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【第五章】エメラルドの森の異変。

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 わたし達は朝食後、手分けしてそれぞれ動くことになった。
 父はエメラルド侯爵家に向かい、改めて領主同士の対談を兼ねて、わたしと見間違えたという『メイプル』について探りを入れる。あの時の侯爵の顔が、どうしても気にかかった。

 ステラとレオンハルト殿下は他に染まった木々はないか広大な森の散策と、実際に葉を染めるにはどうするべきか試行錯誤。
 わたしとオリオン殿下は領民への聞き込みだ。
 剣を差したリヒトは目立つので、付かず離れずの距離でこっそり護衛してくれている。

 目立たないよう地元の馬車を借りて、平民が多く住むという町に降り立つと、民家よりも目立つのは街路樹や植え込みの花、広大な田畑。
 整備されていない道の先には果樹園や牧場もあるようだ。秋にも関わらず緑豊かなその町並みは、建物がひしめくように建てられている首都とは全く違っていた。

 辺りを見回していると、不意に小屋のような建物から出てきたご婦人に声をかけられる。

「あらぁ、可愛いお二人さんね。ここ等で見掛けないけれど、どちらのお子さんかしら?」
「えっと、首都からちょっと……エメラルドの森を見に」
「ああ、あの森は良いわね。ずっと緑で変わらない……落ち着くわよ」
「変わらないのは、落ち着くんですか?」
「そりゃあそうよ、一時期は戦争で色々様変わりして、失ってねぇ……残ったあそこだけは、変わらないの」

 ご婦人の言葉に、生まれる前に終わった戦争のことを想像する。
 わたし達にとっては知らない終わったことでも、彼女達にとっては地続きなのだ。

「……そうですか……最近、葉が赤や黄色に染まっている樹があるっていうのは、御存知ですか?」
「あら、そうなの? 毎日通ってるけど知らなかったわぁ、平民が立ち入れる区域は限られてるからねぇ」
「そうなんですか? 私有地みたいな感じかな……」
「領主様は森を大切にされてるからねぇ。特別な思い入れでもあるのかね」
「思い入れ……」
「あ、森でデートするなら果物はどう? 安くしとくわよ!」
「で、デートじゃないです!」
「おや、残念。デートじゃないんですか?」
「!?」

 冗談めかして笑うオリオン殿下の言葉は、心臓に悪かった。
 その後も会う人会う人に片っ端から話を聞いて回ったが、大人は立ち入り禁止区域を守り紅葉の存在すら知らない者が多数。
 稀に知っている者も居たけれど、丘の上から見て綺麗だったとか、子供が勝手に奥に入って見てきたとか、その程度。
 念のため隣接したプレナイト領やマラカイト領等、森に面した他数ヵ所でも確認したものの、どこも同じだった。

 これでは、領民から不満など出るはずがない。
 エメラルド侯爵は、明らかに嘘を吐いていた。

 夏よりも早く日が落ちる頃。
 再びヘリオドール伯爵家にて合流し、晩餐の席でそれぞれ持ち帰った情報を共有をした。

 わたし達は町で住民聞いた情報から、エメラルド侯爵の依頼理由の嘘を示唆する。
 そして、実際間近に紅葉を見た子供達は今の状態にも賛成なこと、大人達も立ち入り禁止でなければ見てみたいと肯定派が多かったことを話した。

 ……行く先々でオリオン殿下と年の離れた可愛いカップル扱いされたことは、お父様には絶対内緒だ。

 ステラとレオンハルト殿下は、ステラの前世の知識も活かしつつ、光魔法で葉を更に赤く染め葉が落ちるまで強制的に進めることで、その木の秋を終わらせてしまう荒業を思い付いたらしいが、それは最後の手段としておこう。

 落葉を促進したとして、次に新しく緑が芽吹くのはかなり先になるはずだ。
 今までずっと緑の葉を付け続けていたという自然の摂理に反したその森の木が、落葉を経て次にまた葉を付けるとも限らない。

 魔法で色が変わったように見せ掛けることも出来たが、一時的なもので根本的解決にはならなかった。

 お父様は、メイプルというエメラルド侯爵の娘についての情報を仕入れてきた。
 娘が居る者同士の世間話という体で話を盛り上げようとしたのだが、彼は表情を曇らせ黙ってしまったらしい。

 彼が領主の仕事で一旦席を外した際に、給仕のため側に控えていた使用人に聞くと、古くから侯爵家に仕えているらしいその人は切なげに眉を寄せて話してくれたという。

 侯爵家の末の娘であったメイプルは、わたしと同じ年の頃に、戦争で森の火事に巻き込まれて亡くなったらしい。

 彼がわたしを見て間違え、あんなにも動揺した理由が分かった気がした。
 そして、火事を連想させる赤や黄色の葉に対する嫌悪感も。

 子供嫌いになったわけじゃない、きっと、頑なに拒む以外の、最愛の娘を亡くした心の傷との向き合い方がわからないのだ。

「だったら……」

 わたしは皆に、思い付いた作戦を話す。
 彼等は驚いたようにしていたが、最後にはやってみようと頷いてくれた。
 策略を練り、傷に傷を、嘘に嘘をぶつけるのはわたしの役目。
 今だけは、悪役令嬢の本領発揮だ。


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