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第十一話

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「恭介君! 大丈夫なの!?」



 マネージャーさんが俺の元に駆け寄ってきて、心配の声を出す。



「ハァ、ハァ……はい、なんとか。席教えてもらってもいいですか」

「良かったぁ。優香から聞いて心配したんだぞ。優香を守ってくれてありがとうね。でももう終わるよ」

「それでも良いです。少しでも優香の姿が見れれば」

「じゃあ私が連れて行くわ」



 俺が礼を言うと同時にマネージャーさんが俺の背後に回り、車いすを押していく。そして扉を開けて会場に入っていく。舞台の上にいる優香はあたたかな可憐な衣装に身を包んでいるが、その眼は悲しみに包まれている。表面上の優香しか見ていないファンには分からない。そう、これは家族としてたった半年だが過ごしてきた俺だからわかる。



「ありがとうございました!」



 優香のその声を皮切りに野太い歓声がライブ会場内に響き渡る。優香が再び口元にマイクを持っていくとその歓声は一斉に消え去った。いつもだったら何かの訓練かと茶化す俺だったが今はそんな気分ではない。優香は頭を上げると暗かったはずのところから急に光が入ってきているため、そちらの方向に視線を向ける。俺を見つけたその瞬間彼女は涙を流した。

 そんな優香の姿を見てファンたちはざわめく。



「優香、なんとか間に合ったぜ。でも泣くんじゃねぇよ。かわいい顔が台無しじゃないか」



 俺は優香の様子を見て小声でそう囁いた。マネージャーさんにも聞こえていないその声。だがそれは優香に伝わったように、涙を拭い、向日葵のような笑みを浮かべる。



「本当にありがとうございました。少しだけプライベートのこと言ってもいいですか? 今私の弟が会場に来たんです。ほら、今そこの扉が開いたところです」



 優香は手で俺の方を指し示す。すると照明も俺を照らす。ファンたちも俺のことをようやく認識したように視線を向ける。ざわめきは止まらない。



「今日、朝の話です。私は車に轢かれそうになったんです。でも弟が私を押して助けてくれたんです。その代わりに弟が車に轢かれたんです。それが心配で、心配でしょうがなかったんですよ」



 一言一言今日の朝のことを反芻しながら喋っているのだろう。その言葉は『アイドル』の内田優香ではなく『一般人』の内田優香のものだ。

 ファンたちもその言葉や、言葉に込められた感情に更にざわめきが大きくなる。そんなざわめきを一刀両断すべく優香は言葉を放った。



「本当だったらこれで終わりだったはずだけど、最後にこんな弟のためにもう一曲歌ってもいいですか?」



 その言葉は決して大きくはない。むしろ小さいと言われても仕方がない。ざわめきの方が大きかったかもしれない。だがその言葉は会場にいる全員に伝わった。



 後ろで待機しているバンドメンバーたちもここではあれしかないだろうとその曲の楽譜を開く。



 ファンたちもあの曲しかないだろうとペンライトの色を変える。



 裏方もあの一曲しかないだろうとその曲に合うように光の調節を始める。



「いいよ!」



 優香を除くこのライブ会場にいる全員から一斉にその言葉をもらい、優香は思わず破顔した。



「皆さんも手伝ってくださいね? あ、恭介は良いからね。今までも十分手伝ってもらっちゃったし」



 俺はその言葉を聞き、座っているのにもかかわらず思わず転びそうになった。俺の周りにいたファンたちもその俺の様子を見て破顔した。



「じゃあ、行くよ! 『我が家に一杯のカスミソウ』」



 そして曲が始まった。それは奇しくも俺が友人に勧められて聞いた優香の初めての曲だった。あのバラード曲はCD音源とは比べ物にならないぐらいに綺麗で引き込まれていくその美声。そして籠っている感情は全然違う。あの時の物は優しさだった。



 今は違うこれは家族としての親愛だ。



 俺はそんな優香の可憐な姿を見ながら曲に浸る。心の奥底に染み渡るようなその声。その声を通じて俺と優香は本当の家族になったんじゃないのかって俺はそう思ったんだ。
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