57 / 101
【第五章】エメラルドの森の異変。
⑤
しおりを挟む
結局同行することになった殿下達を連れて、ようやく今日の宿となるヘリオドール伯爵家にお邪魔することになった。
焦げ茶色の煉瓦造りに、深緑の屋根。落ち着いた色味の外観と、質素だが品のある調度品。
予定外の賓客である殿下達には一番広い客間を、わたしとお父様にはそれぞれ少し小さめの客間を宛がわれた。
直々に部屋を案内してくれたステラが申し訳なさそうに笑む。
「ここが、ステラの家……」
「公爵邸より狭くてごめんなさいね」
「ううん! とっても素敵」
「そう? なら良かったわ」
エミリー達使用人が馬車から一通りの荷物を運び入れると、わたしとステラと父、皇子達はそれぞれ護衛を連れて再び外へと出た。
ステラの両親とヘリオドールの使用人達は、公爵家に皇室という目上の客人をもてなすためにあたふたとしており、屋敷の中は落ち着かなかったのだ。
外に出ると、やはり皇族の証である黒髪は目立つからと、殿下達は髪を染めることになった。
微量の光魔法で髪を明るく見せる方法もあるが、そもそも光魔法の使い手は稀少で、更に長時間の持続はやはり魔力消費が多いらしい。そのため、この土地で採れる植物由来の染料を使って行うことにした。
庭の隅で、汚さないよう上着を脱ぎ、染料を溶かした水で髪を濡らす。
秋口に外で上着を脱ぐのはやはり寒いのか、二人が小さく身震いしては、すぐ様皇室の護衛を兼ねた魔法使いが彼等の周りの空気を暖める。至れり尽くせりだ。
濡れ髪は風魔法で乾かして、デザインは平民寄りなもののやはり仕立ての良い服に着替えると、変装完了だ。
漆黒から茶髪へと変化した彼等は確かに皇子だとはバレないかもしれないが、立ち振舞いから育ちの良さは抜けきらない。
夕刻にはこの土地の領主であるエメラルド侯爵家に挨拶に向かう予定になっている。外に出て他の領民にばれるのも時間の問題だとは思うが、その時はその時だとレオンハルト殿下は笑った。
まだ少し時間があるからと、わたし達は初めての土地を散策をすることにした。
庭先から臨む新緑の森、自然の香りと、長閑な空気感。ここでステラが生まれ育ったのだと改めて実感する。
夏にサファイア侯爵領に訪れた際には今は亡き今世の母を思い切なくなったけれど、ここではステラの軌跡を感じて嬉しくなってくる。
やはり、前世の母というだけではなく、彼女は今この世界に生きているステラ・ヘリオドールなのだ。
敷地内にある小高い丘の上、先に登りこちらに手を振るステラとレオンハルト殿下を見上げる。
わたしが手を振り返すと、はしゃいで転びそうになるステラ。それを慌てて抱き留めるように支えたのは、わたしの前を歩いていたお父様だ。
それを見て、ステラの傍に居たレオンハルト殿下は少し複雑そうな顔をする。
レオンハルト殿下の恋心、ステラのわたしの『母』としての気持ち、お父様との関係、皇帝陛下の思惑。
ステラを取り巻く状況は、わたしが我が儘を言ってどうにかするものではないのだ。願わくは、ステラが幸せになれる選択をして欲しい。
「……何か考え事ですか?」
「オリオン殿下……いえ、なんでもないです!」
「そうですか……? 何かあれば、僕に仰有って下さいね。僕は、ミア嬢の味方ですから」
「ふふ、ありがとうございます」
そんなに小難しい顔をしていただろうか。心配をかけてしまったようで申し訳ない。不意に、わたしのすぐ後ろに居た護衛騎士からも声を掛けられる。
「……お嬢様、俺も味方です」
「リヒトまで……ふふ、ありがとう。大丈夫だよ、登り坂にちょっと疲れただけ」
そう言って誤魔化すと、リヒトは隣に並び残り少ない傾斜を手を引いて一緒に登ってくれる。空いている反対の手は、オリオン殿下に取られた。両方の手から伝わる温もりが優しくて、わたしはくすりと笑みを浮かべる。
皇子と騎士のエスコートを受け丘の上に到着すると、先程見えた森をより遠くまで見通すことが出来た。
そして、その様子に違和感を覚える。
「……あれ?」
「……、色が……」
年中変わらず新緑の『エメラルドの森』しかし森の奥、一部の木々の葉が、赤や黄色に染まっていた。
*******
焦げ茶色の煉瓦造りに、深緑の屋根。落ち着いた色味の外観と、質素だが品のある調度品。
予定外の賓客である殿下達には一番広い客間を、わたしとお父様にはそれぞれ少し小さめの客間を宛がわれた。
直々に部屋を案内してくれたステラが申し訳なさそうに笑む。
「ここが、ステラの家……」
「公爵邸より狭くてごめんなさいね」
「ううん! とっても素敵」
「そう? なら良かったわ」
エミリー達使用人が馬車から一通りの荷物を運び入れると、わたしとステラと父、皇子達はそれぞれ護衛を連れて再び外へと出た。
ステラの両親とヘリオドールの使用人達は、公爵家に皇室という目上の客人をもてなすためにあたふたとしており、屋敷の中は落ち着かなかったのだ。
外に出ると、やはり皇族の証である黒髪は目立つからと、殿下達は髪を染めることになった。
