強面おじさんと無表情女子大生の非日常~出会い編~

黒木メイ

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エピローグ

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 問題が解決してから数週間。白金サービスはすっかり通常業務に戻っていた。今日の外仕事は田口が対応している。手が空いていた白金は自宅から持ってきた新聞を広げた。昨今、新聞は取らずにネットニュースを利用する人達が増えているそうだが白金は断然新聞定期購読派だ。
ちなみに、塚本はネットから情報を収集する派で、田口はそもそもニュースを見ない。そんな暇があるならゲームや動画を嗜むと豪語している。
以前、塚本からネットの便利さやコスト面を力説されたことがあるが、白金はあまり魅力は感じなかった。スマホやパソコンの画面は長時間眺めていると頭が痛くなる。ということもあるが、ネットニュースだといまいちどのニュースを見ればいいのか、一日にどれくらいのニュースに目を通せばいいのかわからなかいからだ。
 その点、新聞は悩む必要はないし、色んな分野の情報が詰まっているので満足感を得られる。

 今、事務所にいるのは塚本と白金だけ。二人きりだ。塚本は遠慮なく新聞を読む白金の顔を見つめていた。
 ――――今日は一段と眉間の皺が深い。何を見ているんだろう。
 白金が見ていたのは、総合病院の有名医師が事故死したという記事だった。端の方に小さく載っていた。連勤明けに車を運転して事故を起こしたということだが……詳細は不自然なくらい省かれていた。死んだのは運転していた本人のみ。事件性はないらしい。普段なら読み飛ばしそうな記事ではあるが、今日は何となく読み飛ばしてはいけない気がした。
 白金は顔を上げると塚本の名を呼んだ。

「今、手は空いているか? この事故死について調べて欲しいんだが」
「どれですか? この件なら……佐久間さんから連絡がきていますよ」

 目を通してすぐに塚本は真剣な顔で答えた。その反応に白金は自分の嫌な勘が当たっているのだと確信する。白金は移動して、塚本のPCを覗き込んだ。佐久間からのメールには、前回の依頼のアフターサービスという件名で藤田啓吾の死亡調査報告書が添付されていた。報告書には、藤田の件も金子の時と似たような事故処理をされていたとある。佐藤組が藤田の周りを事故が起きる数週間前からうろついていたことや、ろくに検死や現場検証がされていなかったことも書いてあった。

 悪い予感は大抵当たるものだ。白金は溜息を吐いた。
 あの日。藤田親子の家におじゃました日。白金は……おそらく藤田自身も最悪のパターンが起きる可能性に気づいていた。佐藤は仁美との今後の関りについては明言したが、藤田については何も言わなかった。佐藤組が娘の責を藤田に負わせようとする可能性は充分に考えられた。けれど、白金はあえてそれをあの場で口にはしなかった。仁美と違い、藤田はすでに裏社会に足を突っ込んでいる人間だったからだ。

 ただ、一方で殺される滅多なことはないだろう……とも思っていた。佐藤組にとって藤田は貴重な存在だ。今後も利用価値がある。報復があるとしても全治数ヶ月程度の怪我ですむだろうと思っていた……のだが結果はコレだ。
 もしかしたら、藤田は仁美の件で佐藤組との関係を改めようとしたのかもしれない。その結果、始末された……ありえる話だ。
 あの時の藤田の表情はその覚悟の表れだったのかもしれない。そんな気がした。

「藤田仁美は大丈夫なのか?」
「はい。佐久間さんに確認をとったところ、彼女は家を出てすぐに海外へ移住していたそうです。佐藤組もさすがに彼女を追うようなことはしなかったようで、彼女が父親の葬儀で一時帰国した時にも動きはなかったそうなので大丈夫かと」
「そうか……」

 仁美の顔が浮かぶ。今、彼女はいったいどんな顔をしているのだろうか。仁美から刺されたことのある白金がこんなことを思うのはなんだが……死んだ二人の分まで彼女には生きて欲しいと思う。きっと、彼らもそれを望んでいるはずだ。

 白金と同じように仁美のことを考えているのか塚本が険しい顔をしている。その表情には見覚えがあった。白金と塚本が出会ったばかりの頃よくしていた表情だ。
 白金は無意識に塚本の頭をくしゃりと撫でた。塚本が驚いた顔をして顔を上げる。リアクションも昔のままだ。懐かしくなってクスリと小さく笑ってしまった。

「ちょっと出て来るわ」
「は、はい」

 顔を真っ赤にして頷く塚本を置いて、白金は事務所を出た。
 そろそろ待ち合わせの時間だ。少し歩いたところにあるカフェで待ち合わせをしている。
 店内に入ると、心地よい洋楽が聞こえてきた。コーヒーのいい香りが鼻をくすぐる。せっかくだから何か頼もうかとも思ったが、今は時間がない。

