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第一章
十一
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「そんなに警戒しなくてもいいよ」
と言ったものの警戒されても仕方ない状況だということは自分でもわかっている。実際、「はい」と言うアルマの声は震えていた。
――――さて、彼女の警戒をどう解くべきか。ひとまず……
「アルマ。紅茶を入れてくれる? ゆっくり話がしたいから君の分もね」
「はい」
これ以上緊張させないようにとアルマが紅茶を入れてくれている間視線を逸らした。
今のうちに何から話すべきかを考えよう。アルマは警戒心が強い。順番を間違えたらさらに警戒されるかもしれない。ここは慎重に……。
「どうぞ」という言葉と共に温かい紅茶がテーブルに置かれた。
「ありがとう。じゃあ、アルマはそっちに座って」
「はい。失礼、します」
アルマが入れてくれた紅茶にミルクを注ぎ、口をつける。飲む。というよりは温度を確かめる為。うん。大丈夫そうだ。一気に三分の二を飲み、残った紅茶にミルクを追加する。そして、よく混ざるようにとグルグルとティースプーンでかきまぜた。
そういえば……兄さん達はいつも僕の飲み方を見ては騒いでいたっけ。
「それはもはやミルクティーじゃない。紅茶風味のミルクだ」とか「紅茶というものをわかってない」とか「俺の前でソレを飲むな!」だとか。
身体を動かしてばかりの兄さん達にはわからないだろうけど、頭を使う僕にとってはこれがぴったりの飲み方なのに。夜じゃなかったらここに砂糖も追加していたくらいだ。
もちろん、この飲み方をするのは頭を使う時だけ。それ以外の時にはさすがにしないけどね。
と心の中で騒ぎ立てる兄達へ言い訳をした後、視線をアルマに向ける。
ダニエルの持つティーカップを凝視していたのかアルマがびくりと身体を揺らした。
見られていたのか。とダニエルは苦笑する。
「…………びっくりさせちゃった? 疲れているとどうも甘いものが飲みたくなるんだ。いつもじゃないよ?」
「そ、そういう時もありますよね」
「うん。あ、アルマも入れる?」
「いえ。私はこのままで」
即答され、手にしたばかりのミルクピッチャーをテーブルに戻す。残念だ。
「アルマ」
「はい」
「今からもう一つびっくりさせるようなことを言うんだけど……実はね。僕、君のことを前から知っていたんだ」
「え? ……私のことをですか?」
「そう」
首を傾げ、どこかで会ったことがあったのだろうかと考え始めたアルマ。そんなアルマを見てダニエルはいたずらが成功したかのように微笑む。
「と、言っても直接会ったことはないんだけどね。僕は」
「それは……どういう意味でしょうか?」
からかわれたと思ったのか眉間に皺を寄せるアルマに、どちらの名を先に出そうかと悩み、一瞬で決めた。
「うーん。リポッソのエーリヒってわかる?」
「もちろんです。え、もしかしてエーリヒさんの知り合いなんですか?」
「うん。実はそうなんだ」
にっこりと微笑み頷けば、アルマは顔色を変えた。いい意味で。
「ということは、エーリヒさんから私の話を聞いたんですか?」
表情が明るくなり、姿勢も前傾姿勢になっている。
「うん。エーリヒは君のことを心配していたよ」
「え?」
「君がいきなり顔を見せなくなったから何かあったんじゃないかって」
「あ」
途端に暗い顔になり俯くアルマ。動揺しているのが目に見えてわかる。
――――確かにこの反応じゃあヴィリーがエーリヒとの関係を疑うのも無理はない。でも、二人の仲がこじれたのはそれ以前の問題。それにエーリヒは……って、これは今考えることじゃないか。
アルマは俯いて何かを考えているようだった。しばらくして勢いよく顔を上げる。何かを決心したような顔で。
「エル様は、エーリヒさんとお知り合いなんですよね?」
「そうだよ」
「でしたら、エーリヒさんに言伝を頼んでもいいですか?」
「もちろん。なんて伝えればいいかな?」
「『私は元気です。だから心配しないでください』と」
「それだけ? 他にはいいの?」
「はい。あ、でも私がここにいることは内緒にしてください。もし、聞かれたらどこに住んでいるかまではわからないと誤魔化してもらえれば」
「それはかまわないけど……なぜ? エーリヒに知られたくないってこと?」
「いえ。そういうわけでは……ただそういう契約だから」
「契約?」
