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十四

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 勇気のおかげで検問問題も解消し、すんなりとワグナー王国を出た二人はひたすら隣国へと向かって歩いていた。
 元々の計画では聖剣の力も借りてレンが沙織を抱えて一番近い辺境まで走るつもりだったがその計画は使えなくなった。

 けれど、天気は良く道中の道も舗装はされているのだ。魔物が出る心配もない。
 こうしてゆっくりと歩いていくのも旅の醍醐味だ……とレンは楽観視していた。

 いつも通りのレンとは対照的に沙織の顔色は土気色になっている。そのことに数歩先を歩くレンは気づかずにいた。

「このまま歩いていけば数日で辺境にあたるはずだよ。もしキツくなったら言ってね? 聖剣なんてなくてもサオリをおんぶして歩く体力はあるから。物資もマリアからもらった分があるから急がないで大丈夫だし……ってサオリ?」

 返事がないことにようやく気づき足を止め振り向く。沙織は立ち止まって地面を見つめていた。両手はよほどキツく握っているのか白くなっている。
 レンは沙織の手を取って優しく指を解いていく。マリア程ではないが元々レンは聖剣がなくても力も体力も常人を上回っている

 ――――こんなに小さな手……僕が力を入れたら折れてしまいそうだ。

 そんなことを考えていると沙織の呟きが耳に入った。

「ごめん、なさい。私のせいで」

 顔をあげる。沙織は必死に涙を堪えていた。

 ――――私に泣く権利はない。私がレンについて行くなんて言わなければレンは聖剣を手放すこともなかったんだから。

 自分のせいだと思い詰める沙織に対してレンは困ったような表情を浮かべる。

「サオリのせいじゃないよ」
「でもっ!」

 勢いよく顔を上げた沙織。けれど目の前のレンの凪いだ目を見たら言葉を呑み込んだ。

「本当に違うんだよ。前にも言ったろ? 僕はあの聖剣をに渡すつもりだったんだって。その為に旅をしていたんだから。だから僕としてはようやく重荷が降りてスッキリしたくらいなんだよ」

 そう言って微笑むレンは本心から言っているように見える。けれど、それでも沙織は納得できなかった。……いや、気がした。

 そんな沙織を見てレンは思案するように黙り込む。そして、これ以上は考えても仕方ないかという風に表情を切り替えて沙織へと手を差し伸べた。

「とりあえず、やっと僕らは自由になったんだ。サオリもこの世界にきてからいろいろと大変だっただろう? せっかくだから辺境ではゆっくり過ごそうよ」

 辺境にある特産物を笑顔で並べあげるレン。どれも美味しいのだというレンを見ているとなんだか肩の力が抜けた。沙織はうっすらと笑顔を浮かべ、頷いてレンの手に己の手を重ねた。

 ――――――――

 レンと沙織がワグナー王国を去ったことを実は勇気の密告でバルドゥルも知っていた。さらに言えば勇気がレンの聖剣を譲り受けたことも。

 勝手に動いたことは褒められたものではないが、その結果はバルドゥルにとってもワグナー王国にとっても悪くなかった。
 今更レンの力を否定することはしないし、過去の活躍に対して感謝はしている。だが、勇気がその力を代わりに担えるというのならばその方が好都合だ。『渡り人』でもあり『勇者』でもある勇気は国内外からも一目置かれる存在となるだろう。

 そして、そんな勇気をクリスティーヌを通して国に縛り付けておけるのだ。
 クリスティーヌとの仲はすでに民達の間にも広まっている。実際この目で二人が一緒にいるところを見たこともあるが……あの調子ならすぐに一線を超えるだろう。
 もし、子を孕めば……その子には素晴らしい付加価値がつく。

 ――――ああ、想像するだけで顔がにやけるのを抑えられなくなる。

 バルドゥルは誰も見ていない部屋で一人微笑んでいた。

 ―――――――

 聖剣を手にした勇気は絶好調だった。
 聖剣の効果はすぐに顕れた。誰でも使えるというのは本当だったのだ。

 ――――これが聖剣の力……いや、勇者の力か。

 レンにも匹敵する、いやそれ以上の強さを聖剣は引き出してくれた。
 一太刀で面白いように魔物達が倒れていく。その高揚感はまるで中毒のように勇気を蝕んでいった。

 それからも勇気は精力的に討伐依頼をこなした。その結果、勇気の功績を称え正式にワグナー王国は勇気を『真の勇者』だと認定した。この発表は国内外でも話題になった。各国から勇気についての問い合わせがひっきりなしに来た。その対応にバルドゥル達は追われていた。

『渡り人』でもあり、世界でたった一人の『勇者』でもある勇気を人々は持て囃した。一応、レンのことも少しだけ話題には登った。『やはり本物の勇者ではなかったのだ』と……。ただ、元よりレンは自分が勇者ではないと公言していたのとあっさりとその座と聖剣を勇気に譲ったということもあり特段皆が口にすることもなかった。むしろ、あまり触れない方がいいだろうと皆話題に出すことが無くなったくらいだ。

 それよりも、勇気のことを話題に出す方が圧倒的に盛り上がった。
 勇気には人を惹きつけるカリスマもルックスも備わっている。女性達が放っておくわけがなかった。
『ユウキ様ファンクラブ』なるものまで作られた。その筆頭がクリスティーヌだ。

