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第4章ーー想いーー

第30話

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「あー、それは三角関係ってやつですね」

 私の部屋のソファに腰を掛け、今じゃすっかり打ち解けたリアム様の側近ナターシャさんが紅茶を啜る。
 ナターシャさんは私より3つ年上の、凛とした綺麗な女性だ。濃紺の髪はいつも1本の束となり、後ろで揺れている。

「だ‥誰にも言わないでくださいよ、アレクさんのことが好きだって」

「大丈夫ですよ、言いませんから。
ただ側近としてはリアム様の初恋を応援してあげたいところですけど」


 猫のような瞳が、私を捉える。ナターシャさんのスキルは『暗殺』。つまり、もしも特殊スキル持ちの私がリアム様を裏切るようなことをすれば、真っ先に私を殺すのはナターシャさんだ。


「リ、リアム様を好きにならないと殺す‥とか、ないですよね?」


 恐る恐る尋ねてみる。
正直そんなことで殺されてしまうのは不本意すぎる。だけど昔見た絵本で、横暴な王様のそういうストーリーを見たことがあるから、あながち無いとも言い切れないと不安になってしまう。
 リアム様は、多分そんなことはしないと思うけど‥


 ナターシャさんはおもむろに立ち上がって、向かいのソファに腰を掛けていた私に背後から抱きついてきた。
 その細い指先が、私の首を横一直線になぞる。


こ、殺すということですかね、これは。


 むしろ今ここで殺されたりして‥。なにせナターシャさんはとてつもなく潔い。よし、じゃあ今殺そう!なんて決断されてしまった可能性もなくはない。


「ぷっ、はははっ。
ごめんなさい、エレン様!悪ノリしました!」


 ナターシャさんがパッと私から離れて、無邪気な笑顔を見せた。


「や、やめてくださいよぉ‥」


「リアム様はそんなことしませんよ。それに、それを理由に命令されたって、私はそんな殺しはしません」


「‥すみません。変なこと聞いて」


 リアム様に想いを告げられた日から1週間ほど。許可された範囲内での王宮の探索すらせずに、私は部屋の中に篭って『次はどんな建物を作ろう』と妄想に耽るのみだった。息抜きだったリアム様とのお喋りタイムも、もちろん断り続けている。

 いつのまにか溜まっていた鬱憤からネガティブになり、ナターシャさんにそんなことを聞いてしまったのかもしれない。


「それにしても外に出たいですよねー、エレン様。
‥‥あ、私閃いちゃいました」


「なんですか?」


「私はリアム様のお側を離れられないので付いていけないですけど、アレク様にピッタリ付いててもらえばいいんですよ!あの人無双ですから!」


「いやー、たしかに無双ですけど‥。アレクさんには今避けられているところですし‥」


 部屋に篭るようになってからは尚更会う機会も減ってしまった。はぁー、アレクさんを拝みたいよー‥。


「御墓参りでも行ってきてはどうですか?
行きたがってたじゃないですか!」


 父と母が眠るお墓に行けるタイミングは全くなかった。何しろ王宮と楽園の行き来しかしていないし、ベンジャミンさんも同行してもらうことを考えると、そうワガママも言ってられなかった。


「‥ありがとうございます。
でも、もうすぐ楽園オープンするから外にでれますし、大丈夫です!」


「そうですか?まぁエレン様がいいっていうのなら良いんですけど」


 眉を下げたナターシャさんに、私は微笑んでみせた。
アレクさんに断られるのが怖い。避けられるのって案外キツイもんだなぁー。
 そういう私はリアム様を避けてしまってるんだけど。







 オープン前日、私はやっとお許しをもらい王宮を出た。私が不在の間に、アレクさん達や職人の方々が仕上げてくれた楽園の様子を見にきたのだ。

 何事も無かったように普通に接してくるアレクさんと、リアム様の貞操観念を捻じ曲げたことで私やナターシャさんから咎められたベンジャミンさんが私の隣にいる。


「ここに来るのは久しぶりだね、エレンちゃん」


 優しく目尻を下げながら、アレクさんが言う。眩しく光る太陽の下だからか、アレクさんの輝きはいつもの何十倍にも感じた。
 いや、久しぶりにこうして普通に話せている嬉しさ補正のせいもあるかもしれない。


「はい‥やっと来れました」


「俺がばっちり脇固めるから、もうこの前みたいなことはないから安心してね」


「‥ありがとうございます」


 あまりにもいつも通りなアレクさんの様子に、むしろ私は少し戸惑っていた。


「ん?どうしたの?」


「私‥てっきり避けられているのだと‥」


 事件に巻き込まれて想いを伝えたあの日以降、軟禁状態だった私と違い、アレクさんは変わらずしょっちゅうこの地へと足を運んでいた。
 当然会える時間はめっきりと減っていて、部屋を訪ねてくれることもなかったから、私に会いたくないのかもしれないと思っていた。


「えぇ?!なんで?」


「あ、あの日以降なかなかお会い出来なかったので‥私に会うのが気まずかったのかなぁと‥」


「あー、いやぁ‥そんなことで避けるなんて思春期の男の子じゃあるまいし‥俺の思春期何百年も前に終わってるからね」


 アレクさんがおかしそうに笑う。ベンジャミンさんは私たちの間に何があったのかわからず、きょとんと長い睫毛を瞬かせていた。


「そ、そうなんですか‥良かった‥」


「ちょっとこっちでやることがあってね。
今から見せてあげるつもりだったんだけど」


 私は自分が思ってた以上に考えが幼くて、おまけに臆病でネガティブだったらしい。そして、アレクさんは思ってた以上に大人だった。(当然だけど)


「あ、あとエレンちゃん」


 この際だから、というかのようにアレクさんが切り出した。


「なんですか?」


「リアムに女心がわからないと嫌われちゃうよって伝えておいたから、もうリアムもあんなに暴走しないと思うからさ。普通に会ってあげてね」


 アレクさんがクスクスと笑う。あの日の私の言葉をあえて利用して伝えてくれたらしい。


「‥はい」


 ああ、どうしよう。アレクさんが好きすぎて、私が暴走してしまいそうだ。

 子供すぎる自分を恥じながら、アレクさんを更に好きになってしまった瞬間だった。



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