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クロエとダニエルの馴れ初め
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クロエ・オーリクが前世を思い出したのは年齢が二桁にもいかない幼少期。
何の予兆も無く、いつも通り食事をしている時だった。
――――この料理、箸なら食べやすいのに。ん? 箸?
という具合に漠然と日本人だったことを思い出したのだ。
だからといって何かが劇的に変わるということも無かった。
すでにこの世界の暮らしに慣れていたし、前世の記憶が役立つようなことも無かったからだ。
ただ、精神年齢は一気に上がった。
両親は娘の急な成長に驚きはしたが、怪しまれることは無かった。
なので、前世を思い出したからといってクロエの生活には特に影響はなかった……ダニエル・ジョルダンとの関係以外には。
幼少期のダニエルはそれはもう腕白な子だった。
あまりにも腕白過ぎて、友達ができないくらいに。
そこに白羽の矢が立ったのがまさかのクロエ。
ジョルダン男爵とオーリク子爵は学生時代からの旧友である。
性格は真逆だが、どちらも清廉潔白で、不思議と気が合い、大人になってからも交流は続いていた。
その縁で、クロエとダニエルを会わせてみることになったのだが、ダニエルは初日からやらかした。
ダニエルは二人の為にセッティングされた茶会を早々に抜け出し、庭へ飛び出し、木を登り、走り回ったのだ。
見兼ねたジョルダン男爵がダニエルを捕まえ、強制的にお茶会に連れ戻したが、一人じゃダメならと今度はクロエを連れて庭に飛び出した。
無理矢理連れ出されたクロエはダニエルと同じように走り回ることもできずに両親が来るまで途方に暮れていた。
さすがのジョルダン男爵もこれでは無理かと溜息を吐く。
けれど、オーリク子爵はあっけらかんと「ダニエル君は元気だなあ」と笑い飛ばした。
その反応にジョルダン男爵は救われ、もう少しだけ様子を見ることにした。
そして、二回目の交流。この時のクロエはすでに前世を思い出していた。
精神年齢が高くなったクロエにはダニエルがただの『年相応の元気いっぱいな少年』に見えた。
まだ少年とはいえ、貴族の子息。この世界ではあまりよろしくない言動だということは理解しているが、クロエにとっては微笑ましい程度だ。
クロエは庭園に自分とダニエルの分のティーセットを用意させ、一人読書を楽しみながら、ダニエルが走り回るのを見守った。
時折、ダニエルに声をかけ、汗と手を拭き、水分補給と軽食を摂らせる。
クロエは自分の手で甲斐甲斐しくダニエルの世話をした。あまりにも自然な動作でやるのでメイドが手を出す隙もなかった。
本来ただの知人でしかないクロエがしなくてもいいことだが、ダニエルも気にせずされるがまま。
ふと、ダニエルはクロエが何を読んでるのか気になった。
その本が恋愛本ならダニエルはすぐに興味を失っただろうが、それは少年心を擽る冒険譚だった。
興味を持ったダニエルはクロエから本を借りて読み始める。意味がわからない単語はクロエに聞いた。読み始めたら止まらなくなった。
こっそり二人の様子を覗いていたジョルダン男爵は涙を流して喜んだ。
少しもじっとできないダニエルが、活字嫌いのダニエルが、本を読んでいる!
