星のカケラ。

雪月海桜

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幸せを運ぶ音。

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「おい、あいつを呼べ! 幸助だよ、皆福幸助みなふくこうすけ!」

 不意に響き渡る声を皮切りにして、次々と切迫した声が重なる。

「なあ幸助! これから男子バレーボール決勝なんだ、第二体育館に応援に来てくれ!」
「皆福くん、それ終わったら校庭に来られる!? サッカーも次試合なの、応援お願い!」
「わかった、順番に行くよ」

 球技大会は大忙し。至るところから僕を呼ぶ声がする。
 しかし、決して僕が助っ人に引っ張りだこなスポーツ万能な人材だったり、みんながチームメイトになりたがるようなクラスの人気者という訳ではない。

 みんなが僕に求めているのは、文字通りただの『応援』なのだ。


*******


「A組頑張れー!」
「おっ、幸助が応援してくれるなら、うちのクラスは安泰だな」
「葵……、あはは……どうだろ、あんまり期待しないでね」

 呼ばれた順に、早速第二体育館へと足を運んだ僕は、先に観戦をしていた親友の鳥羽葵とばあおいの隣に腰掛けながら、コートで試合に励むクラスメイトへと精一杯の声援と拍手を送る。

「頑張れ」「負けるな」「ファイト」「いいぞ」

 見学席からの色んな声援は、僕の拍手を伴奏に徐々にヒートアップする。こうなると、応援の気迫や元気さはうちのクラスが間違いなくトップだ。

 拍手を続けながら、しばらく試合を見守る。ルールはあまり把握していないものの、最初こそ点数的に劣勢に見えたうちのクラスはすぐに巻き返し、蓋を開けてみると圧勝だった。

 勝利の喜びに再び拍手を送ったあと、僕は次に呼ばれている校庭へと移動する。葵は僕の背に向かって、「応援頑張れ」なんて応援の応援をくれた。

 球技大会の応援なんていうのは本来、早々に敗退するか試合の順番待ちのメンバーが見学しながらする程度のものだ。
 その見学者も、同時にあちこちで試合が行われている関係上、競技ごとにばらけているから、一ヶ所に居る人数は少ない。

 そんな中、運動神経も宜しくない僕は然して動かずに済む卓球を選び、早々に敗退した。チーム戦ではなく個人競技で本当に良かったと我ながらに思う。

 けれど、そんな僕でもクラスに貢献出来ることが一つだけあった。それが『応援』だ。
 何故なら、『幸せなら手を叩こう』とは良く言ったもので、僕が手を叩くことで、誰かが幸せになるのだ。

 勿論、結果そうなっただけで、僕の拍手があったから試合に勝てただとか、幸せになれただなんて科学的根拠はないし、気持ちの面なんて他人にはわからないものだ。

 もし勝利を得たとして、それは勿論僕の応援なんかよりも、練習や試合を頑張った選手の努力や実力が大前提だ。
 けれど、みんなが僕の拍手の力を信じている。
 主に、ずっと僕の拍手の効果を目の当たりにしてきた幼馴染みにして親友である葵が、自分のことのように目を輝かせてみんなに得意気に話すからなのだが。

 僕の拍手は、追い風のようなものだ。当然、実際の効果は検証しようもない。信じる者は救われる程度でいい。ただ昔から、そうなだけ。

 試合の決勝まで負けなしだった最強チームが、決勝戦直前に僕が突き指をして応援の拍手が出来なかった時に急にぼろ負けしたとか。
 全然盛り上がらなかった内輪のパーティーで、僕が途中参加して拍手をした後から物凄く盛り上がって、結局二次会まで雪崩れ込んだとか。
 友達の告白現場に居合わせて、相手は高嶺の花で明らかにフラれそうな雰囲気だったが、想いを告げた勇気を称えて拍手したところ、そのまま上手くいったりだとか。そういう些細なことの積み重ね。

 それでも気付けば、葵を筆頭にみんなが僕の手を『幸福を呼ぶ手』だと呼んだ。だからみんな、大事な場面で僕を呼んでくれる。僕が手を叩くと、幸せになるのだと。

 みんなが勝手にそう言っているだけで、決して僕が何か特別な魔法を使ったとかそういう訳でもないけれど。
 それでも、僕が手を叩くだけでみんなが「幸せになれた」と喜んでくれるのが嬉しくて、僕はその幸せを見て更に拍手する。

