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【第五章】エメラルドの森の異変。

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 しばらくまじまじと見詰められ、緩く首を振る。その表情は、先程までの覇気はなくどこか切なげで、わたしを誰かと見間違えたようだった。
 子供嫌いと聞いていたが、その視線は嫌悪とは異なる。わたしはおずおずと皇子の後ろから出て、スカートの裾を摘まみ会釈した。

「……ミア・モルガナイトです」
「……そうか」

 彼は未だに何か葛藤したような、動揺したような、複雑そうな顔をしている。
 エメラルド侯爵の後ろで、叱られたわたし達を心配そうにするステラやお父様の視線を感じながら、わたし達はしばしの沈黙を耐えるしかなかった。

 わたし達はその後、エメラルド侯爵邸の庭からエメラルドの森へと入った。
 異常の見られた紅葉の木々は、侯爵邸からすぐ近くの場所だった。
 実際間近に見ると何の変哲もない赤や黄色の葉だったが、辺り一帯が緑色のままなため、ここだけ明らかに浮いている。
 まるでそこだけ切り取られ、季節が狂っているようだった。

「……色のみの問題なら、僕達の髪を染めた時のように、染料を使って色を変えるというのは?」
「原因がわからない以上、一枚一枚染めたとしても、他の葉が変わってしまえば追い付きませんわ……この森は広いですから」
「成る程、今は一部でも、これから広がる可能性もありますしね」

 オリオン殿下は腕を組み、その瞳と同じ赤い葉をじっと見詰めている。彼が一緒に考えてくれるのなら百人力だ。

「じゃあ、いっそこの木を切って持ち帰って、皇室の研究所で原因を調べるとか?」
「兄上、無闇に自然破壊をしないで下さい。せっかく戦後ここまで回復したんですから」
「んん……だってさー。じゃあどうするんだよ」
「それを考えるのが僕達『聖女の付き人』の役目ですよ」

 先程咄嗟についた嘘を、オリオン殿下は楽しげに笑う。けれどレオンハルト殿下は、どうにもお気に召さないようだった。

「む……大体なんだよ、付き人って」
「怪しまれず同行出来る、良い身分でしょう?」
「それはそうかもしれないけど……俺としてはもっとこう、こ、婚約者とか……」
「さて。もう暗くなってきましたし、今日のところは一旦私の家に戻りましょうか」
「……あ、ああ、そうだな!」

 レオンハルト殿下は、上手い具合にステラの手の上で転がされている気がする。
 一国の皇太子を手玉に取る聖女に思わず苦笑しつつ、彼の言う通り木を伐採する訳にもいかないので、わたしは赤く染まった葉を一枚だけ拝借した。

 紅葉……否、楓だろうか。何の変哲もない、本来秋に染まることが当たり前の葉を眺めながら、先程エメラルド侯爵がわたしを見て呟いた『メイプル』という名前を思い出した。


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