こうして、二人の交流は定期的に行われるようになった。
共通の趣味があるおかげか、毎回話題は尽きない。
ダニエルにとってこんなに話が続く相手は初めてだった。
それに、クロエはダニエルが虫や蛇を捕まえて見せても悲鳴をあげない。
それどころか「まあ、すごく大きいのを捕まえたのね」と微笑み、褒めてくれさえする。
その笑顔を見るたびに、なぜかダニエルの胸はぽかぽか温かくなった。
毎回こっそり覗き見ている両家が、そんな二人の様子に気づかないわけがない。
「これは!」となり、そのまま婚約を……という流れになった。
ちなみに、一応本人達にもその旨を伝えたのだが、クロエは「わかりました」と頷き、ダニエルはわかっているのかわかっていないのか微妙な表情でうんうんと頷いていた。
二人の交流が一年を過ぎた頃、ようやくダニエルは自分の気持ちに気づいた。
ダニエルは自分が一部の人達から裏で『野生児』と揶揄されていることを知っている。身体を動かすことしかできないバカだと称されていることを。実際、その通りだと自分でも思っている。
だって、自分には家庭教師が話す内容が全くわからないのだ。
唯一読む本はクロエが紹介してくれる本だけ。それ以外の活字は受け付けない。
自覚はしていても、いや、自覚をしているからこそ、心無い言葉をかけられたダニエルは傷ついた。
そんなダニエルを救ってくれたのがクロエだ。
『周りなんて気にしなくていいの。ダニエルが興味ある分野を伸ばしたらいいわ。突き詰めればそれは立派な武器になる。その武器は将来ダニエルの役に立つはずよ』
そう言ってクロエは戦術書をダニエルにプレゼントした。
クロエの言動はダニエルにとってまさに天啓だった。
不思議な事に戦術書はいくら読んでも眠くならなかったのだ。
ダニエルはクロエが言った通り、周りの声を無視し、戦術書だけを読み漁り、身体を鍛えた。
その結果、入学前には大人顔負けの戦闘をこなせるようになり、父親の部下達と戦っても二回に一回は勝てるようになった。
両親はそんなダニエルをジョルダン男爵家に相応しい武人だとして褒めた。
ダニエルは自分の努力が実を結び、認められたことが嬉しかった。
何より、クロエが自分のことのように誇らしげに笑ってくれたことが嬉しかった。
――――クロエは俺の女神だ。
クロエだけがダニエルにとっての特別。
クロエへの気持ちを自覚したダニエルは両親にそのことを伝え、婚約したいと言った。
これに驚いたのは両親だ。何せすでに二人は婚約しているのだから。
一度話したはずなのだが、ダニエルの頭からはすっかり抜けていたらしい。
それを聞いて、驚いたものの、ダニエルは歓喜した。
それからだ。ダニエルの溺愛が始まったのは。
デビュタント前だというのに、二人の仲はあっという間に社交界に広まった。
これに対して、動き出す者達がいた。ダニエルの有望性に気づいた者達だ。
ダニエルをバカにしていた者達も掌を返し、ダニエルに近づこうとした。
けれど、ダニエルも両親も全てその誘いを跳ね除けた。男爵家とはいえ王家の信頼も厚い家だ。下手なことはできない。
それならば、と今度はオーリク家にターゲットを移した。
その筆頭が伯爵家だった。一人娘の可愛い願いを叶える為に伯爵は卑怯な手を選んだ。
クロエが母親と街に出ているところを狙い、攫おうとしたのだ。
たまたまジョルダン親子が居合わせて、助け出したのだが、ダニエルは理由を知り、怒り心頭。ジョルダン男爵も伯爵の卑怯なやり方にキレた。
『未来の嫁の敵は我が家にとっても敵』と判断し、ダニエルの父は伯爵家に抗議した。
今後一切、兵力の貸出はしないと宣言したのだ。
この宣言は、社交界にもすぐに広まった。
まさかそこまでされると思っていなかった伯爵家は慌てた。
国の軍事力の半分以上を担っているジョルダン男爵家を敵に回したのだ。
伯爵家に恨みを持っている者達はチャンスだと思うだろう。
さすがに、見栄を張っている場合ではないと伯爵家はジョルダン男爵家とオーリク子爵家にすぐさま謝罪をした。
このことが社交界でも話題になり、クロエはすでにジョルダン家の一員として認知され、周りも手出しできなくなった。
