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【幕間】皇太子殿下の恋と愛。

レオンハルトの誓い。

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「……なあ、ステラ」
「なんですか?」
「いや、その……ステラは、モルガナイト公爵が好きなのか?」
「あら、どうしてそう思いますの?」
「……何と無く。二人で居ると、凄く楽しそうに笑うから……」
「ふふ、よく見てますね?」
「そ、りゃあ……んん。悪いかよ」
「いいえ、嬉しいですわ」
「えっ!?」
「私の聖女としての活躍に、期待して下さっているんでしょう? さすがは将来国を担う皇太子殿下ですわ」
「……うう、そうじゃない……」

 またはぐらかされてしまった。ステラはどこまでも一枚上手だ。
 普段リオから分かりやすいと言われる俺の好意は、きっと伝わっているはずなのに、彼女の本心はまるで掴めない。

 皇太子である自分をここまで翻弄出来るのは、きっと彼女くらいなものだろう。
 聖女たる少女は、エメラルドの森の紅葉の下、美しい金の髪を秋風に揺らしながら、悠然と笑みを浮かべる。
 その光景につい見惚れて、それ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。

 皇太子の権力を行使して、聖女という称号を利用して、彼女を手に入れることは容易だ。
 父親である皇帝陛下も、恐らくそのつもりで俺とステラの逢瀬を推奨しているのだろう。

 けれど、そうはしたくない。
 いつか俺自身に興味を持って欲しい。
 権力だとかしがらみだとか、余計なものは振り払って、ただのレオンハルトとして彼女に振り向いて欲しかった。

 今回、エメラルド侯爵領の依頼に無理に同行したのも、少しは役に立つ所をアピール出来ればと思っての計画だったのだが……俺はリオのように頭が良い訳でもない。

 それでも何か出来ることは無いかと、ステラと森の現地調査に志願したものの、今の所これといって役には立てていないのがもどかしい。

 どうしても俺やステラについて回る護衛達は見ないふりして、二人きりの時間を楽しむと言うのもありだ。けれど、せっかくここまで来たからには、それだけで満足する訳にもいかなかった。

 さっきははぐらかされてしまったけれど、少なくとも、ステラは他の貴族よりもモルガナイト公爵に心が傾いているのが見て取れる。

 モルガナイト公爵は剣の腕も立つ戦争の英雄だ。その強さと実力、娘や身内に対する優しさ、職に就くのも難しい負傷兵も雇い入れる懐の広さは、男の自分から見ても憧れ尊敬に値する。
 彼もこの旅に同行している以上、今の内に距離を縮めておかなくてはと俺は内心焦っていた。

「なあ、ステラ」
「……なんですか?」
「その……ミアってさ、良い子だよな」
「……! そうなんですよ、とっても良い子で優しくて可愛くて、あんな天使他には居ませんわ!」

 何かいい話題はないかと彼女の執心する少女の名を出せば、先程とは打って変わって、目を輝かせ食い付いてきた。やはりステラにとって、ミアが一等大事なのだろう。

 普段はこちらから声を掛けてようやく返事が貰えることの多い、彼女との会話。
 それが、ミアの話題だとどうだ、相槌を打つ間を探すのも難しい程、少女の魅力について饒舌に語る。
 その白い頬は紅葉に負けないくらいに上気して、薄紅色の唇からは弾むような声が響く。

 目の前に居る俺を通り越して、楽しそうに紡がれる別の誰かの話題。正直複雑だったけれど、その笑顔が自分に向けられている事に嬉しくなるくらいには、俺も彼女に惚れ込んでしまっているらしい。

 案外、ライバルはあの幼く可愛らしい少女なのかもしれない。
 けれど、好いた相手がそれほど固執するその少女に対してまるで嫌悪感や妬みがないのは、我ながら不思議だった。

 双子だけあって、色や食べ物、あらゆる好みが似ているはずのリオも、気付くとステラよりもミアに興味を持っていた。

「……うん。わかるよ、不思議な魅力のある子だよな」
「ええっ! とっても! まだ六歳だなんて信じられないくらい、時折女の子らしい表情もするようになったし……その辺の男どもが放っておかないわ……心配」