「あ、いえ。とにかく、私がここにいることを誰にも知られたくないんです。エーリヒさんが口の軽い人じゃないってことはわかっていますけど。万が一でもあの人に知られたくはないので」
必死に話すアルマをじっと見つめる。
「あの人っていうのはもしかしてヴィリーのこと?」
アルマの顔が強張った。
「な、なんでヴィリーのことも知ってるんですか。もしかして、ヴィリーとも知り合いなんですか? まさかヴィリーから私を探すように頼まれてここに?」
表情を一変させ、警戒心をむき出しにするアルマに落ち着くように声をかける。
「公爵家の僕がわざわざ彼の為に動くと思う?」
「それは……そう、ですよね。でしたらなぜ?」
「うーん……」
言葉を濁した後、口を開いた。
「実は以前僕がエーリヒの店にいる時にヴィリーが突撃してきたことがあったんだよね。おまえがアルマの浮気相手かー!って」
「?! ヴィリーがそんなことを?!」
「うん」
アルマの眉間に皺が寄る。
「エーリヒさんにまで迷惑をかけるなんて最低っ。それでエーリヒさんは? もしかして、あの人エーリヒさんにまで手を上げたんじゃあ」
「ううん。それは大丈夫。誤解も解けて今では二人の仲も普通だから」
「え? 本当ですか? あの人がそんなに簡単に納得したんですか?」
「うん」
「そう、ですか」
信じられないという表情のアルマ。どれだけ信用を無くしているんだヴィリーは。まあ、自業自得だけど。
「他にはいないの?」
「え?」
「エーリヒ以外に言付けしておきたい人。ついでだし、こっそり伝えておくけど」
「いえ。いません」
アルマが慌てて首を横に振る。
「エーリヒさんだけで大丈夫です。ただ……ヨハン様には内緒にしておいてくださいね」
「もちろん」
「絶対の絶対ですよ!」
必死な形相のアルマにびっくりして、何度も頷く。
「わ、わかったから。落ち着いて」
「すみません。ヨハン様にバレたらクビになるのでつい」
「それだけここを辞めたくないんだね」
「はい」
「ふーん。……あ、そうだ。ヴィリーが見たら一発でアルマの物だってわかる物持っていたりする?」
「え?」
「ヴィリーがアルマを探し続けていると不安だろうから、アルマはもう亡くなっていたっていうことにしようかと。バレたら大変だろうけど、この城にずっといるなら大丈夫だろうし」
「そういうことですか。でも、私着の身着のままでこの城にきたので何も持っていないんですよね。……いや、ちょっとまってください。そういえば、その時着ていた服ならありました。それなら」
「それ使えそうだね。わざと破ったり汚したりすれば」
「襲われて亡くなったように見せれますね! 探しておきます。でもいいんですか? こんなことまで頼んじゃって」
「ついでだから気にしないで」
ヴィリーには悪いがお互いの為にも完全に縁を切ってしまった方がいいだろう。
「じゃあ、お願いします。ちなみにエル様はいつ頃帰る予定なんですか?」
「明後日頃になると思うよ」
「でしたらその時までにお渡ししますね」
「うん」
ようやく警戒が解けたのかアルマの表情が和らぐ。
予想はしていたがやはりアルマの気持ちはヴィリーから完全に離れていた。それを確認できてよかった。
それにしても、とヨハンのことを思い浮かべる。
エーリヒと協力して調べた結果、ヨハンが勧誘した者達は皆、アルマと同じような事情を抱えた者たちばかりだった。
――――アルマ達からしてみればヨハンは救世主のように見えているんだろう。でも、僕からしてみればヨハンには別の目的があって動いているように思えてならない。ここで住み込みで働いていることを秘密にするという契約についてもそう。やっぱり……
「ヨハン卿についてなんだけど」
「はい?」
「領民の為にそこまでできるなんてすごいよね。なかなかできないことだよ」
「公爵家の方から見てもそうなんですね! やはりヨハン様はすごい方です。ここで働いている人達は皆ヨハン様に感謝しているんですよ!」
「そっか。……でも、ここで全員を匿い続けるのは大変だろうね。今はよくても、この先は……とこれは余計なお世話だったね」
「いいえ」
「?」
「エル様が心配される気持ちもわかります。でも、安心してください。ここにいるのにも期限がありますから」
「そうなの?」
「はい。最長でも三年。その間にここで経験を積んで、各々進路を決めるんです。まあ、その進路決めについてもヨハン様の力を借りているんですけど……。人によっては領地外でないと安心して暮らせないっていう人もいるので」
