星のカケラ。

雪月海桜

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美少女探偵。

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『またもや謎の美少女探偵現る!』
『密室殺人を見事に解決、彼女の正体は果たして……!?』

 そんなミステリー漫画にでもありそうな文言が、近頃ワイドショーやネットを中心に世間を賑わせていた。
 どんな迷宮入りの難事件でも必ず五分以内に解決してくれる、正体不明の謎の美少女探偵。

 分かっているのは、ふらりと事件現場にやって来ては、あっという間に証拠となる物の発見や容疑者のアリバイ崩しを行い、凶器を断定しトリックを明かし事件を解決に導くその手腕と、五分という限られた時間でそれらをこなすそのスピード感。

 それから何と言っても、圧倒的に目を惹くその容姿。
 白い肌と艶のある長い髪、ぱっちりとした大きな瞳と薄く色付いた頬、小さな唇から紡がれる推理は、さながら聞き心地の良い子守唄のよう。

 見た者全員が人形やCGかと思ったと話す程整って浮世離れしたその容貌と雰囲気は、現場に彼女が現れただけで犯人がつい罪の意識に苛まれ勝手に自供してしまうこともある程だ。

 年齢や名前、素性は不明。顔写真等の公的なメディア露出も一切ない。
 何しろ彼女は、毎度五分以内に解決しては忽然と姿を消してしまうのだ。
 ある種都市伝説のようなその名探偵の存在に、メディアが食いつかない訳がなかった。

 しかしここまで彼女の存在が世間に広まっても、彼女の正体は誰も突き止めることが出来なかった。

 それこそ、他の探偵が幾ら探しても、謎の美少女探偵の事件現場以外での目撃情報すら、一切出てこなかったのである。


*******


「……よって、事前にこのトリックを仕掛けられるのはあなたしか居ない。……犯人は佐藤さん、あなたです!」
「くっ……その通りだよ、探偵さん。流石は噂に違わぬ名推理。敵ながら天晴れだ。……ああそうさ、俺が犯人だ。だが仕方無かったんだ……俺には妻が居てな、あいつは妻を……」
「あっ、もう五分になりますね! すみません、続きは警察でお願いします!」
「ちょ、待……っ!? ここからが良いところなんだけど!?」

 謎の美少女探偵は容赦がない。
 あっという間に事件を解決するが、その犯人の事情や動機には一切興味も示さず、無情にもきっちり定時で去っていく。
 念入りに計画を立てたであろう犯罪をあっさり暴かれた挙げ句、放置。いっそ犯人が憐れだ。

「署でゆっくり話を聞くからさ……」
「……はい」

 引き渡された警察も、思わず犯人への同情を禁じ得なかった。


*******


 謎の美少女探偵は、着手した事件を決して迷宮入りにはさせない。

「……以上が十一月一日にA市で起きた事件のトリックの実証実験になります、その日現場に居合わせた鈴木さんや田中さん、山田さんのアリバイも別途資料として添付してますので、そちらもご確認ください。……これらで自供してくれるとは思うのですが、もし鈴木さんがまだ黙秘するようなら追加資料も作りますので、次現場で会った時にでも教えてください」

 犯人特定には至ったものの、五分でトリックの再現が間に合わなかった時や犯人が罪を認めなかった時には、後日わざわざ再現VTRを撮影したものを警察に届けてくれる。何とも律儀だ。

 謎の美少女探偵本人出演のそのVTRは完成度も高く絵面も可愛らしいので、そのまま動画サイトにでもアップしたい気もするが、重要な捜査資料なので出来ないのが口惜しい。

 事件はとうに解決したものの、謎の美少女探偵目当てに何度も再生してしまう、中毒性のある動画だ。警察署内での再生数は確実にトップである。


*******


 謎の美少女探偵は神出鬼没だ。
 あの確実に目立つ容姿にも関わらず、事件現場に現れるまで誰一人彼女に気付くことがない。

 特段変装をしている訳でもなければ、隠れてこそこそしている訳でもない。例えば花火大会やライブ会場、スクランブル交差点等の人通りの多い場所でも、彼女が推理を始めるまで誰も気付かないのだ。

 いつどこから事件を見ていて、どのタイミングで推理や証拠集めをしているのか、全くの不明である。

 出来すぎた展開や、怪しすぎる素性から、いっそ共犯なのではと何度も疑われたことがあったが、隙のない推理と圧倒的な手腕から、任意同行にすら持ち込めたことがない。
 そして気付けば、いつも彼女は現場から姿を消しているのだ。

 狐に化かされているのか、はたまた神の戯れか。噂は噂を呼び、広がるばかりだった。
 それでも気にすることなく、彼女はいつも神出鬼没に現れる。
 そんな彼女を一目見ようと、何か事件があれば野次馬が殺到するし、何なら噂の美少女探偵に会いたくて事件を起こす輩も現れる始末だった。


*******


 美少女探偵の解決した事件現場のすぐ近く、帽子を目深に被りトレンチコートを羽織った男が一人、物陰から犯人が連行される様子を伺っていた。
 犯人がパトカーに乗せられ視界から居なくなると、男は人知れず深く溜め息を吐く。

「ふう、今回は五分ギリギリだったな……まさか犯人に抱き付かれるとは思わなかった……ファンとか叫んでたけど、何だったんだろう。何にせよ、変身が解ける前に現場から脱出出来て良かったよ」
「ギリギリだったねぇ……お疲れ様。……ねえアケチ、なんでこの能力にしたの? 一目で犯人がわかる眼鏡とか、自供させる薬とか、便利な物は色々あるのに」

 アケチと呼ばれたトレンチコートの男の足元には、金色の輝く目をした小さな黒猫が一匹。黒猫は子供のような老人のような不思議な声で、楽し気に男に話し掛ける。
 猫が人語を話すなんて驚きは、男の中では日常と化しているようだ。穏やかな笑みを浮かべて、尻尾を揺らす猫を抱き上げた。

「はは、推理自体は得意だからね、特にきみの力を借りなくても問題ないんだ。それに、きみはミステリー好きだと言っていたし、そういう道具を使うとつまらないだろう?」
「確かに……アケチの推理は見てて楽しいよ! それに……RTAだっけ? ゲームの超スピードクリア! ドキドキハラハラわくわく? そんな感じ!」
「きみの力は五分間しか使えないからね、俺も必死なんだよ」
「それはごめんって。でも、正確には五分三秒までいけるようになったよ!」
「おや、そうなのかい? それは知らなかった」

 和気藹々と語り合う男と猫は、美少女探偵の推理を見に集まった野次馬達が解散していく様子を眺める。

「ふふ、でも、楽しんでくれているようで何より。……ただ、俺みたいな冴えないアラサーのおっさんの言葉は、誰も聞いてくれないからさ」
「……? そうなの?」
「うん。ほら、例えばきみの好きな動画の……VTuberみたいな感じで、好ましい見た目の相手の話には、みんな耳を傾けてくれる……俺はただ事件を解決できれば何でもいいんだけど、聞いても貰えないんじゃ意味がない。……探偵ってのも楽じゃないなぁ」
「ふうん……? 人間って変なの。まあ、アケチみたいに楽しく謎解きを見せてくれるなら大歓迎だし、僕は何でも良いんだけどね!」

 それはまさに神の戯れだった。人間界の動画やエンタメ、特にミステリーと呼ばれるものにドハマりした幼い神様が、黒猫に姿を変え地上に降り立ち、たまたま目についた一人の冴えない探偵にほんの少し手を貸しただけ。
 世間のあらゆる評判や憶測も、流れていく動画のコメント欄の如く、二人にとっては然したる興味がなかった。
 推理が出来れば、そしてそれを間近に見られればそれで良かったのだ。需要と供給、まさに利害の一致である。

 そうしてどんな難事件よりも謎に満ちた、アケチの演じる正体不明の『美少女探偵』は、今日も推理の場に最大五分だけ現れて、華麗に事件を解決してはあっさりと消えてしまうのであった。
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