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恋の欠片を花束に。
しおりを挟む「あれ、想真、今何か落ちたよ」
「……え?」
ある日の昼下がり、先週誕生日プレゼントに貰った小さな鏡を机に置いて髪型を直している最中、立ち上がった隣の席の一条想真から、ふと何かが落ちるのが鏡越しに見えた。
てっきり筆記用具か何かかと思い、しゃがみ込んで彼の足元の光るそれを拾い上げる。
しかしそこにあったのは、予想に反し何やら歪な形の、硝子細工のようなプラスチックのような、はたまたグミか何かのような、何とも不思議な物体だった。
「……何これ?」
しかし指先に摘まむその物体を見せると、彼は私の指先へと目を凝らした後、怪訝そうに首を傾げる。
「……? 何もないだろ」
「えっ? これだよこれ、見えないの?」
「埃か何かか?」
「いやいや、こんなでっかい埃なくない!?」
最初は想真の悪ふざけか何かかと思った。彼とは幼稚園の頃からの仲だ、軽口を叩き合うこともしょっちゅうだった。けれど彼は嘘を吐く時、必ず軽く右の頬を掻く。幼馴染みの私しか知らない、想真の癖。それをしないということは、本当に見えていないのだろう。
何だか怖くなって、想真に貰った鏡と一緒に制服のポケットにしまい込み、後で他の子にも見て貰おうと決意する。
「……。何でもない」
「……? それより純花、次の移動教室、遅れるぞ」
「あ、うん!」
すっかり忘れていた。通りで教室から人が減っている訳だ。
そして慌てて教科書を机から出そうとして、私はその中身を床に盛大にぶちまけた。先に行こうとしていた想真はその音にぎょっとしたように振り向いて、今度は彼が散らばった物を拾い集めてくれる。
何やってんだと呆れたように笑いながら手伝ってくれる想真から、再びぽろりと小さなプラスチックの破片のような、何かのパーツのような物が落ちたが、やっぱり彼は気付かないようだった。
*******
「一条くんから落ちてきた?」
「うん、これなんだけど、何だと思う?」
放課後、私は同じ美術部の潮折千鶴に拾い集めた謎の物体を見せた。
あれから今に至るまで、追加で二つ現れたのだ。さすがに気になる。
一つは授業中ぼんやりしていた想真が当てられて、小声でこっそり答えを教えてあげた時。
もう一つは、ホームルームを終えてそれぞれ部活に行く途中、廊下で擦れ違って頑張れと手を振った時。
勿論私が見ていない時に他にも落ちていた可能性はあるが、気になって辺りを見回した限り他にはないようだった。
「もしかして、想真は実はロボットでそのパーツが……!」
「ないない。というか、純花は幼馴染みなんだから、ロボットならもっと何かしらあったはずでしょう」
「んん、だよねぇ……じゃあ何? ゴミにしては綺麗過ぎない?」
「というか、わたしにも見えないから何とも言えないんだけど。純花の幻覚とかじゃなく?」
「嘘ぉ……」
両手の平の上に集めた四つのキラキラしたそれを眺めながら、途方に暮れる。どうやら、本当に私にしか見えないようだった。
それは不揃いな何かの欠片のようで、私は四つの欠片を四つ葉のように可愛く並べて、スケッチを始める。絵にすれば千鶴にも見て貰えるはずだと、我ながら良い思い付きだ。
スケッチブックを広げ鉛筆片手によくよく観察してみると、その欠片は一つ一つ歪ではあるものの、雫のようにも、ハートを半分にしたようにも見える。
ビー玉のように丸みを帯びて透き通っていたり、おはじきのように平べったかったり、溶けかけの飴のように歪んでいたり、形状も大きさもまちまちだったし、触り心地も何かに似ているようでどこか違う、柔らかいと固いの中間だ。そして冷たくてあったかい。色も角度によって変わるような、けれどキラキラと目を惹く美しさ。
不思議なそれらを眺めていると、これの落とし主である想真のことが頭に浮かんだ。
想真は去年くらいから、一気に背が伸びた。出会った頃は私の方が高かったのに、今では私とかなりの差がある。成長期と、高校から始めたバスケの影響もあるのかもしれない。
