21 / 21
エピローグ
しおりを挟む
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国の隣にあるルセック王国にいるらしい。
断定できないのには理由があった。
『勇者』だと思わしき青年、本人が頑なに「僕は勇者じゃない」と言い続けているからだ。
ルセック王国の国王としてはレンを勇者として認定してしまいたかったのだが、当の本人から「それなら聖剣を教会に預けます」と言われてしまっては断念するしかなかった。
また、現在レンの雇い主となっているイーヴォからも「レンがそう言っているってことはそういうことだ」と念入りに釘を刺されている。
たとえ国王といえども、自国の者ではない上に一人で一国を滅ぼせそうな力を持っているレンと、国を護る要となっている辺境伯から言われれば、『はい』以外の選択肢はなかったのだ。
それに、万が一にでもレン以外の者の手に聖剣が渡り、ワグナー王国で起きたようなことが自国でも起こりうるものなら……想像しただけで王冠を投げ捨てて逃げてしまいたくなる。
一年前、ワグナー王国で何があったのか、ルセック国王も知っている。
バルドゥルは一年前、他国との交流を手っ取り早く元に戻す為の手段として、各国の王に『聖剣の秘密について』情報を開示した。レンには許可を取った上で。
安易に聖剣を渡した負い目があったレンも、各国のトップにならとOKを出した。中途半端に情報が漏洩するよりは、と思ったのもある。
開示した情報の内容としては、『聖剣は誰でも使えること』と『ただし、真の勇者でなければその力を制御できないこと』だ。
制御できなければどうなるかは……言わずもがなである。
バルドゥルからしたら「だから、ユウキ様を抑えるのは私の力でも無理だったんだ」という何とも情けない言い訳のようなものだったのだが、バルドゥルへの評価はともかくその情報の中身については他国にとってもとても重要なものだった。
特に、勇者の力を手に入れたいと一度でも考えたことがある国にとっては。
余談だが、正気に戻り沙織への気持ちを自覚した勇気はその後クリスティーヌに謝罪し別れを切り出したそうだ。だが、そうは簡単にいかないのが王家の婚姻。
しかも、クリスティーヌにとっては勇気を逃したら後がないようなもの。
「王女である自分を心身ともに傷つけた罪を償え!」と勇気に迫り、今では勇気も完全に尻に敷かれているらしい。
今の二人の間には以前のような熱量はなく、勇気はクリスティーヌから逃げるように毎日仕事に明け暮れ、クリスティーヌは勇気への当てつけのように見目麗しい護衛を引き連れて毎日のように『ユウキ様被害者の会』とかいう茶会を開いているそうだ。
ちなみに、ここまでの情報は全てマリアがレン宛に送った封筒の中に、ぶ厚いラブレターと一緒に入れられていた。
――――――――
指先を濡れた布で少し湿らせ、一枚、二枚、三枚……と札を数える。目の前には札束が数個重ねてある。これは全部ここ一年働いて稼いだお金だ。
給料が相場よりもかなり高いとはいえ、次の目的地までの旅費を稼ぐのは大変だった。しかも、今回は二人旅。不測の事態も考えて多めに用意しておくにこしたことはない。
――――よし! 今月の給料を加えれば目標金額達成だ!