「なるほど。……ここを出た人達がどこにいるかは知ってるの?」
「いえ、私は知りません。行先を知る者は少ない方がいいということで。知っているのはヨハン様と……ヤンさんくらいじゃないですかね?」
「徹底してるんだね」
「はい」
「だから安心してここを出て行けるんです」と微笑むアルマにダニエルは無言で微笑みを返した。
「ありがとう。城を出る前に色々話せてよかったよ」
「いえ。こちらこそ。エーリヒさんが元気にしていることが分かっただけでもよかったです。それと、ヴィリーの件お願いします」
「任せて。あ、そうだ。その代わりと言ったらなんだけど、僕がエーリヒと知り合いっていうのはここだけの秘密にしててくれる?」
「それはもちろんかまいませんが……」
「実はこの前ヤンが連れて行ってくれたのがリポッソでさ、せっかく案内してもらったし、初めてきたフリをしちゃったんだよね」
「ああ、そういう……わかりました」
アルマが頷いたのを確認してホッと息を吐く。これでほぼ話したいことは終わった。と、残りの紅茶に口をつける。
「あ、アルマも飲みなよ? て僕が入れたんじゃないんだけど」
「あ。それが……実は私紅茶飲めなくてコーヒー派なんです。もしよろしければ私の分も召し上がってくれませんか?」
「それはいいけど。言ってくれたらよかったのに。ごめんね無理やり飲ませようとして」
「いえ」
「話もきりがいいしそろそろ解散しようか。つきあってくれてありがとう」
「いえ」
「あ、こっちは僕がいただくから後は下げていいよ」
「はい。……すみません」
部屋を出ていくアルマを見送り、紅茶に口をつける。もちろん、ミルクをたっぷり入れて。
手帳を取り出し、情報を整理する。
「何となく見えてきた。……僕の予想が当たっていればここから出た彼女達は……」
もし、そうなのだとしたら早く解決しなければならない。その前にエーリヒをここから逃がして。
――――そういえばエーリヒの帰りが遅い。……まさか?
立ち上がろうとした瞬間、膝を突いた。
「?」
足に力が入らない。いや、足どころか、全身から。視界が揺れている。
そんな中ティーカップが視界に入った。もしかして紅茶の中に?
薄れいく意識のなか、ダニエルはエーリヒの名前をよんだ。
「逃げて、すぐに」
彼が君の正体に気づく前に。
ダニエルの意識は二杯の紅茶で刈り取られた。
と言ったものの警戒されても仕方ない状況だということは自分でもわかっている。実際、「はい」と言うアルマの声は震えていた。
――――さて、彼女の警戒をどう解くべきか。ひとまず……
「アルマ。紅茶を入れてくれる? ゆっくり話がしたいから君の分もね」
「はい」
これ以上緊張させないようにとアルマが紅茶を入れてくれている間視線を逸らした。
今のうちに何から話すべきかを考えよう。アルマは警戒心が強い。順番を間違えたらさらに警戒されるかもしれない。ここは慎重に……。
「どうぞ」という言葉と共に温かい紅茶がテーブルに置かれた。
「ありがとう。じゃあ、アルマはそっちに座って」
「はい。失礼、します」
アルマが入れてくれた紅茶にミルクを注ぎ、口をつける。飲む。というよりは温度を確かめる為。うん。大丈夫そうだ。一気に三分の二を飲み、残った紅茶にミルクを追加する。そして、よく混ざるようにとグルグルとティースプーンでかきまぜた。
そういえば……兄さん達はいつも僕の飲み方を見ては騒いでいたっけ。
「それはもはやミルクティーじゃない。紅茶風味のミルクだ」とか「紅茶というものをわかってない」とか「俺の前でソレを飲むな!」だとか。
身体を動かしてばかりの兄さん達にはわからないだろうけど、頭を使う僕にとってはこれがぴったりの飲み方なのに。夜じゃなかったらここに砂糖も追加していたくらいだ。
もちろん、この飲み方をするのは頭を使う時だけ。それ以外の時にはさすがにしないけどね。
と心の中で騒ぎ立てる兄達へ言い訳をした後、視線をアルマに向ける。
ダニエルの持つティーカップを凝視していたのかアルマがびくりと身体を揺らした。
見られていたのか。とダニエルは苦笑する。
「…………びっくりさせちゃった? 疲れているとどうも甘いものが飲みたくなるんだ。いつもじゃないよ?」
「そ、そういう時もありますよね」
「うん。あ、アルマも入れる?」
「いえ。私はこのままで」
即答され、手にしたばかりのミルクピッチャーをテーブルに戻す。残念だ。
「アルマ」
「はい」
「今からもう一つびっくりさせるようなことを言うんだけど……実はね。僕、君のことを前から知っていたんだ」