そういえば最近少し伸びた髪も、今日はちょこんと下の方で縛っていた。今度可愛い髪飾りでも付けてからかってやろうか。願掛けで伸ばしてると言っていたけれど、何を願ったのかは教えてくれない。昔は小テストの点数も一々報告して来たのに。
まあ、大方部活のことだろう。彼は今頃、来週に控えた試合に向けて練習の真っ最中のはずだ。朝練も頑張っているようで、朝通学路で会うこともなくなっていた。
けれど今日は、欠片が気になったお陰かいつもより目が合ったしたくさん話せた気がする。
もうすぐ夏休み、試合が終われば、少しは暇も出来るだろう。そうしたら、久しぶりに何処かに一緒に遊びに行けるだろうか。夏祭りに、花火大会。海や山に行くのも良い。お互いの家でただのんびりと宿題をするのも良い。何もしなくても、傍に居るだけで安心した。
謎の欠片のスケッチが完成する頃には、無意識の内に想真の似顔絵まで描いてしまっていた。目の前に居なくても描ける、見慣れた彼の姿。
その絵を千鶴に見られるのは何と無く気恥ずかしくて、私は慌ててスケッチブックを閉じた。
*******
部活を終えての帰り道、明るい空を見上げながら、すっかり日も長くなったなと夏の訪れを感じていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「純花?」
「想真……え、何で? 練習は?」
「あー、ちょっとな」
帰る方向も同じだ、いつもよりゆっくりと隣を歩きながら、先程のスケッチを思い出して気まずさを感じる。
実家並みの安心感を誇る想真に対してこんな感情が芽生えるなんて、どうしたものか。何だかおかしい。あの謎の欠片のせいだろうか。
おかしいと言えば、そもそもバスケ部はまだ練習中の筈だった、何故彼が今ここに居るのだろう。
「……何かあったの? 部活は?」
「いや、何でもない、たまたま早く終わったんだよ」
見上げた先、彼は軽く頬を掻く。私だけが知ってる癖。明らかに嘘を吐いていた。
「……嘘。私に言いたくないこと?」
「そんなんじゃ……」
「じゃあ、なに?」
あっさり嘘を見破った私に、想真は戸惑ったように視線を泳がせて、眉を下げる。詰め寄られてかわしきれない素直なところは、昔から変わらない。
「……ちょっと足首捻って、帰って安静にしろって言われた」
「えっ、大丈夫なの!? 肩貸す? おんぶする!?」
「ばーか、お前には無理だろ。大丈夫だよ、力入れると痛いけど、普通に歩ける」
そう言って揺れる彼の足首には、確りとテーピングがされていた。
試合前の大事な時期、怪我をするのは、きっと良くないことなのだろう。軽い口調で告げながらも彼は、落ち込んだように視線を落とし、何かに耐えるように小さく拳を握った。
「……試合に勝って、やりたいことあったんだけどさ、これじゃ難しそうだ」
「そっか……髪伸ばして願掛けしてたくらいだもんね」
「……! 願いの内容、知ってたのか?」
想真は思わず足を止め、驚いたように目を見開いて私を見てくる。
「そりゃあ、想真のことだもん、わかるよ」
「それじゃあ、その……」
「試合に勝ちたい! って願掛けなんでしょ? その後のしたいことっていうのは、知らないけど」
「……そうかよ」
今度は安心したような残念なような、複雑そうな顔をする。先程からころころと変わる、分かりやすい百面相だ。こういうところも、昔から何も変わらない。
「というか、試合に勝ったらー、なんて言わずに、したいことがあるならすればいいじゃん」
「お前なぁ、そういうのはこう、やり遂げた後の御褒美というか、モチベーションというか……あるだろ、そういうの」
「御褒美とモチベーション……成る程。じゃあ、今してモチベーション上げちゃお!」
「……は?」
「いや、だって怪我して落ち込んでるでしょ? そんなんじゃ、勝てるものも勝てないよ!」
「いやいや、寧ろ勝てなきゃその『したいこと』も諦める、くらいの意気込みでだな……」
「えー……何それ勿体無い。やりたいことはやろうよ。私も夏休み、やりたいことたくさんあるし。……ほら、飴と鞭なら、むやみやたらに飴たくさんのが良くない?」
