悪役令嬢に転生したら言葉の通じない隣国の王子様に好かれました…

市瀬 夜都

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とある弟の話

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ローズ祭が終わり、姉さんが学園に帰った数日後、彼女がアルクアン・シエル家に忘れ物をして行った事が分かった。
恐らく学園で使っているであろう手帳には小さな鍵が掛かっており中は何なのかは分からないけれど、恐らくは日記だと思われた。
日記なら直ぐに気付く筈なのだけれど忙しいのか取りに来る気配がなかったため、ボクが学園に届けようと思い至った。
どうせかの学園にも少々用事があった事だし丁度いいだろう。


「あら…グラジオ?こんな所で奇遇ね?」

学園に着くなり見知った声に呼び止められて振り向けば、そこには何故か友人であり同い歳のミルトニアが居た。
彼女は好みの『お姉さま』の前では淑女の鑑だなんて言われる外面を出すが、ボクと二人の時はこうして砕けた口調で話してくる。
彼女とボクは全くの清い友人関係で、別に婚約者候補でも双方が想いあっているという訳でも無い。
故にか彼女のボクへ扱いはぞんざいでボク以外の人が居る場合でなければ男顔負けの価値観をミルトは露呈させる。
だからこそ彼女は悪友にこそなれど妻には迎えたくはない。
ボクらから生まれるなんてそれは流石に子供が不憫というものだ。

「ボクは姉さんの忘れ物を届けにね、ミルトこそなんでこんな所に?」

「まぁ……!イリスお姉さまの!わたくしも行きたいわ…!!…と言いたいところだけど今日は愚兄の事で用があるのよねぇ……」

「相変わらずルシアンさんには冷たいよねぇ……」

「わたくしのは愚兄に会わない私用ですしイリスお姉さまに一緒に会いに行っては駄目かしら?」

ボクの言葉は全くスルーでそう言うミルトは耐性のない人ならば魅了されるであろう上目遣いでこちらを見やる。
全く、自分の意見だけはとにかくごり押すから厄介な令嬢だと思う。
そんな彼女には五つ離れた姉と一つ上の姉さんと同い歳の彼女が愚兄と呼ぶ兄、ルシアンさんがいる。
別に彼女の兄は愚兄だなんて呼ぶほど馬鹿でも愚かでもない、良くも悪くも優等生な人だと記憶している。
ミルトが出向くほどの事など彼にあるとも思えないが……。

「あら、会いに行かないのかって顔ね?会うわけないじゃない、今日はこの学園の生徒会に用があるのだもの」

訝しげなボクの表情を読み取ってか、ミルトはじとりと睨みながら言う。
どこまで邪険にするんだろうとほんの少しだけ彼の兄に同情した。

「そ、そう……」

「なんでも、優等生だけが取り柄の愚兄の様子がおかしいのですって。イリスお姉さまにも関わるかもと言っていたので念の為来たという訳なの」

何故彼女は入学もしていないこの学園においての情報網があるのかと言うと、彼女の姉であるジュリアンヌ嬢が生徒会のOBのため、次期生徒会候補になるであろう彼女を引き入れる為に事前に親しくしているからなのだとか。

入学前から人脈を展開する恐るべき悪友である。

ボクがローズ祭での姉様のパートナー争奪戦が起きたことを知っていたのはミルトに教えられた情報で、彼女に姉さんを合わせることと引き換えの情報だった。
彼女と居れば離れていても姉さんの情報が入ってくるので共にいるのも酷ではないし、何より不本意ではあるものの思考が似ている。
切っても切り離せない腐れ縁とはこの事なのだろうと思うばかりなのである。

「でもそれなら先にそっちに行かなきゃなんじゃないの?」

姉さんに関わるかもしれないのなら尚更早く解決すべきではないか。

「一応内容は聞いてるの。愚兄が何かに取り憑かれたようにらしくない事をしている事とか、何故だか突然女性に興味のなかった愚兄がイリスお姉さまに魅入られたとか」

本当に人が変わったような変貌ぶりなんですってとミルトは苦笑しながらもそう言う。

「今回はその調査のようなものだからイリスお姉さまにも会っておきたいなぁと思って。まあ、イリスお姉さまのお傍には王子様がいつもいらっしゃるみたいだし大丈夫だとは思うけどね」

