54 / 101
【第五章】エメラルドの森の異変。
②
しおりを挟む
「僕も行くよ!」
即答だった。
早速その日の晩餐で今世の父親であるモルガナイト公爵へと相談すると、二つ返事で頷かれた。
さすがステラだ、親馬鹿同士、彼の思考を完全に理解していた。
彼の侍従であるルイスは主人の躊躇いのない判断にぎょっとしたようにしていたが、しかしすぐに諦めたように項垂れる。
どうやら残った仕事は彼がフォローしてくれるようだ。
申し訳なさと有能な従者を労う気持ちから、わたしは席を立ち、父の側に控えるルイスへと刺繍のハンカチをプレゼントした。
「お嬢様、こちらは……?」
「いつもお父様を支えてくださるルイスに、心ばかりのプレゼントです」
「……! ありがとうございます、大切に致しますね」
夏にカイ様から贈られた大量の便利布(仮)をハンカチにして、わたしはたくさんの刺繍をした。お陰で少しは上達した気がする。
わたしの刺繍のハンカチは、父親と聖女から始まり、皇太子殿下や皇子殿下、北部の貴族とそうそうたる面子から謎にリクエストされる逸品だ。
これからも予期せぬ需要があるかもしれないし、この布自体、防水やら耐熱やら使用者の望む属性を付与できる大変便利な代物なので、常備できるに越したことはなかった。ハンカチは布の常備にはうってつけである。
刺繍が仕上がると、わたしはいつもお世話になっている侍女のアメリアや、わたしの専属メイドの五人、護衛騎士のリヒト、家庭教師のペリドット先生や、いつも美味しいご飯を作ってくれる料理長を始めとした厨房の使用人達、そして今回はルイスにそれを贈った。
日頃のお礼としてハンカチを贈る度に、今世ではつくづく良い人達に囲まれているのだと実感することが出来た。
「ミア、お父さんの分は……?」
「お父様には最初にあげた……けど、前のは普通の布だし、毎日持ち歩いてもうぼろぼろだもんね」
「ぼろぼろなんかじゃないぞ! 毎日きちんと手洗いして大切に……」
「公爵が自分でハンカチ手洗いしてるの!?」
本当に大切にしてくれてるらしい。彼の誕生日に贈って以降毎日持ち歩いているハンカチをポケットから出し、見せてくれる。
所々解れてはいるものの、目立つ汚れもなく大切に扱われているのは見てとれた。
「……わかった、エメラルド侯爵領から帰ってきたら、新しいのあげるね。あの布を使うから、今のよりは扱いやすいと思う」
「よし! さっさと行ってさっさと帰ってこよう!」
「旦那様。帰って来られましたら、仕事も沢山ありますのでお忘れなきよう」
「………」
「聞こえないふりをしない!」
出発までに出来る仕事はしてくれとばかりに、晩餐を終え執務室に引き摺られていくお父様を見送る。
やはりルイスへのお礼はハンカチ程度では足りないかもしれない。西部のお土産を彼にも買っていこう。
西部に位置する『エメラルド侯爵領』は、北部とはまた違った自然豊かな土地だ。
メイド達が旅支度をしてくれるのを眺めながら、初めて訪れる土地を想像して期待と不安に胸を一杯にする。
今回の『異変』と言うのは、一体何なのか。
そもそも前回解決した、北部の海で魚達が一斉に巨大化する天変地異のような異変は、早々発生するようなものなのか。
もしこれが聖女を主人公とした物語なら、誰か悪役が居て事件を起こしているのではないか。
そんな想像をしながら、わたしは知らぬ間にその物語の主要人物として組み込まれている危機感に頭を抱える。
……どうか、悪役令嬢役ではありませんように。
前回北部へ赴いた際には、メイドの中から北部出身のラナを里帰りがてら同行させたので、わたしは今回、荷造り中の彼女達の中から希望者を募ることにした。
「あっ、ええと、わたしは北部へお供させて頂きましたので、今回は他の方を……」
「わたしは東部の出身なので~」
「わたくしは南部の生まれですので、西部には訪れたことがありませんね……」
「あ、誰も居ないならあたし行きたいです! 弟達にもしばらく会ってないんで!」
元気よく挙手したのは、メイドの中でも一番溌剌としたエミリーだ。
耳の上でサイドテールに結ばれた肩まで伸びた茶髪が揺れる。
ちょくちょくメイドにあるまじき主人に対する失言が見られるが、基本的な仕事は出来るし、その持ち前の明るい性格と笑顔から憎めない彼女。
「じゃあ、明日のお供はエミリーで」
「やった! じゃああたし、早速支度してきますんで後は皆さんお願いしまーす!」
「……。ええ……?」
主人であるわたしの荷造りを放って、自分の荷造りに向かってしまった彼女に相変わらずだと苦笑する。
シャーロットは「お任せください~」なんてのんびり笑ってるし、ラナはわたしとエミリーの去った先を交互に見ておろおろしている。他のメイドも戸惑いつつも、文句も言わずわたしの荷造りを再開してくれた。
侍女のアメリアが居たら、今頃雷が落ちていただろう。
今珍しくこの場に居ない彼女は、季節の変わり目に体調を崩してお休み中だ。
幸い軽い風邪のようなので、休めば直に治ると言われたものの、わたしに移す訳にはいかないと彼女の私室には出入りを禁じられている。
北部が海なら西部は森。
自然豊かで植物の種類が多いため、薬草の類いもあるかもしれない。面会はダメでも、それを持ち帰り差し入れるくらいなら大丈夫だろう。
異変の解決を目指すステラ、薬草を探したいわたし、わたしについて来たいお父様、里帰りのエミリー、それぞれの目的を持っての旅立ちだ。
わたしは明日の西部行きに備えて、今夜は早めに眠りについた。
*******
即答だった。
早速その日の晩餐で今世の父親であるモルガナイト公爵へと相談すると、二つ返事で頷かれた。
さすがステラだ、親馬鹿同士、彼の思考を完全に理解していた。
彼の侍従であるルイスは主人の躊躇いのない判断にぎょっとしたようにしていたが、しかしすぐに諦めたように項垂れる。
どうやら残った仕事は彼がフォローしてくれるようだ。
申し訳なさと有能な従者を労う気持ちから、わたしは席を立ち、父の側に控えるルイスへと刺繍のハンカチをプレゼントした。
「お嬢様、こちらは……?」
「いつもお父様を支えてくださるルイスに、心ばかりのプレゼントです」
「……! ありがとうございます、大切に致しますね」
夏にカイ様から贈られた大量の便利布(仮)をハンカチにして、わたしはたくさんの刺繍をした。お陰で少しは上達した気がする。
わたしの刺繍のハンカチは、父親と聖女から始まり、皇太子殿下や皇子殿下、北部の貴族とそうそうたる面子から謎にリクエストされる逸品だ。
これからも予期せぬ需要があるかもしれないし、この布自体、防水やら耐熱やら使用者の望む属性を付与できる大変便利な代物なので、常備できるに越したことはなかった。ハンカチは布の常備にはうってつけである。
刺繍が仕上がると、わたしはいつもお世話になっている侍女のアメリアや、わたしの専属メイドの五人、護衛騎士のリヒト、家庭教師のペリドット先生や、いつも美味しいご飯を作ってくれる料理長を始めとした厨房の使用人達、そして今回はルイスにそれを贈った。
日頃のお礼としてハンカチを贈る度に、今世ではつくづく良い人達に囲まれているのだと実感することが出来た。
「ミア、お父さんの分は……?」
「お父様には最初にあげた……けど、前のは普通の布だし、毎日持ち歩いてもうぼろぼろだもんね」
「ぼろぼろなんかじゃないぞ! 毎日きちんと手洗いして大切に……」
「公爵が自分でハンカチ手洗いしてるの!?」
本当に大切にしてくれてるらしい。彼の誕生日に贈って以降毎日持ち歩いているハンカチをポケットから出し、見せてくれる。
所々解れてはいるものの、目立つ汚れもなく大切に扱われているのは見てとれた。
「……わかった、エメラルド侯爵領から帰ってきたら、新しいのあげるね。あの布を使うから、今のよりは扱いやすいと思う」
「よし! さっさと行ってさっさと帰ってこよう!」
「旦那様。帰って来られましたら、仕事も沢山ありますのでお忘れなきよう」
「………」
「聞こえないふりをしない!」
出発までに出来る仕事はしてくれとばかりに、晩餐を終え執務室に引き摺られていくお父様を見送る。
やはりルイスへのお礼はハンカチ程度では足りないかもしれない。西部のお土産を彼にも買っていこう。
西部に位置する『エメラルド侯爵領』は、北部とはまた違った自然豊かな土地だ。
メイド達が旅支度をしてくれるのを眺めながら、初めて訪れる土地を想像して期待と不安に胸を一杯にする。
今回の『異変』と言うのは、一体何なのか。
そもそも前回解決した、北部の海で魚達が一斉に巨大化する天変地異のような異変は、早々発生するようなものなのか。
もしこれが聖女を主人公とした物語なら、誰か悪役が居て事件を起こしているのではないか。
そんな想像をしながら、わたしは知らぬ間にその物語の主要人物として組み込まれている危機感に頭を抱える。
……どうか、悪役令嬢役ではありませんように。
前回北部へ赴いた際には、メイドの中から北部出身のラナを里帰りがてら同行させたので、わたしは今回、荷造り中の彼女達の中から希望者を募ることにした。
「あっ、ええと、わたしは北部へお供させて頂きましたので、今回は他の方を……」
「わたしは東部の出身なので~」
「わたくしは南部の生まれですので、西部には訪れたことがありませんね……」
「あ、誰も居ないならあたし行きたいです! 弟達にもしばらく会ってないんで!」
元気よく挙手したのは、メイドの中でも一番溌剌としたエミリーだ。
耳の上でサイドテールに結ばれた肩まで伸びた茶髪が揺れる。
ちょくちょくメイドにあるまじき主人に対する失言が見られるが、基本的な仕事は出来るし、その持ち前の明るい性格と笑顔から憎めない彼女。
「じゃあ、明日のお供はエミリーで」
「やった! じゃああたし、早速支度してきますんで後は皆さんお願いしまーす!」
「……。ええ……?」
主人であるわたしの荷造りを放って、自分の荷造りに向かってしまった彼女に相変わらずだと苦笑する。
シャーロットは「お任せください~」なんてのんびり笑ってるし、ラナはわたしとエミリーの去った先を交互に見ておろおろしている。他のメイドも戸惑いつつも、文句も言わずわたしの荷造りを再開してくれた。
侍女のアメリアが居たら、今頃雷が落ちていただろう。
今珍しくこの場に居ない彼女は、季節の変わり目に体調を崩してお休み中だ。
幸い軽い風邪のようなので、休めば直に治ると言われたものの、わたしに移す訳にはいかないと彼女の私室には出入りを禁じられている。
北部が海なら西部は森。
自然豊かで植物の種類が多いため、薬草の類いもあるかもしれない。面会はダメでも、それを持ち帰り差し入れるくらいなら大丈夫だろう。
異変の解決を目指すステラ、薬草を探したいわたし、わたしについて来たいお父様、里帰りのエミリー、それぞれの目的を持っての旅立ちだ。
わたしは明日の西部行きに備えて、今夜は早めに眠りについた。
*******
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる