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今回行くのは王都から近い場所にあるだ。定期的に王国騎士が派遣され、脅威になりそうな魔物がいないか目を光らせているので比較的安全な場所でもある。そこにわざわざレンや勇気を伴って行くのは他でもない、万が一にも沙織やアメリアに危害が及ばないようにするため。――――今回はそれ以外のクリスティーヌ護衛対象もいるが。

今日の目的は『沙織に魔物の浄化をさせること』。沙織やアメリア、神官たちが使う光魔法は治癒や浄化に特化している為、攻撃魔法のようにいつでも訓練できるわけではない。治癒や呪術の浄化は教会でできても、魔物の浄化をする機会はほぼないに等しい。
そのため、こうして機会を作ってもらったのだ。アメリア以上に魔力量が多いと言われている沙織への期待は高い。その空気を沙織自身も感じていた。のだが……今日になってそれは勘違いだったのかもしれないと沙織は思い始めていた。

「この世界、というかこの国では『勇者』や『聖女』はさほど特別視されていないのかな?」

山へ向かう馬車の中、沙織はぽつりと呟いた。そして、慌ててレンとアメリアを見る。

「ち、違っ。二人を馬鹿にしたりとかそういう意図があって言ったわけではないんです!」

必死で説明する沙織にレンは笑いながら落ち着くように言う。
「彼らの態度を見てたらそう思っちゃうよね」

アメリアも頬に手を添えながら溜息を吐く。
「彼らにとっては私達なんかよりもクリスティーヌの方が上ですものね。まあでも、そう思っているのは一部の貴族至上主義の人達だけよ。国民の大半は『勇者』も『聖女』も特別な存在だと思っている。特に『勇者』は世界に一人しかいないと言われているくらいだから。ねえ?」

レンはさも自分は関係ありませんという顔をして視線を窓の外へと向ける。
「さあ、僕は(仮)勇者なので」
「また、そんな風に言って。とにかく、貴族至上主義の彼らだけが特殊ってことよ。彼らにとっては私達なんて使い勝手のいい道具……くらいにしか思っていないでしょうね」
「そんな……」

唖然とした表情で沙織が呟く。アメリアは鋭い視線を沙織に向けた。

「サオリ、『渡り人』あなたも例外ではないのよ」
「え」
「もし、あなたが聖女の力に目覚めたとしたら……」
「アメリア……そろそろ到着する」
「……わかったわ。この話はまた今度にしましょう」

諦めた様に息を吐くと、アメリアは前傾姿勢を戻し、もぞもぞとフィットする位置に座りなおした。
今日、三人は沙織が作ったクッションでお尻を守っている。沙織がこっそりと作っているところをアメリアが発見し、レンも仲間に引き入れ、三人分を完成させたのだ。見た目の奇抜さに最初は戸惑っていたレンも、このクッションの座り心地には感動した。

レンの言う通り、馬車はすぐに着いた。
レンの手を借りてアメリアと沙織は順に馬車から降りる。
同じようにもう一台の馬車から勇気とクリスティーヌも降りてきた。馬車の中でをしていたのか、二人の頬は赤く染まっている。ところどころ衣服も乱れているが、誰も注意はしない。クリスティーヌはちらりと沙織を見たが、沙織は全く気にしていなかった。

いざ山の中へ入ろうという時になってクリスティーヌが馬車で待っていると言い出した。まあ、正直想定内である。クリスティーヌが本気で山の中に入るとは誰も思ってはいない。
結局、トビアスと数名の護衛をクリスティーヌの元に残して、残りの皆で山の中へ入ることになった。

クリスティーヌが見えなくなると、勇気は沙織に近づいた。
「なあ、沙織」
しかし、沙織は勇気を無視してアメリアに話しかける。女子二人が話し始めると勇気は入っていけない。誰とでも仲良くなるのが得意な勇気だが、アメリアは何故か苦手だった。

