悪役令嬢に転生したら言葉の通じない隣国の王子様に好かれました…

市瀬 夜都

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いつかの青年の話

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「ねえ、貴方は運命ってどうしたら変わると思う?」

「どうしたんですか?突然……悪い宗教にハマってる人みたいなこと言い始めて」

僕と同じ病室の彼女がふとそう聞いてきた。
彼女はとある事件の被害者らしく最初のうちは心が壊されて酷い精神状態だったらしい。
男の人を特に過敏に恐れ、医師すら怖がり治療を受けようともしなかったのだとか。
余程酷い目にあったのだろうと、話を看護師から聞いた時、病院から出たことのない僕はそう思った。
病室の関係で彼女が僕と同じ病室に移って来る事になった頃には恐怖症の症状もだいぶ良くなっていたらしく、同じ部屋に男性がいても錯乱しないようになったと看護師は言っていた。
僕はかつて間違えて男なのに乙女ゲームを買ってしまって、仕方なくプレイした事がある。
乙女ゲームは後にも先にもその作品しかやらなかったけど普通にいい話で結局好きになった。
彼女もそのゲームをやっていたらしく僕と彼女はその話をきっかけに仲良くなることが出来た。
話してみれば優しく可愛らしい女の人だったのにそんな彼女を壊すなんてなんて酷い人なんだろう。

「うーん…なんていうか、誰も自分を知らない場所で全てを忘れて新しい人生を送れたら…きっと変われるんじゃないですかね…ああ、でもそうなるともう別人なのかな」

「ふふ…日本じゃあ無理そうね、それ」

「僕にとっては普通の生活さえ出来たらきっと幸せなんだろうと思います…今よりずっと…」

そこに彼女がいたならもう、それ以上の幸福はないとさえ今の僕は思える。
僕はどうやったってこの世界で過ごせる時間は少ない。
それなら違う世界でそれを望むことくらいは許されるだろうか。

「ええ……本当に……私もそうだった……」

「……!すみません……思い出させるようなことを……」

「大丈夫、この記憶はきっといつまでも私から消えることは無いけれど…今は貴方とこうして話せる事に楽しさを見いだせるようになれたんだもの」

「僕……たまに女に生まれていればって思うんです…分かっているんですけどやっぱり男の人にどこかまだ恐怖心があるでしょう?女だったらもっと何も考えずに仲良くなれたのにね……僕達」

「ふふ、貴方がたとえ男でも女でも仲良くしてくれていたんでしょう?私にはそれで十分よ。ありがとう」

触れれば消えてしまいそうなほど儚い印象の彼女は笑ってみせる。
僕と話すことが楽しいと、そう言ってくれるだけで嬉しかった。
ずっと病院暮らしの僕では気の利いた事なんて言えないけれど、誰も僕を見てくれなかった人達の中で唯一彼女は僕を真っ直ぐに見てくれた。

僕は純粋にそれに報いたかった。

けれど彼女の最期はあまりにも呆気なかった。

僕はその日を鮮明に覚えている、だってそれはあの乙女ゲームの続きが出ると告知された日だったから。

彼女とまたその話題で笑い合うつもりだった。

それなのに彼女は僕が検診で病室に居なかったその短い間に────

どうして彼女なのかと胸が苦しくて仕方がなかった。

彼女と語りながらやる筈だったゲームは一人でやっても虚しいだけだった。

僕のお迎えは存外遅く、ただただ彼女が居ない悲しみと身体が壊れていく苦しみに生き地獄を感じるしかなかった。

これだけ幸の薄い人生だったんだ、最期くらい願い事をしたって罰は当たらない筈だ。


────どうか、叶うのなら。


もう一度彼女に会いたい


そして今度こそ本当の笑顔で笑い合いたい。














見舞いに添えられた小さな花の花弁を握り締め、長く病に蝕まれていた青年はやがて誰に看取られもせず静かに息を引き取った。






その花弁は綺麗な薄桃色だったという。





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