 心配と言いつつ武力行使にでも出そうな不穏な様子に、冷や汗が滲む。
 自分の片割れがその放っておかない男のひとりだと彼女に気取られぬよう、俺は慌てて話題を変える。

「……えっと、ステラ! あー、来月、ミアの誕生日があるだろ? その……城に来る業者から買うと、高価過ぎて遠慮されそうな気がするから……今度お忍びで町に出掛けてプレゼントを探そうと思うんだ」
「まあ、素敵ですわ! ミアももうすぐ七歳ですもの……七歳になったミアも超絶可愛いに決まっていますわ……良いプレゼントが見つかると良いですわね!」
「うん……だから、その、七歳になるミアに似合うイヤリングを選びたいから、……ステラさえ良かったら、買い物に付き合ってくれないか?」

 それは以前、ミアと約束していたものだった。
 お忍びでの買い物。目立つ皇室の護衛は無しの、正真正銘デートのお誘いだ。日頃の手順を踏んだ仰々しい謁見とは訳が違う。
 返事を待つ間柄にもなく緊張にドキドキしていると、ステラはくすりと美しい笑みを浮かべた。

「……ふふ。そういうことでしたら、喜んで。私以上の適任は居ませんもの」
「……! っしゃあ!」

 思わずガッツポーズをしてしまったのは許して欲しい。
 すぐに我に返り恥ずかしくなって辺りを見ると、木陰からハラハラとした様子で俺を見守ってくれていた護衛達も、デートのお誘い成功をハイタッチして喜んでくれていた。

 ……いや、うん。一緒に喜んでくれるのは嬉しいけども。今俺お忍びで出掛けるって言ったんだぞ? お前達の目を盗んで出ていく宣言をしたようなもんだぞ? それでいいのか?

 何はともあれ、デートの約束を取り付けた俺は上機嫌で、その後ステラが紅葉を見て考えたエメラルドの森の異変対策を全肯定したが、夜の話し合いで全却下を食らってしまった。

 お陰で役に立つ男アピールは出来なかったものの、これから挽回していけばいい。
 ステラが二十歳を迎えるまで、そして俺が父の跡を継ぎ皇帝として即位するまで、時間はまだあるのだから。

 しかし、その後エメラルド侯爵領事件を思わぬ形で解決したミアの作戦とその結果に、正直浮かれた気分も落ち着かざるを得なかった。

 愛する者を亡くす痛みも、その向き合い方も、俺はまだ知らない。
 母を亡くしているミアも、妻を亡くしている公爵も、同じく失ったことはないはずのリオもステラも、皆一様にエメラルド侯爵の姿を自分の事のように苦しげに見守っていた。

 俺だけ、何も知らない。
 悲しみを想像することは出来る。
 けれどこの森できっと俺だけが、同じ苦しみを抱けなかった。

 いつか、俺にも分かる日が来るのだろうか。
 戦争はとうに終わった。けれど生きている以上、愛する者を失う時が必ず訪れるのだろう。
 もしそうなったなら、俺はどうなるのだろうか。

 帰りの馬車に揺られながら、窓越しにぼんやりとステラの乗る馬車を眺める。
 今はまだ、想像するしか出来ないけれど。きっと彼女を失った世界は、闇に閉ざされているに違いない。

 それはステラが『光の聖女』だからではなく、彼女自身が俺にとっての光だからだ。

 その愛しく儚い光を絶やさぬように、俺に出来ること。俺にしか出来ないこと。
 大切な人がこの国で、平和で安全な時間の中、末長く過ごせるように、俺はそれを守る良き皇帝となろう。

 恋の前では、肩書きなんて不要だと思っていた。
 けれど、この愛を守るのは、皇太子である俺にしか出来ないことだ。

 ステラだけじゃない、リオも、ミアも、家族も、家臣も、数多くのこの国の民も……皆が誰かの光で、誰かの大切な人だ。何一つ失いたくない。

「帰ったら……勉強、頑張らないとな」
「おや、兄上がそんなことを言うのは珍しいですね?」
「ははっ、これからはもっと真面目にやるさ。良い皇帝になるためだからな!」
「……ええ、兄上が皇帝となり、僕がそれを支える。サポートはお任せください。……共に、良き国を作りましょうね、レオ」
「おう、頼りにしてるぜ、リオ!」

 秋空はすぐに移ろい、秋の葉も色を変えてゆく。
 けれどこの誓いだけは変わらぬようにと願いを込めて、俺は馬車の窓越しに、届かぬ一番星へと手を伸ばした。

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