仕方なく勇気はレンに話しかける。

「おい」

いきなり話しかけられたレンは驚きながらも好意的な笑みを浮かべる。レンとしては勇気と仲良くなりたいと思っている。けれど、勇気はレンに明らかな敵意を見せた。

「おまえ沙織に何しやがった?」
「はい? 特に何もしてませんが」
「嘘つけ。あいつは俺がいないと何も出来ないやつなんだよ。それが、あんな風に楯突くなんておまえが何かしたに決まってる。今に見てろよおまえの化けの皮をはいでやるからな」

そう言って啖呵を切ると、先頭を歩き始めた。言いたいことだけ言われて置いて行かれたレンはキョトンとしている。その後ろから沙織が近づいてきて小声で囁く。

「すみません。あいつの言うことは気にしないでください」
「うん。そうさせてもらおうかな」

特別気にした様子はないレンを見て、沙織は申し訳なさそうな顔を浮かべたまま元の位置まで戻っていく。
――――気にしなくてもいいのに。律儀な子だなあ。
そんなことを思ったのもつかの間、レンは前方に魔物の気配を感じて足を止める。
皆に緊張が走る。レンは聖剣に手をかけて耳を澄ます。

「前方、六メートル先にゴブリンが五体。サオリ様が近づけるように皆静かに近づこう」

レンの言葉の途中で勇気が走り出した。皆目を丸くし、レンは思わず「ええー」と声を漏らす。

「沙織見とけよ! 俺がおまえを守ってやるからな!」
「ちょ、まってっ」

沙織の声も届いていないのだろう。勇気は意気揚々とゴブリンを倒していく。沙織はもはや頭を抱えるしかなかった。

ドヤ顔で戻ってきた勇気。しかし、沙織の顔を見てギョッとする。沙織は顔を真っ赤にして怒りに震えていた。

「さ、沙織?」
「勇気……邪魔をするなら帰って!」

何故怒られているのかわからない勇気は周りにいる人々に答えを求めた。けれど、誰も答えてはくれない。気まずげに視線を逸らすだけだ。仕方なく、沙織は説明することにした。

「今日は私が浄化の力を試す日なの! 勇気が自分の力を披露する日ではないの!」
「そ、そうだったのか。す、すまん」
「サオリ様。そこらへんで……あまり大声を上げると魔物たちが引き寄せられ」

ぐいっとレンは沙織を引き寄せた。いつの間にかゴブリンに囲まれている。先程いたゴブリンたちの十倍以上はいる。倒される前に仲間を呼んでいたのだろう。ゴブリンは弱いが、集団行動を好む。一匹いたら百匹はいると思えと言われているくらいだ。

どちらにしろ戦闘は避けられなかっただろうが、これでは沙織が落ち着いて力を発揮できない。悩んだ末に、レンは沙織を勇気に預けた。

「サオリ様とアメリア様の護衛をよろしくお願いします。僕と騎士達で間引いてそちらに数匹通しますからサオリ様は浄化をお願いします」
「なら、私は一応結界をはっておこうかしらね。……私とサオリの周りに」

言うが早いかアメリアは自分とサオリを囲うようにして結界を貼った。勇気はギリギリ入っていない。どうやら、アメリアの反感を買ってしまったようだ。だが、勇気は気にせずキリリとした顔でサオリ達の護衛につく。

戦闘が始まると、アメリアは結界の中から浄化する方法をサオリに教える。
サオリは言われた通りに手を伸ばし、近づいてくるゴブリンに向かって浄化の力を放った。
ふよふよと光が蛍のように飛び、ゴブリンに近づいていく。
――――こ、これって失敗?
アメリアは光のレーザーのようなものを放っていたのに沙織のそれはまるで蛍。
あんな小さな玉で浄化できるわけがない。やはり、自分には才能がなかったのだとショックを受けていると、光の玉がようやくゴブリンに届いた。その瞬間、触れた箇所を中心にしてゴブリンの身体を光が覆い始める。全身を覆うとゴブリンは跡形もなく消えてしまった。