ただ、ダニエルはそれでも油断できないと言った。
学園生活が始まったら家はよほどのことがない限り手を出せなくなる。そうなるとまた狙われるかもしれない。
そうならないように花嫁修業と称して、我が家でクロエを預かってはどうかと言い出したのだ。
外聞は悪いがどうせ結婚するのだし、結婚は確定なんだと周りに知らしめれば手を出せないだろうと。
普段頭は回らないのに、さすがだと感心するクロエ。
オーリク子爵家は渋ったものの、結局その提案をのんだ。
万全の状態で始まった学園生活は拍子抜けするくらい平和だった。
クロエとダニエルが注目されたのは最初だけで、すぐに皆の関心をかっさらっていった人達がいたからだ。
一人は王太子、もう一人はその婚約者の公爵令嬢。最後の一人は特待生枠で入学した平民の女生徒。
ただでさえ話題性抜群な彼らが描く三角関係に学園の皆は夢中になった。
ダニエルは王太子の側近候補なので彼らのいざこざに振り回されることもあったようだが、クロエには全く関係なかった。
だから、他人事のように彼らを見ていられたのだ。
平民の少女サラが日本語で何やらブツブツ呟いているところを見るまでは。
『もしや仲間!?』と思って声をかけようとしたのだが、その前に王太子が現れてサラをつれて行ってしまった。
残念だと思って足元を見たら、ノートが落ちていた。おそらくサラの物だろう。
慌てて追いかけようとして、ふとそれが日本語で書かれていることに気づいた。
ダメだとわかっていながらも誘惑に負けた。
中を見れば彼女が転生者かどうかわかるかもしれない。
ちらっとだけ見てやめるつもりだった。
けれど……それは開けてはならないパンドラの箱だった。
ノートには、いわゆる乙女ゲームの知識が書き記されていたのだ。
それを見て、クロエはここが乙女ゲームの世界なのだと知った。
クロエは全く知らなかったがサラはその乙女ゲームを熟知しているようで、各ルートの攻略方法や一人一人の秘密やらもそのノートにはまとめられていた。
一番衝撃的だったのは攻略対象者の欄にダニエルの名前もあったことだ。
ちなみに、『難易度1……婚約者はいるが仲は悪い。攻略は簡単。チョロい。』と書かれていた。
その婚約者とは自分のことだろう。幸いなことに原作とは違いダニエルとは仲がいい……と、少なくともクロエは思っている。
そこまで読んで、ノートを閉じた。
サラとは関わらない方が良さそうだと判断して、そっと落ちていた場所に戻す。
この判断は正解だったようで、その後も特にサラと関わることはなく卒業の日を迎えることができた。
サラは王太子を攻略したらしく、いつの間にか公爵令嬢に代わって王太子の婚約者となっていた。
それでこの国は大丈夫なのかと不安にはなったが、どちらにしろ子爵令嬢に口を挟む権利はない。
とりあえずゲームは終わったんだからサラを警戒する必要は無くなった……そう思っていた。
ところが、先日いきなり公爵令嬢主催のお茶会に招待された。
王太子の元婚約者、乙女ゲームでいうところの悪役令嬢だった人物。
何だか嫌な予感がするが、断るわけにもいかない。
渋々参加すれば、案の定、親切な令嬢達が教えてくれた。
『最近、サラはダニエルがお気に入りのようで、護衛騎士に指名して連れ回している』『しかも、二人の距離は近くてただならぬ関係のように見えた』
だから、気を付けた方がいい……とわざわざ忠告してくれたのだ。
元々、公爵家と関わりの無い子爵家がなぜ呼ばれたのかと不思議に思っていたがそういうことらしい。
果たして善意からなのか悪意からなのかはわからないが……。
数日後、噂はありえない早さで広まっていた。
おそらくダニエルはその噂を知らない。知っていたらいつも通りではいられないはずだ。
ダニエルを疑っているわけではないがモヤモヤする。
このまま噂を放っておくわけにもいかない。
とはいえ、私が直接動いて処理するのは悪手だ。
悩んだ結果、ダニエルに任せることにした。
ダニエルは考えるのは苦手だが、やればできる子だ。
ヒントは出した。発破もかけた。後はダニエルを信じて待つだけ。
何の予兆も無く、いつも通り食事をしている時だった。
――――この料理、箸なら食べやすいのに。ん? 箸?
