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【第四章】サファイアの海の異変。

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 翌朝、疲れからか初めてのベッドでもぐっすりと眠れたわたしは朝から湯浴みをし、アメリアとラナによって綺麗に身支度をされる。
 北部と言えど夏は外に出ると暑いので、膝丈のドレスも薄手の動きやすいものだ。

 朝は父とステラと三人で囲む食卓。
 まるでそれが家族のようで、何だか嬉しい。現地の新鮮な食材を使用した食事は、とても美味しかった。

 使用人達も別室で交替で食事をしていたようだったが、時折魚を絶賛する声がこちらにも聞こえた。

「それで、今日僕はヘリオドール伯爵令嬢の護衛も兼ねてアクアマリン領に行く訳なんだが……ミアはどうする?」
「どうする、って?」
「昨日、サファイア侯爵の息子に案内を申し出られていただろう?」 
「あー……うん」

 さすがに他所の貴族からの誘いを無下にする訳にもいかないのだろう。お父様は男の子と出掛けるのが不満なようで、大層複雑そうな表情だった。
 わたしは少し考えてから、諦めたように頷く。

「今から案内を頼む手紙を出しても、向こうが用意出来るのは昼過ぎとかになると思うし……それまではお父様達と一緒に行く」
「そうか! わかったよ、なら急いで支度しよう!」
「ふふ、私達も用事が済んだらミアを迎えに行くわ。そうしたら、三人で観光しましょうね」
「うん!」

 食事を終えて、わたしはサファイア侯爵家に簡単な手紙を書いた。それをラナに預け届けて貰う。

 貴族をこんな急に呼び出すのもどうかと思うのだが、提案したのは向こうなのでここは悪役令嬢らしく遠慮はなしだ。
 それにあの様子だと、申し出も社交辞令という訳ではなさそうだったし、良しとしよう。

「……いってきます、お母様」

 別邸にも飾られた美しい母の肖像画へと手を振り、わたしの長い一日の幕が開けた。


*******


 先ずはこの旅のメインクエストであるステラの用事。アクアマリン領にて領主と会い、今回聖女が必要な案件とやらを聞くことになった。
 流れでその場に同席したものの、子供は何となく居心地が悪い。

 アクアマリン子爵も何故子供がという目線を向けてくるが、しばらく話をしているとステラとお父様のモチベーションがわたしなのだと理解した様子だった。……外ではもう少し親馬鹿を控えて欲しい。

「……海で異変、ですか?」
「ええ、海沿いのこの土地は漁業が盛んなのですが……どうにも海で不思議なことがあるようで」
「不思議……と、申しますと?」
「……この土地の魚はもうお召し上がりになりましたか?」

 世間話のような切り口にも関わらず、領主はとても神妙な面持ちでわたし達へと視線を向ける。

「ああ、はい、昨夜と今朝いただきました。大きなお魚で、脂乗りも良くてとても美味しかったですわ」
「それなんですよ」
「……それ?」
「確かに港町の魚は新鮮で美味しい。けれど、以前はここまでじゃなかったんです」
「?」

 魚が大きく美味しくなった。それは良いことなのではないだろうか。
 皆が首を傾げていると、領主は痛切な様子でこちらへと身を乗り出した。

「魚が総じて大きくなった。つまり、海の中は魚の密度が凄まじい事になっているんです」
「はあ……」
「そうなると、狭い中で魚同士での争いや、共食い……泳ぐだけで衝突事故なんかもありますね。個体数は変わらないはずなのに、大きくなるだけで海で生きられる数が減るんです。それでは何れ生態系が崩れてしまう!」
「それは……宜しくないですね」

 生態系。予想外の単語に思わず瞬きする。
 そんなに逼迫した状況だったとは思わなかった。

「それだけじゃありません! 一匹が大きくなると、それで満足されて人数分の魚が売れなくなる。今までの漁獲量を基準にしていたので、廃棄も増えるんです……」
「……それは、今からでも調整しては……?」
「魚が大きすぎるせいで、実際観光産業である海水浴や遊覧船にも影響が出るほどで……そちらは実際見て頂いた方が早いかと……」

 領主の勧めで実際に子爵邸の裏手に位置する浜辺へと降り立つと、目の前に広がるのは予想以上の光景だった。

 波打ち際にびちびちと跳ねる、凡そ平均的な物の三倍はありそうな、大魚の群れ。
 荒波かと思えば、良く見ると魚の尾びれ同士がぶつかる事で生まれる飛沫だった。

 遊覧船だと言う木製のボートのようなそれは、今や海というよりも、魚達に乗るための物と化している。

「……うわあ」

 正直、縮尺を間違えたのかとさえ思う地獄絵図である。
 せめて可愛らしいイメージで言えば、ハムスターの小屋の中に兎や子犬を何匹も詰めてしまったような圧迫感。

「助けてください、聖女様……」
「……ええと、あの……善処します……」

 聖女に期待しすぎではないだろうか。
 正直どうしていいか検討も付かないながら、わたし達はびちびちと新鮮そうな尾びれさばきを見せる大魚の群れを、しばらく呆然と見守るしか出来なかった。


*******

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