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魔法玩具開発局。
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「こんにちは、可愛らしいお嬢さん。『おもちゃ』はお好きですか?」
「……不審者」
「えっ、ああ、警戒しないで! 私は怪しいものではありません。『魔法玩具開発局』の者です」
「まほうがんぐ、かいはつきょく?」
「はい!」
お気に入りの星柄のワンピースを着て、お母さんに連れてきて貰った街のデパート。その中にある大きなおもちゃ屋さんで、誕生日プレゼントをあれでもないこれでもないと吟味している最中。
可愛いくまのぬいぐるみと、立派なお人形のお城、それから大好きなお星さまを見付けられる望遠鏡を順番に見ているわたしに声をかけてきたのは、見るからに怪しい人だった。
「……魔法って、あの魔法?」
絵本で見るような、真っ黒なローブに三角の帽子。そこの棚にたくさん並んでいる魔法少女のステッキよりもキラキラとした、繊細な作りをした魔法の杖。確かに見た目は魔法使いそのものだ。
けれど魔法なんちゃらなんて聞き覚えのない名称に、わたしは思わず眉を寄せる。
「そうです『魔法玩具開発局』は、簡単に言うと『魔法で子供の欲しがるおもちゃを作ろう』というお仕事ですね」
「魔法で……おもちゃを?」
魔法だとかそういう話は大好きだけど、わたしはもうすぐ五年生になるのだ。何かのイベントでもなさそうなのに、こんな格好をした胡散臭い人がまともなわけがないと、思わず後退る。
お母さんはまだ赤ちゃんの妹を抱いて入り口のベンチで休んでいるから、走れば何とか逃げられるはずだ。
わたしは話を合わせるふりをして、もう何周もしたおもちゃ屋さんのフロアを頭の中で思い浮かべ、逃走経路を確認する。
「えっと、魔法でなんでも作れるの?」
「ええ。ですが私は大人なので、子供が望むものを想像はできても、本質的には理解出来ないのです」
「……? 本当に子供が欲しがるものが、わからないってこと?」
「そうなんです! お嬢さんは大変頭がよろしいのですね!」
「そ、そうかなぁ?」
突然褒められて、思わず照れてしまう。一瞬逃げることを忘れてしまい、そのまま流されるように魔法使い(仮)の話は続いた。
「そこで……お嬢さんのようにおもちゃに関心のあるお子様に、どんなものが欲しいか聞いて回っているのですよ。不審者ではなく、れっきとしたお仕事です」
出会い頭に不審者と呼んだことを、結構気にしているらしい。
ちょっとだけ申し訳なくなって謝ろうかと考えていると、不意にその人は、片手に持ったステッキをゆっくりと揺らした。
「え……わあ!?」
「ふふ、どうですか? 素敵でしょう」
ついさっき棚に戻した大きなくまのぬいぐるみや、その隣に居たうさぎやねこのぬいぐるみ達が、ステッキの動きに合わせてふわりと宙に浮かぶ。
そして、そのままくるくると踊るようにして、わたしの周りをメリーゴーランドのように回った。
「何これ……すごい! これが魔法!?」
「ええ、魔法を使えばどんなことも叶います。ぬいぐるみとお話ししたり、お人形サイズになっておもちゃのお城で遊ぶことだって出来ますよ」
「楽しそう……!」
「さて、改めて質問です。お嬢さんは、どんな魔法のおもちゃで遊びたいですか?」
目の前で可愛らしい魔法を見せられて、疑う気持ちなんてすっかりなくなったわたしは、くまのぬいぐるみのふわふわの手とハイタッチをしながら考え込む。
ぬいぐるみとお話ししてお友達になるのも、お人形とお城でパーティーをするのも捨てがたい。
けれど、せっかくの魔法なのだ。もっととびきりのおもちゃを作って欲しかった。
「ねえ、本当に何でも叶うの?」
「ええ。もちろんですとも。子供の夢を叶えるのが、私のお仕事ですから」
「……じゃあ、わたし……ずっと欲しかったものがあるの!」
わたしの言葉を聞いて魔法使いさんはにっこりと微笑んで、おもちゃ屋さんのすみっこで、特別な魔法を使った。
*******
「うわあ……! これ! わたし、ずっとこんなの欲しかったんだ!」
星柄のワンピースを着た可愛らしい少女が、おもちゃ屋の棚の前で、喜びの声を上げる。
