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第5話 知らなかった世界
しおりを挟むあのデビューの日から早くも1週間ほどが経った。
ちなみに、ママのご厚意で社員寮へ引っ越しもした。
あの気持ちの悪い家からはオサラバだ。ネオン煌めく繁華街のほど近くで、私は生活を始めることになった。
「でもさぁ?好きなんだよ?俺は!
そして体を求めた途端、興醒めって顔されるわけ!」
「‥そんな性欲丸出しな男は馬鹿丸出しって感じなのよねぇ」
「いや、でも俺は好きなんだってばぁ」
「‥甲斐性ないわね。
その女が求めてくるまで、焦らしてみればいいじゃない。
女だって、覚悟が決まれば1つになりたい気持ちを抱くもの。
‥お互い乗り気じゃないと気持ち良いものも気持ち良くないわ」
「‥さ、さすがダヨさん経験豊富‥。
お、俺、次の恋愛はちょっと我慢してみようかな‥!」
ーーそう。
この如何にも経験者ぶった上から目線のアドバイスは、キスすら未経験の私の口から出た発言です。ごめんなさい。
「ふっ、うふふ」
突然私の隣で吹き出したのは、先輩である『ジェニー』さん。
肩までの金髪は艶やかで、白い肌はとてもきめ細やかで、全然元が男の人だとは思えない美人さんだ。
とは言っても、体は男のままだし、普通にガタイは良いんだけど‥元が良すぎて本当に綺麗。
「ど、どうしたんです?ジェニーさん」
私がそう問いかけると、お客さんに聞こえないように耳元でこそっと、
「少女漫画の受け売りみたいね」
と言ってクスクスと笑った。
‥バレてる!!やばい、演技くさかったかな?!
お客さんは信じ込んでくれてるけど‥ジェニーさんほどの別嬪オカマさんには見抜かれてしまうのか‥!
「ねー、ジェニーちゃんはどう思うー?」
お客さんがジェニーさんに話を振る。
ジェニーさんはクスクスと笑いながら、
「好きな相手ならむしろこっちから喰うわ」
と、一言。
「ちょっとぉぉん!アタシには聞かないわけェ?!
どういう神経してんのよぉぉ!」
緑子先輩は今日もハイテンションだ。
喋り下手な私だけど、なんとか『経験豊富な憂い顔クールビューティ』キャラを確立させようと頑張っているところ。
このお店のほとんどが超ハイテンションの面白い人たちだから、私が面白いキャラじゃなくても、そこは咎められるようなポイントではなかった。
ショーのお稽古に参加させてもらい始めたものの、まだもちろんショーに出られるわけもなく(正直出てと言われても困る)、雑用や買い出しも多くて何かと忙しい。
周りの強烈すぎる先輩方のおかげで助かってるけど、ニューハーフ狙いのお客さんから猛烈アピールされることもしばしば。
私は仙崎佳代じゃなく、ダヨ‥
そう思うと、イヤラシイ目から身を硬くしていた過去の自分と違って、フンッと開き直ることもできた。
そして何より、何度も言うけど先輩方の力が凄まじい。
女の体が出来上がった状態で突然現れた私に嫉妬をしている先輩も多く、私が狙われるもんなら『アタシの乳触りなさいよアンタァァ!!』と全力で割り込んでくれる。先輩方からすれば妨害行為みたいなもんなんだけど、私からしたら相当有り難い話なのだ。
在籍しているオカマやニューハーフの人数も多くて、既に派閥も見えてきてはいるものの、私は面倒見のいいヒゲ・緑子先輩やジョニーさんの近くで働くことが多かった。
異例である私を招き入れてくれたママが、そう操作してくれているんだろうけと。
店を見渡せば、オカマが自分の自慢の乳を揉ませていたり、お客さんの衣服を剥ぎ取っているニューハーフがいたりとだいぶ盛り上がっている。
女性のお客さんが予想外に多いということも、ここで働いてから知った。
「いやーん!!大きいじゃなーい!!」
モロおじさんのオカマ『シャテリア』先輩がお客さんのパンツを剥ぎ取って大興奮している。
お父さん以外の男性器も、ここで働いてから知った。
「ダヨちゃん案外お酒強いわよね」
ジェニーさんの言葉に頷く。
「お酒だけは何故か強いんです」
「お酒だけは?」
「勉強とか運動とか虫とかは、昔から苦手で」
はっ。
普通に素で答えてしまった。
今の私は、ダヨではなく佳代だ。
そんな私を、ジェニーさんは「フゥン?」と一言。
未だにオカマ口調は下手くそな私だけど、『経験豊富な憂い顔クールビューティ』は貫く努力はしていたはずなのに!
見透かすようなジェニーさんの瞳が何と美しいこと。
なかなか目を逸らしてくれないジェニーさんに、私もなかなか目を離せない。
「ジェニーちゃぁーん、俺を慰めてよぉぉ」
先程相談してきたお客さんのその一言で、一瞬の膠着状態は解かれた。
ハッとして、とりあえずおしぼりで指先の汗を拭う。その指先にはキラキラと派手やかなネイルが施されている。
ちなみに、ドレスやネイルはなけなしの貯金を崩して彩ったもの。ネイルなんて大学生の頃ぶりだ。社畜生活では味わえなかった、自分を飾る指先。
「なによぉ。アタシはアンタみたいな腰振りたいだけの馬鹿なんて慰めたりしないわ」
「えええ!辛辣ぅぅ!
じゃあ、ダヨちゃん~!慰めて~!」
お客さんがそう言って、私の手をぎゅっと握った。大学生くらいの、若々しい男の人。
佳代のままだったらこうして下心無しに手を握ってくる人は居なかったなぁと、しみじみとそんなことを思う。
「私も腰振りたいだけの馬鹿は御免よ」
「辛辣~~!!!」
「ちょっとアンタァァァア!!なんでアタシには聞かないのよさっきからァァァァアア!!!」
確かに、社畜の頃の職場よりも‥ある意味セクハラは強い。
毎晩胸を揉ませろと言われたり、逆に揉まされたり、不用意に男性器を見る機会が多かったり。
だけど、なんとも心地よかった。ママや緑子先輩、そしてジェニーさん達はみんな良い人達だし、社畜の頃に比べて圧倒的に自分の時間も持てるようになったし、お客さん達の話も凄く為になる。
なにより、自分の知らない世界を爆発的に知ることができて、OLの仕事を辞めて良かったと心から思えた。
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