満足気にレンが微笑んだ時、
「レン!」
いきなり名前を呼ばれレンの身体が跳ねた。
慌てて目の前にあった札束をマジックバッグの中に突っ込む。
そして、何食わぬ顔をして扉を開いた。目の前には慣れ親しんだ顔。
「なんだ、サオリか」
がっくりと肩を落とす。何のことは無い。突然の訪問者はレンのパートナーだった。
サオリが相手ならあんなに焦ることはなかったじゃないかと息を吐いていると、沙織はそれどころではないと余裕なさげにレンに詰め寄った。
「『なんだサオリか』じゃないのよ! イーヴォさんが……イーヴォさんが盗賊団のアジトに乗り込んで行っちゃったらしいの! 帰宅途中に街の人から教えてもらって急いで帰ってきたんだけど、レンがここにいるってことはまたあの人ひとりでいっちゃったってことでしょう?!」
「っ! まったくあの人は~! ごめん、サオリっ。帰ってきたらすぐに治療できるように準備しててくれる?」
「もちろん! 執事さんにも伝えとく!」
「任せた!」
レンはいつものように聖剣を携えて館を飛び出した。
「うわぁ……」
思わず心の声が漏れた。
駆けつけた現場は一面血の海だった。主に盗賊団の血で。
人相の悪い連中が地面に伏し、呻いている。一応息はあるようでホッとした。
「なんだ、レンもきたのか」
隠し通路に通じていそうな扉から出てきたのは、レンの護衛対象であるはずのイーヴォだ。右手には血が滴る剣と左手には顔面血だらけの男。
「なんだ、じゃないですよ。行く時は僕も連れていってくださいねっていつも言っているじゃないですか!」
「だって、おまえを連れていったら一瞬で終わっておもしろくねぇもん」
「だからって護衛の仕事を盗らないでくださいよっ!」
レンは決して争いを好んでいるわけではないし、職務に忠実なわけでもない。ただ、さすがに高額な給料をもらって、衣食住まで用意してもらって、何もしないのは気が引ける。それくらいの常識は持ち合わせている。
それにこの男、他人の痛みにも鈍感だが、自分の痛みにも鈍感すぎるのだ。そのせいか死に急ぐような戦い方ばかりをして、周りにいつも心配をかけている。
今も、ナイフが左腕に突き刺さったままだ。致命傷にはならないだろうが、通常の治療だと痕は残るだろう。
そんな状態で大の男が口を尖らせてもちっとも可愛くはない。レンは一度嘆息すると気持ちを切り替えた。
「とにかく早く帰りましょう。あ、そこ! 逃げないでください。時間を無駄にはしたくないので次逃げたらサクッとヤッちゃいますよ」
地面に転がっていた一人がほふく前進でこっそり逃げようとしていたので、そこら辺にあったコインを投げて止める。
ゴッ!という鈍い音とぐぁっ!という悲鳴?が聞こえたが聖剣の力を借りた訳でもないので死んではいないはずだ。
周りに転がっている男達も大人しくなったのでちょうどよかった。
「イーヴォさんはそのままその人を連れて行ってください。僕は彼らを連れていきますから。サオリ達が待っているんで早くしましょう」
「うおっ! それはいけねぇ! サオリちゃんは怒らせるとおっかねぇからなあ」
「執事長もなかなかキてましたよ」
「そ、それは早く帰らねぇとな」
聖剣の力を借りて、彼らを積み木のように重ね、縄で縛る。でかい塊ができた。
満足気に息を吐くと、今度はそれを両手で抱え、歩きだす。途端に声なき悲鳴が上がったが全て無視する。
日頃人々を恐怖に陥れている盗賊達は今、自分達を抱えている優男に恐怖を抱いていた。
人間離れした力に、聖剣らしき剣。この組み合わせに心当たりは一つしかない。
――――こいつ絶対噂の勇者じゃん。ってことはさっきのがその雇い主の辺境伯! 俺達絶対逃げられねえじゃん!
