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第3話『はじめの一歩』
しおりを挟む黒髪の男は私の手を見て、少し驚いた表情をしていた。
うっすらと血の滲む奇妙な手のひらを膝に当てて咄嗟に隠す。
「‥そんなにビビったわけ?」
あいも変わらず不機嫌なその表情を横目に、私は小さなため息をついた。
確かに緊張はしたけど、別にそこまでビビってなんかいない。
ただ、加減が分からなかっただけだ。
「全く」
「ふーん、そう」
お互いが正面を向いたまま、沈黙が流れる。
このどことなく重い空気を一変させたのは、金髪を靡かせたチャラ男だった。
私の前の席に腰掛けて、こちらを振り返りニコニコと満面の笑みを浮かべる男。ガタイがいい癖に、まるで子犬のような表情を浮かべている。
「杏里ちゃーん!会いたかった!!」
殺伐とした入学式の空気を読まず、1人だけ浮かれまくっている。
ーーー東海林凜だ。
「同じA組だなんて運命的だねっ!」
肩まであるその金髪は、見事に外にハネている。この能天気チャラ男になんともお似合いな髪型だ。
やはり、何が何でも譲れない。
こんな能天気チャラ男にこの身を一生捧げるなんて、絶対に嫌だ!!!
「‥‥前向いて」
「もうっ!つれないなぁ。僕の婚約者ちゃん」
「‥‥絶対に嫌」
「何を言ってるのさぁ。約束を交わした身じゃないか」
「それは!あくまでも条件あってのことでしょう?!私は騎士になるの!だからあんたとは絶対に結婚なんてしない!!!」
この能天気チャラ男も、一応はおぼっちゃまだ。
政略結婚だというのに、よくもまぁそんな浮かれていられるもんだ。
「何言ってるの、杏里ちゃん。
僕のお姫様は君だけだよ?」
「きっも」
というか、もうだいぶ人も揃ってきてるうえ、隣にはあの無愛想黒髪男がいるっていうのに、大きい声でこんな話しないでよっ。
「どいひー!」
ケラケラと腹を抱えて笑う東海林凜。
ーーーはぁ、馬鹿みたい。
入学生は150名。
クラス数はA~E組の5クラス。
基本的に、毎年各クラスに王子か姫が1人いるらしい。
つまり5チームに分かれて争うのだ。
その年によって様々だけど、クラスメイト達で結託してチームを作り上げることも多いんだとか。
東海林凜と、この黒髪とは同じチームになりたくないところだ。
無事に騎士になった暁には、あえて他クラスの見込みある王子・姫に仕えようかな。
ーーー入学式は、ごく普通だった。
拍子抜けするほどの普通さだ。
やはり、まるでまだお客様扱いという感じだ。
込み入った学園の話は、これから徐々に教えられていくのだろう。
職員の誘導で、ぞろぞろと教室へと向かう。
私たち1年生が校舎に入る際、上級生らしき人たちが何人も、窓からこちらを見下ろしていた。
その上級生の表情を見て、やはりここは普通の学園ではないのだと思い知る。
獲物を見るような、そんな瞳だった。
重々しい空気漂う校舎は、こんな危うい学園とは思えないほど、不自然に綺麗だった。
傷1つなく、埃1つなく、不気味なほどに清潔だ。
立派な額縁に入れられ飾られている絵画、床に敷かれた赤絨毯‥ここが争いのある学園だと知らずに来れば、さすがVIP揃いの金持ち学園だと思ってしまうかもしれない。
でも、明らかにひょろっこいおぼっちゃまやお嬢様は割と少数で、実際の生徒たちはガタイのいい人だらけ。その異様さも、この奇妙な空気を作り上げている要因だろう。
「ねーねー、ずっと無視するつもり?杏里ちゃん!」
ちなみに、東海林凛はこの調子でずっと煩い。
教室に入ると、各机に各々の名前が記された札が置かれていた。
机すらも、なんだかアンティーク調の重厚な作りだ。
私の席は真ん中の列の一番後ろ。
後ろの席は好きだから、まぁよかった。
東海林凛との席は、まぁまぁ離れている。
‥よかった。
ふと、私の左隣の机の前で立ち止まっている気配を感じた。
げっ!
こちらを見て明らかに顔を顰めた黒髪の男。
その表情そのままお返しして差し上げたい。
ああ、そうか。
何順なのかはさっぱりわからないけど、あの入学式の並びは席順と同じだったのか。
なんて不運なんだ。
‥‥というか、まぁ黒髪が私に苛立つ理由はもちろん分かってる。そして、私が黒髪に嫌な態度を取れる立場でないことも分かってはいる。
加減を知らない頭突きを食らわした上、ろくに謝れていないのだから。
嫌な顔をしてくる黒髪に嫌な顔でお返ししてしまう私は、なんともしょうもない捻くれた女だ。
隣の席だし‥
私の拳がどれほど磨きのかかったものだとしても、こいつなんだか強そうだし‥
いや、負ける気はしないけど、それでもしょうもない性格のせいで無駄に敵を作るのは、冷静に考えたら得策ではない。
黒髪のどす黒いオーラが嫌だから、同じチームになりたくないとは言ったけど‥
同じチームになるかどうかは別として、ここは勇気を振り絞って謝らないと‥。
これは、荒れ狂うであろう青春の‥‥第一歩だ‥!
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