「すごい、完璧……わたしの頭の中から出てきたみたい……これ作った人天才!」
彼女は理想のおもちゃに出会えたようで、棚から手に取ったそれを、まるで宝物でも抱えるようにして母親の元へと見せに行った。
「ふふ。まあ、実際お嬢さんの頭の中から出したんですけどね」
その後レジで満面の笑みを浮かべている彼女は、まさに自分でそのおもちゃのアイデアを出したことなんて、すっかり忘れているようだった。
無理もない。魔法でおもちゃを具現化するのには、相当なエネルギーが必要だ。ぬいぐるみ達を動かすのとは違って、一から作らなくてはいけないのだから。
私はそのエネルギーを補うために、彼女の頭の中のわくわくした想像を、そのまま記憶ごと引っこ抜いたのだ。
「お買い上げ、ありがとうございました」
会計が済むと、少女は片手に可愛らしいラッピングをされた大きな袋を持って、もう片手は赤ちゃんを抱いた母親と手を繋いで、とても幸せそうに店を後にする。
あれだけ胡散臭いと警戒していた私のことも、既に忘れているようだった。
理想を叶えて満たされたから、もう見えてすらいないのかもしれない。目が合うこともなく擦れ違った少女の背を見送り、私はひとり笑みを浮かべる。
「……いやあ、素晴らしい。子供の想像力にはいつも驚かされます」
大人も、魔法も、決して万能ではない。
だから皆の喜びのために、多少の記憶や、子供特有の無尽蔵のエネルギーを拝借するくらいは、大目に見て欲しいものだ。
だってこの仕組みなら、当人は忘れているからアイデア料もかからず、権利の主張もされることはなく、おもちゃは売れて、子供は理想を実現して喜ぶ。まさにいいこと尽くめなのだから。
「……さて、あなたにも理想のおもちゃはありますか? おもちゃでなくとも構いません。自分だけの特別を想像するわくわくやときめき、さらにはその記憶と引き換えにして……私が魔法で叶えて差し上げましょうか」
私は、この魔法の本を手に取ったあなたへと、こうして文字を通じて声をかける。
「……もしくは。いつかあなたが魔法の力なんて使わずに、自ら理想や夢を叶えるのを、楽しみにしています。……ふふ、皆さんの自由な想像力や心踊る感情は、魔法でも敵わない『特別な宝物』ですからね」
「……不審者」
「えっ、ああ、警戒しないで! 私は怪しいものではありません。『魔法玩具開発局』の者です」
「まほうがんぐ、かいはつきょく?」
「はい!」
お気に入りの星柄のワンピースを着て、お母さんに連れてきて貰った街のデパート。その中にある大きなおもちゃ屋さんで、誕生日プレゼントをあれでもないこれでもないと吟味している最中。
可愛いくまのぬいぐるみと、立派なお人形のお城、それから大好きなお星さまを見付けられる望遠鏡を順番に見ているわたしに声をかけてきたのは、見るからに怪しい人だった。
「……魔法って、あの魔法?」
絵本で見るような、真っ黒なローブに三角の帽子。そこの棚にたくさん並んでいる魔法少女のステッキよりもキラキラとした、繊細な作りをした魔法の杖。確かに見た目は魔法使いそのものだ。
けれど魔法なんちゃらなんて聞き覚えのない名称に、わたしは思わず眉を寄せる。
「そうです『魔法玩具開発局』は、簡単に言うと『魔法で子供の欲しがるおもちゃを作ろう』というお仕事ですね」
「魔法で……おもちゃを?」
魔法だとかそういう話は大好きだけど、わたしはもうすぐ五年生になるのだ。何かのイベントでもなさそうなのに、こんな格好をした胡散臭い人がまともなわけがないと、思わず後退る。
お母さんはまだ赤ちゃんの妹を抱いて入り口のベンチで休んでいるから、走れば何とか逃げられるはずだ。
わたしは話を合わせるふりをして、もう何周もしたおもちゃ屋さんのフロアを頭の中で思い浮かべ、逃走経路を確認する。
「えっと、魔法でなんでも作れるの?」
「ええ。ですが私は大人なので、子供が望むものを想像はできても、本質的には理解出来ないのです」
「……? 本当に子供が欲しがるものが、わからないってこと?」
「そうなんです! お嬢さんは大変頭がよろしいのですね!」
「そ、そうかなぁ?」
突然褒められて、思わず照れてしまう。一瞬逃げることを忘れてしまい、そのまま流されるように魔法使い(仮)の話は続いた。
