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22 迷子はどちら?
しおりを挟む「イリスお姉さんもお祭りに来てたんですよね…ごめんなさい、ニルのせいでおでかけ邪魔しちゃって……」
白い髪の女の子──ニルヴァは落ち込んだ声で俯く。
私は別に迷惑だとも邪魔だとも思っていないので笑って彼女の手を取り繋いだ。
「気にしないで、むしろニルと会えたんだもの!私は嬉しいわ」
「……!ありがとうございますっ!」
花が咲くようにぱあっと微笑んだニルヴァは中々の破壊力……。
妹が居たらこんな風になっていたのかしら可愛い……。
「それにしてもニルは随分お行儀がいいのね?」
「はい、兄さんと二人で暮らしていたので……自然と身についたというか……」
「あら……そうだったの……お兄さんと支え合ってきたのね、凄いわ…うん、えらいえらい」
この歳で両親のいない暮らしなんて私には想像もつかないけれど、きっと今まで苦しい事も悲しい事もあったんだろう。
私はニルヴァの頭を撫でて出来るだけ笑顔で彼女を見た。
私に撫でられてニルヴァはほんのり嬉しそうに頬を染める。
───なにこの生き物可愛い……!!!
弟とは違う新鮮な感覚に私が一人悶えていると隣でブッと吹き出す音が聞こえた。
おい聞こえてんぞアルベリックさん。
「それにしても人が多くて私達まではぐれてしまいそう……」
「ここではぐれたらどちらが迷子か分からんなぁ」
「こんな祭りの中二重迷子なんて洒落にならない、やめろブラン。そういう時は決まってお前も居なくなるんだからな」
それを探す側はまったくたまったものじゃないとアルベリックさんはため息混じりに言った。
ああ……っそんなに話したらフラグが……
そんな事を言っていればフラグが立つというもの、言葉は言霊となるものだ。
とにかくニルヴァとはぐれないように手をしっかりと握り直す、それと同時に祭りの催し物なのかなにやらパレードのようなものが列を成してこちらへ進行してきていた。
いやに高いテンションのそのパレードは、打楽器やら笛の音と共に踊り子やらがパフォーマンスをしながらパレードのスピードとは思えないほど速いスピードで進んで予想よりもはるかに早く私たちの元へと一直線に迫って来た。
「ちょ……嘘ぉ!?」
「っ!イリス嬢…!」
そのパレードは私たちがそこに居るのも構わず突き進んで来て私とニルヴァ、ブランシュ王子とアルベリックさんの間を引き裂いた。
しかもブランシュ王子とアルベリックさん達もバラけてしまい、彼らは一人になってしまっている。
これはかなり不味くないだろうか……!?
ほらぁぁぁぁぁぁ!!フラグだった!!
言った通りに見事はぐれた私達は横を物凄いテンションで通り過ぎていくパレードを呆然と見つめていた。
「ま……まじで……?」
「ど…どうしよう……活気が凄いとは聞いてたけどこんなになの……?」
はわわわと私の手をしっかりと握ったままのニルヴァは見るからに動揺している。
こういう時は無理に動くべきではないけど、ここに居ると今にもこのパレードに轢かれそうだわ…。
「ここ……危ないから少し動かないといけないわね…」
「で、でも……あのお兄さん達……」
「恐らく二人の方がパレードが近くだったから移動せざるを得ないわ…」
しかも彼らは一人になってしまっている以上、双方を探す事だろう。
だとするならその場に留まることもない可能性の方が大きい。
ただでさえ人が多くてならないのだ、人が少ない所へ避難している方がきっと見つけられやすいのではないだろうか。
「ニル、とりあえずあっちの噴水へ行きましょう。」
「は、はい……!」
噴水まで人混みを避けて行くと圧迫感から解放され、息をついた。
ニルヴァの方が身長が低い分、更にキツかっただろうと心配だったが存外平気そうなのでひと安心だ。
「それにしても……凄いのね…下町の収穫祭って……」
貴族社会ではこんなにぎゅうぎゅうになってまでやる行事も無いし、前世でもお祭りに行った記憶が見当たらない。
私は意外にも寂しい人生を送っていたのやもしれないなぁ。
「イリスお姉さんも収穫祭は初めてなんですか…?商家のお嬢さんって聞こえたような気がしたからてっきり来たことあるのかと……」
ぎくり、と一瞬言葉に詰まるけれどこの子は外国の人だし子供には流石に私達の身分なんて簡単には気付けないだろう。
それなら箱入りの商家の娘とでも言っておけばごまかしがつくことだろう。
「実は今日はお忍びなの、中々こういった所には行かせてくれないから」
「なんだか……私の仲間の一人に似ています…彼女もずっと閉じ込められていたから……」
「いたってことは今は違うのね、ふふ…それは良かった」
「はい……今はやりたい事を好きなだけやって皆を困らせてるけれど…」
思い出すように微笑んだニルヴァは口ではそう言っているけれど、本当はきっとその子の事が大好きで大切なんだろう。
旅をする彼女達の感覚は分からない。
それは乙女ゲームとRPGゲームの違いくらい大きな差だし、私の性格上冒険をするという大きく出た事は出来ない。
幼くしてそんな過酷な環境にもついて行っているニルヴァは本当に強い子なんだなぁと思うばかりだ。
「お嬢さん方、あちらに貴女達を探しておられる方がいらっしゃったよ。」
「あら、それはご親切にどうも」
噴水に腰掛けてニルヴァと話していればどこからともなく現れた男の人が私達に声を掛けてきた。
私はその男にほんの少しの違和感を感じたけれど、きっとブランシュ王子やアルベリックさんが探してくれているんだろうなと思うことにした。
「あちらで待っているそうだからご案内しますよ」
「え……あの、場所を教えて頂くだけで大丈夫ですよ?」
「いえ、そう言わずに」
なんだかこれはよからぬ予感がする。
下町は貴族街や上流層の街とは違って人攫いなどが横行すると聞く。
これはもしやその手のものなのではないだろうか。
更に、魔力持ちの人間は裏では奴隷としてかなりの高値で売れるのだという噂を小耳に挟んだことがある。
もしそれが本当なのならニルヴァが危ない。
ラ・レーヌの人間というだけで例え魔力を持たないにしろ価値がある、狙うには十分すぎるカモだ。
「いいえ!結構よ!私達から離れて!」
「つべこべ言ってんじゃねぇ!大人しく来い!」
やっぱり!本性を現したな…!
