ダニエル探偵事務所は今日も閑古鳥が鳴いている

黒木メイ

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第一章

十二

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 全てを見透かすような黄金の瞳。アホ毛一つないさらさらの黄金の髪。精巧に作られた人形のように均整の取れた肢体。人の域を超えた美しさを持つ彼女が人間ではないことをダニエルは知っている。光の精霊でもあり、現精霊王でもある彼女。

「あれ、お久しぶりですね?」

 現実どころか夢の中でさえめったに会いにくることがないのに……と驚いていると彼女の目が一気につり上がった。

『何を呑気なことを言っているの?』
「え?」
『あなたのせいであの子が危険な目にあっているっていうのに』
「あの子? あの子って誰のことです?」
『はあ? あなた本気で言っているの? あの子に命令を下したのはあなたでしょう?! 』

 そこまで言われてようやく頭に浮かんだのはエーリヒの顔。

「え?! ま、まさかエーリヒのことを言っているんですか?!」
『彼女以外誰がいるっていうのよ!』
「ってことはヨハンにバレたんですね?!」
『いいえ。幸いにもあの子が女性であることはまだバレていないわ。でも、捕まってしまったからバレるのも時間の問題』
「なら早く助けに行かないと!」
『だーかーらーこうして私があなたの夢にまで介入してるんでしょうが!』
「そ、そうでした! すみません。精霊王様」

 慌てて謝罪を口にするダニエルを見て、精霊王は溜息を吐く。そして、野良犬を追い払うかのように手を動かした。

『いいから早く助けに行ってあげなさい』
「はい! ……つかぬことをお伺いしますが精霊王様はどうしてエーリヒのことを気にかけているんですか?」

 本来ならエーリヒを忌避してもおかしくないはず。
 それなのにどうして……と問うと、精霊王はバツが悪そうな表情を浮かべて視線を逸らした。

『今はそんなことを気にしてる場合じゃないでしょう』
「それはそうなんですけど、気になって……」
『……確かに、あの子の血に流れる半分は私達とは相容れないモノだわ。でも、あの子はどちらにもなれない半端もの。それだけじゃない。とても残酷な運命を背負った哀れな子よ。孤独な子なの。だから、同情することはあっても虐げようなんて気にもならない。それに、あの子が作るクッキーは私達のお気に入りなの。それこそ、あなたの瞳と同じくらいにね』
「……なるほど?」
 ――――それだけクッキーがお気に召したってことか。
『と、とにかく! さっさと起きて彼女を助けてきなさい』
「はいはい」

 返事をしてすぐにダニエルの意識は浮上した。目を開くと同時に頭部に痛みが襲ってくる。

「いたっ。ちょ、おきた! 起きたからひっぱるのはやめてよー!!!」

 夢に介入できなかった精霊達が必死にダニエルの髪を四方八方から引っ張っていた。数本は抜けたんじゃないだろうか。

「で? エーリヒがどこにいるのか案内してくれるの?」

 頭を擦りながら聞けば、精霊達が先導するようにふわふわと動き出した。ダニエルはその後を追いかける。


 ◇


 ダニエルが意識を失う少し前のこと。
 エーリヒはジュリアが働く新聞社の中を外から覗いていた。てっきり自宅にいるものだと思って一度そちらを見に行ったのだがそこにはいなかった。仕事一筋な彼女ならここにいるかもしれない。そう思ってきたのだ。

 ――――部屋の灯りはついている。けど、誰かがいる気配はしない。

 嫌な予感がした。先程見たヨハンの不機嫌な様子を思い出す。
 エーリヒは覚悟を決め、そっと動き出した。周りに誰もいないのを確かめ、こっそりと建物の中へと侵入する。目指すは灯りのついている部屋。夜目が利くのでなんなく辿り着けた。
 音を立てずに中を覗く。

「……!」

 床に散らばった紙。その上にうつぶせに倒れている人。服装はジュリアが着ていた物とそっくりだ。エーリヒは慌てて駆け寄った。ゆっくりと仰向けにすれば顔が見えた。間違いなくジュリアだ。
 そっと顔を近づける。呼吸はしている。

 ――――よかった。生きていた。

 ホッとして息を吐く。

「ジュリアさんジュリアさん」
「ん……?」

 何度目かの呼びかけの後、ジュリアは目を開けた。ぼーっとエーリヒの顔を見つめている。

「大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です。ここは、天国ですか?」
「いいえ。違います。ジュリアさんの職場ですよ」
「え?」

 驚いたように上半身を起こし、きょろきょろと周りを見る。
「本当だ。あれ? でも、それならどうしてあなたがここに?」

 ジュリアに尋ねられ、エーリヒはギクリと身体を揺らした。

「そ、それはですね……たまたまこの前を通っていたら大きな物音が聞こえたので何かあったのかもしれないと思い……すみません勝手に中に入ってしまって」
 怪しすぎる説明だが、それでもジュリアは信じてくれたらしい。
「いえ。そんな状況なら仕方ないですね。私でも同じ行動をとると思いますし」
「そ、そうですか」
 さすが生粋の記者。とは口に出さなかった。

「それにしても……私どうして倒れちゃったんだろう?」
 とジュリアが首を傾げる。
「……今日私とメーベルト城で会ったのは覚えていますか?」
「もちろんです。お二人に夜の庭園デートをオススメしたことはしっかりと覚えています。そうだ。あの後ちゃんと見れましたか? 例の薔薇」
「あ、はい。おかげさまで」
「それはよかったです」

 満面の笑みを浮かべるジュリアにエーリヒは愛想笑いで返す。

「えーっと、それで、その後の記憶はありますか?」
「その後ですか? その後は確か……ヨハン様にここまで送ってもらって、それから……それから……の記憶がありませんね」

 額を手で押さえて戸惑いの声を上げるジュリア。エーリヒはジュリアの指先をじっと見つめた。

「その傷……」
「え? あれ、いつのまに……紙で切ったのかな?」

 ジュリアの指先にできた小さな傷跡。真新しい傷跡を観た後、エーリヒはおもむろにジュリアに手を伸ばした。

「え?」

 不意に前髪を払うように頬に触れられジュリアの頬が赤く染まる。

「あ、あの?」
「顔色が悪いですね。そのせいで倒れたんだと思います。今日はもう無理せず家でゆっくり休んだらどうですか? お送りしますから」
「そ、そうですね。そうします。よろしくお願いします」
「ええ」

 手を差し出し、ジュリアを立たせる。ジュリアは立ち上がると少し前まで倒れていたとは思えない早さで支度を終え新聞社を出た。家まで送り届ける間、ジュリアから投げかけられる質問をのらりくらりとかわす。

「それではおやすみなさい」
「あ、後一個だけ質問が」

 言い終わる前に扉を閉めた。
 踵を返し、メーベルト城、ではなく自宅へと向かう。リポッソの二階にある自宅へと。

 別に用があったわけではない。ただの勘だった。『はそこにいる』という勘。
 そして、その勘は当たっていた。施錠されているはずの扉は壊され、部屋の中はぐちゃぐちゃ。まるで泥棒が入った後のようだ。小さな引き出しまで全て開けられている。
 

 ――――あーあ。これは片付けが大変だ。

「何をしているんですか?」

 エーリヒの声かけに部屋の中心でぼーっと立っていたヨハンがゆっくりと振り向いた。その手に握られているのは見覚えのあるハンカチ。ジュリアが目をつけられた元凶。
 ヨハンはエーリヒを見て目を細めた。

「リヒト君こそ。なぜここに?」
「たまたま近くを通りかかりまして」
「フッ……子供でももっとマシな嘘を吐くだろう。私の後をつけてきたんだね?」
「……」

 無言を肯定と捉えたのか、ヨハンが愉悦混じりの笑みを浮かべる。

「そんなに私に興味があるのならもっと早く言ってくれればよかったのに。まあ、あの主が側にいたら無理か。かなり君に執着しているようだしね」
「私の主はエル様だけですよ」
「そう思っているなら何故君は一人で私に会いにきたんだい? あんな凡庸な主に仕えるのが嫌になったからだろう? 大丈夫。君のその判断は間違っていない。自信を持ちなさい」
「……いいえ。何もかもが間違っていますね」
「なに?」
「私の主は素晴らしい人です。あなたみたいななんかとは比べられないくらいに。そもそも、私はあの方以外に仕える気はこれっぽちもありませんから」

 エーリヒの言葉にヨハンの表情が一変した。先程までの余裕が消え、警戒心が浮かんでいる。

「私が、化け物?」
「ええ」
「なぜ? 私の何を見てそんなことを言っているんだい?」
「さあ? なぜでしょうかねえ……」

 とぼけるエーリヒを睨みつけるように見つめるヨハン。しばらくしてヨハンが片方の口角を上げた。

「若いね」
「はい?」
 エーリヒが訝しげに眉をしかめる。ヨハンはやれやれと首を横に振る。
「余計な一言を言わずにはいられない。実に若者らしい短慮さだ」
「何を言ってる、?!」

 一瞬でヨハンは間合いを詰めエーリヒの前に立った。そして顔を覗き込みニヤリと笑う。

「知らないフリをしていれば虚をつくことができたかもしれないのに」

 咄嗟に目を閉じようとしたが遅い。至近距離で赤い目に見つめられ、エーリヒは意識を失った。全身から力が抜け倒れるエーリヒを、ヨハンが片手で支える。

「まさか君の方から私の元にきてくれるとはね。正直、時間がないから諦めていたんだが……。無意味な時間を過ごした上に、目的の人物がすでに逃げた後だとわかった時はあのジュリアとかいう女をどうしてやろうかと思ったが……危ない危ない。若い女の血は貴重だというのに。冷静になれたのも君のおかげだ。リヒト君。さあ、城に戻って尋問をしようか。その後は……。大丈夫。次に目を覚ました時は君私のものだ」

 愛おしいとでも言うようにエーリヒの輪郭を指でなぞるとそのまま抱き上げ、ヨハンはエーリヒの家を出た。
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