という具合に漠然と日本人だったことを思い出したのだ。
だからといって何かが劇的に変わるということも無かった。
すでにこの世界の暮らしに慣れていたし、前世の記憶が役立つようなことも無かったからだ。
ただ、精神年齢は一気に上がった。
両親は娘の急な成長に驚きはしたが、怪しまれることは無かった。
なので、前世を思い出したからといってクロエの生活には特に影響はなかった……ダニエル・ジョルダンとの関係以外には。
幼少期のダニエルはそれはもう腕白な子だった。
あまりにも腕白過ぎて、友達ができないくらいに。
そこに白羽の矢が立ったのがまさかのクロエ。
ジョルダン男爵とオーリク子爵は学生時代からの旧友である。
性格は真逆だが、どちらも清廉潔白で、不思議と気が合い、大人になってからも交流は続いていた。
その縁で、クロエとダニエルを会わせてみることになったのだが、ダニエルは初日からやらかした。
ダニエルは二人の為にセッティングされた茶会を早々に抜け出し、庭へ飛び出し、木を登り、走り回ったのだ。
見兼ねたジョルダン男爵がダニエルを捕まえ、強制的にお茶会に連れ戻したが、一人じゃダメならと今度はクロエを連れて庭に飛び出した。
無理矢理連れ出されたクロエはダニエルと同じように走り回ることもできずに両親が来るまで途方に暮れていた。
さすがのジョルダン男爵もこれでは無理かと溜息を吐く。
けれど、オーリク子爵はあっけらかんと「ダニエル君は元気だなあ」と笑い飛ばした。
その反応にジョルダン男爵は救われ、もう少しだけ様子を見ることにした。
そして、二回目の交流。この時のクロエはすでに前世を思い出していた。
精神年齢が高くなったクロエにはダニエルがただの『年相応の元気いっぱいな少年』に見えた。
まだ少年とはいえ、貴族の子息。この世界ではあまりよろしくない言動だということは理解しているが、クロエにとっては微笑ましい程度だ。
クロエは庭園に自分とダニエルの分のティーセットを用意させ、一人読書を楽しみながら、ダニエルが走り回るのを見守った。
時折、ダニエルに声をかけ、汗と手を拭き、水分補給と軽食を摂らせる。
クロエは自分の手で甲斐甲斐しくダニエルの世話をした。あまりにも自然な動作でやるのでメイドが手を出す隙もなかった。
本来ただの知人でしかないクロエがしなくてもいいことだが、ダニエルも気にせずされるがまま。
ふと、ダニエルはクロエが何を読んでるのか気になった。
その本が恋愛本ならダニエルはすぐに興味を失っただろうが、それは少年心を擽る冒険譚だった。
興味を持ったダニエルはクロエから本を借りて読み始める。意味がわからない単語はクロエに聞いた。読み始めたら止まらなくなった。
こっそり二人の様子を覗いていたジョルダン男爵は涙を流して喜んだ。
少しもじっとできないダニエルが、活字嫌いのダニエルが、本を読んでいる!
