わたし、性別偽ってオカマバーで働いてます

茶歩

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第11話 初恋

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ここは待ち合わせをした駅。
だからこそまた今度と言ったけど、近野君のお家はどこなんだろう。もしかして、同じ方向の電車に乗ったりするかな?


「あ、近野君どっち方向?」


「あれ‥?乳ィズ行こうとしてたよ」


近野君がこめかみを掻きながら首を傾げている。
ーーー乳ィズ?意外な答えに私も近野君のような表情で首を傾げた。


「乳ィズで飲むの?」


「同伴のつもりだったけど‥」


ーー同伴?


「えぇっ?」


私は目を丸くして近野君を見た。
駅の証明で照らされている近野君は、お酒のせいか頬がやや紅潮している。


「てっきりこのまま店に行くのかと‥」


近野君はそう言って、少し困ったような顔を浮かべている。

私は、ただ小さく首を横に振った。
同伴なわけないじゃんか。こんなにも緊張して、こんなにも心が煩く動いたのに、仕事なわけないじゃないか。


「私‥今日休み」


ダヨを演じて、経験豊富な良い女を演じるべきだったのかもしれない。だけどそんな私の口から出た言葉は、なんとも弱々しくて素直な言葉だった。


「え、あー‥まじか。てっきり」


この短時間で2回もてっきりと言うなんて。近野君もよほど意外だったらしい。


「乳ィズ‥行く?」


私がそう聞くと、近野君は一拍置いて小さく笑みを零した。


「ダヨちゃんが休みなら行かない」





息が一瞬止まりそうになった。
たかだかこれだけの会話。
オカマを装う私に気を遣って同伴を持ち掛けてくれただけのこと。

それだけのことなはずなのに。
近野君のひと言は私をいちいち喜ばせる。



「ふぅん‥」


思いのほかクールに言葉を返せたのはダヨのおかげだった。
懸命にダヨ像を思い浮かべたからこそ、なんとか出せた答え。


「じゃあ、飲み直さない?
時間もまだ早いし」


「な‥‥うん。そうしましょう」


危なく心の声が飛び出すところだった。というか飛び出しかけた。


女性として誘われているわけじゃないし、近野君の恋愛対象はきっと女性だし。
お友達感覚なんだわ、きっと。野球の話でも意気投合できるしね。


心が無駄にざわつくのは、相手が近野君だからだ。
もうこのざわめきは致し方ないこと。それを表に出したらダヨの人物像もろとも壊れてしまう。
恋愛経験豊富なダヨは、きっと簡単に舞い上がったりドキドキしたりしないだろうし。

だから、心の中のザ・乙女佳代をなんとか押し込めることにした。




ーーーー訪れたのは近野君のおすすめのバー。
アマチュアロックバンドが80年代風の曲を生演奏してくれるお店で、入った時から店全体に音楽が響き渡っていた。

近野君が何か言ったようだけど、あまりの音量に惚けていた私の耳には届かない。


「え?」


私の右前を歩く近野君は足を止め、私の右腕を引いた。
私の後ろから見知らぬスーツ姿のおじさんがゴメンネと片手をあげる。


「あ‥すみません」


店内のステージの前は人が集まっている。
そこを行き来する人々の邪魔になってしまったらしい。

パッと離された右腕を見つめていると、先程よりも近い距離の近野君がまた口を開いた。


「危ないよって言ったの」

先程握られた右腕がやたらと熱を帯びる。
お酒のせいなのか、近野君のせいなのか。

「失礼な話かもしれないけど、仙崎さんと飲んでるみたいで嬉しいんだよね」

席に着く間際、近野君がそんなことを言った。
私は明らかに動揺しながら椅子に座る。動揺したらいけない‥だけどなんで返せばいいんだろう。

「‥‥その仙崎さんのこと、どう思ってたの?」

これは私にとって相当勇気が必要な一言だった。
だけど先程の近野君の言葉に対し、答えるのはダヨだ。変に流すのも、否定するのもおかしい。だから私の今の返しはきっと間違いじゃないはず。

近野君は暫く私を見たあとに、小さく笑った。

「不器用だなぁと思ってた」

「え‥?」

ーーー不器用??どういうこと‥?

「なんかね、その子‥
可愛くて綺麗でピュアなのに、誤解されがちで」

「‥‥‥」

開いた口が塞がらなかった。
ダヨなんだからこんな反応しちゃいけない、そう思ってもダヨになりきれない。

「仲良くしたかったけどきっと俺が声掛けたらまた『男好きだ』とかそういう変な噂流されちゃうかなと思ったから声もまともに掛けれなかったんだけどさ」

「‥‥‥そ、そうなの‥‥」

心臓がバクバク煩い。
あの田舎で出会った近野君が、そんな風に私を見ていたなんて。
ビッチなヤンキーだと噂を信じるんじゃなく、本質に気付いてくれてたなんて。

「でも話しかければよかったなぁって思うんだよね。
あの頃はただ気になってただけだけど、今思うと多分初恋だったのかもしれないし」

「‥‥なんで、そう思うの‥‥?」

「ダヨちゃんとこうして遊んでるのが、信じられない程嬉しいからだよ」

「‥‥‥」

ダヨにとっては失礼な話かもしれない。
だけど私は実際嬉しすぎて、何も言葉を返せなかった。

そんな私を、近野君は優しく笑いながらじっと見つめた。

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