24 / 55
いつかの青年の話
しおりを挟む「ねえ、貴方は運命ってどうしたら変わると思う?」
「どうしたんですか?突然……悪い宗教にハマってる人みたいなこと言い始めて」
僕と同じ病室の彼女がふとそう聞いてきた。
彼女はとある事件の被害者らしく最初のうちは心が壊されて酷い精神状態だったらしい。
男の人を特に過敏に恐れ、医師すら怖がり治療を受けようともしなかったのだとか。
余程酷い目にあったのだろうと、話を看護師から聞いた時、病院から出たことのない僕はそう思った。
病室の関係で彼女が僕と同じ病室に移って来る事になった頃には恐怖症の症状もだいぶ良くなっていたらしく、同じ部屋に男性がいても錯乱しないようになったと看護師は言っていた。
僕はかつて間違えて男なのに乙女ゲームを買ってしまって、仕方なくプレイした事がある。
乙女ゲームは後にも先にもその作品しかやらなかったけど普通にいい話で結局好きになった。
彼女もそのゲームをやっていたらしく僕と彼女はその話をきっかけに仲良くなることが出来た。
話してみれば優しく可愛らしい女の人だったのにそんな彼女を壊すなんてなんて酷い人なんだろう。
「うーん…なんていうか、誰も自分を知らない場所で全てを忘れて新しい人生を送れたら…きっと変われるんじゃないですかね…ああ、でもそうなるともう別人なのかな」
「ふふ…日本じゃあ無理そうね、それ」
「僕にとっては普通の生活さえ出来たらきっと幸せなんだろうと思います…今よりずっと…」
そこに彼女がいたならもう、それ以上の幸福はないとさえ今の僕は思える。
僕はどうやったってこの世界で過ごせる時間は少ない。
それなら違う世界でそれを望むことくらいは許されるだろうか。
「ええ……本当に……私もそうだった……」
「……!すみません……思い出させるようなことを……」
「大丈夫、この記憶はきっといつまでも私から消えることは無いけれど…今は貴方とこうして話せる事に楽しさを見いだせるようになれたんだもの」
「僕……たまに女に生まれていればって思うんです…分かっているんですけどやっぱり男の人にどこかまだ恐怖心があるでしょう?女だったらもっと何も考えずに仲良くなれたのにね……僕達」
「ふふ、貴方がたとえ男でも女でも仲良くしてくれていたんでしょう?私にはそれで十分よ。ありがとう」
触れれば消えてしまいそうなほど儚い印象の彼女は笑ってみせる。
僕と話すことが楽しいと、そう言ってくれるだけで嬉しかった。
ずっと病院暮らしの僕では気の利いた事なんて言えないけれど、誰も僕を見てくれなかった人達の中で唯一彼女は僕を真っ直ぐに見てくれた。
僕は純粋にそれに報いたかった。
けれど彼女の最期はあまりにも呆気なかった。
僕はその日を鮮明に覚えている、だってそれはあの乙女ゲームの続きが出ると告知された日だったから。
彼女とまたその話題で笑い合うつもりだった。
それなのに彼女は僕が検診で病室に居なかったその短い間に────
どうして彼女なのかと胸が苦しくて仕方がなかった。
彼女と語りながらやる筈だったゲームは一人でやっても虚しいだけだった。
僕のお迎えは存外遅く、ただただ彼女が居ない悲しみと身体が壊れていく苦しみに生き地獄を感じるしかなかった。
これだけ幸の薄い人生だったんだ、最期くらい願い事をしたって罰は当たらない筈だ。
────どうか、叶うのなら。
もう一度彼女に会いたい
そして今度こそ本当の笑顔で笑い合いたい。
見舞いに添えられた小さな花の花弁を握り締め、長く病に蝕まれていた青年はやがて誰に看取られもせず静かに息を引き取った。
その花弁は綺麗な薄桃色だったという。
0
お気に入りに追加
1,957
あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる