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第1話『幕開け』
しおりを挟む頬を撫でる風はやや冷たい。
庭の桜達に見送られ、私は黒塗りの車に乗り込んだ。
何人もの『使用人』に見送られながら、住み慣れた我が家を後にする。
今日からは学園の寮暮らしだ。
あの窮屈すぎる家からやっと解放されるのは喜ばしいことだけど、結局規則ばかりの学園暮らしになる。
でもいい、少しでも息抜きになるのなら。
窓に自分の姿が映っていた。
馬鹿みたいに長いふわふわの髪が今日も変わらず鬱陶しく揺れている。
ザ・お嬢様なこの髪型は、学園について家の者の目が届かなくなったらすぐにギッチリまとめるつもりだ。
数ヶ月前に父と交わした会話が、頭をよぎる。
『お前は私の1人娘だ‥。
「姫」に選ばれることは間違いないだろう』
『‥姫?ご勘弁を‥』
『はっはっは。断言してやろう。
お前が騎士役になることは断じてない!』
『何故言い切れるのですか』
『王子・姫役の選抜には、素質はもちろんのこと、家柄も大きく関わる。何度も言わせるな、お前は私の子だ』
『‥‥‥』
『そんなに嫌か?卒業後の結婚が』
『‥‥』
『お前の騎士としてお前を守り抜くと‥意気込んでたもんなぁ、彼は』
そう。
私、仲 杏里には、卒業と共に〈政略結婚〉というクソロマンスが待ち受けている。
相手はパーティーで何度か顔を合わせたことがある、『東海林凜(しょうじ りん)』という同い年の男だ。
私はこれから特殊すぎる国立の学園に入学する。
学園側が決めた数人の王子・姫を、それ以外の生徒が騎士役となって守り抜くために生徒同士が争う、という奇妙すぎる学園だ。
何故そんな危うい学園に、世の御坊ちゃまとお嬢様達が入学するのかというと、『無事』に卒業できた際の国からの恩恵が凄まじいからだ。
学園の学力は国内トップクラスであり、その他国内外の情勢や、各種マナー等、将来日本のヒエラルキーの上層部で暮らすための力を養える上、武術に関しても非常にハイレベルな授業が行われる。
御坊ちゃま、お嬢様以外にもその武術によるスカウトで入学する者もいる。
そして俄かには信じられない話だが、学園内では生徒は絶対に『死なない』らしい。
ただ、一定回数倒されると、規定により姉妹校の『岸学園』に編入させられるのだとか。
✳︎岸学園は普通すぎる一般高校。
死なないうえに、最後まで在籍し、無事卒業できた場合の恩恵が凄まじい。
それ故、毎年とんでもない数の入学希望者が殺到するのだ。
私は、まんまと『姫』になり、『騎士役』の東海林凜に守り抜かれてしまった場合、卒業と同時にあいつの嫁になってしまう‥。
それだけは、なんとしても嫌なのだ。
父は東海林凜の宣言を、嬉しそうに口元を緩ませながら聞いていた。
ーーーー反対に、東海林凜が私を守り抜けなければ、結婚しなくてもいいだろう。
しかし、私は父と東海林凜から逃れるためだけに、みすみす倒されまくって屈辱の編入など、絶対にしたくはない!!(※ただの異常な負けず嫌い)
王子・姫役が決定されるのは4月末。
それまでは学力や武術の素養を見られる。家柄を重視されるとはいえ、私が姫になると決まったわけじゃない!
私のこの磨き上げた拳を見れば、学園も目玉が飛び出ることだろう。騎士として、才能のありそうな王子か姫を選び、無事に卒業してやるのだ!!!
「杏里様、到着いたしました‥。我々が足を踏み入れられるのもここまででございます」
いつの間にか眠っていたらしい。
そりゃそうだ、こんなにも遠い山奥なんだもの。
外出したって遊ぶところすらないわね。
「ありがとう、黒木。行ってくるわ」
「杏里様‥‥貴女は『痛み』を知らない‥。
どうか無理だけはなさらぬよう‥。爪や皮膚、骨に異常を感じたらすぐに医師の診察を受けてくださいませ」
「もう何百回も聞いた台詞ね」
「しかし‥」
執事の黒木は心配性だ。
まぁ無理もない。私には大きな欠陥がある。
後部座席の扉を開けられて、地面に降り立つ。
大きな塀に囲われた、馬鹿みたいに広い土地だ。
遥か向こうにある塀は、まるで見えない。街1つ分と言っても過言ではない広さかもしれない。
まだとやかく言っている黒木に手を振り、私は学園の職員に案内されるがまま寮へと向かった。
堅苦しくて、ガチガチに守られていた今までとは違う。
どこに行くのにも、何をするのにも、誰かが隣にいた今までとはもう違うんだ。
この、痛みを感じることができない体を守れるのは自分しかいない。
こうして、私の学園生活は幕を開けた。
3年間在籍し続けることができるのかもわからないけど‥私は何が何でも『騎士』として華麗に卒業し‥クソロマンスを回避するのだ‥!!!
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