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33 知らない記憶の人
しおりを挟む「う……」
ズキズキと痛む頭を押さえながら起き上がれば、どこかの教室なのかあまり知らない景色だった。
「目が覚めたんだね、義姉さん」
少し手荒な真似をしちゃったから心配してたんだと声の主は、私の目の前まで来ると起き上がった私と視線を合わせるように屈んだ。
赤い髪に白のメッシュが入った青年は柔和に笑うと私の頬を撫でてくる。
この人は一体誰なんだ、私にグラジオ以外の弟は居ない。
「あの……何か人違いをしていませんこと……?私の弟は貴方ではありませんもの」
「人違いだなんて酷いなぁ……僕の事忘れちゃったの?“菖蒲義姉さん”」
「っ!!!!」
その名は紛れもなく今世のものでは無い、私の前世の名だった。
それが引き金となったのか、頭に激痛が駆け巡った。
上手く思い出せない、だけど本能的に彼は危ないと頭は警鐘を鳴らす。
頭がぐるぐるとして思考は鉛のように重い、夢と現実を彷徨うような気持ち悪さに吐き気さえ感じる。
「…………まさか、本当に思い出してないの?僕はずっと探してたのに?」
「ごめんなさい……私は貴方のこと、分からないわ…」
ゲームについては思い出せたものの、前世の私がどんな人間でどんな人達に囲まれてどういった人生を送ったかなんて思い出せてない。
漠然と私がそこに居たということだけしか私には無い。
目の前の青年は額を押さえて俯くと何かぶつぶつ呟き始める。
どう見ても正常ではない様子の彼に私は徐々に恐怖感を募らせていく。
暫くそうしていたと思ったら突然力が抜けたかのようにぐらりとふらついた青年は、ばっと顔を上げると先程とは違う雰囲気を纏っていた。
「お……れは……一体何を……?」
私の姿を見るやいなや信じられないものを見たように瞠目した。
ますます私は訳が分からなくて困惑する他なかった。
「っ!?……貴女は……イリス、公爵令嬢…!?」
「あの……大丈夫ですの……?」
「もっ、申し訳ございません!自らの意思ではないとはいえこのような……」
酷く動揺してしまっている目の前の青年は先程とは違う人物にさえ感じるのは何なのだろう。
本人にも状況がよく分からないけど何か大変なことをしてしまっていると感じているらしく、深々と頭を下げられてしまった。
「え、ええと……どうか頭を上げてくださいませ…それから……貴方の分かることをお話して下さらない?」
どうにも状況が飲み込めない私はまず彼の置かれた状況を知ろうとそう言った。
私をここへ連れ去った事は本意ではないのなら先程の質問や行動の理由が分からない、私に敵意や悪意が無いのならこれくらいは話せるだろう。
「はい……まず俺はオーキッド伯爵の第二子、ルシアン・オーキッドと申します。」
「オーキッドといえば……ミルト様のお兄様ということかしら……?」
「ああ、妹をご存知でしたか。弟君にはお世話になっております」
一度しか会っていないけれど彼女は中々に濃い人柄だったのでよく覚えている。
まさか彼女のお兄さんだとは……。
「信じて頂けるかは分かりませんが…最近、身に覚えのない行動や記憶の欠如が見られるようになりまして……」
「記憶の欠如……?」
「はい、ぽっかりと一定期間の記憶が全くないのです。今回も俺は学園祭の準備に入る時間で記憶は止まっていました。それなのに突然意識が戻ったと思えばこのような……」
まるでフィクション出てくるような二重人格の典型とも言えるそれに私は反応に困った。
突然そんな風になるのだろうか、だけど彼が嘘を言っているようにも見えない。
「おぞましい事に思考が乗っ取られたかのように意識もある時があるんです。その際もやはり妙な挙動をしていて……くっ……」
二重人格ならば意識は愚か記憶は共有されない、ならば彼は何か別のもの……?
ルシアンはまたも額を押さえると苦しそうな声をあげた。
「っ……ああ、もう。精神力だけは無駄に強いんだから……こんな所で意識を取り返されるなんて」
「……!?」
苛立たしげに顔を上げた彼はまた私に初めて声をかけてきた時の雰囲気に変わっていた。
これは普通ではない、パッと見では二重人格なのではないかと思うが何かが違うように見える。
「あ~~執拗い、まだ意識がそこにある……」
心底鬱陶しいといった表情を浮かべながら舌打ちするルシアンの顔の誰かは私を見るなりニコリと笑った。
笑っているとはいえ彼の雰囲気に私は恐怖にぞっと悪寒を感じた。
「よかった、まだ逃がされてなかった。ようやく見つけたのに逃げられたらたまらない」
「あ……貴方は『何』なのです……」
「『何』か?だから言ってるじゃない、僕は義姉さんの義弟だよ」
「で、ですから私の弟は貴方ではないと……」
「何回も言わせないでよね、それは『イリス』のはでしょ。僕が言ってるのは今のあんたの事じゃない」
そうは言ってもイリスは私だし、弟はグラジオラスの他に居ない。
前世の私はあくまで過去のもの、それにこの世界には関係もない人間だ。
「訳が分かりませんわ、私は貴方のような方を知りません。ルシアン様を元にお戻し下さいまし」
「まあ……流石にさっきのでアレと僕が別物だってことは分かったみたいだね。だけど借り物のこれがなくなった所で僕は他のものを使えるから別にいいよ?元々これは相性が悪かったし」
そう言ってのけた彼に戦慄した。
たとえ彼を解放しても他の誰かが今度は犠牲になるのだと言っているようなものだ。
それでも解放されるのなら良いことなのかもしれない、彼の身が勝手に使われなくなる訳なのだから。
「でもそうだなあ……義姉さんが僕のものになってくれるなら、かな」
目を弓なりに細め、目の前の青年は不気味に笑った。
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