わたし、性別偽ってオカマバーで働いてます

茶歩

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第6話 高嶺の花という誤解

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それから2週間程。
私もすっかりこのお店に馴染んできた頃‥

突然その時はやってきた。


「やっほー!また来ちゃったー」


私と緑子先輩が席にやってくるなり発言したのは、初めての出勤日の1組目に来てくれた、サラリーマン風の若い男性の翔さんと、その上司の渋めのおじさま染野さん。そして‥

ーーーー?!?!?!近野くん?!?!

‥え、嘘でしょ?!

確かにいつかは知り合いがお店に来ることもあるかもしれないとか思ってたけど、そんなに長く在籍するつもりもなかったし、大学の友人なら笑い話として現状を伝えられるとも思ってた。

それが、まさか‥近野くんが来てしまうなんて。


愛想が良く、人の良さそうな爽やかな甘い顔。
さらさらな髪は社会人らしくセットされていて、ピシッと着こなされたスーツも凄く似合っている。
会わなかった時間の間に、近野くんのイイ男ゲージが振り切っていて、私は心の中で絶叫していた。

‥もちろん、絶叫の理由はそれだけではない。
よりによって近野くんに今の現状を知られてしまった‥と、脳内は完全にパニック状態だ。



「ヤダァ、アンタたちどんだけアタシのこと好きなのヨォ!
ってあれ、今日はもう1人いるわネェ」


緑子先輩は、翔さんの右隣に座るなり翔さんの胸をビシバシと叩いたあとに、近野くんを見る。
Uの字を書いた座席には、緑子先輩と私が両端に腰をかけていて、緑子先輩・翔さん・染野さん・近野くん・私、という順で座っている。

「今日は後輩も連れてきたでー」


「アラァ、随分可愛い顔してるじゃない」


オカマバーに来るのが初めてなのか店内をきょろきょろと見渡す彼は、私を視界に入れて固まった。


「‥‥仙、崎さん?」


「‥」


え?知り合いなの?と周囲が驚く中、ふとジェニーさんの声が落ちる。


「あら?知り合い?」

ジェニーさんは先程まで店の入り口でお客さんを見送っていた。
見送りが終わり店の中に戻ってくる途中で、このカオスな雰囲気に気付いたのだろう。
私は近野くんから視線を外してジェニーさんを見た。
気付かれてはいけない。キャストの皆さんにも、近野くんにも‥


「‥いえ。はじめまして、よね?」


そう言って、近野くんに微笑みかけてみる。
近野くんも脳内パニック状態だったようで、随分と狼狽えていたけど口を噤んでくれた。
というか、言葉を失ったという表現が正解か。

もしこれが漫画なら、いま近野くんの瞳は間違いなくぐるぐると渦巻いているに違いない。


「ふぅん、そうなの」


ジェニーさんはそう言って微笑むと、その場を去っていってしまった。
特に興味もなさげな緑子先輩が3人の飲み物を聞いたことで、一旦この状況は危機を脱したかと思いきや‥


「え、近野‥ダヨちゃん似の知り合いおんの?
もちろん女の子やんな」


ぐいいっと、目を輝かせた翔さんが身を乗り出して近野くんに尋ねる。


やめて‥もうこの話題やめて‥
話逸らしたいんですが‥!


「は、はい。
‥‥えっと。本人かと思うくらいそっくりです」


俯き気味だった近野くんが、ちらっと私を見る。
私は思わず、小さく息を飲んだ。


「‥ふぅん。私にそっくりの女の子ねぇ。
そういえば、この世には自分そっくりな人が3人いるっていうわよね」


正直、内心汗だくだ。
さもクールに、余裕かましてこんなことを言うだけが精一杯。

今の私はお店仕様でド派手な化粧をしているものの、近野くんが知っている私の姿は高校生の頃のケバくてビッチなギャル仕様。
化粧の方向性はもちろん違うものの、実際バレバレでしかないはず。

さて‥どうすれば誤魔化せるか‥‥


「えーーー!近野!紹介してよその子!!
ダヨちゃんの女の子バージョンなんて俺どストライクでしかないんやけど!!」


翔さん達は、もう既に飲んでからこのお店に来ている。
酔っ払ってハイテンションの翔さんは、目尻を下げながらそんなことを言った。


「バカだねぇ。
そんな上玉の女の子が翔を相手にするわけないだろ」


染野さんが煙草を吸いながら面白げにそんなことを言う。


「そ、それは分かりませんよ!
近野!早く紹介して!一刻も早く!!」


「い、いやぁ。高校の同級生なんですけど‥
俺、連絡先知らなくて‥」


こちらを見ずに、近野くんが控えめにそう言う。
そりゃあそうだ。近野くんと会話をしたのは、卒業式の一言だけ。私がもしも近野くんに連絡先を聞けるような性格なら、あの田舎であんなにも苦労していない。


「えぇ?!近野が?!」


翔さんがあからさまに驚いている。染野さんも「へぇ」と片眉を上げる始末。

なんかこの驚き方、おかしくない‥?
まるで‥


「えっと‥はい。会話すらあまり‥」


「うわぁ!!近野でもお近付きになれないレベル?!?!
高嶺の花過ぎやん!それ!!」


翔さんの反応に、近野くんは小さく笑う。



いや‥。いやいやいや。
違和感の正体がわかった。

まるで当たり前の如く、近野くんが私の連絡先を知りたかったけど聞けなかった風の話になってるんだわ。

実際には私はビッチ扱いだったのに。
私の方が近野くんにお近付きになりたかったのに。

今の会話ではそれがまるで真逆だ。

近野くんにとっては、私が仙崎佳代であると信じているような状態だから、本人を前にして「いやアイツ、ビッチで‥」という本音を言えないんだろうけど‥。
むしろ、ごめんなさいって感じだ‥。

ごめんね近野くん‥
私を擁護して先輩方にあらぬ誤解を与えなくてはならない状況を作ってしまって‥


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