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第31話『不穏』
しおりを挟む何だかんだ支障なく馬を操るネロは案外タフらしい。
シンドラは、負傷しているネロをこまめに観察しながら山小屋へと急いだ。
「レストール家の皆さん、随分と手広く捜索してるんですねー。俺あの山小屋好きだったんだけどな」
「元々移動する予定でしたからね。
まぁ早まりましたが」
この地域の港町で見つかってしまったら、目撃情報を辿ればやがて山小屋も見つかってしまうかもしれない。シンドラを匂いで見つけることができるルージュも近くにいるので、できる限り早く移動することが得策だ。
「‥あ、そうだ。
ルージュさんて、どんな知り合いなんですか?」
「‥私を保護してくれた、魔法使いの先生の一番弟子がルージュです」
「へえ」
ネロは、先ほどの戦いを思い返し、ルージュが何故シンドラをあんなに憎んでいるのか察しがついた。
多岐にわたる魔法が使えるシンドラは、きっと変身魔法を解いている姿であれば魔女と言い切っていいだろう。
(基本的に、魔法使いは通常は魔法使いと呼ばれ、その中でも黒魔法の優秀な使い手は魔女と呼ばれる)
そもそも、ルージュが花の魔法使いだと呼ばれる様に、魔法使いにはそれぞれ特化した分野がある。
シンドラは変身魔法に特化しているとされていたが、ネロはそれは違うのだと気付いた。
シンドラは、間違いなく優秀な魔女。
だから変身魔法も軽々と使いこなし、維持し続けることができているのだ。
実際に、変身魔法以外の様々な魔法を操っているし、変身を解いた状態で繰り出されたあの氷の魔法はとても威力の強いものだった。
そもそも普通の魔法使いであれば、変身魔法をかけている状態で、他の魔法を使うことすら難しいはずだ。
きっと、ルージュはそのシンドラの才能に妬いていたんだろう。
「シンドラさん凄い強かったですね」
「いえ、全然」
「魔法もいっぱい使えるし。シンドラさんは何の魔女なんですか?」
「‥‥種別で言えば全知の魔女と呼ばれてました。
でも先生に言われただけですから。公式な承認を受けているわけでもありません」
ーーー全知の魔女。
それは魔女の中でもレア中のレアだ。トップクラスに君臨するレベルである。
ネロは驚きを隠せず、瞬きを繰り返した。
「シンドラさんって想像以上に凄い人だったんですね」
「‥私の力じゃありません」
「え?」
シンドラは、ネロとの短く濃い時間の中で、彼に対する印象はだいぶ変わってきていた。
少なくとも、思ったよりも良いやつかもしれない、という印象だ。
もう素顔を見られたし、このくらいは教えても良いか、とシンドラは言葉を落としていた。
「本当は双子だったんです、私。
生まれてくる直前に、母親のお腹の中で双子の姉の魔力が暴発して、その魔力が私に溶け込みました」
「暴発‥。それで、お姉さんは?」
「そのまま亡くなりました。もちろん母親も。
私は、母親の腹を裂いてなんとか救い出されましたが、暴発の魔力が原因で大きな痣がありました。
父親は母親を失った絶望感や、私の忌々しい痣を見て私を捨てました。」
思いのほか重すぎるシンドラの過去に、ネロは驚きを隠せなかった。
「‥つまり、シンドラさんの魔力はお姉さんのものも含まれているんですね」
「ええ。もしかしたら母親の魔力も含まれているかもしれません。私は、事故で生まれた化け物なんですよ」
「化け物なんかじゃないでしょ。
シンドラさんは天使だよ」
「‥貴方がどういうつもりで言っているのかわかりませんが、本当に不快でしかありません。この痣はむしろ悪魔ですから」
シンドラがネロを睨み付けると、ネロはクスクスと笑い声をこぼした。
「シンドラさん俺のこと嫌いなのに、俺を助けるために変身解いてくれたじゃないですか。何年も隠し続けてきたのに。
俺に一番素顔見られたくないだろうにさ」
「‥それは」
「そんなことできる人が、悪魔なわけないじゃないですか。シンドラさんは、身も心も綺麗なんです。いい加減認めてください」
シンドラはどう答えたら良いのかわからなかった。
生まれた時から背負ってきたこの痣を、シンドラ本人が一番憎んでいる。忌々しいと捨てられ、なんとか生き延びるために変身を続けてきた。
それを、ここまで肯定されても、シンドラは到底信じることができなかった。
それどころか、よりにもよって肯定しているのはネロだ。何か裏があるのではないか、そんな考えが脳裏を占拠してしまう。
「‥‥レオ王子が悲しむでしょう。仕方なく助けたまでです。勘違いしないでください」
シンドラは、またネロがヘラヘラっと信じられない言葉を返してくるのではないとやや身構えていた。
‥が、ネロからの返事はない。
不審に思いネロを見ると、ネロは馬に跨りながら上半身を前傾に倒し、馬の背に顔を付けて項垂れていた。
「ネロさん?!」
まさか、解毒できていなかった‥?!
いや、そんなわけはないはずだ。
ネロはそのまま力なく馬から地面に落ちた。
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