腕を掴まれ強引に連れて行かれそうになってしまった!
ニルヴァは恐怖からか怯えて震えてしまっているのが繋いだ手から伝わってくる。
彼女に怖い思いをさせたかった訳では無いのになんてことをしてくれるんだこの人攫い……!!
大方この男一人ではなく来いと言っていた場所に仲間が待機しているんだろう。
そこに連れて行かれたらもう助からない…でも非力な令嬢の力ではこの手を振り払って逃げる事も出来ない……!!
「痛いわ!離して!」
必死に抵抗するも体格の良い男の力は私には強すぎる。
こんな事なら護身用武器やナズナに来てもらうんだったわ……!!
城で待たせておくんじゃなかった……!
「私の妹に、何か用ですかな」
「っ!兄さんっ!」
「……っ」
強引に引っ張られる私の手を掴んでいた男の手を捻りあげてあくまで冷静にやって来た青年は言った。
捻り上げられたことで私の手からは男の手は離れた。
急いで人一人分の距離をとるとニルヴァの無事を確認した。
うん、大丈夫だった……。
第三者に見つかった事に動揺した男は走り去って行ってしまったがその先にはパレードの群衆がいる。
流れる人の波に男は揉みくちゃにされて潰されていた。
自業自得である。
「……もう大丈夫ですよ、お怪我は?」
「手を掴まれただけなので大丈夫です…」
「よ、よかったぁ……イリスお姉さんが抵抗してくれなかったらニルなんてすぐに攫われちゃってた……」
ニルヴァのお兄さんに会えたのもあってか一気に緊張が解けた感じのニルヴァはほっと息をついた。
ニルヴァはこう言ってくれているけれど、私は人の子を連れてこんな事になるなんてと罪悪感でいっぱいだった。
「あんなのじゃ抵抗だなんて言えないわ……結果的に彼が助けてくれなかったら二人仲良く攫われていたもの……」
「危ない所で間に合って良かった…ニルを保護して頂いていたんですね、ありがとうございます」
「兄さん達を探してる間にイリスお姉さんと一緒に居た人ともはぐれちゃったの…だから一緒に探してあげられないかな……」
「うん、僕もはぐれて行動し始めたエルナを探してたらみんなとはぐれたみたいで……合流場所は決めてあるし、みんなで探そうか」
「うんっ!」
ニルヴァのお兄さんはニルヴァが言っていた通りの瑠璃色の髪と瞳で一見、ニルヴァとは似ていないけれど瞳の色だけは同じ瑠璃色だった。
物腰は柔らかく優しさが滲み出た、まさにお兄ちゃんを体現したかのような人だった。
「ああ…申し遅れました。ニルヴァの兄、ウィルと申します」
「この人はイリスお姉さんだよ!兄さん!」
「ふふ、紹介してくれてありがとうニル。」
自己紹介を受けたので私も名乗ろうとしていると、兄に再会できたことで元気になったニルヴァの方から紹介される。
これはこれで……なんだか新鮮だ。
元気になったから更に無邪気さが出てきて可愛さに拍車がかかってきているわね、可愛い。
「しかしあの人攫い……捕まえなくて良かったのかしら…」
「すぐには逃げられないでしょうからもう狙われる事もないとは思いますが…不安ですか?」
確かに人混みの中押し潰されるのは見えたけれどまた不意をついて攫われたらどうしようと不安でもあった。
「それはもう大丈夫だぜ、現行犯で突き出してやったさ」
コツコツと靴の音を立てながら現れたのはブランシュ王子だった。
どうやらアルベリックさんは居ないようだけど彼は無事だったどころか先程の犯人を突き出してきたらしい。
なんて逞しい王子なんだ……。
「ブランシ……」
「しっ、ブランでいい。身分がバレるのはお互い良くないだろう?」
「は、はい……」
名前を呼ぼうとした私にブランシュ王子は言わせないように私の口に人差し指を押し当てるとそう言った。
顔が近いです……心臓に色々悪いです……
「あっ、イリスお姉さんと一緒にいたお兄さん!……でもあと一人居ない…?」
ニルヴァはブランシュ王子の事を見ると表情を明るくしたが、アルベリックさんの姿がない事に首を傾げた。
ああそうか、ニルヴァの身長では二人一緒にはぐれたように見えていたようだ。
「アルともはぐれちまってな、迷子探しの続きと洒落こもうか」
「おー!」
すっかり元気になったニルヴァの明るい掛け声とともに迷子(?)探しは第二幕を迎えるのであった……。
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