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「まあ! ニホンにはそんな便利な物があるの?!」

目を輝かせて聖女アメリアは言った。先程からアメリアは沙織が話す『ニホン』に夢中だ。興奮している姿は少女然としていて大変可愛らしい。だからか、沙織はついつい望まれるまま話してしまった。


————こんなに長く人と話すのはいつぶりだろう。
いつも沙織の人間関係には勇気の影がちらついていた。
やっと仲良くなれる友達ができたと思っても、沙織が心を開いた途端に勇気の名を出し始める。そんな人ばかりだったのだ。
『ねえ、勇気君は何が好きなの?』『へえ、そうなんだ。ところで勇気君って彼女っているのかな?』
両親ですら口を開けば『勇気君は』という言葉が出てきていたくらいだ。

私の話なんて誰も興味ない。会話なんて必要最低限でいい。そう、思っていたのに。
まさか異世界に来て、私の話を楽しそうに聞いてくれる人が現れるなんて思ってもみなかった。

沙織とアメリアの打ち解けた様子を見て、マンフレートは申し訳なさそうに口を挟んだ。

「歓談中すまないが、俺達は王城に戻ろうと思う」
「あ! お、送っていただき、ありがとうございました!」

慌てて沙織が頭を下げると、マンフレートはニッと笑って一礼をして出て行く。その後ろをアルミンが追う。
浮かれていたせいで二人のことをすっかり忘れていた。無駄な時間を取らせてしまったと罪悪感を覚える沙織。
そんな沙織を見ていたアメリアが口を開いた。

「サオリ様って」

名前を呼ばれ俯いていた顔を上げる。
頬杖をついて嘆息するアメリア。
————アメリア様に呆れられた?
ドクリと心臓が嫌な音を立てる。

「優しすぎるのね。それがいいところでもあるんでしょうけど……もっと図太くなった方がいいわよ?」
「え?」
「こらこら、変なことを教えない。聖女としてはアメリアの考えの方が異端なんだからね」

ツッコミを入れるレンに、アメリアは口をとがらせる。

「これくらい大丈夫よ。私が未だに聖女であるのがその証拠よ!」

えへん、と胸を張るアメリア。レンは諦めたように首を横に振った。
「まあ、でも」とアメリアはちらりと沙織を見る。

「神様からしてみればサオリ様は理想の聖女そのものでしょうねえ」
「そんなことありませんよ! 私なんかが聖女になれるはずがありません!」

慌てて否定する沙織にアメリアとレンは目を合わせる。
『これは聖女になるよりも自覚させる方が時間がかかるかもしれない』
この時、珍しく二人の考えは一致した。

そわそわしている沙織にアメリアが声をかける。

「サオリって呼んでもいいかしら?」
「は、はい。もちろんです!」
「なら、サオリ。私のことはアメリアって呼んでくれる?」
「ええ?! そ、それは無理ですよ!」
「お願い。聖女である私には今まで友達がいなかったの。渡り人のサオリになら周りも何も言わないわ。……ダメかしら?」

悲し気に瞳を揺らすアメリアに、思わず沙織は「ダメじゃないです!」と叫んだ。

「嬉しい! よろしくねサオリ」

ぎゅっと沙織の手を握るアメリア。沙織は頬を真っ赤にして何度も頷いた。

————嬉しい。なんでだろう。胸の奥が熱い。
こんな感覚は初めてで何故か無性に泣きたくなる。
いや、耐え切れずに涙が目尻からこぼれ落ちた。
沙織は慌てて手の甲で拭おうとした。

「これ、使ってください」

差し出された真っ白なハンカチ。
驚いて顔を上げるとレンと目が合った。ドキリと心臓が鳴る。
沙織はハンカチを受け取り、「ありがとうございます」と蚊が鳴くような声で言うと、真っ赤になった顔を隠すようにハンカチを当てた。

————い、異世界の男性って皆紳士的なの?! マンフレートさんもそうだったし。
男性から優しくしてもらった経験のない沙織は二人の対応に過剰に反応してしまう。
ぬか喜びしないように、『こちらの世界ではこれが普通なんだ』と自分に言い聞かせる。

そんな葛藤をしている沙織を見て、アメリアはしたり顔でニヤニヤ笑っていた。
一方、普段女性から『男』として見られることが少ないレンは沙織の反応に戸惑っていた。
とりあえず、沙織が落ち着くまでそっとしておくことにする。

レンはアメリアに話を振った。

「そういえば、サオリ様の訓練はアメリアが担当するの?」
「うーん。本来なら神官が担当するんでしょうけど……すでに私より魔力量が多いとなると私が適任でしょうね。それに、私ももっとサオリと仲良くなりたいし。私が担当するわ!」
「え?! い、いいんですか?!」
「もちろんよ! その代わりニホンについてもっと教えてね? 後、敬語も無しよ?」
「は、はい! け、敬語についてはおいおいということで」

人見知りの沙織からしてみればアメリアが担当してくれるのは願ったりかなったりだ。
なにより、沙織ももっとアメリアと仲良くなりたいと思っている。
沙織はにやけそうになる顔を必死に抑えた。

わいわい二人が会話を楽しんでいる間、レンは微笑ましそうに見守っていた。
こんな年相応なアメリアを見るのはぶりだろうか。

その時、レンに向かって光る鳥が飛んできた。
沙織が驚いて声を上げる。
レンが右腕を上げる。光る鳥はその腕に止まった。
左手を差し出すと光る鳥は「グフェ!」と奇妙な声を上げ、ナニカを吐き出した。
役目を終えたからか光の鳥が消える。

残ったのはレンの左手にある手紙。さっと開いて目を通す。
そして、レンはおもむろに立ち上がった。
沙織とアメリアに向かってにこりと微笑む。

「僕はそろそろお暇しますね」
「レンも大変ねぇ。せっかくの休日だというのに」
「仕方がないよそういう契約だし。それでは失礼します。サオリ様。またね、アメリア」
「あ、は、はい! ま、また!」

自分に言われたわけではないのに「また」という言葉を出してしまった沙織は慌てて己の口を塞ぐ。
青褪める沙織にレンはクスリと笑い、「ええ、また」と言ってにこやかに出ていった。
沙織はそんなレンの背中を追うように見つめる。

「さて」

アメリアに声をかけられ、沙織は慌てて背筋を正した。
二人きりになったという事実に気づき、緊張する。まだ、警戒心が完全に解けたわけではない。
けれど、アメリアはそんな沙織の気持ちはお見通しだというように微笑んだ。

「訓練は明日からにして今日はゆっくり親睦を深めましょう?」

沙織は目を見開き、そして、破顔した。

「はい!」

お互いの好きな物。趣味。この世界について。ニホンについて。
思うがままに語り合った。たわいない話で笑いがこぼれる。そんな体験を今日初めて沙織は味わった。それはアメリアも一緒だった。


――――――――


ギュンターを通して送られてきた緊急討伐依頼書。魔物が現れたのは王都にある商店街。平時に見回りをしている第四部隊だけでは対処できずに、第二部隊を派遣したがまだ討伐の知らせは入っていないという。レンは全速力で現場まで向かった。

商店街に近づくほど魔物の気配が強くなる。
――――S級オークが複数。第二、四部隊だけでも討伐できるだろうけど市街地だから思うように動けないのか。
レンはさらに足に力を入れる。

ところが、魔物の数が一気に減っていっていることに気づいた。足を止め、様子を伺う。
レンの知る限りこの不利な場所でS級魔物を一気に葬ることができるような人物に心当たりはない。

「るぁぁああああああ!」

雄叫びを上げながら勇気が剣を振るっているのが目に入る。しかも、剣に炎を纏わせている。レンは目を見開いた。
勇気の動きは明らかに他の人間達とは違った。
魔物を倒し終えたのか、歓声が上がる。

————すごい。まだまだ粗削りだけど、彼ならもしかしたら。

意識せずとも口角が上がっていく。

次の瞬間、レンは大地を蹴った。
人々の頭上を飛び越え、瓦礫の中から現れたオークの脳天に聖剣を突き刺す。

いつのまにか歓声は消え、辺りは静かになっていた。居心地の悪さを覚えたレンは早々にその場から立ち去ろうとした。

「一突きで倒すなんざ流石だなレン! 」

豪快な笑い声を響かせて近づいてくるのはマンフレート。その後ろには無表情のアルミンもいる。
逃げられないことを悟ったレンはへらりと笑った。

「いやーユウキ様とレンのおかげで俺らの出番はなかったな」
「私達はサオリ様の護衛という重大任務をこなしてきたんですから、すでに充分活躍しています」

「沙織? 沙織がどうしたんだ?」

横やりを入れてきた勇気にアルミンが答える。

「本日、サオリ様を教会へと送り届けてきました」
「はあ? 何勝手なことしてんだよ!」

勇気がアルミンに詰め寄るがアルミンの表情は変わらない。

「サオリ様も承知のことです」

勇気は眉根を寄せ、舌打ちをした。

「アイツ、また流されたのかよ。ほんと、俺がいねぇとダメなやつだな。早く迎えに行かねぇと」

駆け出そうとする勇気にレンが待ったをかけた。

「サオリ様でしたらアメリア……聖女様と随分打ち解けたようでしたから大丈夫だと思いますよ」
「はあ? ていうか、おまえ誰だよ」

ジロジロとレンを見る勇気。
空気をよんでいるのかいないのかマンフレートが二人の肩を叩いて言った。

「そういえば二人は初対面だったな。こっちが(仮)勇者のレン。そして、こっちが渡り人のユウキ様だ」
「よろしくお願いします」

深々と頭を下げるレン。
一方の勇気はレンを指差して叫んだ。

「こいつが勇者?! 嘘だろ?! まだガキじゃねぇか!!!!」

「はははは、僕もそう思」
「我が国で認められている(仮)勇者様です。彼が持っているのは聖女様お墨付きの聖剣。彼の技量についてはあちらを見ていただければわかるかと」

意気揚々と頷こうとしたレンを遮り、アルミンが絶命しているオークを示す。
勇気は目を見開き、口を閉ざした。
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