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【第五章】エメラルドの森の異変。

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「僕も行くよ!」

 即答だった。
 早速その日の晩餐で今世の父親であるモルガナイト公爵へと相談すると、二つ返事で頷かれた。
 さすがステラだ、親馬鹿同士、彼の思考を完全に理解していた。

 彼の侍従であるルイスは主人の躊躇いのない判断にぎょっとしたようにしていたが、しかしすぐに諦めたように項垂れる。
 どうやら残った仕事は彼がフォローしてくれるようだ。

 申し訳なさと有能な従者を労う気持ちから、わたしは席を立ち、父の側に控えるルイスへと刺繍のハンカチをプレゼントした。

「お嬢様、こちらは……?」
「いつもお父様を支えてくださるルイスに、心ばかりのプレゼントです」
「……! ありがとうございます、大切に致しますね」

 夏にカイ様から贈られた大量の便利布(仮)をハンカチにして、わたしはたくさんの刺繍をした。お陰で少しは上達した気がする。

 わたしの刺繍のハンカチは、父親と聖女から始まり、皇太子殿下や皇子殿下、北部の貴族とそうそうたる面子から謎にリクエストされる逸品だ。

 これからも予期せぬ需要があるかもしれないし、この布自体、防水やら耐熱やら使用者の望む属性を付与できる大変便利な代物なので、常備できるに越したことはなかった。ハンカチは布の常備にはうってつけである。

 刺繍が仕上がると、わたしはいつもお世話になっている侍女のアメリアや、わたしの専属メイドの五人、護衛騎士のリヒト、家庭教師のペリドット先生や、いつも美味しいご飯を作ってくれる料理長を始めとした厨房の使用人達、そして今回はルイスにそれを贈った。

 日頃のお礼としてハンカチを贈る度に、今世ではつくづく良い人達に囲まれているのだと実感することが出来た。

「ミア、お父さんの分は……?」
「お父様には最初にあげた……けど、前のは普通の布だし、毎日持ち歩いてもうぼろぼろだもんね」
「ぼろぼろなんかじゃないぞ! 毎日きちんと手洗いして大切に……」
「公爵が自分でハンカチ手洗いしてるの!?」

 本当に大切にしてくれてるらしい。彼の誕生日に贈って以降毎日持ち歩いているハンカチをポケットから出し、見せてくれる。
 所々解れてはいるものの、目立つ汚れもなく大切に扱われているのは見てとれた。

「……わかった、エメラルド侯爵領から帰ってきたら、新しいのあげるね。あの布を使うから、今のよりは扱いやすいと思う」
「よし! さっさと行ってさっさと帰ってこよう!」
「旦那様。帰って来られましたら、仕事も沢山ありますのでお忘れなきよう」
「………」
「聞こえないふりをしない!」

 出発までに出来る仕事はしてくれとばかりに、晩餐を終え執務室に引き摺られていくお父様を見送る。
 やはりルイスへのお礼はハンカチ程度では足りないかもしれない。西部のお土産を彼にも買っていこう。

 西部に位置する『エメラルド侯爵領』は、北部とはまた違った自然豊かな土地だ。
 メイド達が旅支度をしてくれるのを眺めながら、初めて訪れる土地を想像して期待と不安に胸を一杯にする。

 今回の『異変』と言うのは、一体何なのか。
 そもそも前回解決した、北部の海で魚達が一斉に巨大化する天変地異のような異変は、早々発生するようなものなのか。
 もしこれが聖女を主人公とした物語なら、誰か悪役が居て事件を起こしているのではないか。

 そんな想像をしながら、わたしは知らぬ間にその物語の主要人物として組み込まれている危機感に頭を抱える。

 ……どうか、悪役令嬢役ではありませんように。

 前回北部へ赴いた際には、メイドの中から北部出身のラナを里帰りがてら同行させたので、わたしは今回、荷造り中の彼女達の中から希望者を募ることにした。

「あっ、ええと、わたしは北部へお供させて頂きましたので、今回は他の方を……」
「わたしは東部の出身なので~」
「わたくしは南部の生まれですので、西部には訪れたことがありませんね……」
「あ、誰も居ないならあたし行きたいです! 弟達にもしばらく会ってないんで!」

 元気よく挙手したのは、メイドの中でも一番溌剌としたエミリーだ。
 耳の上でサイドテールに結ばれた肩まで伸びた茶髪が揺れる。
 ちょくちょくメイドにあるまじき主人に対する失言が見られるが、基本的な仕事は出来るし、その持ち前の明るい性格と笑顔から憎めない彼女。

「じゃあ、明日のお供はエミリーで」
「やった! じゃああたし、早速支度してきますんで後は皆さんお願いしまーす!」
「……。ええ……?」

 主人であるわたしの荷造りを放って、自分の荷造りに向かってしまった彼女に相変わらずだと苦笑する。

 シャーロットは「お任せください~」なんてのんびり笑ってるし、ラナはわたしとエミリーの去った先を交互に見ておろおろしている。他のメイドも戸惑いつつも、文句も言わずわたしの荷造りを再開してくれた。

 侍女のアメリアが居たら、今頃雷が落ちていただろう。
 今珍しくこの場に居ない彼女は、季節の変わり目に体調を崩してお休み中だ。
 幸い軽い風邪のようなので、休めば直に治ると言われたものの、わたしに移す訳にはいかないと彼女の私室には出入りを禁じられている。

 北部が海なら西部は森。
 自然豊かで植物の種類が多いため、薬草の類いもあるかもしれない。面会はダメでも、それを持ち帰り差し入れるくらいなら大丈夫だろう。

 異変の解決を目指すステラ、薬草を探したいわたし、わたしについて来たいお父様、里帰りのエミリー、それぞれの目的を持っての旅立ちだ。
 わたしは明日の西部行きに備えて、今夜は早めに眠りについた。


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