 このパチパチという掌を打ち付ける音は、みんなの幸せの合図だった。


*******


「いやあ、幸助様々だったな!」
「僕は応援しただけだよ。頑張ったのは選手のみんな」
「そうは言ってもさ、幸助が応援した試合は全部勝っただろ?」
「あはは、たまたまだよ。葵もバスケ優勝おめでとう」
「ああ、幸助のお陰だ。ありがとうな!」

 その後各所から応援をして欲しいと呼ばれ、ひたすら手を叩き続けた甲斐もあってか、うちのクラスはあらゆる競技で勝ち進み、今大会の総合優勝となった。

 大会終了後、みんな大会の熱気を閉じ込めたクラスTシャツを着たまま、放課後の教室でお菓子やジュースを広げて教師公認の打ち上げパーティーだ。

 普段食べ飽きたような大袋のお菓子でも、教室で食べるとなると特別感がありとても美味しく感じる。
 みんなのやりきった笑顔と、お祝いムード、汗を流した身体が塩分を求めているのもあるだろう。塩気のあるお菓子がとても美味しく、つい手が汚れるのも気にせず食べ進めた。

 僕の場合、みんなのようにスポーツで流した汗ではなく、応援行脚の移動で流した汗なのだが。

 しばらく打ち上げを楽しんでいると、葵が発案したのか、集合写真を撮ろうという流れになっていた。彼は明るく、スポーツも出来る。日頃は特に目立たない僕とは真逆の、クラスの中心人物だ。

 案の定葵の手招きを合図に各々が黒板の前に集まるのを見て、僕もそれに続くべく一歩踏み出す。が、散々食べたお菓子の粉が付いた指先が気になり、軽く拭った後手を叩き、残りの汚れを払う。

 集合写真。叶うなら、隣とまではいかずとも片想いの彼女の側で映りたくて、思わず辺りを見回す。すると不意に、後ろから声をかけられた。

「皆福くん」
「え……あ、四葉さん」

 振り向くと、そこに居たのは今しがた姿を探していた片想いの彼女、四葉縁よつばゆかりだった。

 いつもは下ろしている長めの髪をポニーテールに纏めていて、目一杯はしゃいだのか覗く耳もほんのり赤い。みんなお揃いのデザインであるクラスTシャツなのに、彼女だけ特別可愛く見えた。

「皆福くん、あちこち走り回って応援頑張ってたよね?」
「あ……見られてたんだ?」
「うん、わたしの試合も応援してくれて、ありがとう。お陰でたくさん頑張れたよ」

 そう言って微笑む四葉さんは、拍手を繰り返して少し痛む、赤くなった僕の掌に指先で触れた。
 途端に、拍手のリズムよりも心臓が速くなる。

「皆福くんは、みんなに幸運を運ぶクラスのヒーローだね!」

 ヒーローだというのなら、強くなったり戦ったり、もっと格好良くて、目に見えて役立つ能力があればよかったけど。
 彼女がそう言ってくれるのなら、これはこれで、とても良いものだと感じる。
 好きな女の子をこんなにも笑顔に出来たのだから、きっとこの中で、僕が一番幸福だ。


*******


 葵と四葉さんが付き合い始めたと聞いたのは、球技大会から一ヶ月もしない頃だった。

「ごめん、幸助が縁のこと好きなの、知ってたのに……」
「ううん。僕じゃ、はじめから四葉さんには釣り合わなかったし……」
「そんなこと……!」
「でも、葵なら安心だよ。……おめでとう、四葉さんを、幸せにしてあげてね」
「幸助……」

 幸福から一転、不幸のどん底に叩き落とされるような感覚。泣きたい気持ちを笑顔に隠して、僕は親友へと拍手を送る。
 けれど幸福なはずの彼は、僕の拍手を受けても、いつものようには笑ってくれなかった。


*******


 何とか踏ん切りをつけて応援しようと思い始めた矢先、二人の交際開始からたった三ヶ月後。四葉さんは親の都合で突然引っ越すことになった。

 そしてあっという間に転校し、葵と四葉さんは遠距離恋愛になった。
 はじめこそ毎日連絡を取り合い彼女は向こうで元気にしてると教えてくれた葵は、いつしか四葉さんの話をしなくなった。別れたのか、聞くのも憚られた。

 そうして僕と四葉さんとの繋がりも、完全になくなってしまった。
 僕が結局心からの応援を、幸福の願いを送れなかった、罰なのかもしれない。

 一番申し訳ないのは、葵に対してだ。大切な親友。彼に幸せになって欲しい気持ちは本当だったのに、初めての彼女との幸せを願いたかったのに。
 拍手の効果を一番信じてくれていた葵が、あれからも何事もなかったかのように変わらず接してくれることに、僕は居たたまれなくなって、自分を責め続けた。


