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第2話
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先週、エドが城に旅立った。国の北にある森に住みついた、悪魔の討伐の要請があったらしい。
悪魔は平気で人も魔法使いも喰らう。この国に現れるようになった理由は、まだ解明されていない。軍や魔法使いを恐れてか、人の多い場所にはあまり現れない傾向がある。そのため、基本的に街を出ることのない私は、悪魔をこの目で見たことがない。
「マレ!レベッカ見てない?」
畑の野菜に水をやってると、パタパタと母が近付いてきた。何やら慌ててる様子だ。
「レベッカ?見てないよ」
「困ったわ!どこにもいないのよ!お父さんはパンを買いに行ってしまったし‥」
レベッカは、私と3歳離れた妹。比較的おとなしかった私とは違って、15歳の彼女はいま反抗期真っ只中だ。
学校に通わせてもらえない私たちは、エドがくれるお下がりの教科書で、家で必死に勉強した。エドから聞く学校の話はとても新鮮で、私は話を聞くのがすごく好きだった。
一方でレベッカは、そうは思えなかったみたい。
好きでカルマート家に生まれたわけじゃないのに、周りから蔑まれて、学校にも行けなくて、超貧乏生活。エドから聞く学校生活の話は、レベッカにとって苦痛で仕方なかった。
自分の置かれている環境を強く恨んでいた彼女は、それはもう酷く反発していた。本当は、素直で優しくて健気な可愛い可愛い妹なんだけど。
でも、こうして無断で家を出るのは初めてのことだ。
カルマート家は、父の集団リンチ事件があってから、外出には特段気を遣っていたから。
「私、探してくるよ!」
「でも、危ないわ!」
「大丈夫!人気のないところも、路地裏にも行かないわ!」
「でも道端で酷いこと言われるかも‥」
「それはレベッカも同じよ!」
ささっと鞄を肩に斜めがけして、靴を履いた。
「行ってきます!」
「マレ、本当に本当に大丈夫?!」
「大丈夫だってば、じゃあね!お母さん!」
颯爽と家を出る。
早くマレを見つけなければ。
誰かに酷いことを言われて傷付いているかもしれないし、危ない目に合ってるかもしれない。
走って、走って、走った。
たかだか走って15分。それでも、世界は色を変えて、きらきらと輝いていた。どこを見ても、初めて見る景色だったのだ。
いつもあの陰気なオーラの家にいて、たまに家の裏手でエドとお喋りして。家の外に出る機会があったって、こんなに家から離れたことはない。
こんなに人がたくさん住んでるなんて知らなかった。こんなにカラフルなお店が並んでるなんて、知らなかった。全部、全部、知らなかった。
はぁ、はぁ、と膝に手をついて肩で呼吸をする。
家の裏手には丘があって、小さい頃はエドとレベッカとカケッコをしたりしてた。でも、大きくなってからはそれもない。かなりの運動不足のせいだ。もう体力が限界を迎えている。
レベッカ‥一体どこにいるの?
こっちに走ってきたのは、見当違いだったのかな。
来た道を戻る。戻りながら、レベッカが行きそうなところを必死に考えた。
でも‥
「‥わかんない」
そう、わかるわけがないのだ。だって、私たちは街の作りもわかっていない。レベッカが行きそうなところなんて検討もつかない。
レベッカももし私と同じように、この世界がこんなにきらきらしていたんだと知ったら‥もっと荒れちゃうんじゃないかな。こんなに素敵な世界から隠れて、コソコソと暮らさなきゃいけないなんて‥と。
あれ、そういえば‥まだ酷い言葉投げかけられたりしてないなぁ。みんな、私の存在に気づいていないみたい。
そりゃあそうだ。滅多に外に出ない私の顔を覚えてる人は少ないし、下級魔法使い特有の黒装束のフードを深く被っているから。
キョロキョロと辺りを見渡しながら、街を走る。
レベッカ‥無事でいてね、そう強く願いながら。
その時、大きな罵声が聞こえた。
思わず足を止める。
人だかりの中に、小さな黒装束が見える。
あれは‥!
レベッカに違いない!と走って近付くと、レベッカが5~6人の人間に囲まれていた。急いでレベッカの元に駆け寄る。
「お前魔法使いじゃねーのかよ?!」
「‥‥」
レベッカを責める男たちの前で、レベッカはただ口を閉ざしていた。
「早く助けてくれよ!!
俺のエリザベスが!!!」
男が狼狽えている。
よく見れば、男の手のひらには苦しそうに浅い呼吸を繰り返す子猫がいた。
私たちカルマート家に、病を治す力なんてない。
こんな瀕死の子猫なら‥尚更だ。せいぜい風邪の症状を少し和らげるくらいしか、私たちにはできないのだから。
「レベッカ‥‥」
男たちをジッと見据えていたレベッカに声を掛ける。ここで、レベッカはようやっと私に気付いたようだった。
「‥‥何しに来たの」
レベッカは、男たちを無視して私に問う。その、ビー玉のような漆黒の瞳は、真っ直ぐに私を捉えていた。
「お前も魔法使いかよ!
早く、エリザベスを治してくれ!!
治療費ならいくらでも払うから!!」
金髪の、ツンツン髪の男の人。
来ているジャケットに付いてるピンバッチは、貴族の証だ。
つまり、この男は貴族の人間。
そんな貴族が、どうして獣医として活躍する魔法使いを頼らないんだろう。
「わ‥私たちにこの子を救える力はありません‥
どうか、獣医へ‥」
「‥‥なんだと?
俺の言うことが聞けねーのかよ‥
病院までエリザベスが持ち堪えるかわかんねぇから頭下げてんだろうが!!お前らのせいでエリザベスが死んだらどう責任取ってくれるんだよ!!あぁっ?!
下級魔法使いだろうが、応急処置魔法ぐらいできんだろうが!!」
ああ‥どうしよう。
私だってできるもんならとっくにやってるのに。
「それともなんだぁ?お前ら‥
魔法使いだからってお高くとまってるつもりか?」
そう言う、貴族の男の目は血走っている。
「本当にすみません!私たちカルーーー」
「黙れよお前ら」
私がカルマート家の子どもだからと言おうとしたときに、レベッカの低い声が響いた。いや、本当はいつももっと可愛い声のはずなんだけど‥。
「いい歳こいて、ビービーギャーギャー騒いでんじゃねーよ!死ねっ!!!」
そう言って、レベッカがその金髪の男に向かって中指を突き立てた。
レ、レ、レベッカーーー?!?!?!
悪魔は平気で人も魔法使いも喰らう。この国に現れるようになった理由は、まだ解明されていない。軍や魔法使いを恐れてか、人の多い場所にはあまり現れない傾向がある。そのため、基本的に街を出ることのない私は、悪魔をこの目で見たことがない。
「マレ!レベッカ見てない?」
畑の野菜に水をやってると、パタパタと母が近付いてきた。何やら慌ててる様子だ。
「レベッカ?見てないよ」
「困ったわ!どこにもいないのよ!お父さんはパンを買いに行ってしまったし‥」
レベッカは、私と3歳離れた妹。比較的おとなしかった私とは違って、15歳の彼女はいま反抗期真っ只中だ。
学校に通わせてもらえない私たちは、エドがくれるお下がりの教科書で、家で必死に勉強した。エドから聞く学校の話はとても新鮮で、私は話を聞くのがすごく好きだった。
一方でレベッカは、そうは思えなかったみたい。
好きでカルマート家に生まれたわけじゃないのに、周りから蔑まれて、学校にも行けなくて、超貧乏生活。エドから聞く学校生活の話は、レベッカにとって苦痛で仕方なかった。
自分の置かれている環境を強く恨んでいた彼女は、それはもう酷く反発していた。本当は、素直で優しくて健気な可愛い可愛い妹なんだけど。
でも、こうして無断で家を出るのは初めてのことだ。
カルマート家は、父の集団リンチ事件があってから、外出には特段気を遣っていたから。
「私、探してくるよ!」
「でも、危ないわ!」
「大丈夫!人気のないところも、路地裏にも行かないわ!」
「でも道端で酷いこと言われるかも‥」
「それはレベッカも同じよ!」
ささっと鞄を肩に斜めがけして、靴を履いた。
「行ってきます!」
「マレ、本当に本当に大丈夫?!」
「大丈夫だってば、じゃあね!お母さん!」
颯爽と家を出る。
早くマレを見つけなければ。
誰かに酷いことを言われて傷付いているかもしれないし、危ない目に合ってるかもしれない。
走って、走って、走った。
たかだか走って15分。それでも、世界は色を変えて、きらきらと輝いていた。どこを見ても、初めて見る景色だったのだ。
いつもあの陰気なオーラの家にいて、たまに家の裏手でエドとお喋りして。家の外に出る機会があったって、こんなに家から離れたことはない。
こんなに人がたくさん住んでるなんて知らなかった。こんなにカラフルなお店が並んでるなんて、知らなかった。全部、全部、知らなかった。
はぁ、はぁ、と膝に手をついて肩で呼吸をする。
家の裏手には丘があって、小さい頃はエドとレベッカとカケッコをしたりしてた。でも、大きくなってからはそれもない。かなりの運動不足のせいだ。もう体力が限界を迎えている。
レベッカ‥一体どこにいるの?
こっちに走ってきたのは、見当違いだったのかな。
来た道を戻る。戻りながら、レベッカが行きそうなところを必死に考えた。
でも‥
「‥わかんない」
そう、わかるわけがないのだ。だって、私たちは街の作りもわかっていない。レベッカが行きそうなところなんて検討もつかない。
レベッカももし私と同じように、この世界がこんなにきらきらしていたんだと知ったら‥もっと荒れちゃうんじゃないかな。こんなに素敵な世界から隠れて、コソコソと暮らさなきゃいけないなんて‥と。
あれ、そういえば‥まだ酷い言葉投げかけられたりしてないなぁ。みんな、私の存在に気づいていないみたい。
そりゃあそうだ。滅多に外に出ない私の顔を覚えてる人は少ないし、下級魔法使い特有の黒装束のフードを深く被っているから。
キョロキョロと辺りを見渡しながら、街を走る。
レベッカ‥無事でいてね、そう強く願いながら。
その時、大きな罵声が聞こえた。
思わず足を止める。
人だかりの中に、小さな黒装束が見える。
あれは‥!
レベッカに違いない!と走って近付くと、レベッカが5~6人の人間に囲まれていた。急いでレベッカの元に駆け寄る。
「お前魔法使いじゃねーのかよ?!」
「‥‥」
レベッカを責める男たちの前で、レベッカはただ口を閉ざしていた。
「早く助けてくれよ!!
俺のエリザベスが!!!」
男が狼狽えている。
よく見れば、男の手のひらには苦しそうに浅い呼吸を繰り返す子猫がいた。
私たちカルマート家に、病を治す力なんてない。
こんな瀕死の子猫なら‥尚更だ。せいぜい風邪の症状を少し和らげるくらいしか、私たちにはできないのだから。
「レベッカ‥‥」
男たちをジッと見据えていたレベッカに声を掛ける。ここで、レベッカはようやっと私に気付いたようだった。
「‥‥何しに来たの」
レベッカは、男たちを無視して私に問う。その、ビー玉のような漆黒の瞳は、真っ直ぐに私を捉えていた。
「お前も魔法使いかよ!
早く、エリザベスを治してくれ!!
治療費ならいくらでも払うから!!」
金髪の、ツンツン髪の男の人。
来ているジャケットに付いてるピンバッチは、貴族の証だ。
つまり、この男は貴族の人間。
そんな貴族が、どうして獣医として活躍する魔法使いを頼らないんだろう。
「わ‥私たちにこの子を救える力はありません‥
どうか、獣医へ‥」
「‥‥なんだと?
俺の言うことが聞けねーのかよ‥
病院までエリザベスが持ち堪えるかわかんねぇから頭下げてんだろうが!!お前らのせいでエリザベスが死んだらどう責任取ってくれるんだよ!!あぁっ?!
下級魔法使いだろうが、応急処置魔法ぐらいできんだろうが!!」
ああ‥どうしよう。
私だってできるもんならとっくにやってるのに。
「それともなんだぁ?お前ら‥
魔法使いだからってお高くとまってるつもりか?」
そう言う、貴族の男の目は血走っている。
「本当にすみません!私たちカルーーー」
「黙れよお前ら」
私がカルマート家の子どもだからと言おうとしたときに、レベッカの低い声が響いた。いや、本当はいつももっと可愛い声のはずなんだけど‥。
「いい歳こいて、ビービーギャーギャー騒いでんじゃねーよ!死ねっ!!!」
そう言って、レベッカがその金髪の男に向かって中指を突き立てた。
レ、レ、レベッカーーー?!?!?!
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