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第一話
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僕は、あの日死んだ。そして、始まった。
死は、人生が終わる瞬間だと、誰に教わるわけでもなく人間の常識として、自明のことであったが、まさかこれが自分によって覆されることとなるとは思いもよらないことであった。
「おい、お前こっちも手伝え」
「はい!」
僕は、毎日毎日同じように、畑仕事をしていたが一向に慣れずに、今日もクタクタだ。一時の休みも与えられず、それどころか、他人の仕事を手伝わないといけない。もしサボっているのが見つかれば給料なし。お金がかかっているから手を抜くことも出来なかった。
僕は、夜更けまで畑仕事をして、後払い決済ではなく、日雇い給料を握りしめて家まで帰る。家と言ってもスラム街にある木と藁で作られた納屋のような小さな秘密基地だ。その家が見えてきて、いつものように出迎えてくれるのは母親と兄弟たちだった。
「ザックおかえりなさい」
「ただいま。今日も疲れたよ」
「兄ちゃんおかえり!」
「ジョシュア元気だな。今日はご馳走か?」
そう言って台所を見ると、今日はステーキだった。
「おお、ステーキじゃないか!」
「そうなの。今日、たまたま商人の方が格安で売ってくれたから」
と母が言った。
僕は帰って早々そのステーキを頬張った。平たく、スジが多い決して味も見た目も良くない肉で臭みも強かったが、たとえ腐っていたとしても肉は肉。有難いことにこの上なかった。
僕は、いつも川で汲んでくる泥水をろ過させてから煮沸し、茶葉を入れた紅茶で喉を潤した。
本来であれば、臭みの強い水も、こうすれば紅茶の良い匂いがかき消してくれるのである。
「今日もお父さんかえってこないね」
ジョシュアが言った。父のエイブラハムは僕たちのために家に帰らず仕事をしていた。そのおかげで僕達は生きてこられた。父は仕事場で寝泊まりし、お金は最近普及した銀行という仕組みで僕たちの元へ届けられた。僕はご飯を食べ終え、奥の狭い寝室へ行くと、ベッドにはノアが寝ていた。僕とは4つほど離れた妹で、今年13になる。僕はそっと隣のベッドに腰かけたつもりだったが、その少しのきしみでノアは目を覚ました。
「兄さん、帰ってきてたんだ」
ノアは眠気眼を擦りながら、発声した。
「ああ、ついさっきね」
ノアもすっかりと年頃の娘になったので、僕は最近ノアと何を話せば良いのか分からずあまり会話を交わしていなかった。それは今もそうで何を話すべき考えあぐねていると、ノアが、天井を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「ザック兄さんって、夢はある?」
ノアは、唐突にそんなことを聞いてくる。物思いに耽ったような、掴みどころない深みがその声に含まれていた。
「急にどうしたの?」
「私たちの身分証。一番下だって書いてあった。そんな私はゆめをもっていいのかなってか」
身分証。国が決めたあの国民の地位を示す表。もちろん僕らは最下層で、夢には一番程遠い。それでも。
「もちろんいいに決まってるさ。僕にだって夢はあるし」
「なに?」
「ナイショ。夢は言ったら叶わないもんだからね」
「えー、じゃあ私も言わなーい」
僕とノアは笑いあった。本当は夢は言ったら叶わないという言い伝えなんて信じていなかった。ただ、家族と幸せにいつまでも暮らしたいというささやかな願いを知られるのが気恥しかっただけなのだ。そのせいで、ノアがどんな夢を持っているのかを聞けなかった。
「ちなみにノア、その本は?」
ノアの枕元には見たことの無い分厚い本が置かれていた。
「あっ、これは」
「ん?」
ノアは慌ててその本を抱えて隠すようにした。だけど、大きな本はそれでも隠しきれず、表紙が見えた。きっと、魔術師の本だ。
「魔術師になりたなったの?」
「あ、うん、でも、、私たちみたいな人地位が低くてなんの能力も持ってない人は、なれないのかなって」
僕は何も言えなかった。魔力適性がないから僕達はこんな生活をやっているわけで、この剣は魔術には勝てない。それが世の理であり、真理だった。魔力適性がないものでも、魔術師に習えば魔力を使えるようになる。でもそれには多額の金がかかってしまうのだ。
「ザック兄さん、悲しい顔してる?」
「いや、大丈夫だよ。ノア」
「ザック兄さんにこれあげる」
「なんだい?これ」
「ちょっとしたお守り。これ持ってるといい事あるかもしれないの」
「そうなんだ、ありがとう」
ノアから貰った御守りを見る。御守りも言っても御札のような一つの紙切れで、何やら呪文のような文字が書いてあるが、僕は文字が読めないので何が書いてあるか分からなかった。
スラム街に住むほとんどの子供が小さな頃から働きに出てまともな教育を受けず、文字が読めなかった。そんなスラム街の暮らしは最底辺だった。それでも、そんな人達にも夢を見て、そして幸せを求める価値があると僕は信じていた。この日までは。
死は、人生が終わる瞬間だと、誰に教わるわけでもなく人間の常識として、自明のことであったが、まさかこれが自分によって覆されることとなるとは思いもよらないことであった。
「おい、お前こっちも手伝え」
「はい!」
僕は、毎日毎日同じように、畑仕事をしていたが一向に慣れずに、今日もクタクタだ。一時の休みも与えられず、それどころか、他人の仕事を手伝わないといけない。もしサボっているのが見つかれば給料なし。お金がかかっているから手を抜くことも出来なかった。
僕は、夜更けまで畑仕事をして、後払い決済ではなく、日雇い給料を握りしめて家まで帰る。家と言ってもスラム街にある木と藁で作られた納屋のような小さな秘密基地だ。その家が見えてきて、いつものように出迎えてくれるのは母親と兄弟たちだった。
「ザックおかえりなさい」
「ただいま。今日も疲れたよ」
「兄ちゃんおかえり!」
「ジョシュア元気だな。今日はご馳走か?」
そう言って台所を見ると、今日はステーキだった。
「おお、ステーキじゃないか!」
「そうなの。今日、たまたま商人の方が格安で売ってくれたから」
と母が言った。
僕は帰って早々そのステーキを頬張った。平たく、スジが多い決して味も見た目も良くない肉で臭みも強かったが、たとえ腐っていたとしても肉は肉。有難いことにこの上なかった。
僕は、いつも川で汲んでくる泥水をろ過させてから煮沸し、茶葉を入れた紅茶で喉を潤した。
本来であれば、臭みの強い水も、こうすれば紅茶の良い匂いがかき消してくれるのである。
「今日もお父さんかえってこないね」
ジョシュアが言った。父のエイブラハムは僕たちのために家に帰らず仕事をしていた。そのおかげで僕達は生きてこられた。父は仕事場で寝泊まりし、お金は最近普及した銀行という仕組みで僕たちの元へ届けられた。僕はご飯を食べ終え、奥の狭い寝室へ行くと、ベッドにはノアが寝ていた。僕とは4つほど離れた妹で、今年13になる。僕はそっと隣のベッドに腰かけたつもりだったが、その少しのきしみでノアは目を覚ました。
「兄さん、帰ってきてたんだ」
ノアは眠気眼を擦りながら、発声した。
「ああ、ついさっきね」
ノアもすっかりと年頃の娘になったので、僕は最近ノアと何を話せば良いのか分からずあまり会話を交わしていなかった。それは今もそうで何を話すべき考えあぐねていると、ノアが、天井を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「ザック兄さんって、夢はある?」
ノアは、唐突にそんなことを聞いてくる。物思いに耽ったような、掴みどころない深みがその声に含まれていた。
「急にどうしたの?」
「私たちの身分証。一番下だって書いてあった。そんな私はゆめをもっていいのかなってか」
身分証。国が決めたあの国民の地位を示す表。もちろん僕らは最下層で、夢には一番程遠い。それでも。
「もちろんいいに決まってるさ。僕にだって夢はあるし」
「なに?」
「ナイショ。夢は言ったら叶わないもんだからね」
「えー、じゃあ私も言わなーい」
僕とノアは笑いあった。本当は夢は言ったら叶わないという言い伝えなんて信じていなかった。ただ、家族と幸せにいつまでも暮らしたいというささやかな願いを知られるのが気恥しかっただけなのだ。そのせいで、ノアがどんな夢を持っているのかを聞けなかった。
「ちなみにノア、その本は?」
ノアの枕元には見たことの無い分厚い本が置かれていた。
「あっ、これは」
「ん?」
ノアは慌ててその本を抱えて隠すようにした。だけど、大きな本はそれでも隠しきれず、表紙が見えた。きっと、魔術師の本だ。
「魔術師になりたなったの?」
「あ、うん、でも、、私たちみたいな人地位が低くてなんの能力も持ってない人は、なれないのかなって」
僕は何も言えなかった。魔力適性がないから僕達はこんな生活をやっているわけで、この剣は魔術には勝てない。それが世の理であり、真理だった。魔力適性がないものでも、魔術師に習えば魔力を使えるようになる。でもそれには多額の金がかかってしまうのだ。
「ザック兄さん、悲しい顔してる?」
「いや、大丈夫だよ。ノア」
「ザック兄さんにこれあげる」
「なんだい?これ」
「ちょっとしたお守り。これ持ってるといい事あるかもしれないの」
「そうなんだ、ありがとう」
ノアから貰った御守りを見る。御守りも言っても御札のような一つの紙切れで、何やら呪文のような文字が書いてあるが、僕は文字が読めないので何が書いてあるか分からなかった。
スラム街に住むほとんどの子供が小さな頃から働きに出てまともな教育を受けず、文字が読めなかった。そんなスラム街の暮らしは最底辺だった。それでも、そんな人達にも夢を見て、そして幸せを求める価値があると僕は信じていた。この日までは。
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