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【第五章】エメラルドの森の異変。

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 あの夏の日にサファイア侯爵領で海の異変を解決してから早二ヶ月。
 季節は巡り、随分と過ごしやすい気候となってきた。モルガナイト公爵家自慢の庭園も、今ではすっかり秋の装いだ。

 庭の木々もそろそろ全部が赤や黄色に色付くだろうかと楽しみにしていたのも束の間、再び事件は『聖女』ステラと共にやってきた。

「ミア……! 私、西部に帰らないといけなくなったの……ミアも一緒に行きましょう!?」
「……へっ?」

 遊びに来て開口一番そう言って泣き付いてくる彼女は、その美貌を完全に理解しているのだろう、深い海のような瞳を潤ませて見詰めてくる。その辺の男ならいちころだ。

 それにしても、相変わらず突拍子がない。わたしは彼女を宥めつつ、困ったように眉を下げる。

「えっと、帰るって……?」
「西部のヘリオドール領に……明日」
「明日!? 随分急だね……まあ、今までずっとタウンハウスに滞在してたもんね……」

 彼女のヘリオドール伯爵家は、西部のエメラルド侯爵領内に領地を持つ。
 社交シーズンに他の貴族と交流する親に合わせて首都に出てくる貴族の娘は多く居るけれど、去年の冬、彼女のデビュタントの社交パーティーに合わせて伯爵家一同でこちらに来て以降、彼女はほぼ一年別邸に滞在していたようなものである。

 そうなってしまったのも、舞踏会以外でも『聖女』である彼女に会いたがる貴族男性が数多く居り、更に言うならこの国の皇太子殿下や皇子殿下さえも彼女に会いに通っていたからだ。

 伯爵家としては、わざわざ彼らに西部まで足を運ばせる訳にもいかなかったのだろう。
 結果、ステラは長期間別邸であるタウンハウスに滞在し続けた。

 因みにステラの父親であるヘリオドール伯爵は、一人時折西部に戻り仕事をこなしては首都へ出てくる生活をしていたらしい。それなりの移動距離があるため、プチ単身赴任も大変だ。

「元々デビュタントの舞踏会を終えたら、一度本邸に戻る予定だったのよ……。でも、レオ様やリオ様も良く会いに来られるし……こうしてミアにも会えたし、帰るタイミングがなくて」
「そっかぁ。それで、帰ったら次の社交シーズンまでエメラルド侯爵領に……?」

 西部に戻ってしまうなら、今までのように気楽に会えなくなってしまう。
 次の社交シーズンは春からだ。今から半年近くある。せっかく転生し今世でも再会できた親子なのだ、離れてしまうのはどうしても寂しく感じる。

「ああ、いえ、エメラルド侯爵領での異変を解決したらまた戻ってくるわ!」
「……ええ……?」

 しんみりした気持ちを返して欲しい。
 夏のサファイア侯爵領での事件解決を経て噂が広まったのか、ステラは以前にも増して聖女旋風を巻き起こしていた。
 何か困りごとがあれば聖女が解決してくれる等と、神頼みならぬ聖女頼みを良く聞くようになったのだ。
 実際、簡単な案件なら彼女の光魔法で解決してきたらしい。さすがは聖女。

 本来二十歳になって国を守る大魔法を使うとされる、百年に一度生まれる『聖女』だが、彼女は二十歳前から大活躍だ。

「今回はね、皇帝陛下直々の命なのよ……だから行かない訳にはいかなくて」
「皇帝陛下の!?」
「ええ……昨日いきなり皇宮に呼び出されてね、仰々しく『我が憂鬱を晴らして見せよ』なーんて。もうびっくりしたわ……」
「うわあ……」

 以前皇子殿下達の誕生記念式典で遠目に見た、皇帝陛下の圧倒的王者感を思い出す。国のトップに呼び出されてびっくりしたで済ませられるステラのメンタルも相当である。

「それで、ミアも一緒に来て欲しいの」
「皇帝陛下の命令にわたしまで!?」
「あ、ううん。完全に私情よ」
「まさかの私情……わたしが居ても意味ないと思うんだけど……」
「そんなことないわ! 海の異変も、ミアのおにぎりを切っ掛けに解決できたもの。それに……」
「それに?」
「ミアが居るだけで、わたしのモチベーションは一万倍くらい上がるわ!」

 結構な数字だった。
 彼女がわたしを溺愛しているのも重々承知していたので、モチベーションが上がると言うのもあながち間違いではないだろう。

 キラキラと期待に満ちた目で此方を見てくるステラに、わたしは肩を竦める。こうなった彼女は、誰にも止められない。

「わかった……お父様に相談してみる」
「ええ、ありがとう! ……そうだわ、モルガナイト公爵様も御一緒に如何かしら。きっと、ミアだけを連れて行くのは心配でしょうから」
「んん、どうだろう、お父様にも仕事があるし……一応確認してみるね」


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