視界に入る景色がビュンビュン後ろへと飛んでいく。
がたいのいい男達を数人まとめて担いでいるとは思えないスピードだ。
「……もし、今、落ちたりしたら……」
誰かのか細い一言に、皆が想像して顔を青ざめさせる。
この時、男達の心は一つになった。決して離れないように、落とされないようにと手あたり次第にナニカを掴む。
解放された時、なぜか彼らは異様なくらい疲弊していた。でも、そのおかげで素直に取り調べに応じてくれたらしい。
盗賊団を地下の部屋に押し込んだ後、イーヴォは仁王立ちで待っていた執事長に捕まり、沙織が待っている部屋へと投げ込まれた。ただの執事とは見えない貫禄に、レンはそそくさとその場から逃げ出した。
げっそりしたイーヴォが部屋から出てきたのは数時間後。
レンは何も見なかったフリをしてそっと視線を逸らしたのだった。
――――――――
数ヶ月後。
レンと沙織はイーヴォ達に見送られ、出立した。
向かう先は、沙織はもちろん旅人であるレンも行ったことのない国だ。
イーヴォから教えてもらった食情報や、マリアから聞いた情報を元に下準備は万端。そして、食料の調達も万全。
沙織は初めての遠出に緊張していた。けれど、同時にワクワクもしていた。
日本にいた時にはまさか自分がこんなアウトドアなことをするようになるとは思っていなかった。
身体を動かすのは今でも苦手だ。ただ、聖女の力に覚醒したおかげか体力の上限が上がった気がする。それに、力を使っている時は思い通りに身体が動く。
変わったのはそれだけじゃない。初めて友人もできたし、こうして信頼できるパートナーもできた。
何より、ずっと離れたいと思っていた勇気とやっと離れることができた。
まるで生まれ変わったような気持ちだ。
――――きっと、レンといれば新しいことがたくさん味わえる。この世界を知ることができる。
レンの旅の目的は『真の勇者を探し出すこと』で変わっていないらしい。
でも、そんな日はこないんじゃないかと、内心沙織は思っている。
終わらない旅になるかもしれない。沙織はそれでもいいと思ってレンの旅に同行することを選んだ。
互いに特殊な事情を抱えていて、それを知っているので気をつかうこともない。
不老な二人だ。長い長い付き合いになるだろう。
男女の二人旅。もしかしたら間違いが起こったりするかも……という不安もレン相手になら起こりようが無い。
沙織は勇気のせいで人間不信、特に痴情のもつれについてはトラウマレベルだ。
これがレン以外の相手だったなら沙織は大人しくアメリアと一緒に教会で働く道を選んでいたかもしれない。
しかし、相手は恋愛とは無縁の安心安全のレンだ。
正直に言うと……沙織がレンにドキリとしたことは何度かある。
けれど、レンとの関係が変わる気配はまったく無かった。
それが、沙織にとっては決定打だった。
「サオリ、行こうか!」
「うん!」
「今から行く国にも美味しいものがたくさんあるらしいから楽しみだなあ~。それに、それらしき人もいるらしいんだ~本物だといいなあ」
「私としては、日本食に近いモノがあったら嬉しいなあ。後、本物かどうかはちゃんと確かめてね。安易に聖剣を渡しちゃダメだからね!」
「……サオリって、『育ての母』みたいだな」
「は?」
「いえ。わかりました。余計なこと言ってすみませんでしたっ!」
「わかればよろしい。……ふふっ」
「へへっ」
二人の長い長い旅路は始まったばかり。
その『勇者』は今、ワグナー王国の隣にあるルセック王国にいるらしい。
断定できないのには理由があった。
『勇者』だと思わしき青年、本人が頑なに「僕は勇者じゃない」と言い続けているからだ。
ルセック王国の国王としてはレンを勇者として認定してしまいたかったのだが、当の本人から「それなら聖剣を教会に預けます」と言われてしまっては断念するしかなかった。
また、現在レンの雇い主となっているイーヴォからも「レンがそう言っているってことはそういうことだ」と念入りに釘を刺されている。
たとえ国王といえども、自国の者ではない上に一人で一国を滅ぼせそうな力を持っているレンと、国を護る要となっている辺境伯から言われれば、『はい』以外の選択肢はなかったのだ。
それに、万が一にでもレン以外の者の手に聖剣が渡り、ワグナー王国で起きたようなことが自国でも起こりうるものなら……想像しただけで王冠を投げ捨てて逃げてしまいたくなる。
一年前、ワグナー王国で何があったのか、ルセック国王も知っている。
バルドゥルは一年前、他国との交流を手っ取り早く元に戻す為の手段として、各国の王に『聖剣の秘密について』情報を開示した。レンには許可を取った上で。
安易に聖剣を渡した負い目があったレンも、各国のトップにならとOKを出した。中途半端に情報が漏洩するよりは、と思ったのもある。
開示した情報の内容としては、『聖剣は誰でも使えること』と『ただし、真の勇者でなければその力を制御できないこと』だ。
制御できなければどうなるかは……言わずもがなである。
バルドゥルからしたら「だから、ユウキ様を抑えるのは私の力でも無理だったんだ」という何とも情けない言い訳のようなものだったのだが、バルドゥルへの評価はともかくその情報の中身については他国にとってもとても重要なものだった。
特に、勇者の力を手に入れたいと一度でも考えたことがある国にとっては。
余談だが、正気に戻り沙織への気持ちを自覚した勇気はその後クリスティーヌに謝罪し別れを切り出したそうだ。だが、そうは簡単にいかないのが王家の婚姻。
しかも、クリスティーヌにとっては勇気を逃したら後がないようなもの。
「王女である自分を心身ともに傷つけた罪を償え!」と勇気に迫り、今では勇気も完全に尻に敷かれているらしい。
今の二人の間には以前のような熱量はなく、勇気はクリスティーヌから逃げるように毎日仕事に明け暮れ、クリスティーヌは勇気への当てつけのように見目麗しい護衛を引き連れて毎日のように『ユウキ様被害者の会』とかいう茶会を開いているそうだ。
ちなみに、ここまでの情報は全てマリアがレン宛に送った封筒の中に、ぶ厚いラブレターと一緒に入れられていた。
――――――――
指先を濡れた布で少し湿らせ、一枚、二枚、三枚……と札を数える。目の前には札束が数個重ねてある。これは全部ここ一年働いて稼いだお金だ。
給料が相場よりもかなり高いとはいえ、次の目的地までの旅費を稼ぐのは大変だった。しかも、今回は二人旅。不測の事態も考えて多めに用意しておくにこしたことはない。
――――よし! 今月の給料を加えれば目標金額達成だ!
満足気にレンが微笑んだ時、
「レン!」
いきなり名前を呼ばれレンの身体が跳ねた。
慌てて目の前にあった札束をマジックバッグの中に突っ込む。
そして、何食わぬ顔をして扉を開いた。目の前には慣れ親しんだ顔。
「なんだ、サオリか」
がっくりと肩を落とす。何のことは無い。突然の訪問者はレンのパートナーだった。
サオリが相手ならあんなに焦ることはなかったじゃないかと息を吐いていると、沙織はそれどころではないと余裕なさげにレンに詰め寄った。
「『なんだサオリか』じゃないのよ! イーヴォさんが……イーヴォさんが盗賊団のアジトに乗り込んで行っちゃったらしいの! 帰宅途中に街の人から教えてもらって急いで帰ってきたんだけど、レンがここにいるってことはまたあの人ひとりでいっちゃったってことでしょう?!」
「っ! まったくあの人は~! ごめん、サオリっ。帰ってきたらすぐに治療できるように準備しててくれる?」
「もちろん! 執事さんにも伝えとく!」
「任せた!」
レンはいつものように聖剣を携えて館を飛び出した。
「うわぁ……」
思わず心の声が漏れた。
駆けつけた現場は一面血の海だった。主に盗賊団の血で。
人相の悪い連中が地面に伏し、呻いている。一応息はあるようでホッとした。
「なんだ、レンもきたのか」
隠し通路に通じていそうな扉から出てきたのは、レンの護衛対象であるはずのイーヴォだ。右手には血が滴る剣と左手には顔面血だらけの男。
「なんだ、じゃないですよ。行く時は僕も連れていってくださいねっていつも言っているじゃないですか!」
「だって、おまえを連れていったら一瞬で終わっておもしろくねぇもん」
「だからって護衛の仕事を盗らないでくださいよっ!」
レンは決して争いを好んでいるわけではないし、職務に忠実なわけでもない。ただ、さすがに高額な給料をもらって、衣食住まで用意してもらって、何もしないのは気が引ける。それくらいの常識は持ち合わせている。
それにこの男、他人の痛みにも鈍感だが、自分の痛みにも鈍感すぎるのだ。そのせいか死に急ぐような戦い方ばかりをして、周りにいつも心配をかけている。
今も、ナイフが左腕に突き刺さったままだ。致命傷にはならないだろうが、通常の治療だと痕は残るだろう。
そんな状態で大の男が口を尖らせてもちっとも可愛くはない。レンは一度嘆息すると気持ちを切り替えた。
「とにかく早く帰りましょう。あ、そこ! 逃げないでください。時間を無駄にはしたくないので次逃げたらサクッとヤッちゃいますよ」
地面に転がっていた一人がほふく前進でこっそり逃げようとしていたので、そこら辺にあったコインを投げて止める。
ゴッ!という鈍い音とぐぁっ!という悲鳴?が聞こえたが聖剣の力を借りた訳でもないので死んではいないはずだ。
周りに転がっている男達も大人しくなったのでちょうどよかった。
「イーヴォさんはそのままその人を連れて行ってください。僕は彼らを連れていきますから。サオリ達が待っているんで早くしましょう」
「うおっ! それはいけねぇ! サオリちゃんは怒らせるとおっかねぇからなあ」
「執事長もなかなかキてましたよ」
「そ、それは早く帰らねぇとな」
聖剣の力を借りて、彼らを積み木のように重ね、縄で縛る。でかい塊ができた。
満足気に息を吐くと、今度はそれを両手で抱え、歩きだす。途端に声なき悲鳴が上がったが全て無視する。
日頃人々を恐怖に陥れている盗賊達は今、自分達を抱えている優男に恐怖を抱いていた。
人間離れした力に、聖剣らしき剣。この組み合わせに心当たりは一つしかない。
――――こいつ絶対噂の勇者じゃん。ってことはさっきのがその雇い主の辺境伯! 俺達絶対逃げられねえじゃん!