「え? ……私のことをですか?」
「そう」
首を傾げ、どこかで会ったことがあったのだろうかと考え始めたアルマ。そんなアルマを見てダニエルはいたずらが成功したかのように微笑む。
「と、言っても直接会ったことはないんだけどね。僕は」
「それは……どういう意味でしょうか?」
からかわれたと思ったのか眉間に皺を寄せるアルマに、どちらの名を先に出そうかと悩み、一瞬で決めた。
「うーん。リポッソのエーリヒってわかる?」
「もちろんです。え、もしかしてエーリヒさんの知り合いなんですか?」
「うん。実はそうなんだ」
にっこりと微笑み頷けば、アルマは顔色を変えた。いい意味で。
「ということは、エーリヒさんから私の話を聞いたんですか?」
表情が明るくなり、姿勢も前傾姿勢になっている。
「うん。エーリヒは君のことを心配していたよ」
「え?」
「君がいきなり顔を見せなくなったから何かあったんじゃないかって」
「あ」
途端に暗い顔になり俯くアルマ。動揺しているのが目に見えてわかる。
――――確かにこの反応じゃあヴィリーがエーリヒとの関係を疑うのも無理はない。でも、二人の仲がこじれたのはそれ以前の問題。それにエーリヒは……って、これは今考えることじゃないか。
アルマは俯いて何かを考えているようだった。しばらくして勢いよく顔を上げる。何かを決心したような顔で。
「エル様は、エーリヒさんとお知り合いなんですよね?」
「そうだよ」
「でしたら、エーリヒさんに言伝を頼んでもいいですか?」
「もちろん。なんて伝えればいいかな?」
「『私は元気です。だから心配しないでください』と」
「それだけ? 他にはいいの?」
「はい。あ、でも私がここにいることは内緒にしてください。もし、聞かれたらどこに住んでいるかまではわからないと誤魔化してもらえれば」
「それはかまわないけど……なぜ? エーリヒに知られたくないってこと?」
「いえ。そういうわけでは……ただそういう契約だから」
「契約?」
「あ、いえ。とにかく、私がここにいることを誰にも知られたくないんです。エーリヒさんが口の軽い人じゃないってことはわかっていますけど。万が一でもあの人に知られたくはないので」
必死に話すアルマをじっと見つめる。
「あの人っていうのはもしかしてヴィリーのこと?」
アルマの顔が強張った。
「な、なんでヴィリーのことも知ってるんですか。もしかして、ヴィリーとも知り合いなんですか? まさかヴィリーから私を探すように頼まれてここに?」
表情を一変させ、警戒心をむき出しにするアルマに落ち着くように声をかける。
「公爵家の僕がわざわざ彼の為に動くと思う?」
「それは……そう、ですよね。でしたらなぜ?」
「うーん……」
言葉を濁した後、口を開いた。
「実は以前僕がエーリヒの店にいる時にヴィリーが突撃してきたことがあったんだよね。おまえがアルマの浮気相手かー!って」
「?! ヴィリーがそんなことを?!」
「うん」
アルマの眉間に皺が寄る。
「エーリヒさんにまで迷惑をかけるなんて最低っ。それでエーリヒさんは? もしかして、あの人エーリヒさんにまで手を上げたんじゃあ」
「ううん。それは大丈夫。誤解も解けて今では二人の仲も普通だから」
「え? 本当ですか? あの人がそんなに簡単に納得したんですか?」
「うん」
「そう、ですか」
信じられないという表情のアルマ。どれだけ信用を無くしているんだヴィリーは。まあ、自業自得だけど。
「他にはいないの?」
「え?」
「エーリヒ以外に言付けしておきたい人。ついでだし、こっそり伝えておくけど」
「いえ。いません」
アルマが慌てて首を横に振る。
「エーリヒさんだけで大丈夫です。ただ……ヨハン様には内緒にしておいてくださいね」
「もちろん」
「絶対の絶対ですよ!」
必死な形相のアルマにびっくりして、何度も頷く。
「わ、わかったから。落ち着いて」
「すみません。ヨハン様にバレたらクビになるのでつい」
「それだけここを辞めたくないんだね」
「はい」
「ふーん。……あ、そうだ。ヴィリーが見たら一発でアルマの物だってわかる物持っていたりする?」
「え?」
「ヴィリーがアルマを探し続けていると不安だろうから、アルマはもう亡くなっていたっていうことにしようかと。バレたら大変だろうけど、この城にずっといるなら大丈夫だろうし」
「そういうことですか。でも、私着の身着のままでこの城にきたので何も持っていないんですよね。……いや、ちょっとまってください。そういえば、その時着ていた服ならありました。それなら」
「それ使えそうだね。わざと破ったり汚したりすれば」
「襲われて亡くなったように見せれますね! 探しておきます。でもいいんですか? こんなことまで頼んじゃって」
「ついでだから気にしないで」
ヴィリーには悪いがお互いの為にも完全に縁を切ってしまった方がいいだろう。
「じゃあ、お願いします。ちなみにエル様はいつ頃帰る予定なんですか?」
「明後日頃になると思うよ」
「でしたらその時までにお渡ししますね」
「うん」
ようやく警戒が解けたのかアルマの表情が和らぐ。
予想はしていたがやはりアルマの気持ちはヴィリーから完全に離れていた。それを確認できてよかった。
それにしても、とヨハンのことを思い浮かべる。
エーリヒと協力して調べた結果、ヨハンが勧誘した者達は皆、アルマと同じような事情を抱えた者たちばかりだった。
――――アルマ達からしてみればヨハンは救世主のように見えているんだろう。でも、僕からしてみればヨハンには別の目的があって動いているように思えてならない。ここで住み込みで働いていることを秘密にするという契約についてもそう。やっぱり……
「ヨハン卿についてなんだけど」
「はい?」
「領民の為にそこまでできるなんてすごいよね。なかなかできないことだよ」
「公爵家の方から見てもそうなんですね! やはりヨハン様はすごい方です。ここで働いている人達は皆ヨハン様に感謝しているんですよ!」
「そっか。……でも、ここで全員を匿い続けるのは大変だろうね。今はよくても、この先は……とこれは余計なお世話だったね」
「いいえ」
「?」
「エル様が心配される気持ちもわかります。でも、安心してください。ここにいるのにも期限がありますから」
「そうなの?」
「はい。最長でも三年。その間にここで経験を積んで、各々進路を決めるんです。まあ、その進路決めについてもヨハン様の力を借りているんですけど……。人によっては領地外でないと安心して暮らせないっていう人もいるので」
「なるほど。……ここを出た人達がどこにいるかは知ってるの?」
「いえ、私は知りません。行先を知る者は少ない方がいいということで。知っているのはヨハン様と……ヤンさんくらいじゃないですかね?」
「徹底してるんだね」
「はい」
「だから安心してここを出て行けるんです」と微笑むアルマにダニエルは無言で微笑みを返した。
「ありがとう。城を出る前に色々話せてよかったよ」
「いえ。こちらこそ。エーリヒさんが元気にしていることが分かっただけでもよかったです。それと、ヴィリーの件お願いします」
「任せて。あ、そうだ。その代わりと言ったらなんだけど、僕がエーリヒと知り合いっていうのはここだけの秘密にしててくれる?」
「それはもちろんかまいませんが……」
「実はこの前ヤンが連れて行ってくれたのがリポッソでさ、せっかく案内してもらったし、初めてきたフリをしちゃったんだよね」
「ああ、そういう……わかりました」
アルマが頷いたのを確認してホッと息を吐く。これでほぼ話したいことは終わった。と、残りの紅茶に口をつける。
「あ、アルマも飲みなよ? て僕が入れたんじゃないんだけど」
「あ。それが……実は私紅茶飲めなくてコーヒー派なんです。もしよろしければ私の分も召し上がってくれませんか?」
「それはいいけど。言ってくれたらよかったのに。ごめんね無理やり飲ませようとして」
「いえ」
「話もきりがいいしそろそろ解散しようか。つきあってくれてありがとう」
「いえ」
「あ、こっちは僕がいただくから後は下げていいよ」
「はい。……すみません」
部屋を出ていくアルマを見送り、紅茶に口をつける。もちろん、ミルクをたっぷり入れて。
手帳を取り出し、情報を整理する。
「何となく見えてきた。……僕の予想が当たっていればここから出た彼女達は……」
もし、そうなのだとしたら早く解決しなければならない。その前にエーリヒをここから逃がして。
――――そういえばエーリヒの帰りが遅い。……まさか?
立ち上がろうとした瞬間、膝を突いた。
「?」
足に力が入らない。いや、足どころか、全身から。視界が揺れている。
そんな中ティーカップが視界に入った。もしかして紅茶の中に?
薄れいく意識のなか、ダニエルはエーリヒの名前をよんだ。
「逃げて、すぐに」
彼が君の正体に気づく前に。
ダニエルの意識は二杯の紅茶で刈り取られた。
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