「え?」

アメリアのものとは全く違う『浄化』を前に沙織は本当にあれが浄化だったのかと戸惑う。しかし、隣で見守っていたアメリアは目を見開いて沙織以上に驚いていた。

「すごい」

え、と思ってアメリアを見ると目と目があう。アメリアはじっと沙織を見つめた後、微笑んだ。

「やっぱり、サオリはすごいわ」

何がすごいのか聞きたかったが、次のゴブリンが迫ってきている。アメリアに促され、沙織は再び浄化の力を放った。


全てのゴブリンを倒し終え、皆一息つく。

「沙織……」

顔を上げると、勇気がもの言いたげな顔をして沙織を見ていた。
その顔には覚えがある。小さい頃から決まって自分に非がある時にこの顔をしていた。素直に謝ることができない勇気は、この顔をすれば沙織が許してくれると経験上理解しているのだ。沙織は嘆息する。

「もう、いいわよ」

――――どうせ、私が言ったところで勇気はその意味を理解できない。そして、結局私が周りから非難されるだけだ。

ホッとした顔で沙織の横に座ろうとする勇気。さすがにそれは許容できなかった沙織は立ち上がる。そして、レンに声をかけた。

「あの……ちょっと、そこら辺を歩きたいのでついてきてもらってもいいですか?」

周りには魔物らしい魔物はもういないと言っていたし、今は少しだけでも勇気と離れたい。新鮮な空気でも吸えば気持ちを切り替えられるだろう。

レンはペーターに確認をとり、立ち上がった。
勇気が何かを言い出す前に沙織はレンの手をとって歩き出す。できるかぎりの早足で。

「わがままを言ってすみません」

沙織とてわかっている。本来、沙織の行動は褒められたものでは無いということは。それでも、勇気と一緒にいるのが嫌だった。――――このまま縁を切ってしまいたい。
沙織の気持ちを理解しているのか、レンが咎めることはなかった。

「大丈夫ですよ。最近は教会に籠りっぱなしでしたし、たまにはこうして外の空気を吸いたいですよね」
「そう……です、よね」

沙織の頭の中にアメリアの顔が浮かぶ。アメリアは基本的に教会にずっといる。まるで監禁されているかのように。今までその異常性に気づかなかったが、気づいたら止まらない。

アメリアこそ、自由に動き回りたいのではないか。そんな考えが頭をよぎって、今からでもアメリアを呼びにいったほうがいいのではという気になった。

「あの……レンさん」

沙織がレンに近づこうとしたその時、レンが沙織を抱きかかえて飛んだ。先程までいたところに矢が数本刺さる。
矢が飛んできた方を見ると、男が弓を持って立っていた。その顔には見覚えがある。護衛の中にいた。

「なんのつもりですか?」

レンの低い声が響く。
男は憎々し気に言った。

「あなた方にはここで消えてもらいます」

そう言って、弓を放つ。レンは沙織を抱きかかえたまま走り出した。
誰の命令かは何となくわかるが、息がかかっているのかはわからない。
アメリアのところに戻ったら余計な犠牲者を出すかもしれない。
迷った末に、レンはこのまま全力で逃げることにした。

身体能力が高いとはいえ、両手が塞がっていては限界がある。
しかも、相手はいつの間にか増えている。複数の矢を避けるだけで精一杯だ。気づけは崖っぷちに追いやられていた。

「これで最後です。死ね」

いっせいに射られる矢。レンは沙織を力強く抱きしめると崖から飛び降りた。
沙織を片手で支えながら聖剣を引き抜く。レンの目が黄金に輝いた。聖剣を使っている時のレンの身体能力は化け物級だ。
崖下には海。しかし、今のレンなら衝撃を耐えられるはず……沙織を全身で包み込むように抱きしめ、落ちた。
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