「いや、めちゃくちゃだろその理論……」
「そうかなぁ?」
想真は呆れたように溜め息を吐いて、しかし何か吹っ切れたように微笑む。そして、再びぽとりと、道端にあの欠片が溢れ落ちた。
学校で拾ったものより大きなそれは、傾きかけた夕陽を受けて美しく煌めく。
「純花の夏休みにやりたいことは?」
「えっ、ええと……花火大会とか夏祭りとか、海とか山とか……」
「ははっ、欲張りコースだな」
「うん、せっかくの夏だからね! 想真のやりたいことは?」
「……お前と、同じことがしたい」
「……? 夏の欲張りコース?」
再び一つ、欠片が落ちる。気になって拾おうとして、耳に届いた予想外の言葉に瞬きをする。
試合に勝たないと夏休みも満喫出来ないのか。ストイック過ぎるだろう。
しかし彼は、やけに真面目な顔をして、私をまっすぐ見詰めてくる。次々溢れ落ちる欠片を拾うのを諦めて、私は視線に応えるように見上げた。夕陽を受けて、彼の顔は赤く染まる。
「夏休み、純花と一緒に過ごしたい。……夏を過ぎても、その先もずっと……」
「想真……?」
「幼馴染みなんだから当たり前、とか言うなよ? ……試合に勝って、お前にちゃんと、告白したかったんだよ。恋人として傍に居る権利が欲しくて」
「こく、はく……」
思わずぽかんとしてしまう。寧ろこれは告白にカウントされないの? 返事は今するべき? やりたいことをやれと言ったのは私だけど、こんな少女漫画みたいな展開に自分が巻き込まれるなんて予想外だった。
「……勝ったら、改めてちゃんとするから。返事、考えといて」
「ま、負けたら……?」
「負けたら……慰めると思って夏休み一緒に遊べ」
「どっちにしろ願いが叶うシステム……」
「悪いかよ……飴はたくさんなんだろ?」
照れ隠しに視線を逸らす彼に、驚きを通り越して思わず笑ってしまう。そんなに緊張しなくても、夏休みを一緒に過ごしたいと思ったのは、私も同じなのに。
彼の周りに、まるで種蒔きのように次々落ちる欠片達を見て、不意に気が付いた。
「……? あれ、純花、何か落ちた」
「え……?」
そう言って彼が、私の足元から何かを拾う仕草をする。指先に何かを摘まむが、目の前に翳されたそこには何もない。
「……何だこれ。キラキラした……何かの欠片か?」
「……! それって……」
私は同じように彼の足元からひとつ、一番綺麗な欠片を拾って、互いに見えないそれらをくっつけるように指先を触れ合わせる。
「す、純花……?」
「やっぱり! ハートだ!」
私が落としたという欠片は、目には見えなかった。けれどかちりと、指先で何かが嵌まるような感触がした。
「……想真の欠片の片割れ、私が持ってたんだね」
「ちょっと待て、何の話だ?」
「……内緒。試合に勝ったら、教えてあげる!」
*******
恋の欠片。或いは、想いの種。
胸の内からぽろりと恋心が溢れ落ちたものなのか、これから形となる何かが込められたものなのか、そもそもこれが何物なのか、分からない。
けれど彼から欠片が現れるのはいつも決まって私の傍に居る時で、私を見ている時や、私と何かをしている時。何気ない瞬間に、ひとつふたつと彼の周りに落ちるのだ。
あの日種蒔きのように見えたその光景が、長年気付かずにいた恋の芽生えを自覚させるなんて、最初の一つを拾った時には思わなかった。
それが見えるのは、私だけ。あの日突然見えるようになった彼の心の欠片を、私は今日も大切に拾い集める。
「想真、また何か隠したでしょ」
「なっ……くそ、欠片のせいか!?」
「欠片がなくても、想真のことはすぐにわかるよ」
「……幼馴染みだからか?」
「想真のことだから、ね」
夏休みも、冬休みも、その先の未来も、一緒に過ごす何気ない日常は、きっと毎日が恋の欠片に彩られた特別な日々。
いつか、彼も集めているであろう私の欠片と合わせて可愛いハートの花弁にして、手探りででっかい愛の花束にでもしてやろうと思う。
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