視界に入る景色がビュンビュン後ろへと飛んでいく。
がたいのいい男達を数人まとめて担いでいるとは思えないスピードだ。
「……もし、今、落ちたりしたら……」
誰かのか細い一言に、皆が想像して顔を青ざめさせる。
この時、男達の心は一つになった。決して離れないように、落とされないようにと手あたり次第にナニカを掴む。
解放された時、なぜか彼らは異様なくらい疲弊していた。でも、そのおかげで素直に取り調べに応じてくれたらしい。
盗賊団を地下の部屋に押し込んだ後、イーヴォは仁王立ちで待っていた執事長に捕まり、沙織が待っている部屋へと投げ込まれた。ただの執事とは見えない貫禄に、レンはそそくさとその場から逃げ出した。
げっそりしたイーヴォが部屋から出てきたのは数時間後。
レンは何も見なかったフリをしてそっと視線を逸らしたのだった。
――――――――
数ヶ月後。
レンと沙織はイーヴォ達に見送られ、出立した。
向かう先は、沙織はもちろん旅人であるレンも行ったことのない国だ。
イーヴォから教えてもらった食情報や、マリアから聞いた情報を元に下準備は万端。そして、食料の調達も万全。
沙織は初めての遠出に緊張していた。けれど、同時にワクワクもしていた。
日本にいた時にはまさか自分がこんなアウトドアなことをするようになるとは思っていなかった。
身体を動かすのは今でも苦手だ。ただ、聖女の力に覚醒したおかげか体力の上限が上がった気がする。それに、力を使っている時は思い通りに身体が動く。
変わったのはそれだけじゃない。初めて友人もできたし、こうして信頼できるパートナーもできた。
何より、ずっと離れたいと思っていた勇気とやっと離れることができた。
まるで生まれ変わったような気持ちだ。
――――きっと、レンといれば新しいことがたくさん味わえる。この世界を知ることができる。
レンの旅の目的は『真の勇者を探し出すこと』で変わっていないらしい。
でも、そんな日はこないんじゃないかと、内心沙織は思っている。
終わらない旅になるかもしれない。沙織はそれでもいいと思ってレンの旅に同行することを選んだ。
互いに特殊な事情を抱えていて、それを知っているので気をつかうこともない。
不老な二人だ。長い長い付き合いになるだろう。
男女の二人旅。もしかしたら間違いが起こったりするかも……という不安もレン相手になら起こりようが無い。
沙織は勇気のせいで人間不信、特に痴情のもつれについてはトラウマレベルだ。
これがレン以外の相手だったなら沙織は大人しくアメリアと一緒に教会で働く道を選んでいたかもしれない。
しかし、相手は恋愛とは無縁の安心安全のレンだ。
正直に言うと……沙織がレンにドキリとしたことは何度かある。
けれど、レンとの関係が変わる気配はまったく無かった。
それが、沙織にとっては決定打だった。
「サオリ、行こうか!」
「うん!」
「今から行く国にも美味しいものがたくさんあるらしいから楽しみだなあ~。それに、それらしき人もいるらしいんだ~本物だといいなあ」
「私としては、日本食に近いモノがあったら嬉しいなあ。後、本物かどうかはちゃんと確かめてね。安易に聖剣を渡しちゃダメだからね!」
「……サオリって、『育ての母』みたいだな」
「は?」
「いえ。わかりました。余計なこと言ってすみませんでしたっ!」
「わかればよろしい。……ふふっ」
「へへっ」
二人の長い長い旅路は始まったばかり。
25
お気に入りに追加
120
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
聖剣が最強の世界で、少年は弓に愛される~封印された魔王がくれた力で聖剣士たちを援護します~
さとう
ファンタジー
かつて、四人の魔王が率いる魔族との戦争に敗れて住む地の大半を失った人間たちは、残された土地を七分割し、人間を創造した女神が鍛えし七本の聖剣を『守護聖剣』として、それぞれの大地を守って過ごしてきた。
女神が残した七本の聖剣を模倣して作られた数多の『模造聖剣』……これを手に、人類は今も襲い来る魔族たちと戦いながら暮らしていた。
模造聖剣に選ばれし剣士を『聖剣士』と言い、七つの国最大である『トラビア王国』に作られた『聖剣レジェンディア学園』で武を、剣を学ぶ。