こうして、二人の交流は定期的に行われるようになった。
共通の趣味があるおかげか、毎回話題は尽きない。
ダニエルにとってこんなに話が続く相手は初めてだった。
それに、クロエはダニエルが虫や蛇を捕まえて見せても悲鳴をあげない。
それどころか「まあ、すごく大きいのを捕まえたのね」と微笑み、褒めてくれさえする。
その笑顔を見るたびに、なぜかダニエルの胸はぽかぽか温かくなった。
毎回こっそり覗き見ている両家が、そんな二人の様子に気づかないわけがない。
「これは!」となり、そのまま婚約を……という流れになった。
ちなみに、一応本人達にもその旨を伝えたのだが、クロエは「わかりました」と頷き、ダニエルはわかっているのかわかっていないのか微妙な表情でうんうんと頷いていた。
二人の交流が一年を過ぎた頃、ようやくダニエルは自分の気持ちに気づいた。
ダニエルは自分が一部の人達から裏で『野生児』と揶揄されていることを知っている。身体を動かすことしかできないバカだと称されていることを。実際、その通りだと自分でも思っている。
だって、自分には家庭教師が話す内容が全くわからないのだ。
唯一読む本はクロエが紹介してくれる本だけ。それ以外の活字は受け付けない。
自覚はしていても、いや、自覚をしているからこそ、心無い言葉をかけられたダニエルは傷ついた。
そんなダニエルを救ってくれたのがクロエだ。
『周りなんて気にしなくていいの。ダニエルが興味ある分野を伸ばしたらいいわ。突き詰めればそれは立派な武器になる。その武器は将来ダニエルの役に立つはずよ』
そう言ってクロエは戦術書をダニエルにプレゼントした。
クロエの言動はダニエルにとってまさに天啓だった。
不思議な事に戦術書はいくら読んでも眠くならなかったのだ。
ダニエルはクロエが言った通り、周りの声を無視し、戦術書だけを読み漁り、身体を鍛えた。
その結果、入学前には大人顔負けの戦闘をこなせるようになり、父親の部下達と戦っても二回に一回は勝てるようになった。
両親はそんなダニエルをジョルダン男爵家に相応しい武人だとして褒めた。
ダニエルは自分の努力が実を結び、認められたことが嬉しかった。
何より、クロエが自分のことのように誇らしげに笑ってくれたことが嬉しかった。
――――クロエは俺の女神だ。
クロエだけがダニエルにとっての特別。
クロエへの気持ちを自覚したダニエルは両親にそのことを伝え、婚約したいと言った。
これに驚いたのは両親だ。何せすでに二人は婚約しているのだから。
一度話したはずなのだが、ダニエルの頭からはすっかり抜けていたらしい。
それを聞いて、驚いたものの、ダニエルは歓喜した。
それからだ。ダニエルの溺愛が始まったのは。
デビュタント前だというのに、二人の仲はあっという間に社交界に広まった。
これに対して、動き出す者達がいた。ダニエルの有望性に気づいた者達だ。
ダニエルをバカにしていた者達も掌を返し、ダニエルに近づこうとした。
けれど、ダニエルも両親も全てその誘いを跳ね除けた。男爵家とはいえ王家の信頼も厚い家だ。下手なことはできない。
それならば、と今度はオーリク家にターゲットを移した。
その筆頭が伯爵家だった。一人娘の可愛い願いを叶える為に伯爵は卑怯な手を選んだ。
クロエが母親と街に出ているところを狙い、攫おうとしたのだ。
たまたまジョルダン親子が居合わせて、助け出したのだが、ダニエルは理由を知り、怒り心頭。ジョルダン男爵も伯爵の卑怯なやり方にキレた。
『未来の嫁の敵は我が家にとっても敵』と判断し、ダニエルの父は伯爵家に抗議した。
今後一切、兵力の貸出はしないと宣言したのだ。
この宣言は、社交界にもすぐに広まった。
まさかそこまでされると思っていなかった伯爵家は慌てた。
国の軍事力の半分以上を担っているジョルダン男爵家を敵に回したのだ。
伯爵家に恨みを持っている者達はチャンスだと思うだろう。
さすがに、見栄を張っている場合ではないと伯爵家はジョルダン男爵家とオーリク子爵家にすぐさま謝罪をした。
このことが社交界でも話題になり、クロエはすでにジョルダン家の一員として認知され、周りも手出しできなくなった。
