8 / 30
天国からの日記。
しおりを挟む天国には、何でも揃ってると思ってた。
争いのない平和な時間、いくら食べても太らない美味しい食べ物、心地の良い暖かな家に、綺麗で可愛い服。
何の苦労もいらない、悩みだって持たなくて良い。前世で頑張った分、次の人生までのモラトリアムを謳歌して魂の浄化をする場所。
でも……それでも。
「ここには、あの子が居ないじゃない……」
私は天国に居るのに似つかわしくない、深い溜め息を吐く。私の目の前にある、下界を見下ろせる水面のような小窓。みんな死んですぐはしょっちゅう覗きに来るが、天国での生活に慣れると来なくなることが多いらしい。
何にも害されることのない空間で、もう関与出来ない世界を思って胸を痛めるのは、無意味だとでも言うのだろうか。
ここでの生活に慣れきった住民達は、いつまでも小窓に入り浸る私を見て珍しそうにする。
例えるのならそこは、子供の頃好きだった絵本の世界。昔夢中になって何度も読んで、自分が登場人物だったらと想像する、手の届かない架空の場所。
今まで必死になって生きて来た世界を、死後そんな風に遠いもののように感じるなんて思わなかった。
まるで子供が大人になって、絵本を卒業するように。
天国に馴染んだ魂は前世を忘れ、やがて新たな命として歩み出す。
けれどいつまでも絵本を手放せない私は、やはり異質なのだろう。私には、転生の予兆がまるでない。同じ日に天国入りした魂は、とうに旅立っていた。
*******
ここに来たばかりの頃は、一緒に来た彼と小窓を覗いては、自分達の居なくなった世界を見て一喜一憂したものだった。
『大丈夫かな』
『ああもう、そうじゃなくて』
『置いていってごめんね』
『泣かないで、笑っていて』
『よかった』
『ああ、会いたいなぁ……』
始めの頃は後悔があるとか、心配ごとがあるとか、ハラハラしたりもどかしくもあったけれど。会えなくて寂しくて、溜め息を吐いて泣いてしまう日もあったけれど。
長い時を経て、色んな感情は麻痺していって、最後に残ったのはただ『愛』だけだった。
「会いたいなぁ……でも、会いたくないなぁ」
あの子に会えると言うことは、あの子がここに来るということだ。出来れば永く、絵本の中で一生懸命な子供のままで居て欲しい。
苦しみも悲しみも乗り越えて、ハッピーエンドの先も幸せに生きていて欲しい。それは見守る側のエゴだろうか。
「……どんな物語でも、最後まで見守らせてね」
*******
私は今日も、小窓を覗く。愛する我が子の冒険譚を、間近で追えなかったのは残念だけれど。
ここでなら、家事に仕事に、自分が生きるのに精一杯で見てやれなかったであろう瞬間も、見ることが出来る。
そういう意味では、やはり天国なのかもしれない。平坦な日常ですら、栞を挟みたいくらい大切だ。私は一つも見落とさぬよう、日記をつける。
叶うなら遠い未来で、いつかあの子が来た時にそれを見ながら『たくさん頑張ったね』と褒めてあげよう。
私より年上になったあの子を思いながら、すべて褒め終わるのに一体何年かかるだろうかと、幸せな悩みに溜め息を吐いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
春風くんと秘宝管理クラブ!
はじめアキラ
児童書・童話
「私、恋ってやつをしちゃったかもしれない。落ちた、完璧に。一瞬にして」
五年生に進級して早々、同級生の春風祈に一目惚れをしてしまった秋野ひかり。
その祈は、秘宝管理クラブという不思議なクラブの部長をやっているという。
それは、科学で解明できない不思議なアイテムを管理・保護する不思議な場所だった。なりゆきで、彼のクラブ活動を手伝おうことになってしまったひかりは……。

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる