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.338口径のモンテクリスト

食手

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 人類には天敵がいる、ヒト科の生物を絶滅させる、という命令を実行しようとするAI搭載の機械群がそれだ。連中は地球の大部分を支配しており、生き残った僅かな人々は土の下、瓦礫の中、森の奥で怯えて暮らしている。この場所はかなりの例外である、こんな大規模な基地、世界中にあとどれだけあるのやら。

「んが……」

「寝ぼけてるね、外出るならドア開けないと」

 大規模地下施設への入口を中心として円状に広がった居住地だ、直径にしておよそ500m、多数の家屋が密集している。全体の8割は廃材を集めたような、住み心地が良さそうとはとても言えない代物で、しかも外周に行けば行くほど酷くなる。よくあるカースト構造である、安全な(と思われる、実際に襲撃されれば関係なかろうが)内側に自分で戦う訳でもなくかといって労わってもくれない、シオン曰く「非常食として飼ってると思いましょう」な連中が住んでいて、そのひとつ外側に拠点内での活動のみで仕事が完結する人間、皆の関与が深いところで言えば武器屋、電気屋、魔力屋がいる。完結はしていないが昨晩のヘリコプターのパイロットもこのあたりだ、内周部居住者の知り合いは彼女しかいない。
 そして居住区の大部分を占める外周部が4人、部隊番号308、通称サーティエイトの生活区域である。拠点の外に出なければならない仕事をする連中の区画、たいていは鉄クズスクラップ、またはAIの反乱以前に作られ、まだ動作可能なもの、遺物などと呼ばれる道具や機械を拾い集めてきて、量に応じた物資配給を受ける、といったところ。無論、サーティエイトはこれに当てはまらないが。
 もっと外側は壁がそびえている、高さ15mある廃材寄せ集めの防御壁で、拠点全体をぐるりと取り囲み、出入り口は東西南北にひとつずつ。壁の上には見張り台、防御兵器が備えられ、上空は常に対空機関砲が睨んでいる。
 で、これで終わり、かというとそうでもない、壁の外側にも人は住んでいるのだ。内側に入れなかった、というよりは放浪者が集まって外側にもうひとつ居住区を作った、といった風、戦闘能力を持つこの拠点の近くにいれば守って貰えると考えたのだろう。実際まったくそんな事は無い、運良く兵士が居合わせれば助かる程度、敵接近警報が彼らの耳に入る事は無く、また警報自体も彼らを守る想定をしていない、サイレンが鳴って駆けつけた頃には大体数十人が死んでいる。まぁそれでも行くアテなく彷徨うよりはマシだと考えているのであろう、何にせよ家があるのはいい事だ。
 最後、この拠点を説明するに当たって最も重要な点、中心に存在する地下への入口である。立地条件の良いとは言えないこの場所に拠点を作らざるを得なかった最たる理由、元は核シェルターなるものだったらしいが、本来の使われ方をしたのは最初の1週間だけ、拡張に拡張を重ねたそこは今や……いや、実は中がどうなっているのか知っている者はほぼいない、旧種なる人々が引きこもっているとは聞いた。

「ぉはよ……」

「待った、ヒナちゃん、スカート逆」

「ぇー…?」

「ここで直すな直すな」

 出てきたばかりの玄関ドアの中へ引き戻され、メルによって服装を直される。ヒナが履くのは白のタイトスカートだ、ライトブラウンの縦縞リブなセーターを組み合わせている。対するメルは黒いTシャツ1枚、ビッグTという服で、一見ダボダボに見えるこれが正しいサイズである。ワンピースみたいなもんだが、しっかりショートパンツは履いている。

「おはよぉー」

 で、改めて外に出るとフェルトが焚き火の前でしゃがんでいた。薄い緑色のパーカーと、登山者が着るような、ポケットにファスナーの付くベージュのマウンテンスカートというスタイル。表情はいつも通りのふんわりした笑顔、トライポッドを立てて、底が真っ黒になった鍋の中身を攪拌中。

「シオン姐さんは?」

「仕事探しに行ってる」

 朝飯前な内容のもので済めばいいのだが、思いながら2人ともイスに腰掛けた。イスというか木箱である、木箱そのものである。

「ヒナ」

「ん?」

 3人以外にもう1人その場にいた、背後から話しかけられ振り返る。
 腰まであるダークブルーの長髪をストレートにした女性である。身長160cm近く、青と黒のストライプスカート、黒タイツを着用、ライトグレーの長袖シャツはサイズが大きく、袖は手のひら半分までを覆い、左右どちらかの肩が必ず露出する。シャツの下には髪より明るい青のタンクトップを着ていて、サイズ違いが故意である事を示している。あまり感情を顔に出したがるタイプではないが、無表情を崩すのは割と簡単で、作戦行動中に何かあるとシオンより早く叫ぶし怒る。

「とりあえずこれを受け取って」

 フェイ、と普段は呼ばれている。ヘリコプターを飛ばしている際にのみ使われるコードネームで、本名ではないのだが、それを言ったらヒナもメルもシオンも本名ではない。状況に応じて名前を使い分けるのは面倒なので、普段からコードネームで呼び合っているのだ。
 それで何を受け取ったかというと、弾。雷管(起爆装置)がセットされた薬莢に定量の火薬を注ぎ弾頭で蓋をした実包である。弾頭は直径8.6mm、魔力充填済みを示すため濃緑色に着色されていた。実包名の記載される、紙巻きタバコみたいな箱に収められた計10発だ、これっぽっちでも結構な金銭を持っていく。

「何コレ」

「餞別……いやお祝い……お守り」

 お守りか、なるほどすごい御利益(物理)がありそうだ。

「数時間前、552部隊のイネーブルっていう人が消息不明になってから丸1週間経過した。それに伴って除名手続きが進められてる」

「あぁー、結局帰ってこなかったんだねぇー」

 会った事は無いが名前は知っている、狙撃手だ、長距離遍重の。ヒナにとっては単なる他人だが、フェルトは少し違うらしい、相変わらず鍋で何かを煮込む彼女がやや寂しそうに言った。

「なんでか知らないけどすごく優しい人だったなぁ。あとなんかぁ、帰ったら一緒に食事行こうって言われてたような」

「それだよ……」

「なんて余計なことを……」

「?」

 ヒナとメル、2人同時に溜息、額に手を当てたり俯いたりする。当人はまったく気付かず、笑顔を保ちつつ首を傾げるのみ。まぁ、どっちにしろではあったろう。言われてたような、だ、明らかに忘れかけである。つーかロリコンか、身長142cmのこの幼女を口説く奴初めて見た。

「最後に当たってた仕事は?」

「ナイトメア、知ってる?」

 腰に手を当てながらフェイはヒナへ問う。知っている、少なくともイネーブルさんよりは。
 AI側の狙撃機、どんな姿をしているかはわからない、なにぶん目視した者がいないので。少し遠くの谷付近が出没地点だ、鉄鉱石の露天掘り場だったらしく、資源拠点として確保が検討されたのは1度や2度ではない。その度に計画を頓挫させてきたのがナイトメアだ、生半可な部隊はまず間違い無く消息を絶ち、かといって大部隊を送れば逃走、のち戻ってきて、こちらが諦めるまでねちねちくどくどと嫌がらせをし続ける。結局、相手以上の狙撃手を送り込んでカウンタースナイプを成功させるしか排除手段は無い、スナイパーの天敵とはスナイパーなのである。

「まだ諦めてないんだ偉いさん」

「鉄クズ集めてるだけじゃいつまでたっても拡張が進まないし。……でここからが本題なんだけど」

 トライポッドから鍋を降ろして調味料を加え出すフェルトを眺めながらフェイは続ける。あまり良い話ではなさそうだ、さっきからスナイパーばかり、この中でスナイパーという職種に該当するのはヒナだけである。

「ナイトメアを倒せる人を本部が探してる。そして彼が除名されたことでこの拠点の最長狙撃記録はヒナ、あなたの1420メートルになった」

 ほらやっぱり。

「すぐに正式な依頼が出される、拒否権なんてあってないようなものだし、ほぼ命令だけど」

手動実包生産ハンドロードツール出しとくね」

「早いわ」

 室内に戻ろうとするメルの腕を掴んで引き止める、工場生産ファクトリーロードのが絶対いい、自分で弾作った方が精度上がるなんて相応の技術を持った一部の物好きの話でしかない。ちょうど朝食もできたようだし、とにかく腹を満たそう。

 と、思っていたらばたばたとシオンが駆け戻ってきて。

「(前略)スナイパー狩りに行きますよ!!」

「普通なら略すなって言うけど今回に関してはそれでいいわ」

 活き活きとした笑顔だ、何が起きたか明白である。丸めた地図らしきものをひらひら振りながら木箱へ着席、フェルトからお椀とスプーンを受け取った。

「どうぞ」

「ん」

 まず肉に好みのスパイスをまぶして置いておく、その間暖めたフライパンに油を敷き、トウガラシと共にガーリックスライスをカリカリになるまで炒める。それは一度取り出しておき、代わりに肉とタマネギを投入、焦げ目がつくまで火を通す。面倒なら鍋でやってもいい、フェルトはそうした。
 改めて鍋に水を張り、固形ブイヨン(何のブイヨンかは不明)とすりおろしショウガを加えつつ、上記のすべてと長ネギを煮込んでいく。肉が柔らかくなりスープが染み込めば完成、食べる前に塩コショウで味を整えるべし。