「そこで……お嬢さんのようにおもちゃに関心のあるお子様に、どんなものが欲しいか聞いて回っているのですよ。不審者ではなく、れっきとしたお仕事です」
出会い頭に不審者と呼んだことを、結構気にしているらしい。
ちょっとだけ申し訳なくなって謝ろうかと考えていると、不意にその人は、片手に持ったステッキをゆっくりと揺らした。
「え……わあ!?」
「ふふ、どうですか? 素敵でしょう」
ついさっき棚に戻した大きなくまのぬいぐるみや、その隣に居たうさぎやねこのぬいぐるみ達が、ステッキの動きに合わせてふわりと宙に浮かぶ。
そして、そのままくるくると踊るようにして、わたしの周りをメリーゴーランドのように回った。
「何これ……すごい! これが魔法!?」
「ええ、魔法を使えばどんなことも叶います。ぬいぐるみとお話ししたり、お人形サイズになっておもちゃのお城で遊ぶことだって出来ますよ」
「楽しそう……!」
「さて、改めて質問です。お嬢さんは、どんな魔法のおもちゃで遊びたいですか?」
目の前で可愛らしい魔法を見せられて、疑う気持ちなんてすっかりなくなったわたしは、くまのぬいぐるみのふわふわの手とハイタッチをしながら考え込む。
ぬいぐるみとお話ししてお友達になるのも、お人形とお城でパーティーをするのも捨てがたい。
けれど、せっかくの魔法なのだ。もっととびきりのおもちゃを作って欲しかった。
「ねえ、本当に何でも叶うの?」
「ええ。もちろんですとも。子供の夢を叶えるのが、私のお仕事ですから」
「……じゃあ、わたし……ずっと欲しかったものがあるの!」
わたしの言葉を聞いて魔法使いさんはにっこりと微笑んで、おもちゃ屋さんのすみっこで、特別な魔法を使った。
*******
「うわあ……! これ! わたし、ずっとこんなの欲しかったんだ!」
星柄のワンピースを着た可愛らしい少女が、おもちゃ屋の棚の前で、喜びの声を上げる。
「すごい、完璧……わたしの頭の中から出てきたみたい……これ作った人天才!」
彼女は理想のおもちゃに出会えたようで、棚から手に取ったそれを、まるで宝物でも抱えるようにして母親の元へと見せに行った。
「ふふ。まあ、実際お嬢さんの頭の中から出したんですけどね」
その後レジで満面の笑みを浮かべている彼女は、まさに自分でそのおもちゃのアイデアを出したことなんて、すっかり忘れているようだった。
無理もない。魔法でおもちゃを具現化するのには、相当なエネルギーが必要だ。ぬいぐるみ達を動かすのとは違って、一から作らなくてはいけないのだから。
私はそのエネルギーを補うために、彼女の頭の中のわくわくした想像を、そのまま記憶ごと引っこ抜いたのだ。
「お買い上げ、ありがとうございました」
会計が済むと、少女は片手に可愛らしいラッピングをされた大きな袋を持って、もう片手は赤ちゃんを抱いた母親と手を繋いで、とても幸せそうに店を後にする。
あれだけ胡散臭いと警戒していた私のことも、既に忘れているようだった。
理想を叶えて満たされたから、もう見えてすらいないのかもしれない。目が合うこともなく擦れ違った少女の背を見送り、私はひとり笑みを浮かべる。
「……いやあ、素晴らしい。子供の想像力にはいつも驚かされます」
大人も、魔法も、決して万能ではない。
だから皆の喜びのために、多少の記憶や、子供特有の無尽蔵のエネルギーを拝借するくらいは、大目に見て欲しいものだ。
だってこの仕組みなら、当人は忘れているからアイデア料もかからず、権利の主張もされることはなく、おもちゃは売れて、子供は理想を実現して喜ぶ。まさにいいこと尽くめなのだから。
「……さて、あなたにも理想のおもちゃはありますか? おもちゃでなくとも構いません。自分だけの特別を想像するわくわくやときめき、さらにはその記憶と引き換えにして……私が魔法で叶えて差し上げましょうか」
私は、この魔法の本を手に取ったあなたへと、こうして文字を通じて声をかける。
「……もしくは。いつかあなたが魔法の力なんて使わずに、自ら理想や夢を叶えるのを、楽しみにしています。……ふふ、皆さんの自由な想像力や心踊る感情は、魔法でも敵わない『特別な宝物』ですからね」
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