かつて、『聖剣王』と呼ばれた伝説の聖剣士、エドワード・ティラユール。
そのティラユールの血を引く一人の少年、ロイ……彼は、剣の才能というものに全く恵まれず、素振りすらまともにできない『落ちこぼれ』だった。
だが、ロイは諦めずに剣を振った。共に聖剣士になると誓った幼馴染、エレノアのために。
でも───やはりロイは、落ちこぼれのまま。後から剣を習い始めたエレノアにさえ負け続け、父からは「出来損ない」と言われ続ける。
それでも聖剣士になることを諦めきれず……一年に一度開催される『聖剣選抜の儀』に望む。
ここで、自分に適合する模造聖剣を手に入れる。聖剣を手に入れさえすれば、聖剣士になれる。
そう思い参加した『聖剣選抜の儀』で……ロイが手に入れたのは、粗末な木刀。
不殺の聖剣と呼ばれた、ただの木刀だった。
それに対し、幼馴染のエレノアが適合したのは……長らく適合者がいなかった、七本の聖剣の一つ。『炎聖剣フェニキア』
ロイは、聖剣士になる夢をあきらめかけた。
そんなある日だった。
「狩りにでも行くか……」
生きるためでもあり、ロイの趣味でもあった『狩り』
弓で獲物を射る、なんてことの狩りなのだが……ロイが見せたのは、数キロ先から正確に獲物の急所を射抜く、神技級の『弓技』だった。
聖剣こそ至上の世界で、神技の如き弓を使う少年、ロイ。
聖剣士にはなれない。でも……それ以上になれる。
『お前しかいない』
「え?」
そんなロイを認め、『不殺の聖剣』と呼ばれた粗末な木刀が真の力を発揮する。
それは、人間を滅ぼしかけた四人の魔王たちが恐れた、『五番目の魔王』だった。
これは、聖剣士になりたかったけど弓矢に愛された少年と、四人の魔王に封じられた最強最悪の魔王が、世界を救う物語。
追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~
海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。
地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。
俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。
だけど悔しくはない。
何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。
そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。
ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。
アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。
フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。
※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています
異世界クラス転移した俺氏、陰キャなのに聖剣抜いたった ~なんかヤバそうなので学園一の美少女と国外逃亡します~
みょっつ三世
ファンタジー
――陰キャなのに聖剣抜いちゃった。
高校二年生である明星影人(みょうじょうかげと)は目の前で起きた出来事に対し非常に困惑した。
なにせ異世界にクラス転移した上に真の勇者のみが引き抜けるという聖剣を引き抜いてしまったからだ。どこからどう見ても陰キャなのにだ。おかしいだろ。
普通そういうのは陽キャイケメンの役目じゃないのか。そう考え影人は勇者を辞退しようとするがどうにもそういう雰囲気じゃない。しかもクラスメイト達は不満な視線を向けてくるし、僕らを転移させた王国も何やらキナ臭い。
仕方ないので影人は王国から逃亡を決意することにした。※学園一の美少女付き
ん? この聖剣……しゃべるぞ!!※はい。魔剣もしゃべります。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる