったとは聞いていたが、王妃はそれで解決できるとは思えなかった。
案の定、こうしてきてみればジェレミーも感情を露わにして騒ぎ立てているではないか。
王妃の口から呆れた溜息が漏れた。
「一度注意したわよね。その結果がこれなのかしら」
「もうしわけ、ありません」
頭を下げるサラ。すかさずジェレミーが口を挟んだ。
「私が悪いんです! サラは悪くありません!」
王妃は片眉を上げ、どういうことかと詳細を話すよう促す。元々報告する予定で考えをまとめていたジェレミーはほとんど淀みなく答えた。
全てを話し終え、ジェレミーはこれで母上もわかってくれただろうと王妃の顔を見て絶句した。
王妃の目には呆れを通り越して、諦めの色が滲んでいたのだ。
王妃は頭が痛いというようにこめかみに指をあてている。
「は、母上?」
王妃は出来の悪い子供に話しかけるようにジェレミーの目を見て言った。
「あなた達の私情については口を挟むつもりはないわ。公私混同しない範囲でなら好きなように気持ちを確かめ合えばいい。けれど、今回のことは別よ。王妃として口を挟ませてもらう。……一歩間違えば取り返しのつかないことになっていたかもしれないのだから」
まさか、そんな、と固まるサラとジェレミー。その反応に王妃はさらに顔を歪ませる。
――――果たして、将来この二人に国を任せて大丈夫なのか。
そんな心配が頭をよぎる。
王妃はサラに視線を向けた。
「あなたは忠告の意味を理解していなかったのね。王太子妃として認めてもらいたいのなら、たとえどんなに追い詰められても隙を作ってはいけなかったのに」
「隙?」
困惑した様子のサラに王妃は丁寧に解説する。破格の対応だが、間違いを起こされるよりもよっぽどいい。
「今回は相手がダニエルだったから良かったものの、もしその相手が何か企んでいる人物だったら? そうでなくても噂に信憑性を持たせるような相手だったら? ……それは王家の醜聞に繋がるわ」
王家だからと言って安全というわけではない。むしろ、虎視眈々と王威の失墜を狙っている輩は確実にいるのだ。そんな彼らにとって隙だらけのサラはまさに狙い目。
想定できる可能性はもっとたくさんあるが、それを全部あげていたらキリが無い。
少なくともジェレミーには言いたいことが伝わったようだ。
サラも自分の行動が想像以上に不味かった、ということはわかったらしい。
ただ、それでは足りないと、王妃はさらに釘を刺す。
「今までは美談で世論を味方につけ、反対勢力を抑えることができていたわ。けれど、今回のことでその美談に翳りができてしまった。反対勢力がつけいる隙を作ってしまったのよ。……今まで以上に気を張って頑張らないとすぐに次期王太子妃の立場を失うことになるわよ?」
ようやく自覚したのかサラは目を見開いて言葉を失っている。
王妃は次いでジェレミーに視線を移した。
――――これが最終忠告よ。これでもダメならあなたも覚悟を決めなければならない。王太子の座を降りてサラをとるか、サラと別れるか。
ジェレミーはその視線の意味がわからないほど愚鈍ではない。無言で頷き返す。
こうして、サラの安易な企みは大きな騒動となって幕を閉じた。
二人の未来はサラの努力次第だろう。ただ、その道は険しいことは目に見えている。ジェレミーも辛い現実と向き合う必要性を強いられるだろう。
まあ、それはダニエルにとっては関係のない話だが。ダニエルにはそんなことよりも大切なことがある。国は彼らでなくても回るが、ダニエルの世界はクロエ無しには回らないのだ。
ダニエルにとっての問題が解決した今。
これ以上ここにいる必要はないと、ダニエルはとっとと王城を出て、クロエの元へと馬を走らせた。
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