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第1章ーー始まりーー
第3話
しおりを挟む人生とはうまくいかないものだ。父さん、ごめんね。私貞操守りきれませんでした‥。
スキルとは、人類全体の3割が生まれながらにして持つものであって、私や後妻はスキルを持っていないけど、父や3兄弟はそれぞれスキルを持っている。
人類の3割の癖に、うちに限って割合は5割超えだ。なんて凄まじいスキル率。
3兄弟があんなに鼻高々になるのも頷ける。せめて私もスキルを持っていたら、うまく世渡りできたのかしら。特に、バンの双子の妹プラムのスキルは特級と呼ばれるレアスキル。もしそのスキルを私が持っていたら、もっと有効活用できるのに‥。
はぁ、と小さく溜息を吐くと、パインは私が感じているのかと勘違いしたらしい。鼻息を荒くし、太ももを触っていた手をより一層滑らかに動かし始めた。
悲観していただけで感じていたわけではない。だが、勘違いをしても仕方ない場面か‥
ベッドに横に倒されて、覆うように組み敷かれた。幸い、まだ服も脱がされていないし、ファーストキスも奪われていない。
まぁ時間の問題だと思うけど。目を瞑り、所謂マグロ状態で、ただただ体を硬直させる。聞こえてくるのはパインの荒い息遣いのみだ。
「気持ちいいかい?」
首元に唇をあてがわれる。金色の髪が首や顔にかかってくすぐったい。それどころか、パインの唇がカサカサすぎてむしろ痛い。唇の皮硬い。不快。
「なんか反応しなよ、恥ずかしがらずにさ」
うんうん、アンタに体を許したことは一生恥として残っていくよ。それどころか、脅されてこれから毎晩こういう事をされてもおかしくない。
「今日で最後なんだから」
鎖骨にキスを落とされながら吐かれたその台詞に驚き、思わず目を見開いた。
ーー今日で最後??
「あ、言っちゃった。
終わってから言おうと思ってたけど」
「‥どういうこと?」
パインは器用にも、鎖骨にキスを落としながら私の寝巻きのリボンを丁寧に解いた。なんとなく手慣れているところに、『パインのくせに‥』と、ほんの少しイラっとしてしまったのは秘密。
私の質問にすぐに答えずに、鎖骨を舐め上げるようにしてべろっと舌を這わせた後に上半身を起こし、私の両手首を掴んだ。言わば、マウントポジションである。でも、両手でそれぞれの私の左右の手首を掴んでいるから、パインの両手も塞がっている。
ここからどういう技を見せる気だ?
「ふんっ、実はさ、今日エレンと階段のとこで会っただろ?
あん時もう親父さん死んでたんだ」
「‥‥‥は?」
こいつ、いま何て?
「もう母さんも痺れ切らしちゃってさ。
今はまだあの部屋で眠っているよ」
パインがそう言って、視線を窓の外に向けた。組み敷かれた状態の私の目には、夜空の星しか入ってこないけれど、きっと父の部屋のことを言っているのだろう。
「眠っているって言っても、もう目を覚まさないけどね」
平然と、まるで今日の朝食はコーンスープじゃなくてオニオンスープにしようかなくらいの、他愛ない様子でそんなことを言ってのけた。
「ま、待って」
頭の中が一瞬でごちゃごちゃと絡まり、心臓は警鐘を鳴らすかのようにドンドンと強く鳴った。
「と、と、父さんが死んだって?!
なんで?!どうしてっ、痛い、離してっ」
組み敷かれている場合なんかじゃない。父さんの部屋に駆け付けなければ。だけど、バタバタと激しく体を動かす私を、パインは面白そうに笑いながらより一層強い力で私を押さえつけた。
「俺とバンで殺したんだよ。
プラムが気が向いたら墓作ってくれるってよ。良かったなぁ」
まるで、ナイフで喉をかっ裂かれたようだ。強い衝撃と共に、息ができなくなった。目が回ったように頭がガンガンと痛んで、手の指先から足の指先まで、全てが凍ったように感覚を失った。
「な、」
ーーーなんで?
その三文字すらまともに口から出てこない。
「思い通りにスキルを使ってくれないからさ。
でも安心して。事が終わったらエレンのことも殺してあげるよ」
そう言って、パインはにっこりと微笑んだ。絶望している私の手首を、予め用意しておいていたらしいロープで結び付けて、何もなかったように行為の続きを行おうとしている。
ーーー悪魔だ。
あまりのショックの大きさに、抵抗することができなかった。結ばれた手は、胴体の上に力なく置かれている。
「ほら見て、このテープでエレンの唇を塞ぐんだ。
思いっきり抵抗していいんだよ。ほら、抗ってごらん」
大きな声を出したいのは山々だが、不思議なほどに力が出ない。父の元へ駆けつけたい。だけど、涙が溢れてきて、目の前で悪魔のように嗤う男の顔が歪む。
私に力があれば。父の手術代だって、薬代だってしっかり稼いで、こんな奴らなんかに頭を下げずに済んで、誰にも邪魔されず父とこの宿屋を営んでいけたのかもしれないのに。
私に‥‥力があれば‥
ぼろぼろと涙が頬を伝い、焼け付いていたと思っていた喉は堰を切ったように嗚咽を零し始めた。
パインが覆いかぶさってきたのは分かったが、抵抗する気力すら生まれなかった。
己の無力さを嘆き、力を求めながらパインの唇を受け入れることしか出来なかった。
カサカサなパインの唇が、嗚咽を零す私の唇に触れた途端のことだった。
パインの唇から私の唇に、まるで魂がヒョンっと入り込んだかのような、奇妙な感覚があった。それは、喉を通り、気管を通り、四肢の爪先までを瞬時に隈なく駆け巡ったのだ。
「‥‥え」
小さく声を漏らしたのは私だ。
神秘的とも、不気味とも取れる不思議な感覚に驚き、思わず裏返ったような声が出た。
パインは、顔を青くして固まっていた。数秒後、己のスキルが『消えた』ことに気が付いて、私の喉を両手で締め上げた。
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