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第49話『一歩』
しおりを挟む攻撃魔法とは違い、解毒魔法は瞳が金色に変わるわけではない。
そのうえ、マチルダに手をかざしているものの見た目として何らかの変化が起きているわけではない。そのため、ゼン達はシンドラが解毒魔法を行ったことに気付いてはいなかった。
マチルダの唇が、だんだんと紫色から肌色へと変化していく。
だが、相変わらず辛そうなことには変わりはない。
シンドラはマチルダの様子から、事はそう単純ではないのだと感じた。
ーーー毒は抜けたのに、苦しそうだ。
毒にかかるにも、様々な理由がある。
例えば、毒製のものを食べてしまったり、毒に汚染された飲み物を飲んでしまったり、誰かが故意に毒を散布したり‥。
だが、それならば毒を抜けば回復するはずなのだ。
シンドラはマチルダの唇の隙間に指を入れてマチルダの口を開き、その口内や喉の奥に目を凝らした。
「お、おいメリー‥何やってんだ?!」
「ゼン、たぶん今ならお医者さん、お薬出せると思うの。大人の人呼んできてくれるかな?」
毒を抜いた今なら、医者でも対応できるはず。
「‥‥‥?!
わ、わかった‥!」
どうやら体内にも何らかのダメージを強く負っているようだ。シンドラは、まるで火傷を負っているかのようなマチルダの口内に、強い違和感を感じた。
毒性の薬草、薬品、食べ物‥
キノさんなんかは詳しいかもしれない。
毒性を持ち、このような火傷に似た症状を出せるものが、存在するのだろうか。
むしろ追っ手の魔法使いによる魔法という可能性も大いにあり得る。
ルージュ達と対戦した以降、まだ追っ手の影は見えてはいなかったけれど‥ネロさんが追撃で攻撃を受けたという事は、あの時ルージュはもう私の魔法から解放されていたのだと考えていいはずだ。
つまり、他に魔法使いの仲間がいる。
ルージュと一緒にいた数人の戦闘員はみんな同じ黒ずくめの格好だった。何らかの集団であることは間違いない。
私たちが考えている以上に、敵の頭数は多いのかもしれない。
それに、ハロルド公爵のことだ。いまこの瞬間も、血眼になってソフィア様を探しているはずだ。
ルージュ達以外にも、単体‥もしくは集団で、私たちを追っているだろう。
この街で捕まってしまったり、私たちの居場所が特定されてしまったら、水の都ポスラに辿り着けないかもしれない。
それは、絶対に避けなくては‥。
シンドラは、窓から飛び出して広場へと向かった。
早く合流して、追っ手の可能性を伝えなくては‥。
ーーーーー
一方その頃、レオ王子達は小さな宿に来ていた。
キノの薬草などを売り、得たお金でチェックインを済ませる。
「ソフィア、悪いな。
せっかく大きな街に来たのに」
レオ王子が、申し訳なさそうにポリポリとこめかみを掻く。
ソフィアは、首をブンブンと横に振った。
確かに、元は大きなお屋敷にいたソフィアにとって、この宿はとても質素な造りだ。
だけど、あの屋敷に戻りたいかと問われれば答えはNOだ。それに、虫や獣や天候を気にせずにベッドで眠れるのだから、有り難い話である。
屋敷から逃亡してたかだか数週間だが、幽閉されていた月日を挽回するかのように、ソフィアは急ピッチで逞しくなりつつあった。
「ソフィア様、レオ王子はこの旅を始める寸前に、悪い女に誑かされて、法外なお金を取られちゃったんですよ。馬鹿ですよね」
ネロが、くすくすと面白そうに笑う。
形の良い唇は綺麗に、そして上品に弧を描いていた。
一方のレオ王子と言えば、あどけなさの残る可愛げある顔立ちを一瞬でカッと歪ませた。
動物に例えるならば、ネロはツリ目ではないが世渡り上手な『狐』といったところで、レオ王子は元気いっぱいに活発で気性が少し荒い『犬』といった感じだろうか。
この旅が始まり、レオ王子はある意味そういった「素直」な一面をよく見せてはいるが、元々のソフィアの印象として、賢く上手をいくイメージが強かった。
それは、アダムとしての人物像も強く影響しているだろうが。
よって、そんなレオ王子が悪い女に誑かされたというのは、ソフィアにとってはかなり意外な話だった。
「誑かされたんじゃねぇよ。
情報を買ったんだ。前も言っただろうが」
レオ王子が腕を組み、ネロにグイッと顔を近づけている。
とは言っても、もちろん本気でブチ切れているわけではない。2人の仲の良さ故の絡みだ。
「しっかりと国に申請しないと、国からのお金は貰えないんですって。だから地道に色んな手を使ってお金貯めてたのに‥もう少し賢い駆け引きをすれば良かったんですけどね。レオ王子よっぽど余裕なかったんですねぇ」
ネロは、こう見えて財布の紐を握っている男だ。
いつからかは分からないが、この逃亡劇のためにレオ王子とネロ達は地道にお金を貯めていたのかもしれない。
グヌヌ、と拳を握り締めるレオ王子。
怒っている様子を見せるものの、反省する節があるらしい。小さく息を吐くと、反論せずにネロから顔を反らした。
「悪かったな!
おかげで貧乏旅になって!!」
「反省してるなら駆け引きできるようになってくださーい」
「なるっつうの!うるせぇな!」
「‥‥おい」
宿のロビーでコーヒーを飲みながら新聞を見ていたユーリが、口を開いた。
大きい声を出しすぎたか、とレオ王子が口を塞ぐと、ユーリの新聞を後ろから覗き込んでいたキノが口を開いた。
「これは予想通りだな」
キノの言葉に、ユーリも頷く。
なんのことだ?とレオ王子がユーリの元へ駆け寄り、新聞を見て眉を顰めた。
「‥‥‥だな」
新聞の端に小さく書かれていたのは、体を壊し屋敷で療養しているガブリエルが、誰とも会いたくないと閉じこもってしまった、というものだった。
ここはレストール家の屋敷とは遠く離れているが、デールは人々が行き交う大きな街だ。そのため、レストール家の情報が載った地元新聞も用意されていたようだ。
元々、ガブリエルはその容姿と家柄から、アイドル並みに持て囃されてきた男だ。こうして、ソフィアが居なくなり悲しむ兄の様子が記事になるのもおかしなことではなかった。
ちなみに、その横にはもちろん大きく、レオ王子とソフィアの情報求む!と記載されている。
国では、あくまでも2人が『逃亡』ではなく、『行方不明』という形らしい。
しかし、それらの『行方不明記事』はレオ王子達にとって想定内でしかない。レオ王子に限っては、『またどこかで遊んでおられるのか?!』などという、記者の命懸けのブラックジョークまで載せられている。
レオ王子達にとって、ガブリエルが『閉じこもってしまった』ことが重要なのだ。
「やーっぱり、ソフィア様の血を飲んでたんですね」
同じく新聞を覗き込んだネロが、そう言ってソフィアを見た。
おそらく、白魔法の効力が切れたのだ。
それを世間に悟られないために閉じこもっているのだろう。
果たして‥ガブリエルは分かった上で飲んでいたのか、それとも知らずに飲まされていたのか。
それはまだわからない。
ソフィアは、ぎゅうっと胸の前で自分の手を握り締め、大きく胸を叩きつける鼓動をなんとか抑えようとしていた。
現実逃避として逃げているだけの旅ではない。
その問題に立ち向かうための旅なのだ。
ガブリエルの白魔法は、生まれつきのものではなく‥
ソフィアの血によるものだった。
それは‥
一歩、核心に近付いた瞬間だった。
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