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東の砦の章
*2
しおりを挟む宿舎や資材はもう既に準備されていた。私は暫くこの地で最東端の砦となる基地作りに専念することになる。
到着日である今日は、事前に渡されていた設計図を更に読み込みながら、宿舎での荷物整理や、軍幹部や関係者たちへの挨拶回りの日となった。
「予定では3カ月‥
こんなに長期なのは初めてかもしれません」
「帰ったらたんまり休み請求しようね」
宿舎の中、アレクさんが荷ほどきをしながら虚ろ目で言う。こうした表情を見せてくれるのは、よほど心を許してくれている証拠なのかな。
少なくともアレクさんは、いつも温かい笑顔しか見せない完璧な人‥というわけではない。
そう思ってた時期もあったけど、それはアレクさんなりの世渡り術のようなもの。もちろん、アレクさんは誰よりもゆとりがあって、誰よりも懐が広い。普段見せてくれる笑顔はもちろん本物だけど‥でも、私にだけ見せてくれる素の姿もある。
正直それがとても嬉しい。出会った頃よりも確実に距離が縮まっているし、彼が心を開いてくれていると実感できるんだ。
「そうですね。休暇欲しいです。
でもまぁ、頑張り次第で早く帰れますから」
「いや、いやいやいや。
頑張らなくていいよ。体優先でお願い」
わざわざ荷ほどきの手を止めて、アレクさんはピシッとそう言い放つ。
今回使うスキルは建設。軍事施設ともなれば作りはより複雑化され、スキルに使う体力も相当なものとなる。スキルを手に入れた頃よりか上達したおかげで、今ではそんなにしょっちゅう倒れることはない。それでもやはり、アレクさんの表情は翳りを見せる。
「只でさえ‥いくら兵士達に四方を囲って貰ってるといっても、ここは魔物とも敵国とも距離が近い場所なんだし」
「結界内であれば魔物は来ませんよね?」
閃いたように口を開いたけど、アレクさんが小さく首を横に振った。想いが通じあってからというもの、アレクさんの過保護度が増している気がする。どうにもこうにもこの人は、この任務が嫌らしい。
「結界内のみに3ヶ月篭るわけじゃないからね」
「まぁ、でもアレクさんと常に一緒だから大丈夫ですよ」
僻地である最東端の地に建てられた宿舎は簡易的なもので、部屋の中は随分と質素だ。私とアレクさん、そして侍女さん達が生活をする宿舎は兵士達の宿舎とは少し離れていて、兵士の中でも位の低い人たちは宿舎ではなく天幕での生活となる。
そのため、一見閑散としたキャンプ地のような環境であり、もちろんここに何らかのお店などはない。軍の方で食事を用意して貰えるけど、自分の好きなものを好きなように食べれるわけではないのだ。
また、窓の外にはフル装備の兵士達が行き来していて、雰囲気はどこか重々しい。普段の、小鳥がさえずるぬくもり溢れる森の中の家とは正反対の環境だった。この環境が、アレクさんが珍しく口を尖らせる原因の1つなんだろう。
「エレンちゃん」
しゃがみながら荷ほどきを再開したアレクさんに呼び止められ、私も荷ほどきの手を止めた。
「何ですか?」
じっと私を見上げたままのアレクさん。口を開く様子がないので首を傾げてアレクさんを見つめ返すと、アレクさんはちょいちょい、と私を手招いた。
「わっ」
アレクさんの腕に引き込まれ、私はすっぽりとアレクさんの胸の中に収まってしまった。
そのまま、暫くの時間が流れていく。
「‥ごめんエレンちゃん」
「何がですか?」
「俺、いい歳して‥っていうかいい歳にも程があるんだけど、今凄く子供っぽい。ずっと不貞腐れてる」
アレクさんが私をぎゅっと抱きしめながら、素直にそんなことを言う。私は思わずくすくすと笑いをこぼしてしまった。
「建設のスキルをこんなに大掛かりにする仕事ってさ、エレンちゃん何回気を失うんだろうとか考えると本当たまらなく嫌なんだよね」
確かに、アレクさんの心配は尽きないかもしれない。この3ヶ月間という期間設定は、私が倒れるロスタイムも含まれて計算されたものだから。
「倒れないように抑えながらやりますから」
「エレンちゃんにはストレスの少ない環境で生活して欲しいのに、こんな僻地だし」
「あ、それなら、ここにも作っちゃいますか?!」
「へっ?」
「楽園!」
「‥それはそれで建設スキル使うじゃん‥却下」
「あはは、確かに」
目を合わせて、互いに小さく笑った。そして、触れるだけのキスを交わす。
「兵士達がエレンちゃん見て頬を赤らめてるのも気にくわないんだよね」
「え?嫉妬ですか?珍しい!」
「普段気付かれないようにしてるだけ。珍しくなんかないよ」
まっすぐに私を見るアレクさんの瞳は、やはり何度見ても綺麗で吸い込まれてしまいそうだ。
そのまま、またアレクさんのキスが降ってきた。一見穏やかで爽やかな人だけど、その心は随分と熱い。アレクさんから落とされるキスは、そんな気持ちをぶつけてくるような重みのあるものだった。
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メッセージ失礼致します。
本編の完結おめでとうございます。
とても大好きな作品で、最新を毎回楽しみにしておりました。
ほんわか暖かな気持ちになるとても素敵なお話をありがとうございました(*^^*)
番外編も楽しみにしております!
NEOさん、コメントありがとうございます!
(すみません、『O』の文字どうすれば出るのか分かりませんでした汗汗)
更新楽しみにしてくださってありがとうございました!とっても嬉しいです。
中途半端にしている小説が沢山あるので、そちらに手を付けつつ、番外編も書いていきたいと思ってます。
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最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました!今後も、よろしくお願いします(^^)
アレク様まじカッコいい
アレク様とくっついてほしー(願望)
雨玉さん、感想ありがとうございます!
アレク様をお褒め頂き嬉しいです!笑
感想ありがとうございました!
強姦タグは強すぎるとしても、「無理矢理表現あり」とか付けておくといいかもしれませんね。今後も強姦とまでは言わなくとも、どうやらヒロインちゃん、流され体質みたいですから、拒めなくてズルズルやられちゃったりとかはありそうですし^^;
黒にゃんこさん、感想ありがとうございます。
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