ただ、ダニエルはそれでも油断できないと言った。
学園生活が始まったら家はよほどのことがない限り手を出せなくなる。そうなるとまた狙われるかもしれない。
そうならないように花嫁修業と称して、我が家でクロエを預かってはどうかと言い出したのだ。
外聞は悪いがどうせ結婚するのだし、結婚は確定なんだと周りに知らしめれば手を出せないだろうと。
普段頭は回らないのに、さすがだと感心するクロエ。
オーリク子爵家は渋ったものの、結局その提案をのんだ。
万全の状態で始まった学園生活は拍子抜けするくらい平和だった。
クロエとダニエルが注目されたのは最初だけで、すぐに皆の関心をかっさらっていった人達がいたからだ。
一人は王太子、もう一人はその婚約者の公爵令嬢。最後の一人は特待生枠で入学した平民の女生徒。
ただでさえ話題性抜群な彼らが描く三角関係に学園の皆は夢中になった。
ダニエルは王太子の側近候補なので彼らのいざこざに振り回されることもあったようだが、クロエには全く関係なかった。
だから、他人事のように彼らを見ていられたのだ。
平民の少女サラが日本語で何やらブツブツ呟いているところを見るまでは。
『もしや仲間!?』と思って声をかけようとしたのだが、その前に王太子が現れてサラをつれて行ってしまった。
残念だと思って足元を見たら、ノートが落ちていた。おそらくサラの物だろう。
慌てて追いかけようとして、ふとそれが日本語で書かれていることに気づいた。
ダメだとわかっていながらも誘惑に負けた。
中を見れば彼女が転生者かどうかわかるかもしれない。
ちらっとだけ見てやめるつもりだった。
けれど……それは開けてはならないパンドラの箱だった。
ノートには、いわゆる乙女ゲームの知識が書き記されていたのだ。
それを見て、クロエはここが乙女ゲームの世界なのだと知った。
クロエは全く知らなかったがサラはその乙女ゲームを熟知しているようで、各ルートの攻略方法や一人一人の秘密やらもそのノートにはまとめられていた。
一番衝撃的だったのは攻略対象者の欄にダニエルの名前もあったことだ。
ちなみに、『難易度1……婚約者はいるが仲は悪い。攻略は簡単。チョロい。』と書かれていた。
その婚約者とは自分のことだろう。幸いなことに原作とは違いダニエルとは仲がいい……と、少なくともクロエは思っている。
そこまで読んで、ノートを閉じた。
サラとは関わらない方が良さそうだと判断して、そっと落ちていた場所に戻す。
この判断は正解だったようで、その後も特にサラと関わることはなく卒業の日を迎えることができた。
サラは王太子を攻略したらしく、いつの間にか公爵令嬢に代わって王太子の婚約者となっていた。
それでこの国は大丈夫なのかと不安にはなったが、どちらにしろ子爵令嬢に口を挟む権利はない。
とりあえずゲームは終わったんだからサラを警戒する必要は無くなった……そう思っていた。
ところが、先日いきなり公爵令嬢主催のお茶会に招待された。
王太子の元婚約者、乙女ゲームでいうところの悪役令嬢だった人物。
何だか嫌な予感がするが、断るわけにもいかない。
渋々参加すれば、案の定、親切な令嬢達が教えてくれた。
『最近、サラはダニエルがお気に入りのようで、護衛騎士に指名して連れ回している』『しかも、二人の距離は近くてただならぬ関係のように見えた』
だから、気を付けた方がいい……とわざわざ忠告してくれたのだ。
元々、公爵家と関わりの無い子爵家がなぜ呼ばれたのかと不思議に思っていたがそういうことらしい。
果たして善意からなのか悪意からなのかはわからないが……。
数日後、噂はありえない早さで広まっていた。
おそらくダニエルはその噂を知らない。知っていたらいつも通りではいられないはずだ。
ダニエルを疑っているわけではないがモヤモヤする。
このまま噂を放っておくわけにもいかない。
とはいえ、私が直接動いて処理するのは悪手だ。
悩んだ結果、ダニエルに任せることにした。
ダニエルは考えるのは苦手だが、やればできる子だ。
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