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32 不穏の予兆
しおりを挟む「ねえ、リナリア様。男性の方って事以外に何か特徴は分からないのかしら?」
「気を失わされたのでその瞬間のことしか……」
ざっくりと男だとしか分からないのでは探しようがないため二回目の犯行を待たなくてはならなくなってしまう。
そうなってからでは遅すぎるというもの、未然に防げなければ閉じ込めよりもひどい目にあうことだろう。
戸惑いつつも思い出すように考え出したリナリアを見ながら、私は思い当たることは無いだろうかとゲームのストーリーを振り返る。
だけど……閉じ込めの嫌がらせが先に来てしまっている以上、ストーリーも狂ってしまっている。
これではストーリーを思い直したところで参考にはならないかも……。
「そいつ、制服だった?」
ハイドは考える姿勢のまま、リナリアに問う。
「え、ええ……確かそうだったと思いますわ…袖が制服のものでした」
制服だったのならネクタイは学年色なので学年くらいは分かるかもしれない。
学年がわかったところで、各学年ごとに相当数の男子生徒が居るわけだけど…。
「ならネクタイはどうでした?」
私と同じことを考えていたのかエレン先生は私が聞く前にそう言った。
ちなみに学年色は前世の私の世界の認識と同じ赤、青、緑で学年が変わるごとに色が変わっていく。
順番は一年生が青、二年生が緑、三年生が赤と花が咲いていくイメージなのだとか。
そしてネクタイ、またはリボンにはクラスごとに違う花の刺繍が入れられるので学年章の代わりとなるのだ。
生徒達はクラス分けのそれを『学年花』と呼んでいる。
そのため学年が上がるごとに買い直さなければならないがそこは貴族の学校というもの、なんら苦ではないのだ。
私たちはまだ一年生なのでネクタイは青、クラスは二クラスで刺繍は青い花であるネモフィラとワスレナグサ、刺繍の違いは一輪の花か小さな花が集まっているものかで違いがある。
私のクラスはこの中のネモフィラ、一輪の花の方だ。
「…あ……!そうですわ、ネクタイは青で……学年花はワスレナグサでしたわ…!」
リナリアが顔は覚えては居なかったもののネクタイを覚えていてくれたことは大きい、ここまでくれば隣のクラスの男子生徒だということまでは絞れた。
けれど特定には至れない、何かもう少し情報があれば……。
「隣といえば……」
そういえば、件のロベリア嬢も隣のクラスだったような……?
たけど今回は男子生徒の仕業だし……。
「隣の出し物は楽器演奏だったから確かに誰か抜けていても誰も気付かないかも……」
ディモルはうーんと唸りながら必死に考える素振りをしている。
それにリナリアはクスリと微笑む。
おお……可愛らしい……流石はヒロインね…。
「隣のクラスなことは分かったのですし、練習に戻りませんか?私は大丈夫ですわ……」
悩み出してしまった皆を見てリナリアは困ったように戻ろうと促してくるが、皆納得がいかない顔だ。
けれどリナリアがなんとか言いくるめ、皆がようやく教室の帰路へ進み始めたその時、私は近くに怪しい人影を見た。
男子生徒のものと思しきそれは廊下の影へ姿を消すので慌てて私はそれを追った。
───皆が立ち去っていることさえ忘れて。
袋小路に入っていく影を見て私は追い詰めるように近付くと、逆光で姿が見えないなか青いワスレナグサの刺繍が見えた。
これはクロで間違いなしね……!!
「ふふふ……やっと、みーつけたぁ」
「っ!!んむぅ!」
刺繍を見た直後、何者かに急に後ろから羽交い締めにされると口に布を当てられる。
甘ったるい匂いと共にぐらつく視界。
ああ、私は相手にしてやられたのか…。
最後に耳にしたのはどこか懐かしい声色だった。
「探したよ───僕の『義姉さん』」
* * * *
やけに教室に戻したがるリナリアに言いくるめられ、教室に向かっていた彼らはもうすぐ教室という所で違和感に気付く。
人数が一人足りない、いち早く気付いたのは周りをよく見ていたハイドだった。
「ねえ……さっきから一人足りないよね?イリス嬢はどこに……?」
そう言われて気付いたのか皆、不思議な顔できょろきょろと見回すがどこにも居ない。
その事態にサッと血の気の引いた蒼白な顔になったのはリナリアだった。
小声で何かを呟いているものの誰一人彼女の呟きを聞き取れるものは居なかった。
「っ!!!イリス様っ!!!!」
そう悲痛な声で叫びながら来た道を引き返して制服の長めのスカートなのにもかかわらず、裾を翻して全力で走っていく彼女に男性陣は戸惑ったが、自分たちも呑気に教室へ帰れる雰囲気でもない彼らは彼女を追って走っていった。
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