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とある王子の話
しおりを挟む「貴方はお花はお好き?」
小さな鈴が鳴るように可憐で、だけれど幼さの割に凛とした隣国の言葉を話す声が僕にそう言った。
他国の貴族も参加するこのお茶会は所謂和平交流の一環で、王子である僕は面倒であるけれど必ず参加しなければならなかった。
自国の人間ならば同い歳の人間が僕に気安く声をかけてくることもないし少し驚いたが、他国の人間ともあれば僕の身分なんて分からないものが多いと納得がいった。
──花なんて大して気にも留めたことは無かったし、ただの飾り程度にしか思わなかった。
そう目の前の菖蒲色の少女に伝わる言語で返せばきょとんと瞠目した。
なにかおかしな事を言ったんだろうか?言葉に間違えはなかったはずだ。
関わりのあるほとんどの国の言葉を覚えてきたから不自由無く使えるし、言い回しに突っかかるほど隣国の言葉は苦手ではなかった記憶がある。
「まぁ、それはもっないないわ!この世界は多くのものに花の名前が使われているというのに」
ちゃんと返答があったので僕の言葉にミスはなかったらしい。
例えば国の名前とかは有名ですわと語る目の前の少女の話は中々に興味深くて、特に『花言葉』というものが興味をそそられた。
花ひとつひとつにはそれぞれ花言葉というものがあって送る時のメッセージにもなるのだという。
花によっては本数や色によっても違う花言葉があるのだとか。
「私はこの髪の色と同じ花の名前を頂いているんですがもう一つ、虹という別の意味も込められているんですの。ひとつの単語で沢山の意味があるのってなんだか…素敵ですわよね」
別れ際、その少女が言った言葉が何故だか胸に残った。
その言葉を言った時の彼女の笑顔と共にずっと。
結局彼女の事は名前がイリスである事と隣国の貴族であることだけしか知りえなかったがこの数年後、僕はその記憶に感謝する事となる。
▷▷
不穏な空気が流れる自国の好戦的な情勢を憂いつつも何とか止めることは出来ないだろうかと画策し続けていたが、とうとう父王は僕を間諜として隣国へ留学させる事を決断してしまった。
名目上は和平親睦のための留学だが、本音は攻め入る瞬間を探るための諜報活動に過ぎなかった。
隣国の弱みや手薄の瞬間を狙って我が国はまた戦争を仕掛けようとしているのだ。
何も収穫がなくこの留学を終えられればそれが最良であるが、この戦争を止めるにはきっと以前に騎士と王族が結婚したああいった出来事でもない限りは不可能だろう。
つまりは僕が隣国で誰かと留学期間中に結婚を取り決めでもしない限り。
けれど僕は、そういった色恋事にはめっぽう疎いためにあまり期待もできない。
政略的に婚姻を取り決めることも出来るだろうが、バレてしまっては元も子もない。
反逆罪と称して僕を消しにかかるか、僕を誑かしたとして戦いの火蓋を切ることだろう。
重い気分のまま留学先の学園へ到着し、クラスへ足を踏み入れた時、彼女を見つけた。
いつかの僕の身分など気にせず、楽しそうに花言葉を教えてくれた菖蒲色のあの子を。
あの子を見つけてしまったからだろうか、この計画を破綻させる事に希望が見えた気がした。
幼い頃の短いあの記憶だけだと言うのに、彼女を見ただけでそう思えてしまうのだから僕は単純だな。
それから僕は彼女のそばを離れまいと、なるべく近くを陣取ることとなるのはまだ先の話。
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