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第80話『ジレンマ』
しおりを挟む号泣する私の目の前には、シンドラとネロさん。
あんなにまで凍りついた空気だったのが一変‥
突然肩の荷が下りたかのように、朝日の差し込む部屋でその事実は告げられた。
「なので‥
もう4人なんです」
ユーリさんが亡くなって、キノさんが私たちから離れた。時折言葉を詰まらせながら、シンドラは説明してくれた。
ただただ胸が押しつぶされて、苦しくて。
声が出ないくせに生意気に嗚咽を零して。
何が一番辛いって‥
この湖に辿り着いて4日目。
今の今まで、それを教えてもらえなかったこと。
もちろんシンドラとネロさん自身がこの事態を飲み込んでからじゃないと、容易に説明できるわけがない。
それはもちろんわかる。
だけど‥
だけど、そもそもこの旅の目的を辿れば‥
ユーリさんに対しても、キノさんに対しても‥
私は言葉に言い表せない程の感謝をしているわけで‥
モノクロだった世界が色付いたのも、仲間の存在があったからで。
過ごした時間は短くても、命がかかっている中で信頼できる人たちと日夜問わず生活していれば、もう何年も共に過ごしてきたかのような錯覚を覚えてしまうほど。
‥‥当事者のくせに、蚊帳の外にしかいられないもどかしさは前々から感じていたけど‥‥今回ばかりは心を素手で握りつぶされているような、もう言葉にはできないほどの感情に苛まれた。
「私もネロさんも、言葉にすることがあまりにも辛くて、言えませんでした。申し訳ありません、ソフィア様‥」
辛そうに視線を落とすシンドラ。
小さく息を吐くネロさん。
教えてもらえなかったことを責めたいわけじゃない。
そうじゃなくて‥
無力で荷物でしかない私に教えたところで、結局のところ事態は何も変わらない。
悲しさを共有したり、慰める言葉を伝えられるわけじゃない。
当事者だけど無力。
仲間に負担をかけているだけ。
その事実が、結果として突き刺さってきたようで‥
「‥ソフィア様の血をレオ様が飲んだから。
だから、あのくらい戦えたんです。ソフィア様の存在が無ければ、犠牲はもっと多かったはずです」
ネロさんの言葉は、まるで私の心を読んでいるようだった。
思わず視線をあげた私に、ネロさんが頭を下げた。
「だからこそ、すみません。
ソフィア様も不安だったはずなのに、苦しすぎて説明すらできなかった」
ネロさんの言葉に首を振る。
やっと眠れたのか目の下のクマは少しは薄れたようにも見えるけど‥
私の気持ちを落ち着かせるように差し出された温かい紅茶。
ティーカップはやたらと小ぶりでアンティーク調の可愛らしいものだった。
「‥‥レオ様、早く起きないかな‥」
レオを見て、ネロさんが眉を下げる。
「‥魔法の使いすぎによる疲労と、魔力切れによる反動‥
いつ目覚めるかは私にもわかりません‥」
こんなに綺麗な顔で眠っているのに‥。
「‥ここからポスラまでは遠いんだよね?」
ネロさんの言葉に、シンドラは頷いた。
水の都、ポスラ。
当初の目的地だった場所。
デールを経由して向かうはずだったのが、状況が変わりこの湖の家から向かうことになる。
「デールとこの湖は、ポスラまでの距離は然程変わりません。残念ながら此処より先は未踏の地。魔法で移動することはできません」
「つまり、ポスラ到達までにはまだ時間が掛かると‥。レオ様ったら、破格の値段で買った情報を無駄にするつもりですかね」
それはもしかして、デールで言ってた『悪い女に誑かされて法外なお金を取られた』という情報‥?
首を傾げる私に、シンドラが説明してくれた。
「レオ王子が買った情報というのは、私に魔法を教えてくれた先生‥所謂、私の師である魔女の居場所です。先生の存在がこの旅に踏み切れたきっかけになったんです。そして、その先生がいるのが、ポスラというわけです」
なるほど。
‥つまり、その先生がいつ居場所を変えてしまっていてもおかしくない。
ポスラ到達まで時間がかかってしまえば、先生の居場所がまた分からなくなってしまう可能性もあるっていうことか‥。
私が話の流れを理解したことを察してくれたらしいネロさんが、レオの前髪をさらっと指で梳かした。
「ほんっと‥いつまで寝てるんだか」
もし、長い間眠り続けてしまったらどうしよう。
そんな漠然とした不安に襲われる。
「‥‥私は、今のうちにやれることをやろうと思います」
「やれること?」
「‥‥何も残さずにレストール家を離れたわけじゃありません。種は、蒔いてあります」
シンドラがそう言うと、ネロさんの眉が一瞬歪んだ。
「何するつもり?」
「ここは私以外が開けない秘密の場所。ここにいるうちは、私がここを離れても安心なんです。
レストール家に残した仲間に会って、情報を仕入れてきます」
え、レストール家にまだ他にも仲間がいたの‥?
って言っても私はレストール家の中でもかなり閉鎖的に生きてきたから、名前を聞いても分からないんだろうけど‥
「俺が付いていくわけにはいかない状態なのはわかるけど、シンドラさんがもし帰ってこなければ詰んだも同然だよ」
ネロさんが少し拗ねたようにそんなことを言う。
なんか、シンドラとネロさん‥距離が縮まったような‥
「レオ王子とソフィア様を守るのは貴方にしかできませんし、レストール家に潜入するのは私しかできません」
シンドラは小さく笑いながらそう言った。
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