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10-白い山の不殺の死神

1kmを維持せよ1

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『何をしている』

 最初に忍び込んだ時に爆薬でも仕掛けておけば良かった、武器庫を吹っ飛ばしてしまえばそれで済んでいたのに。
 あれから日没までの時間をすべて狙撃ポイント選定と測量に費やし、少なからず存在するだろう地の利を埋める努力をしておく。歩兵の花形ともされるスナイパー、その仕事の大半は一般的なイメージより遥かに地味だ。1日かけてポイントに着き、現地の木を切ってスナイパーハイドを建築、そこから1週間動かずにターゲットの出現を待ち続け、1発だけ弾を撃った後、地面を這いずって敵地を脱する。これが現実的な要人暗殺の手法、そしてこの地味な作戦を実施するために大量の人員が現地調査という名のもと地味ーな作業を何ヶ月も行うのだ。そういう作戦と比べればこの雪まみれの谷は非常に狭かったが、たった数時間で知り尽くすのは不可能である、長期戦はできれば避けたい。
 なので十分な休息を取った午前3時、梱包爆薬1個で話の9割を終わらせるべくフェルトが改めて爆破しにいったのだが、目的地の遥か手前で彼女は捕まった。余計な音は出していないし無駄な動きもしていない、目には暗視機能と音響索敵機能を持つ多機能ゴーグルを着けていて奇襲を受ける恐れも限りなく低かった。にも関わらず、集落に入ってすぐ、フェルトの背後10mに彼は現れた。現地の詳細を知るため彼女のヘッドギアはマイクが高感度になっており、ヴァシリの声がヒナとアトラにも届く。

「え、どこに隠れてた?」

「わかんない、……いやマジでわかんない。とにかく狙って、距離940m、射角マイナス1度、2人の真上の崩れそうな岩。風速は……」

「無用だ」

 寝首をかきに行く前で良かった、そもそも寝てない相手の寝首はかけない。
 その現場から遠く離れた崖の突き出しでアトラがライフルの銃口を動かす。全長1.2mこそヒナのものと大して変わらないものの、重量15kg、人間以外の硬目標を破壊するべく射程と威力以外のすべてを切り捨てたアンチマテリアルライフルである。図太い銃身の先端にドでかいマズルブレーキをとっ付け、目を疑うほど巨大な弾倉から引き上げた25mm弾を薬室へ投入、それから半秒で照準を終える。

「ファイア」

 号砲が谷の内部を反響していく、隣に伏せていたヒナは衝撃波に見舞われる。銃口を抜け出た25mm榴弾は瞬く間に940mを飛翔、崖の裂け目へと突き刺さった。直ちに起爆、岩石を引き剥がし、真下にいたフェルトとヴァシリの間に落着、通路を破壊すると共に粉塵を巻き上げる。

「プランBだ、全員行動開始、その男は引き受けた」

 アトラが言った途端、月夜に対戦車ミサイルが2発撃ち上がった。白煙を引いて加速、規定高度に達したすぐ後に燃料を使い果たして視認できなくなるも、狙い通り谷の上、赤錆びた戦車へ突き刺さった。一瞬だけ空が明るくなり、爆煙が噴出、砲弾の連続誘爆が続く。その間にフェルトは離脱した、上方から飛び降りてきたティオに合わせて身を投げ、ティオは彼女の腕を掴む。2人は谷底へは行かず、事前に張っていたワイヤーによって対岸までスイングされた。

「姿は見える?」

「まだ粉塵の中だ、榴弾なら恐らく当たるが?」

「殺さないで」

 ライフルスコープから目を離したアトラの表情は渋い、手加減してる場合じゃないだろ、という顔だ。だができない、機械を壊すのとは訳が違う、人の死は記憶に強く残る。彼らが憎しみで行動を起こすなら1人を殺すのも全員を殺すのも同じだ、その線を越えてはいけない。

「武器を狙う」

 入れ替わりでヒナがスコープに目を当てた、遥か先の光景を照準に収める。粉塵は少しずつ晴れつつあり、崩落した通路と、その手前で伏射姿勢を取る人物が姿を現し、
 撃つべきスナイパーライフルが銃口をこちらへ突きつけているのを確認した。

「ちょ……7.62ミリロシアンの射程は!?」

「およそ800メートル」

 だったらそうそう当たる事は……いや
 発砲炎が上がった。

「嘘でしょ…ッ!?」

 咄嗟に右へ転がって回避、伏せていた場所を弾丸が飛び抜けていく。魔力効果を使用しない通常弾、射程外への射撃は威力がかなり落ちる筈だが、少なくとも人間の生身には関係無い。

「退がれ! もう100メートル距離を取る!」

 言うと同時に榴弾を1発、ヴァシリ手前の通路を狙ったものだが、着弾を待たず2人同時に立ち上がる。
 背後には設置済みのワイヤージップラインだ、これに適当な形状の金属スクラップを引っかけて高速移動を行う。地面から足を離せばワイヤーに沿って体は急加速、現場へ急行するサイクロプスと入れ違う。武器庫破壊第2案である、隠れる必要が無くなった時、奴がストレートな方法で叩き潰しに行く。

『一体何だ……ッがぁ…!』

『敵襲ぅぐ……!』

 無論、既に武器庫から出されたものも少なからずあるが、それはフェルトとティオが片端からはたき落とす。

『安心せい』

『峰打ちにゃあ』

 なんて言ってる2人の行為も常軌を逸している、ここは平地ではない。幅2m以下の通路を駆け、出会った住人に攻撃を許さず、武器だけを谷底へ落とし、人間は落とさない、そんな神業を軽々とだ。無力化した後の説得合わせてあちらは任せておけばいい、ヘマはしなかろう。

「よし仕切り直すぞ! あくまで殺さないんだな!? なら撃つのはヒナお前だ! 私が隙を作る!」

 ジップラインの終端に到着、使ったスクラップを投げ捨て半回転、片膝を地面へ。

「奴さえ片せばこの話は終わりだ! 1発で決めろ!」

「撃たせ……!」

 直後、閃光が2人を襲撃する。
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