 待ち合わせ場所は二階だ。白金は階段を上った。すぐに彼女がどこにいるのかわかった。後ろ姿でもわかる。特徴的な黒い艶やかな長い髪。彼女は周りにいる男達からの視線を集めていた。二人組の男が小声で彼女を見て何かを囁いている。彼らが動き出す前に白金は彼女に近づいた。腰を上げようとした男達は白金の顔を見た瞬間、慌てて元の席にお尻を戻した。

「待たせたな」

 と声をかける前に黒井がくるりと振り向く。

「白金さん。お久しぶりです」
「あ、ああ」

 白金は黒井の向かいに座った。途端に周囲からの視線が白金にも集中する。がたいのいい強面のおじさんと美人女子大生の組み合わせは興味がそそられるらしい。しかし、白金が軽く目を細めて視線を向ければ、皆慌てて視線を逸らした。白金は嘆息した後、さっと封筒を黒井に差し出した。黒井はそれを受け取り、さっと鞄の中にいれる。もし、勇気のある誰かがこのやり取りを見ていたとしたら、何かよからぬ邪推をしていたかもしれない。ちなみに、中身は追加報酬金だ。黒井は最初にもらったお金だけでいいと言ったが、色々と巻き込んでしまった白金としてはそれでは納得できなかった。

「中身、確認しなくていいのか?」
「家に帰ってからにします。さすがに人目が気になりますから」
「気遣い助かる」
「いえ」

 黒井は伏し目がちになり、コーヒーに口をつける。その様子を見て、白金は自分も飲みたくなってきた。――――やっぱり先に頼めばよかったか。
 と後悔する。黒井はそんな白金に気づいた。

「いりますか?」

 のみかけのコーヒーを差し出され、白金は目を丸くした。首を横に振る。
「いや、いい。……何ていうコーヒーかだけ教えてくれるか? 後で買って帰る」
「そうですか。これはこの店のオリジナルブレンドですよ」
「オリジナルブレンド……うまそうだな」
「はい。きっと白金さんのお口にもあうと思います」

 そう言って、また黒井はコーヒーに口をつける。二人の間に沈黙が流れた。けれど、気まずさは感じない。黒井が落ち着いた性格だからだろうか。関係性も浅く、性別も歳も全く違う二人。しかし、不思議と居心地が良く感じた。

「そういえば、俺についている守護霊ってどんなやつなんだ?」
 ふと気になって小声で尋ねる。黒井はちらりと白金の背後を見た後、同じく小声で返した。

「綺麗な女性ですよ」

 白金はへえと目を丸くする。自分のイメージではごつい男性だと思っていたのだが……

「女性か……見てみたいな」

 それはただの思い付きだった。
 しかし、本気と受け取ったのか黒井はぐっと上半身を上げ、白金に顔を寄せる。そして、白い華奢な指を白金の頬に添えた。

「なら……見てみますか?」

 至近距離で目と目が合う。意識が一気にもっていかれた。我に返って慌てて視線を逸らすと、今度はふっくらとした赤い唇が目に入ってくる。気づかないうちにゴクリと喉が鳴っていた。ちなみに周りからも聞こえてきた。その音で冷静さを取り戻した。

「いや、いい」

 手で黒井を押し返す。情けないが今はそれしか言えなかった。
 黒井は座りなおす。その顔はどことなく面白くなさそうだ。

「気を悪くしたか?」

 珍しく表情がわかりやすい。聞くと、黒井は首を横に振った。

「いえ、そうではなく……」
「なんだ?」
「普通に返されてしまってがっかり、と言いますか……。佐久間さんが言っていた『白金さんをは何をされても動揺しない説』を検証しようとしてみたんですけど……」

 想定外の答えに、ガクッと白金は頭を下げた。――――なんだそれ。
 正直に言うと動揺はしている。が、それをわざわざ自分の口から言いたくはない。それに、それを言うなら黒井だって大差ないように見える。
 ――――本当に、黒井は何を考えているのか読めないな!

 白金からしてみれば黒井こそ動揺とは無縁そうだ。でも、このやり取りのおかげで少しだけ親しみを感じた。
 よくよく考えてみれば黒井もまだ大学生。何でもないことで笑ったりする年頃だ。
 思いがけない年相応さを感じて微笑ましくなった。

「あ」

 黒井がスマホの画面を見て声を漏らす。

「どうした?」
「今日、用事があったんでした」
「今からか? それなら、早く行きな」
「すみません。それじゃあ、お先に。それと、先程私が飲んでいたコーヒーですが、同じものを注文しておきましたので飲んでいってください。このまま席で待っていればスタッフが持ってくると思いますので」
「いつのまに。ありがたくいただいて帰るよ」
「はい。それでは、また」
「ああ、また」

 白金は片手を軽く上げ、黒井を見送った。黒井が言った通り、入れ違いにスタッフがコーヒーを運んでくる。この日、白金はスマホからコーヒーの注文ができるということを知った。

 自然と出てきた「また」という言葉。この時、白金は直感した。この「また」は社交辞令で終わらない。きっと、黒井との関係はこれからも続く。そんな気がした。白金の勘はよくあたるのだ。
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