上 下
12 / 16
第一章

十一

しおりを挟む
「そんなに警戒しなくてもいいよ」

 と言ったものの警戒されても仕方ない状況だということは自分でもわかっている。実際、「はい」と言うアルマの声は震えていた。

 ――――さて、彼女の警戒をどう解くべきか。ひとまず……

「アルマ。紅茶を入れてくれる? ゆっくり話がしたいから君の分もね」
「はい」

 これ以上緊張させないようにとアルマが紅茶を入れてくれている間視線を逸らした。
 今のうちに何から話すべきかを考えよう。アルマは警戒心が強い。順番を間違えたらさらに警戒されるかもしれない。ここは慎重に……。

「どうぞ」という言葉と共に温かい紅茶がテーブルに置かれた。
「ありがとう。じゃあ、アルマはそっちに座って」
「はい。失礼、します」
  

 アルマが入れてくれた紅茶にミルクを注ぎ、口をつける。飲む。というよりは温度を確かめる為。うん。大丈夫そうだ。一気に三分の二を飲み、残った紅茶にミルクを追加する。そして、よく混ざるようにとグルグルとティースプーンでかきまぜた。

 そういえば……兄さん達はいつも僕の飲み方を見ては騒いでいたっけ。
「それはもはやミルクティーじゃない。紅茶風味のミルクだ」とか「紅茶というものをわかってない」とか「俺の前でソレを飲むな!」だとか。
 身体を動かしてばかりの兄さん達にはわからないだろうけど、頭を使う僕にとってはこれがぴったりの飲み方なのに。夜じゃなかったらここに砂糖も追加していたくらいだ。
 もちろん、この飲み方をするのは頭を使う時だけ。それ以外の時にはさすがにしないけどね。

 と心の中で騒ぎ立てる兄達へ言い訳をした後、視線をアルマに向ける。
 ダニエルの持つティーカップを凝視していたのかアルマがびくりと身体を揺らした。
 見られていたのか。とダニエルは苦笑する。

「…………びっくりさせちゃった? 疲れているとどうも甘いものが飲みたくなるんだ。いつもじゃないよ?」
「そ、そういう時もありますよね」
「うん。あ、アルマも入れる?」
「いえ。私はこのままで」

 即答され、手にしたばかりのミルクピッチャーをテーブルに戻す。残念だ。

「アルマ」
「はい」
「今からもう一つびっくりさせるようなことを言うんだけど……実はね。僕、君のことを前から知っていたんだ」
「え? ……私のことをですか?」
「そう」

 首を傾げ、どこかで会ったことがあったのだろうかと考え始めたアルマ。そんなアルマを見てダニエルはいたずらが成功したかのように微笑む。

「と、言っても直接会ったことはないんだけどね。僕は」
「それは……どういう意味でしょうか?」

 からかわれたと思ったのか眉間に皺を寄せるアルマに、どちらの名を先に出そうかと悩み、一瞬で決めた。

「うーん。リポッソのエーリヒってわかる?」
「もちろんです。え、もしかしてエーリヒさんの知り合いなんですか?」
「うん。実はそうなんだ」

 にっこりと微笑み頷けば、アルマは顔色を変えた。いい意味で。

「ということは、エーリヒさんから私の話を聞いたんですか?」
 表情が明るくなり、姿勢も前傾姿勢になっている。
「うん。エーリヒは君のことを心配していたよ」
「え?」
「君がいきなり顔を見せなくなったから何かあったんじゃないかって」
「あ」

 途端に暗い顔になり俯くアルマ。動揺しているのが目に見えてわかる。
 ――――確かにこの反応じゃあヴィリーがエーリヒとの関係を疑うのも無理はない。でも、二人の仲がこじれたのはそれ以前の問題。それにエーリヒは……って、これは今考えることじゃないか。

 アルマは俯いて何かを考えているようだった。しばらくして勢いよく顔を上げる。何かを決心したような顔で。

「エル様は、エーリヒさんとお知り合いなんですよね?」
「そうだよ」
「でしたら、エーリヒさんに言伝を頼んでもいいですか?」
「もちろん。なんて伝えればいいかな?」
「『私は元気です。だから心配しないでください』と」
「それだけ? 他にはいいの?」
「はい。あ、でも私がここにいることは内緒にしてください。もし、聞かれたらどこに住んでいるかまではわからないと誤魔化してもらえれば」
「それはかまわないけど……なぜ? エーリヒに知られたくないってこと?」
「いえ。そういうわけでは……ただだから」
「契約?」
「あ、いえ。とにかく、私がここにいることを誰にも知られたくないんです。エーリヒさんが口の軽い人じゃないってことはわかっていますけど。万が一でもあの人に知られたくはないので」

 必死に話すアルマをじっと見つめる。

「あの人っていうのはもしかしてヴィリーのこと?」

 アルマの顔が強張った。

「な、なんでヴィリーのことも知ってるんですか。もしかして、ヴィリーとも知り合いなんですか? まさかヴィリーから私を探すように頼まれてここに?」

 表情を一変させ、警戒心をむき出しにするアルマに落ち着くように声をかける。

「公爵家の僕がわざわざ彼の為に動くと思う?」
「それは……そう、ですよね。でしたらなぜ?」
「うーん……」

 言葉を濁した後、口を開いた。

「実は以前僕がエーリヒの店にいる時にヴィリーが突撃してきたことがあったんだよね。おまえがアルマの浮気相手かー!って」
「?! ヴィリーがそんなことを?!」
「うん」

 アルマの眉間に皺が寄る。

「エーリヒさんにまで迷惑をかけるなんて最低っ。それでエーリヒさんは? もしかして、あの人エーリヒさんにまで手を上げたんじゃあ」
「ううん。それは大丈夫。誤解も解けて今では二人の仲も普通だから」
「え? 本当ですか? あの人がそんなに簡単に納得したんですか?」
「うん」
「そう、ですか」

 信じられないという表情のアルマ。どれだけ信用を無くしているんだヴィリーは。まあ、自業自得だけど。

「他にはいないの?」
「え?」
「エーリヒ以外に言付けしておきたい人。ついでだし、こっそり伝えておくけど」
「いえ。いません」

 アルマが慌てて首を横に振る。

「エーリヒさんだけで大丈夫です。ただ……ヨハン様には内緒にしておいてくださいね」
「もちろん」
「絶対の絶対ですよ!」

 必死な形相のアルマにびっくりして、何度も頷く。

「わ、わかったから。落ち着いて」
「すみません。ヨハン様にバレたらクビになるのでつい」
「それだけここを辞めたくないんだね」
「はい」
「ふーん。……あ、そうだ。ヴィリーが見たら一発でアルマの物だってわかる物持っていたりする?」
「え?」
「ヴィリーがアルマを探し続けていると不安だろうから、アルマはもう亡くなっていたっていうことにしようかと。バレたら大変だろうけど、この城にずっといるなら大丈夫だろうし」
「そういうことですか。でも、私着の身着のままでこの城にきたので何も持っていないんですよね。……いや、ちょっとまってください。そういえば、その時着ていた服ならありました。それなら」
「それ使えそうだね。わざと破ったり汚したりすれば」
「襲われて亡くなったように見せれますね! 探しておきます。でもいいんですか? こんなことまで頼んじゃって」
「ついでだから気にしないで」

 ヴィリーには悪いがお互いの為にも完全に縁を切ってしまった方がいいだろう。

「じゃあ、お願いします。ちなみにエル様はいつ頃帰る予定なんですか?」
「明後日頃になると思うよ」
「でしたらその時までにお渡ししますね」
「うん」

 ようやく警戒が解けたのかアルマの表情が和らぐ。
 予想はしていたがやはりアルマの気持ちはヴィリーから完全に離れていた。それを確認できてよかった。

 それにしても、とヨハンのことを思い浮かべる。
 エーリヒと協力して調べた結果、ヨハンが勧誘した者達は皆、アルマと同じような事情を抱えた者たちばかりだった。

 ――――アルマ達からしてみればヨハンは救世主のように見えているんだろう。でも、僕からしてみればヨハンには別の目的があって動いているように思えてならない。ここで住み込みで働いていることを秘密にするという契約についてもそう。やっぱり……

「ヨハン卿についてなんだけど」
「はい?」
「領民の為にそこまでできるなんてすごいよね。なかなかできないことだよ」
「公爵家の方から見てもそうなんですね! やはりヨハン様はすごい方です。ここで働いている人達は皆ヨハン様に感謝しているんですよ!」
「そっか。……でも、ここで全員を匿い続けるのは大変だろうね。今はよくても、この先は……とこれは余計なお世話だったね」
「いいえ」
「?」
「エル様が心配される気持ちもわかります。でも、安心してください。ここにいるのにも期限がありますから」
「そうなの?」
「はい。最長でも三年。その間にここで経験を積んで、各々進路を決めるんです。まあ、その進路決めについてもヨハン様の力を借りているんですけど……。人によっては領地外でないと安心して暮らせないっていう人もいるので」
「なるほど。……ここを出た人達がどこにいるかは知ってるの?」
「いえ、私は知りません。行先を知る者は少ない方がいいということで。知っているのはヨハン様と……ヤンさんくらいじゃないですかね?」
「徹底してるんだね」
「はい」

「だから安心してここを出て行けるんです」と微笑むアルマにダニエルは無言で微笑みを返した。

「ありがとう。城を出る前に色々話せてよかったよ」
「いえ。こちらこそ。エーリヒさんが元気にしていることが分かっただけでもよかったです。それと、ヴィリーの件お願いします」
「任せて。あ、そうだ。その代わりと言ったらなんだけど、僕がエーリヒと知り合いっていうのはここだけの秘密にしててくれる?」
「それはもちろんかまいませんが……」
「実はこの前ヤンが連れて行ってくれたのがリポッソでさ、せっかく案内してもらったし、初めてきたフリをしちゃったんだよね」
「ああ、そういう……わかりました」

 アルマが頷いたのを確認してホッと息を吐く。これでほぼ話したいことは終わった。と、残りの紅茶に口をつける。

「あ、アルマも飲みなよ? て僕が入れたんじゃないんだけど」
「あ。それが……実は私紅茶飲めなくてコーヒー派なんです。もしよろしければ私の分も召し上がってくれませんか?」
「それはいいけど。言ってくれたらよかったのに。ごめんね無理やり飲ませようとして」
「いえ」
「話もきりがいいしそろそろ解散しようか。つきあってくれてありがとう」
「いえ」
「あ、こっちは僕がいただくから後は下げていいよ」
「はい。……すみません」

 部屋を出ていくアルマを見送り、紅茶に口をつける。もちろん、ミルクをたっぷり入れて。
 手帳を取り出し、情報を整理する。
「何となく見えてきた。……僕の予想が当たっていればここから出た彼女達は……」

 もし、そうなのだとしたら早く解決しなければならない。その前にエーリヒをここから逃がして。

 ――――そういえばエーリヒの帰りが遅い。……まさか?

 立ち上がろうとした瞬間、膝を突いた。

「?」

 足に力が入らない。いや、足どころか、全身から。視界が揺れている。
 そんな中ティーカップが視界に入った。もしかして紅茶の中に?

 薄れいく意識のなか、ダニエルはエーリヒの名前をよんだ。
「逃げて、すぐに」
 彼が君の正体に気づく前に。
 ダニエルの意識は二杯の紅茶で刈り取られた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...