妖器伝

茶歩

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第11話 小娘如き

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蛍さんが繰り出した旋風は5つ。
右往左往しながらも私をロックオンして追いかけてくる。
まだ足の裏は痛くて、ぴょこぴょこ跳ねるようにしながら逃げる私。
そんな様子を、蛍さんは面白そうに眺めている。


訓練場の木の幹に旋風が当たると、シュンッという音を立てて木の幹を削った。まるで刃物で切り裂いたかのような切り口。

そういえば、カマイタチっていう妖怪の話聞いたことあるなー‥って、そんな場合じゃなくて!

あんなのがぶつかってきたら、切り刻まれて死んじゃうよ!!


支給された慣れない草履じゃ尚のこと走りづらい。私の足は簡単にもつれて倒れ込んでしまった。


「わぁぁぁ」


もう、死ぬ‥!
体を縮こませて目をぎゅっと瞑る。

順風満帆な人生だと思っていたのに、最後の最後だけ凄まじかったなぁ‥。まぁ、運がなかったということで‥

私は潔く諦めて、この人生に幕を下ろそうとした。


『なに勝手に死んでおるのじゃ』


え‥!
また!また勝手に言葉が飛び出た!


「玉さん!助けてよっ!」


『安心せい、目を開けて見てみろ』



あ、そういえば。
もうとっくに攻撃を喰らっててもいいはずなのに、痛くない。

そっと目を開けてみると、大きな蛇のようなものが私を包み込んでいた。真っ黒な鱗は、ひとつひとつがやたらと大きい。


「なっ‥」


その大きな蛇が私の体から離れるのと同時、蛇は黒い霧のように消えていってしまった。

霧が消えると、視界に入ってきたのは対峙する陽さんと蛍さん。


「‥どういうつもりだ、蛍」


黒い着物を身に纏った陽さんは、腕を組んで不機嫌そうだ。
そうか‥陽さんが助けてくれたんだ‥。


「どうもこうも、小春ちゃんが嘘付いたのがいけないのよ。
私に毒吐いてきたの!それを、玉藻前の所為にするんだもの」


蛍さんが私を指差しながら、懸命に訴えている。
あの様子‥陽さんが助けてくれてなかったら、私本当に切り刻まれていたんだろうな‥。


「あいつは異例だ。普通の憑依とは違う。
通常の妖と同じ基準で見るべきじゃない。
憑依された時、あいつは足裏から血が出ていたけど、玉藻前は大人しく入り込んでるし」


あー、なんか八重様も言ってたなぁ。
血が出てるうちは憑依させられないって。制御できなくなるからってのが理由らしいけど。
ちなみに、憑依させた後に出血した場合は大丈夫らしい。


「な、なによそれ。
小春ちゃんの味方するわけ?!」


蛍さんにも信じて欲しいんだけどな‥
どうしたら信じてもらえるんだろう。


「蛍さん、本当なんです。
急に出てきたんです、玉さんが」


よっこらしょと立ち上がる。
無理にぴょこぴょこ逃げたせいで足裏はズキズキと痛んだ。


「歩けるか」


「あ、はい」


陽さん、全然こっちを見てくれないけど‥なんかほんの少し優しい気がするのは気のせいだろうか。
その場を去ろうとする陽さんが、「行くぞ」と私に声を掛ける。


「ま、待ってよ陽!
小春ちゃんに騙されてるって!玉藻前が入り込むくらいなんだから、小春ちゃんもやばい女なんだよ!絶対!!」


あー、もう‥
完全に嫌われちゃったじゃん。

どうして玉さん出てきてくれないの!
玉さんが出てきてくれれば解決するのに‥!


「小春ちゃんなんて乗っ取られて死んじゃえ!」


ひ、ひどい‥!
ひどすぎる‥‥!

衝撃的すぎて思わず笑ってしまいそうになった。


『ふふふ、はぁ。
可笑しな女じゃの』


!!
玉さん!やっと出てきてくれた。


私の数歩前を歩いていた陽さんがピタッと足を止めて振り返った。
陽さんが、ふんっと小さく笑う。


その途端、私の体が勝手に動いた。というか勝手に足がもつれた。

?!?!

まさかまさかの、ここで陽さんに抱き着いてしまった私。
急いで離れようとするも、全然体が言うことを聞いてくれない。

これ、まさか玉さんに操られてる‥?


「ひっ!よ、陽から離れなさいよ!!」


蛍さんが顔を真っ赤にして怒っている。そりゃそうだ。
陽さんを好きと聞いたばかりなのに。


蛍さんがまた妖気を出して、旋風を巻き起こした。
ああ‥また来るじゃん!陽さんがいるから死なないだろうけど、本気で命狙ってるやつじゃん!!


『ああ、哀れ哀れ』


そんな言葉が口から出た途端、髪の毛が一気にぶはっと伸びた。
風に舞う長すぎる自分の髪の毛に思わず瞬きを繰り返す。

ふわっと私の体から青白い光が盛大に飛び出して、その光だけで旋風は消え去ってしまった。


「な‥」


あんぐり口を開ける蛍さん。


『儂をあまり怒らせるな。
泣きを見るのはお前じゃぞ、小娘』


そう言って、私の体は陽さんの腕を絡め取って歩き出す。
玉さんの言葉だったということは信じてもらえただろうけど、恐らく完全に嫌われてしまった。

ていうか、早く体返してくれないかな。
陽さんも抵抗すればいいのに‥。


玉さんの青白い光に圧倒された蛍さんは、その場にヘタリと座り込んでしまった。


しばらく歩くと、陽さんが口を開く。


「なんで最初からそうしなかったんだよ」


ごもっともだ。最初から青白い光を出してくれていれば、陽さんの手も煩わせなかったのに。


『あの生意気な小娘を、より突き落とす為じゃ』


ふふふ、とそう言って玉さんは笑う。
確かに自分の好きな人が、自分の攻撃から他の女を守る姿なんて腹ただしいかもしれないけど!
なんて黒いの、玉さん!敵作らないでお願いだから!


「苦労すんのはお前じゃなくて小春なんだからな。
そろそろ戻ったらどうだ」


『ふふ、優しいのぉ』


ぽんっと何かが弾けた感覚に襲われる。
耳元で沢山のシャボン玉が一斉に弾け飛んだ感じだ。


「うわ、髪!戻った!!」


なんて一瞬‥!
これは凄技だわ。宴会芸で使いたい‥。
あ、もうOLじゃないんだった。良かった。来月の歓迎会で余興頼まれてたんだよね‥。


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