微量の光魔法で髪を明るく見せる方法もあるが、そもそも光魔法の使い手は稀少で、更に長時間の持続はやはり魔力消費が多いらしい。そのため、この土地で採れる植物由来の染料を使って行うことにした。
庭の隅で、汚さないよう上着を脱ぎ、染料を溶かした水で髪を濡らす。
秋口に外で上着を脱ぐのはやはり寒いのか、二人が小さく身震いしては、すぐ様皇室の護衛を兼ねた魔法使いが彼等の周りの空気を暖める。至れり尽くせりだ。
濡れ髪は風魔法で乾かして、デザインは平民寄りなもののやはり仕立ての良い服に着替えると、変装完了だ。
漆黒から茶髪へと変化した彼等は確かに皇子だとはバレないかもしれないが、立ち振舞いから育ちの良さは抜けきらない。
夕刻にはこの土地の領主であるエメラルド侯爵家に挨拶に向かう予定になっている。外に出て他の領民にばれるのも時間の問題だとは思うが、その時はその時だとレオンハルト殿下は笑った。
まだ少し時間があるからと、わたし達は初めての土地を散策をすることにした。
庭先から臨む新緑の森、自然の香りと、長閑な空気感。ここでステラが生まれ育ったのだと改めて実感する。
夏にサファイア侯爵領に訪れた際には今は亡き今世の母を思い切なくなったけれど、ここではステラの軌跡を感じて嬉しくなってくる。
やはり、前世の母というだけではなく、彼女は今この世界に生きているステラ・ヘリオドールなのだ。
敷地内にある小高い丘の上、先に登りこちらに手を振るステラとレオンハルト殿下を見上げる。
わたしが手を振り返すと、はしゃいで転びそうになるステラ。それを慌てて抱き留めるように支えたのは、わたしの前を歩いていたお父様だ。
それを見て、ステラの傍に居たレオンハルト殿下は少し複雑そうな顔をする。
レオンハルト殿下の恋心、ステラのわたしの『母』としての気持ち、お父様との関係、皇帝陛下の思惑。
ステラを取り巻く状況は、わたしが我が儘を言ってどうにかするものではないのだ。願わくは、ステラが幸せになれる選択をして欲しい。
「……何か考え事ですか?」
「オリオン殿下……いえ、なんでもないです!」
「そうですか……? 何かあれば、僕に仰有って下さいね。僕は、ミア嬢の味方ですから」
「ふふ、ありがとうございます」
そんなに小難しい顔をしていただろうか。心配をかけてしまったようで申し訳ない。不意に、わたしのすぐ後ろに居た護衛騎士からも声を掛けられる。
「……お嬢様、俺も味方です」
「リヒトまで……ふふ、ありがとう。大丈夫だよ、登り坂にちょっと疲れただけ」
そう言って誤魔化すと、リヒトは隣に並び残り少ない傾斜を手を引いて一緒に登ってくれる。空いている反対の手は、オリオン殿下に取られた。両方の手から伝わる温もりが優しくて、わたしはくすりと笑みを浮かべる。
皇子と騎士のエスコートを受け丘の上に到着すると、先程見えた森をより遠くまで見通すことが出来た。
そして、その様子に違和感を覚える。
「……あれ?」
「……、色が……」
年中変わらず新緑の『エメラルドの森』しかし森の奥、一部の木々の葉が、赤や黄色に染まっていた。
*******
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
王女殿下は家出を計画中
ゆうゆう
ファンタジー
出来損ないと言われる第3王女様は家出して、自由を謳歌するために奮闘する
家出の計画を進めようとするうちに、過去に起きた様々な事の真実があきらかになったり、距離を置いていた家族との繋がりを再確認したりするうちに、自分の気持ちの変化にも気付いていく…
魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★
唯緒シズサ
ファンタジー
「年をとったほうは殺せ」
女子高生と共に異世界に召喚された宇田麗良は「瘴気に侵される大地を癒す聖女についてきた邪魔な人間」として召喚主から殺されそうになる。
逃げる途中で瀕死の重傷を負ったレイラを助けたのは無表情で冷酷無慈悲な魔王だった。
レイラは魔王から自分の方に聖女の力がそなわっていることを教えられる。
聖女の力を魔王に貸し、瘴気の穴を浄化することを条件に元の世界に戻してもらう約束を交わす。
魔王ははっきりと言わないが、瘴気の穴をあけてまわっているのは魔女で、魔王と何か関係があるようだった。
ある日、瘴気と激務で疲れのたまっている魔王を「聖女の癒しの力」と「アロママッサージ」で癒す。
魔王はレイラの「アロママッサージ」の気持ちよさを非常に気に入り、毎夜、催促するように。
魔王の部下には毎夜、ベッドで「聖女が魔王を気持ちよくさせている」という噂も広がっているようで……魔王のお気に入りになっていくレイラは、元の世界に帰れるのか?
アロママッサージが得意な異世界から来た聖女と、マッサージで気持ちよくなっていく魔王の「健全な」恋愛物語です。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる