星のカケラ。

雪月海桜

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ピンクと水色。

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「ねえ、栞。四月一日は何の日か知ってる?」
「エイプリルフールでしょ。嘘をついてもいい日。私の日と言っても過言じゃないわ」
「ふふ。じゃあ、その反対は?」
「反対?」
「そう。反対の一月四日は『本当のことを言わなきゃいけない日』だよ」
「……は?」
「楽しみだね」
「ちょ、私はそんなのやらないからね!?」

 私は昔から、ツンデレだなんて可愛い言葉に収まらないレベルの、とても素直じゃない子供だった。
 照れとか恥とかプライドとか、胸に渦巻く色んなものが邪魔をして、感情のまま上手く言葉が出て来ないのだ。

 例えばプレゼントを貰ったとして『嬉しい』は『別に』、『ありがとう』は『頼んでない』なんて、可愛げがないにも程がある。

 自覚してはいたものの、いつしかそんな性分は周りからも疎まれて、修正不可能な段階まで来てしまっていた。

 本当は、素直になりたい。それなのに、どうにも上手くいかないのだ。

 それもこれも、生まれた時から隣で微笑んでいる、双子の妹『香』のせいだ。
 私の片割れとは思えない程、彼女は素直で愛嬌があった。同じ顔なのに、不機嫌そうに眉を寄せる私と、いつもにこにことした香。当然周りからの評価は差があって、比較される度、自分が惨めになった。

 香が私の素直さを、微笑んでいられるだけの幸せを、全て奪って生まれて来たに違いない。

 それでも、私は香を嫌いにはなれなかった。一度も口にしたことはなかったが、こんな自分ですら嫌になる私を見捨てずに傍に居てくれるのは、いつも香だけだったのだ。


*******


「ねえ、栞。明日は……」
「は? 何のこと? 別に本当のこととか何も言わないし」
「……ふふ。まだ何にも言ってないんだけどなぁ」

 明日は一月四日。三が日を終え、年末年始の雰囲気から、一歩新たな日常に踏み出す日。
 そして、普段隠していることや中々口に出来ないことを、素直に伝える日。香が昔言っていた『本当のことを言わなければいけない日』だ。
 その日を、私はあの時から忘れたことはなかった。

 今年こそは、この日を乗り越えて新しい自分になりたい。こんな自分を認めてあげたい。そのためにも、何とか勇気を出さなくてはいけなかった。

「香、あのさ、本当は……」
「ん?」
「……あー、無理っ! やってらんない!」
「あはは、まだ何にもやってないじゃん」
「私には不向きなイベントだから不参加!」
「えー、エイプリルフールは満喫したのに?」
「う……香のそういうとこ、嫌い……」

 香はそんな悪態を気にせず、そっぽを向いた私を楽しそうに見つめる。
 こんな風に屈託なく笑えたら、少しは日々を楽しめるのだろうか。顔をしかめているよりも、自分のことを許せるのだろうか。

 今日一歩踏み出せなければ、いつまでも変わることなんて出来なくなってしまう気がした。
 だって、ずっと傍に居て初めて、香がこの日のことを口にしたのだ。

 私は意を決して、同じ顔の片割れへと視線を向ける。視界に入るのは、香が着ている私と色違いの服。

 本当は、私は水色が好きで、香はピンクが好きなのに。

 子供の頃、お母さんに勧められて香が水色を、私がピンクを着た時。私は素直に水色がいいと言えなかった。香も勧めたられた物を断れなかった。

 それからずっと、ピンクが私の色で、水色が香の色。
 きっと、それが始まり。私達は昔から、正反対でそっくりだった。

「……ねえ、香」
「なあに、栞」
「私、本当は……、本当は、あなたがもう居ないって、知ってる」

 あの日、皆に内緒で交換したピンクと水色。私の色を着た香を、私を嫌っている子が間違えて、道路に突き飛ばした。

 ただの子供の悪戯だった。あの時、車さえ来なければ。

 私なんかより、皆に愛される可愛い香が生き残れば良かったのにと、私は毎日自分を責めた。顰めっ面は、不機嫌ではなく涙を堪えるものに変わった。

 そんなある日。突然見えるようになった香は、私を恨むことなく、かつてのように傍に居て微笑みかけてくれた。
 彼女が幽霊なのか、私にとって都合のいい幻なのか、わからない。
 それでも、私は現実を受け止めたくなくて閉ざした心の中、変わらぬ香の笑顔に、確かに救われたのだ。

「……っ」

 伝えなくては。そう思うのに、悲しみとか寂しさとか苦しさとか、胸に渦巻く色んなものが邪魔をして、感情のまま上手く言葉が出て来ない。涙が溢れて、声が出ない。

 真実を突きつけられた香はきっと、もう消えてしまう。その前に、せめてたった一言伝えたかった。

「……香。香……たくさん、ごめんね……本当は、大好き」
「……うん、知ってる。私もだよ、栞」

 何とか絞り出した心からの声は、微笑む香が居たはずの場所に、そっと、溶けて消えた。

 一月四日、奇しくも今日は、香の命日だった。
 雪の積もる事故現場。私は青や水色の献花の中心に、たったひとつ、彼女が本当に好きなピンクの花束を供える。

 花に降り積もる雪に、落ちた涙が混ざり溶けた。私は瞼の裏に残る笑顔を想って、ここまでの道程に残された一人分の足跡を振り返る。

 そうして私は、ようやく一歩、前へと踏み出した。
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