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エピローグ

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 世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
 その『勇者』は今、ワグナー王国の隣にあるルセック王国にいる

 断定できないのには理由があった。
『勇者』だと思わしき青年、本人レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言い続けているからだ。
 ルセック王国の国王としてはレンを勇者として認定してしまいたかったのだが、当の本人から「それなら聖剣を教会に預けます」と言われてしまっては断念するしかなかった。

 また、現在レンの雇い主となっているイーヴォからも「レンがそう言っているってことは」と念入りに釘を刺されている。

 たとえ国王といえども、自国の者ではない上に一人で一国を滅ぼせそうな力を持っているレンと、国を護る要となっている辺境伯から言われれば、『はい』以外の選択肢はなかったのだ。

 それに、万が一にでもレン以外の者の手に聖剣が渡り、ワグナー王国隣国で起きたようなことが自国でも起こりうるものなら……想像しただけで王冠を投げ捨てて逃げてしまいたくなる。
 一年前、ワグナー王国で何があったのか、ルセック国王も知っている。

 バルドゥルは一年前、他国との交流を手っ取り早く元に戻す為の手段として、各国の王に『聖剣の秘密について』情報を開示した。レンには許可を取った上で。
 安易に聖剣を渡した負い目があったレンも、各国のトップにならとOKを出した。中途半端に情報が漏洩するよりは、と思ったのもある。

 開示した情報の内容としては、『聖剣は誰でも使えること』と『ただし、真の勇者でなければその力を制御できないこと』だ。
 制御できなければどうなるかは……言わずもがなである。

 バルドゥルからしたら「だから、ユウキ様を抑えるのは私の力でも無理だったんだ」という何とも情けない言い訳のようなものだったのだが、バルドゥルへの評価はともかくその情報の中身については他国にとってもとても重要なものだった。
 特に、勇者の力を手に入れたいと一度でも考えたことがある国にとっては。

 余談だが、正気に戻り沙織への気持ちを自覚した勇気はその後クリスティーヌに謝罪し別れを切り出したそうだ。だが、そうは簡単にいかないのが王家の婚姻。

 しかも、クリスティーヌにとっては勇気を逃したら後がないようなもの。
「王女である自分を心身ともに傷つけた罪を償え!」と勇気に迫り、今では勇気も完全に尻に敷かれているらしい。

 今の二人の間には以前のような熱量はなく、勇気はクリスティーヌから逃げるように毎日仕事に明け暮れ、クリスティーヌは勇気への当てつけのように見目麗しい護衛を引き連れて毎日のように『ユウキ様被害者の会』とかいう茶会を開いているそうだ。
 ちなみに、ここまでの情報は全てマリアがレン宛に送った封筒の中に、ぶ厚いラブレターと一緒に入れられていた。

 ――――――――

 指先を濡れた布で少し湿らせ、一枚、二枚、三枚……と札を数える。目の前には札束が数個重ねてある。これは全部ここ一年働いて稼いだお金だ。
 給料が相場よりもかなり高いとはいえ、次の目的地までの旅費を稼ぐのは大変だった。しかも、今回は二人旅。不測の事態も考えて多めに用意しておくにこしたことはない。

 ――――よし! 今月の給料を加えれば目標金額達成だ!

 満足気にレンが微笑んだ時、

「レン!」

 いきなり名前を呼ばれレンの身体が跳ねた。
 慌てて目の前にあった札束をマジックバッグの中に突っ込む。
 そして、何食わぬ顔をして扉を開いた。目の前には慣れ親しんだ顔。

「なんだ、サオリか」

 がっくりと肩を落とす。何のことは無い。突然の訪問者はレンのパートナーだった。
 サオリが相手ならあんなに焦ることはなかったじゃないかと息を吐いていると、沙織はそれどころではないと余裕なさげにレンに詰め寄った。

「『なんだサオリか』じゃないのよ! イーヴォさんが……イーヴォさんが盗賊団のアジトに乗り込んで行っちゃったらしいの! 帰宅途中に街の人から教えてもらって急いで帰ってきたんだけど、レンがここにいるってことはまたあの人ひとりでいっちゃったってことでしょう?!」
「っ! まったくあの人は~!  ごめん、サオリっ。帰ってきたらすぐに治療できるように準備しててくれる?」
「もちろん! 執事さんにも伝えとく!」
「任せた!」

 レンはいつものように聖剣を携えて館を飛び出した。






「うわぁ……」

 思わず心の声が漏れた。
 駆けつけた現場は一面血の海だった。主に盗賊団の血で。
 人相の悪い連中が地面に伏し、呻いている。一応息はあるようでホッとした。

「なんだ、レンもきたのか」

 隠し通路に通じていそうな扉から出てきたのは、レンの護衛対象であるはずのイーヴォだ。右手には血が滴る剣と左手には顔面血だらけの男。

「なんだ、じゃないですよ。行く時は僕も連れていってくださいねっていつも言っているじゃないですか!」
「だって、おまえを連れていったら一瞬で終わっておもしろくねぇもん」
「だからって護衛の仕事を盗らないでくださいよっ!」

 レンは決して争いを好んでいるわけではないし、職務に忠実なわけでもない。ただ、さすがに高額な給料をもらって、衣食住まで用意してもらって、何もしないのは気が引ける。それくらいの常識は持ち合わせている。
 それにこの男、他人の痛みにも鈍感だが、自分の痛みにも鈍感すぎるのだ。そのせいか死に急ぐような戦い方ばかりをして、周りにいつも心配をかけている。