 この時点で気付くべきだった、すべて肉の臭みを消すための手法である。



「ナイトメアです、知ってますよね?」

「ちょうど今その話してた」

「あ、そ」

 服装はシンプル、黒いニットとデニムのショートパンツのみ。ただし体のラインがしっかり出ている、よほど自信が無ければ着れない服だ。
 銀色の長髪は戦闘中とはやや違う一本結び、楽をするためのおばちゃん結びではなく、美しく見えるよう恐らくミリ単位で調整された、うなじ付近での本気の一本結びである。
 見た目を気にする前に言動を気にするべきだと思うのはヒナだけではないはず。

「爬虫類以外の肉っていつぶり?」

「確か2ヶ月」

 待ってましたとばかり、その場でシオンと次の契約を交わしたフェイは帰ろうとしたものの、ヒナとメルの会話を聞いて思わず二度見、さっそく無表情を崩し、「じゃ…いつでも出れるようにしとく……」と言い残して去っていった。
 皮は弾力のあるゴム質、肉は歯がいらないほど柔らかい。旨味の染み出したスープは透き通った茶色、スパイスの効いた塩気は寝起きの頭を急速に目覚めさせる。たっぷりスープを吸ったネギも申し分なく、何というか久しぶりに食事をした気分にさせてくれる。

「時は満ちました、今こそ奴に引導を渡すのです!」

「報奨金に目が眩んだという極めて個人的な理由により」

「はいそこシャラップ」

 何度も何度も失敗してきた計画だ、金額を釣り上げなければやる気のある者は集まらない。
 ノリノリで当該地域の地図を地べたに広げるシオンを見てまず溜息、じっとりした目でヒナはお椀に口をつける。鉱山は湾曲した長さ5kmの谷、底へ向かって掘り進めた結果、棚田を向かい合わせにしたような階段構造を持ち、最上段の幅は2km強ある。遮蔽物の具合は現場に行かねばわからないが、皆のアサルトライフルが撃ち出す6.8mm弾の射程は500m程度しかない、地の利がある相手に接近できるとはとても。
 やはりこれは、ヒナ個人の案件なのである。

「私より長い距離撃った奴がやれない相手を私がやれるとは思えない」

 しかも1420という記録は1発だけ、使った銃も今とは違う。今のセミオートライフルに持ち替えてからは長くても700でほとんどは500以下だ。狙撃手スナイパーというより選抜射手マークスマンである。

「問題ありません、彼は何故だか"1人でやりたい"などと観測手スポッターも付けず帰らぬ人となりましたが……」

「律儀すぎる……」

「??」

「ヒナ先生はメル子を伴って現場中央近くで待機、私とフェルトで側面から、フェイのヘリで背後から追い立てます。大部隊が攻めてくると奴は逃げる、派手に撃ちまくれば見せかけるくらいはできましょう」

 それで失敗したら今以上の極貧生活待ったなしだが。

「これ食い終わる頃には我々のナイトメアに対する作戦行動が正式に許されます、長丁場を想定して……これ何の肉?」

「それ?それはぁー、あのぉー、えへへへ」

 美味いことは美味い、だが何なのかわからない。またキョトン顔していたフェルトは問われた途端に言い渋り、表情を苦笑いへ変える。
 あ、これ、と思った時にはシオンの目から光が消え。

「知らない方が幸せだと思うんだぁ」

 そのまま時が止まった。

 このご時世だ、牛や豚など元より期待していない、ヘビ、カエル、ワニ等、爬虫類の有名どころはもはやゲテモノにあらず、単なる食肉である。これがヘビ如きだっていうならそんな言い回しはしない、使えるものはすべて使い、必要とあらば人間をかなり惨たらしく殺したりもする、それがこのゆるふわ幼女だ、見た目に絶対に騙されてはいけない。その彼女が明言を避けた。
 台所に潜む例の虫、程度では済まない筈である。

「……」

「…………」

「……あ、これ食糧研究室が作ったやつ?」

「メルちゃん」

 おいやめろ、ほぼ動じていないメルに対し残り2人は思う。

「全身無駄なく食べられるようにって」

 やめろ。

「なんかいろいろ、放射線のせいで突然変異したバケモノとか掛け合わせた」

 やめろ…。

「イソギンチャクの触手をぜんぶミミズにしたみたいな」

 やめろ!!

「あ゛ぁーーっ!! アレかよぉーーっ!!」

「アレです……」

「あの戦車みたいなサイズしてうねうね動いて作った当人達が遠い目しながら"薄い本が厚くなるな……"とかぼやいてたやつかよぉーーっ!!」

「ソレですぅ……!」

 悲しいかな既に完食済み、シオンがどたんばたんと地面を転げ回る。考えないようにしていたらしいフェルトが自分のお椀を震わせ泣きそうになる中、ヒナは無言で残りをメルのへ流し込む。立ち上がり、阿鼻叫喚の現場を逃れるように家の玄関ドアへ。

「昔の銃使えるようにしてくる……」

 そうだ金だ、ナイトメアだ、
 金さえあればこんな生活とはおさらばなのだから。
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