*******


「……あー、今日さ。本当なら、縁と付き合って半年記念で。せっかくだから、思い出の場所にデートに行こうって思ってたんだ。サプライズで連れてこうって……」

 隣でスマホを弄りながら、葵は何気無い風を装って口にする。彼の口から四葉さんの名前が出るのは久しぶりだった。
 思わず視線を向けると、彼はスマホのスケジュールアプリを開いており、今日の日付に可愛らしい四葉の絵文字が登録されているのが見えた。
 葵はしばらくそれを見詰めた後、液晶に指を滑らせ予定を削除する。

 本当なら、休日に僕の家で漫画とお菓子を広げてだらだら遊ぶよりも、彼女と記念日デートがしたかっただろうに。
 申し訳なさと、やはり彼女とは別れたのだろうという確信に、複雑な気持ちになる。

「そっか……どこなの? 思い出の場所って」
「……ラッキーパーク。ほら、あそこ一時間ごとにシャトルバス出てるだろ? 丁度お昼に着く便に乗ってさ、向こうのレストランでランチでも……って、色々考えてたんだよな」

 眉を下げて笑う彼に、胸が締め付けられる。
 お昼に着く便。本当なら葵は、丁度今頃、四葉さんとシャトルバスに乗っていたのだろうか。

 何気無く時間を確認しようと、最早BGM代わりとなっていた付けっぱなしのテレビへと視線を向ける。すると、画面は臨時ニュースへと切り替わり、今しがた話していたシャトルバスの姿を映した。

『臨時ニュースです。現在、××市××町にて、11時発ラッキーパーク行きのシャトルバスで立て籠り事件が発生しており、バスジャック犯は刃物の他に爆発物を持っているとの情報が……』

 僕達は思わず、テレビ画面に釘付けになる。犯人を刺激しないようにか望遠でしか映されないバスの車体には、間違いなく地元民なら誰もが見たことのあるパークのマスコットキャラクターが描かれている。

『車内は満席で、乗客達の身の安全を最優先に犯人の要求を……』

 数分間続いた臨時ニュースは事件の進展が見られないまま、別の特集へと移った。
 しばしの沈黙の後、葵がぽつり呟く。

「……なあ、もし行ってたら、俺達、巻き込まれてた?」
「……。たぶん」
「はは……やっぱお前の力、本物だわ……」
「いや、さすがに……たまたまだよ……」

 彼女の身の安全のために転校までさせるなんて、この力が本物だとして、幸福の運び方が強引且つ雑過ぎるのではないか。
 そう思ったが、四葉さんはバスジャックに巻き込まれて怖い思いを、ひょっとすると怪我をさせずに済んだ。葵はサプライズなんて言って彼女を危険な目に遭わせずに済んだ。
 僕は、好きな子が親友と付き合い続ける日々を間近に見なくて済んだ。

 結局これが、誰かにとって一番幸せでなくとも、皆がある程度幸せになった結果なのだろう。どうやら、僕自身半信半疑だったこの手の力を、認めざるを得なかった。

 僕の手は、幸運を運ぶ手だ。
 一度打ち鳴らせば、それは幸せの魔法の合図。

 けれど僕が応援して勝てるということは、僕のせいで負ける人が居るということ。僕が笑顔にした人達の分、誰かが裏で涙を流している。
 しかし誰かの幸福というのは、誰かの不幸の上に成り立っているのだから、仕方ない。

 そう、仕方ないのだ。

 葵達が別れず、予定通り今日この時間のシャトルバスに乗っていれば、満席のバスの二人分、今まさに怖い思いをしている誰かは、その便に乗り切れず次のバスに乗っただろうに。

 僕は今まで何気無く叩いて来た掌を、ただじっと見下ろした。


*******


「おーい、幸助呼んできてくれ、応援頼む!」
「あっ、待って、こっちもお願い!」
「……うん、今行くよ」

 手を叩き過ぎて、今となってはすっかり厚くなった掌の硬さが、いっそ誇らしい。
 僕は今日も、手を叩く。少しでも、身近な誰かに幸せを運ぶために。

 願わくは、この目に届く一人でも多くの人が、笑顔の魔法に掛かりますように。
 その分泣くであろう誰かのことを考えるのは、魔法の使い手である、僕だけでいいのだから。


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