 今も、ナイフが左腕に突き刺さったままだ。致命傷にはならないだろうが、通常の治療だと痕は残るだろう。
 そんな状態で大の男が口を尖らせてもちっとも可愛くはない。レンは一度嘆息すると気持ちを切り替えた。

「とにかく早く帰りましょう。あ、そこ! 逃げないでください。時間を無駄にはしたくないので次逃げたらサクッとヤッちゃいますよ」

 地面に転がっていた一人がほふく前進でこっそり逃げようとしていたので、そこら辺にあったコインを投げて止める。
 ゴッ!という鈍い音とぐぁっ!という悲鳴?が聞こえたが聖剣の力を借りた訳でもないので死んではいないはずだ。
 周りに転がっている男達も大人しくなったのでちょうどよかった。

「イーヴォさんはそのままその人を連れて行ってください。僕は彼らを連れていきますから。サオリ達が待っているんで早くしましょう」
「うおっ! それはいけねぇ! サオリちゃんは怒らせるとおっかねぇからなあ」
「執事長もなかなかキてましたよ」
「そ、それは早く帰らねぇとな」

 聖剣の力を借りて、彼らを積み木のように重ね、縄で縛る。でかい塊ができた。
 満足気に息を吐くと、今度はそれを両手で抱え、歩きだす。途端に声なき悲鳴が上がったが全て無視する。

 日頃人々を恐怖に陥れている盗賊達は今、自分達を抱えている優男に恐怖を抱いていた。
 人間離れした力に、聖剣らしき剣。この組み合わせに心当たりは一つしかない。
 ――――こいつ絶対噂の勇者じゃん。ってことはさっきのがその雇い主の辺境伯! 俺達絶対逃げられねえじゃん!

 視界に入る景色がビュンビュン後ろへと飛んでいく。
 がたいのいい男達を数人まとめて担いでいるとは思えないスピードだ。
「……もし、今、落ちたりしたら……」
 誰かのか細い一言に、皆が想像して顔を青ざめさせる。
 この時、男達の心は一つになった。決して離れないように、落とされないようにと手あたり次第にナニカを掴む。
 解放された時、なぜか彼らは異様なくらい疲弊していた。でも、そのおかげで素直に取り調べに応じてくれたらしい。

 盗賊団を地下の部屋に押し込んだ後、イーヴォは仁王立ちで待っていた執事長に捕まり、沙織が待っている部屋へと投げ込まれた。ただの執事とは見えない貫禄に、レンはそそくさとその場から逃げ出した。

 げっそりしたイーヴォが部屋から出てきたのは数時間後。
 レンは何も見なかったフリをしてそっと視線を逸らしたのだった。

 ――――――――

 数ヶ月後。
 レンと沙織はイーヴォ達に見送られ、出立した。
 向かう先は、沙織はもちろん旅人であるレンも行ったことのない国だ。

 イーヴォから教えてもらった食情報や、マリアから聞いた情報を元に下準備は万端。そして、食料の調達も万全。
 沙織は初めての遠出に緊張していた。けれど、同時にワクワクもしていた。

 日本にいた時にはまさか自分がこんなアウトドアなことをするようになるとは思っていなかった。
 身体を動かすのは今でも苦手だ。ただ、聖女の力に覚醒したおかげか体力の上限が上がった気がする。それに、力を使っている時は思い通りに身体が動く。
 変わったのはそれだけじゃない。初めて友人もできたし、こうして信頼できるパートナーもできた。
 何より、ずっと離れたいと思っていた勇気とやっと離れることができた。
 まるで生まれ変わったような気持ちだ。

 ――――きっと、レンといれば新しいことがたくさん味わえる。この世界を知ることができる。

 レンの旅の目的は『真の勇者を探し出すこと』で変わっていないらしい。
 でも、そんな日はこないんじゃないかと、内心沙織は思っている。
 終わらない旅になるかもしれない。沙織はそれでもいいと思ってレンの旅に同行することを選んだ。

 互いに特殊な事情を抱えていて、それを知っているので気をつかうこともない。
 不老な二人だ。長い長い付き合いになるだろう。

 男女の二人旅。もしかしたら間違いが起こったりするかも……という不安もレン相手になら起こりようが無い。
 沙織は勇気のせいで人間不信、特に痴情のもつれについてはトラウマレベルだ。
 これがレン以外の相手だったなら沙織は大人しくアメリアと一緒に教会で働く道を選んでいたかもしれない。

 しかし、相手は恋愛とは無縁の安心安全のレンだ。
 正直に言うと……沙織がレンにドキリとしたことは何度かある。
 けれど、レンとの関係が変わる気配はまったく無かった。
 それが、沙織にとっては決定打だった。

「サオリ、行こうか!」
「うん!」
「今から行く国にも美味しいものがたくさんあるらしいから楽しみだなあ~。それに、もいるらしいんだ~本物だといいなあ」
「私としては、日本食に近いモノがあったら嬉しいなあ。後、本物かどうかはちゃんと確かめてね。安易に聖剣を渡しちゃダメだからね!」
「……サオリって、『育ての母マァー』みたいだな」
「は?」
「いえ。わかりました。余計なこと言ってすみませんでしたっ!」
「わかればよろしい。……ふふっ」
「へへっ」

 二人の長い長い旅路は始まったばかり。
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