王子様?いつも?その割にはローズ祭には忌々しくも公爵家のハイドがそばに居た。
どういう事だとミルトを見れば知らなかったの?と言いそうな含み笑いをしてくる、こいつ……わざとだな。

「ホント外面と中身の性格に差があり過ぎでしょミルトってば。性悪ーっ腹黒ーっ!」

「あーら、猫かぶり粘着系シスコンに言われたくはありませんわぁ!生意気な弟くんには情報流しませんわよ??」

唐突にお嬢様言葉に戻して挑発してくるミルトには腹は立つものの、彼女の情報が無ければ姉さんの学園での行動が知れなくなる。
悪い虫が姉さんに付いては大変だ。

「悪かったって……情報を引き合いに出されたら何も言えないの知ってて言うんだから…」

「うふふ、ではイリスお姉さまの所へ一緒に行くことも了承して頂けますわね?やたーっ!」

これで伯爵令嬢で淑女の鑑なんて言われているのだから彼女の外面に上手いこと皆騙されてるよなぁ……。
強引にそう言われてはもう彼女を止める術もない、このまま行くしかないのだろう。








▷▷




面会手続きを済ませると姉さんの教室へ向かうべく歩いていた。
もうすぐ学園祭の時期なのだとかで一部の教室では賑やかな雰囲気だった。
しかし進んでいくと貴族の学園に似つかわしくないバタバタと走る音、女子生徒の悲痛な声が聞こえてきた。
なんの騒ぎだろうとミルトと顔を見合わせると自然と声のする方向へと向かっていた。
辿り着けば、そこに居たのは座り込む一人の女子生徒と国の情報誌で何度か見た隣国の王子の姿だった。

「……あれ?貴方は確か…ウィリアム王子殿下……?」

「え……?」

確かそんな名前だったと思う。
とミルトを見れば合ってるぞと言いたげにこくこくと頷いた。
座り込んでいた女子生徒はボクを見るなり瞠目して固まっている。
ボクは彼女とは面識はなかったと思うんだけど、正直この人はどうでもいい。
ミルトの先のあの口振りならこの王子殿下は姉さんに関わりがあるみたいだし、姉さんの元へ案内してもらおうかな。

「あの……」

「リナリア!!どうしたんだよ急に!」

「イリス嬢は見つかったの?」

声をかけようとした途端、わらわらと男子生徒達が二人の元へ走ってくる。

なになになんの騒ぎ……!?

その人達は殆どが(一方的に)知った顔ばかりだった。
かのパートナー争奪戦のメンツであるハイドを筆頭に侯爵家のムーラン、辺境伯家のディモル、伯爵のエレンという錚々たる面子。
これは一体なんなんだと、唯一双方において知り合いのハイドに視線を向ける。
姉さんの名前が出てたし嫌な予感しかしない、問いたださねば気が済まない。

「君……!彼女の弟の……ってかなんでここに?」

「姉さんの忘れ物を届けに来たんですけど…一体なんの騒ぎなんですか?」

目が合ったハイドは一目で僕が姉さんの弟であることに気付くと、学園に居るはずのないボクを疑問に思ったのかそう言った。
すかさずボクは彼に理由を聞くべく距離を詰めると彼は言いづらそうに口を開く。

「それが……イリス嬢がたった今……行方をくらませたみたいだよ」

「……は…?」

「なんですって……!?」

座り込む女子生徒を指さして顔を顰めるハイドの言葉に耳を疑った。
隣のミルトもたまらず声を上げた、ボクは最早声すら出ない。
一体、何がどうしてこんな狭い学園で姿を消すことが出来ようか。
曲がりなりにも今は授業時間と同等の扱い、外には出られない筈だ。

「ちょっと……それ……どういう事??」

「イリス様……っ……」

今にも泣きそうな悲痛な声で姉さんの名前を呼ぶ女子生徒は小さく肩を震わせていた。
その手前には考え込むように固まる王子殿下、先程から考えているのか全く話す様子がない。

「とにかく……落ち着いて現状を俯瞰しましょう。どなたか詳細を教えて頂けませんか?」

動揺するボク達にミルトは子気味よくパンパンッと手を叩くと凛とした表情で言った。


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