わたし、性別偽ってオカマバーで働いてます

茶歩

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第7話 意気投合

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かといって、ここで謙遜するような発言をしてしまっては、私が仙崎佳代だと認めてしまうようなもの。

ここは、そっくりさんがいるんだと貫き通さなくてはならない。


「‥仙崎って言ったわよね?」


少し伏せ目がちにそう言葉を落とす。


「‥え?あ、はい」


「‥‥そういえば。
私の両親は私が幼い頃に離婚していて、私は母に育てられたんだけど‥離婚後父が婿としてとある女性と再婚したのよね。
その名字が確か‥仙崎だったような気がするわ」


口から出まかせもいいところである。
実際には父と母は初婚同士。今も仲の良さは健在だ。


ちらりと近野くんを見てみる。
うっ‥なんて透き通った瞳‥

その瞳は何処と無くホッと安堵を浮かべているように見える。

よくもまあツラツラとこんな偽物語が飛び出たもんだと自分でも思ったけど、効果覿面だったのかもしれない。


「ふっ。
‥本当そっくりなのでそうかもしれませんね」


一瞬の間のあと、パァッと表情が明るくなった近野くんを見て、私は内心ガッツポーズだ。

よし、ここはもう一押し‥


「そもそも私がもし本物の女の子なら、わざわざオカマバーで働かないわよ。‥高級クラブでも働けるはずだわ」


ふんっと息巻きながら調子に乗ったことを言ってみる。
本音じゃないせいか無駄に早口になってしまったけど、近野くんはいよいよ信じてくれたらしい。


「確かに!」


納得してくれた近野くん。


「アンタが高級クラブで働けるならアタシはそこでNo. 1取れちゃうわよぉ」


緑子先輩がいつもの調子でそんなことを言う。
途端に周りは笑いが溢れ、緑子先輩も満更でもなさそうに笑っていた。


それから、その場の時間が過ぎるのは割とあっという間だった。
少なくともこの3人はこのお店に来て現実味のある話をつらつらと話したがる人達ではなかった。
きっとそういう話はまた別の場でしてるんだろうと思う。

初キスはいつだとか、このお酒は好きだとか、酔っ払ってしてしまった最大の失敗とか、緑子先輩の恋話とか、3人の職場の近くのラーメン屋が驚くほど美味しいとか、近野くんが地元の球団のファンだとか。

ーー楽しい時間だった。

そして思う。
同じく新卒で働いていたはずの私は、こうして可愛がってくれる先輩はいなかったなぁとか、歓迎会の他に職場の人と飲んだりする機会がなかったなぁとか、そういえば私は職場の人の深い話を何も知らなかったなぁとか。


私が恋していた近野くんは、やっぱり私の予想通り。
誰からも好かれるような、そんな人。


‥なんで近野くんを好きになったんだっけ。
ーーーあぁ、そうだ。

ビッチ扱いされて、経験豊富なヤリマン扱いされて、どこぞの親父の愛人扱いされて。
それでも近野くんは、そんな私の噂をまるで聞いたことがないかのような無垢な瞳を向けてくれたんだ。

目が合うことはしばしばあった。
私の勘違いかもしれないけど。

だけど、ヤらせてくれと言うでもなく、乳だけを見ているわけでもなく。興味がなさそうに辺りを見渡していて、たまたま私と目が合うとほんのり唇の端を上げてくれるような人。そんな些細なことで、私は見事に恋に落ちた。


淡すぎた青春だったなぁ、なんて。
グラスの氷がカランと音を立てて私を現実に引き戻す。

そんな淡すぎた青春の真ん中にいた人が、いま私の隣で飲んでいるのだ。


彼女いたのかな、当時。


「ーーちゃん!」


近野くんに顔を覗き込まれてハッと気が付いた。
しんみりと青春時代のことを考えてしまっていたようだ。


ちなみに話し込んでいるうちに、近野くんは私をダヨちゃんと呼ぶようになり、敬語ではなくタメ語で話してくれるようになっていた。
もちろん内心ドキドキしまくりだ。何せまともに話すことができなかった初恋の人。

まぁ、今の私は偽の姿だし‥もちろんこれから先の展開なんて期待できるわけないし、そんな自信もないけど。


「ダヨちゃんはどこファン?」


え?
あ、ああ。プロ野球の話か。


「コンドルズよ」


‥あ。まずったかな。
近野くんと同郷だからこそ、都心ではなかなか珍しいであろう地方球団の名前を挙げてしまった。
もちろん近野くんもコンドルズファン。

でも、一応仙崎佳代は腹違いの妹扱いだし‥何も怪しくないはず。


「同じじゃん!」


近野くんの表情がパァっと明るくなった。


「私は特に白木が好きなの」


「あいつ打つよね!ここぞって時に。守備も上手いし。
俺は今井が好きだなー!最近きてる」


「今井ねぇ。新人の中で一番いいよね」


「そうそう!」


私と近野くんの会話は、この時今日一番盛り上がった。
まさか近野くんとこうして盛り上がれる日が来るなんて‥。

父がテレビでずっと野球観戦してたせいで、私もいつの頃からか自然とコンドルズファンだった。
社畜中に開幕してしまって、今シーズンの冒頭はあまり見れてなかったけど、いまこの仕事を始めてからはまたコンドルズの情報を手に入れることができている。


「ねぇ、今度一緒に野球観戦しない?」


近野くんが満面の笑みでそう言った。


「え?あー、えぇっと‥いいけど」


「やった!こっち出てきてからコンドルズファンなかなか居なくてさー!アウェイでの観戦になるけど、今度スタジアム一緒に行こっ!」


「私‥子供の時以来、生で観戦してないわ。
そういえば久々‥」


「じゃあ尚更だね。
連絡先教えてよ。予定合わせたいし」


「え、ええ」



こうして、まさかまさかの展開で‥
近野くんと連絡先を交わすこととなった。


前に使っていたスマホで格安SIMを利用してスマホ二台持ちにしていたおかけで、身バレもしない。ジェニーさんからの助言を受けて二台持ちにしていて、本当に良かった‥。


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