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【第五章】エメラルドの森の異変。
⑥
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「今回聖女様をお呼びした理由は、それなんです」
「葉の色、ですか?」
「ええ、私は生まれた時からエメラルドの森を見て来ましたが、今まではこんな事がなかったもので……」
「なるほど……それは心配ですわね」
「ええ……領民からも、不吉だ、天変地異の前触れだ、と不安の声が寄せられております。何とかしていただけないでしょうか」
夕方になり訪れた、この西部全域を統治するエメラルド侯爵家。
当主である『オリヴァー・エメラルド侯爵』は、その深緑の瞳を物憂げに細めた。
正式な来客であるステラと、今回もその護衛として同席したお父様の話し声を、お行儀が悪いと知りつつもわたしと皇子達は隣の部屋で聞いていた。
レオンハルト殿下の風魔法の応用で、音を響かせる空気の振動をより伝いやすくしたらしい。魔法は本当に便利だ。
レオンハルト殿下は魔法を使い赤く染まった瞳で得意気に笑みを浮かべる。赤い目をしていると、オリオン殿下とそっくりだった。
エメラルド侯爵は、子供嫌いで有名らしい。子供であるわたしは、使用人から止められ応接室に入ることを許されなかった。
十五歳の皇子達はまだ大丈夫かもしれないが、今は髪を染めて変装中である。身分もわからない少年達を、大切な話し合いの場に同席させるなど不可能だ。
「……つまり、今回のステラ嬢への依頼は『原因不明の葉の色を何とかしろ』ということですね」
「無茶振りにも程があるだろ」
「そもそも、秋に葉の色が変わるのは普通なのに……」
「だよなー、首都じゃそれが普通だし。寧ろずっと緑なのが異常っつーか」
「いけませんよ、兄上。この土地ではそういうものなんですから。……『普通』というのは、存外難しいものです」
この地域の人達は、秋に染まる紅葉の美しさを、黄色に色付く鮮やかさを知らないのだろう。
慣れないことで不気味に感じていたとしても、その美しさは変わらないのに。それは何だか少し、勿体無いような気がした。
不意に、隣の部屋の扉が開く音がする。話し合いが終わったのかと、わたし達も部屋を出ようと立ち上がった瞬間、勢い良くこの部屋の扉が開かれる。
「!?」
「……こそこそと聞き耳を立てて、我が領地の悪口か。小僧ども」
「あ、やべ……もしかして、こっちの声も聞こえてた?」
レオンハルト殿下の魔法は、どうやら向こうにも同様に作用していたらしい。
鬼の形相というよりも、無表情に絶対零度の低音を響かせるエメラルド侯爵。
姿勢正しく背筋の伸びた仁王立ち、白髪混じりの髪はきちんと整えられ、厳格な雰囲気の五~六十代に見える男性。
シルバー縁の眼鏡の奥から覗く切れ長の目で凄まれると、蛇に睨まれた蛙の心境だ。
「……申し訳ありません、エメラルド侯爵。兄には良く言って聞かせておきます」
「ふん。こんな小僧どもの侵入を許すなど、屋敷の衛兵は何をしてるんだか。今すぐ出ていけ」
「……僕達は聖女様の付き人です。我々一同、一丸となって事件解決に尽力致します」
「付き人だと? まあいい……くれぐれも我が領地で余計な真似は……」
オリオン殿下の言葉に一息吐いたエメラルド侯爵は、不意に皇子達の後ろに隠れていたわたしに気付いたらしい。
そして眼鏡の奥の瞳を見開き、驚いたようにわたしを見る。
「……、……メイプル?」
「え……?」
「葉の色、ですか?」
「ええ、私は生まれた時からエメラルドの森を見て来ましたが、今まではこんな事がなかったもので……」
「なるほど……それは心配ですわね」
「ええ……領民からも、不吉だ、天変地異の前触れだ、と不安の声が寄せられております。何とかしていただけないでしょうか」
夕方になり訪れた、この西部全域を統治するエメラルド侯爵家。
当主である『オリヴァー・エメラルド侯爵』は、その深緑の瞳を物憂げに細めた。
正式な来客であるステラと、今回もその護衛として同席したお父様の話し声を、お行儀が悪いと知りつつもわたしと皇子達は隣の部屋で聞いていた。
レオンハルト殿下の風魔法の応用で、音を響かせる空気の振動をより伝いやすくしたらしい。魔法は本当に便利だ。
レオンハルト殿下は魔法を使い赤く染まった瞳で得意気に笑みを浮かべる。赤い目をしていると、オリオン殿下とそっくりだった。
エメラルド侯爵は、子供嫌いで有名らしい。子供であるわたしは、使用人から止められ応接室に入ることを許されなかった。
十五歳の皇子達はまだ大丈夫かもしれないが、今は髪を染めて変装中である。身分もわからない少年達を、大切な話し合いの場に同席させるなど不可能だ。
「……つまり、今回のステラ嬢への依頼は『原因不明の葉の色を何とかしろ』ということですね」
「無茶振りにも程があるだろ」
「そもそも、秋に葉の色が変わるのは普通なのに……」
「だよなー、首都じゃそれが普通だし。寧ろずっと緑なのが異常っつーか」
「いけませんよ、兄上。この土地ではそういうものなんですから。……『普通』というのは、存外難しいものです」
この地域の人達は、秋に染まる紅葉の美しさを、黄色に色付く鮮やかさを知らないのだろう。
慣れないことで不気味に感じていたとしても、その美しさは変わらないのに。それは何だか少し、勿体無いような気がした。
不意に、隣の部屋の扉が開く音がする。話し合いが終わったのかと、わたし達も部屋を出ようと立ち上がった瞬間、勢い良くこの部屋の扉が開かれる。
「!?」
「……こそこそと聞き耳を立てて、我が領地の悪口か。小僧ども」
「あ、やべ……もしかして、こっちの声も聞こえてた?」
レオンハルト殿下の魔法は、どうやら向こうにも同様に作用していたらしい。
鬼の形相というよりも、無表情に絶対零度の低音を響かせるエメラルド侯爵。
姿勢正しく背筋の伸びた仁王立ち、白髪混じりの髪はきちんと整えられ、厳格な雰囲気の五~六十代に見える男性。
シルバー縁の眼鏡の奥から覗く切れ長の目で凄まれると、蛇に睨まれた蛙の心境だ。
「……申し訳ありません、エメラルド侯爵。兄には良く言って聞かせておきます」
「ふん。こんな小僧どもの侵入を許すなど、屋敷の衛兵は何をしてるんだか。今すぐ出ていけ」
「……僕達は聖女様の付き人です。我々一同、一丸となって事件解決に尽力致します」
「付き人だと? まあいい……くれぐれも我が領地で余計な真似は……」
オリオン殿下の言葉に一息吐いたエメラルド侯爵は、不意に皇子達の後ろに隠れていたわたしに気付いたらしい。
そして眼鏡の奥の瞳を見開き、驚いたようにわたしを見る。
「……、……メイプル?」
「え……?」
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