 力、冨、名声、女……面白いくらいに勇気の手に転がり込んできた。
 けれど、勇気が満足できたのは最初だけ。すぐに物足りなくなった。

 ――――まだだ。まだ足りない。もっとだ。

 討伐要請が無くても衝動に駆られるように魔物を狩り続けた。そのおかげで、魔物の出現頻度が下がった。けれど、それは勇気にとっては喜ばしいことではなかった。

 魔物を狩りたいという衝動を抑えるため……勇気は半ば強引にクリスティーヌを抱いた。昼夜問わず、衝動が込み上げてくればクリスティーヌを呼びつけ獣のように抱いた。

 二人が初めて一線を越えたのは勇気が勇者と公表された日だ。
 今思えば、その時がクリスティーヌにとっては幸せの絶頂だった。
 最近の勇気との行為はまるで愛が感じられず、身体を重ねるたびに心身ともにすり減っている気がした。

「ごめんなさい。月のモノがきたからしばらくは……」
「そうか」

 微かに震えながらも言ったクリスティーヌに勇気はそれなら仕方ないと頷いた。

 ――――これでしばらくは解放されるわ。

 クリスティーヌの寝所を出ていく勇気の背中を見送った後、安堵の表情を浮かべるクリスティーヌ。自分のことでいっぱいになっていたクリスティーヌは気づかなかった。
 勇気があっさりと引き下がったのはクリスティーヌを思ってのことではなかったということに。それどころか、心の中で『しばらくクリスティーヌは使えないな』と思われていたことに。

 そのことにクリスティーヌが気づいたのは三日後。
 生理痛も落ち着き症状が軽くなった頃、一人の侍女が内密に話があるとクリスティーヌの元を訪れた。

 それは密告だった。
『ユウキ様が寝所に女性を連れ込んでいる』と、それも一人やふたりではないのだという。
 女性達の親からの苦情がバルドゥルに届いているのだとか。直接は言えないから国王にどうにかしてもらいたいらしい。

 クリスティーヌは一気に頭に血が上るのを感じた。怒りに任せて扇を侍女に向かって投げつける。

「嘘をつかないでちょうだい! ユウキ様がそんなことをするわけないでしょう! わかったわ。ユウキ様の寵愛がほしい女狐達が噂を流しているのね! どこのどいつよ教えなさい!」
「そ、それは……皆ユウキ様ファンクラブの幹部達です」
「なんですって?!」

 ファンクラブの幹部といえばクリスティーヌの取り巻きの彼女達だ。――――彼女達が私を裏切った? そんなまさか。

「あなた、いったい何を企んでるの?」
「え?」

 密告してきた侍女を睨みつけるクリスティーヌ。
 青ざめた顔で侍女は必死に否定した。そして、この話は事実で、そのうちクリスティーヌの耳にも入るだろうと……。公の場で聞いてショックを受けるよりはとお伝えにきただけなのだと。

 クリスティーヌは唇を噛み、侍女を追い出した。

 ――――確かめなければいけない。

 その夜。クリスティーヌは寝所を抜け出した。護衛騎士が慌てて止めようとするのを押し切った。
 嫌な予感がする。けれど、自分の目で確かめなければ気が済まない。

 勇気の部屋に近づくと、ナニカが聞こえてきた。最初は誰かと言い争いでもしているのかと思った。けれど、すぐにそれが女性の悲鳴にも似た嬌声であり……激しい情事の音だと理解した。

 クリスティーヌは怒りに任せて止めようとする騎士達を押しのけて扉を開いた。
 むわり、と独特の空気が外へと流れる。不快感がこみあげてきて頭痛がした。
 ちょうど終わったのか、部屋の中にいた男は身体を起こした。ベッドにはぐったりと倒れている女性が……二人。

 目があった。ギラギラとした目をした獣のような男……勇気と。
 勇気は気だるげにクリスティーヌを見据えた。言い訳もなければ、勇気の顔には罪悪感すらもありはしない。

「いったい……いったいこれはどういうことですか!」
「うるさいな……。生理中だからそんなにイライラしてんのか?」
「は? 何を言って」
「仕方ないだろ。おまえが使んだから。他ので発散するしかねえだろ。安心しろ一応避妊はしてるから」

 そういってニコリと微笑む勇気を前にクリスティーヌは頭がガンガンと叩かれているように痛んだ。

 ――――いったいこれは誰? こんなの私が知るユウキ様ではない。

 よろよろと後ろに下がるクリスティーヌ。カタン、と音がした。足元を見れば聖剣が落ちていた。壁に立てかけていた聖剣を倒してしまったらしい。元に戻そうと手を伸ばす。

「触るな!」
「クリスティーヌ様!」

 強い衝撃を背中に受けた。息が詰まる。クラクラしながら目を開けた。クリスティーヌの前には守るように護衛騎士が立っている。けれど、その背中は震えていた。護衛騎士の肩越しに聖剣の剣先がクリスティーヌへと向けられた。

 血走った目がクリスティーヌをとらえる。

「次に聖剣に触れたら、たとえおまえであろうとも……切る。わかったな?」

 ただの脅しには見えなかった。クリスティーヌは声も出せずに頷き返した。
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