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【第三章】皇子達の誕生記念式典。
④
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わたしの発言のせいで何とも微妙な空気になり、何とかしようと必死に考えていると、その雰囲気を察してかそれまで様子見をしていた貴族達が次々と挨拶に訪れた。
「ヘリオドール伯爵令嬢、本日も大変お美しい!」
「ステラ嬢、ダンスのパートナーはもうお決まりですか!?」
「モルガナイト様、白のタキシードも良くお似合いですわっ!」
「本当に……公爵様は軍服もお似合いですけれど、礼服はまた違った趣がありますわね……!」
「ステラ様!」
「ジャックさまぁっ!」
堰を切ったようにわらわらと集まる人達に気圧され、わたしは思わず距離を取る。ただでさえ屋敷の外の人達には不慣れなのだ。
少し離れてみると、主にステラの周りには男性貴族が、父の周りには令嬢達が群がり、わたしはすっかり蚊帳の外だった。
はじめての社交場で、本来ならお父様と一緒に挨拶なりするべきなのかも知れないが、今は父に色目を使う女達へ愛想よくする気にはなれなかった。
わたしは一人その群れから脱出し、人の少ない場所を探して歩く。大人の貴族ばかりの場で、六歳のわたしの視界では空いてる場所を探すのもやっとだ。
広い会場で人混みを抜けて何とか壁際に向かうと、壁に凭れ退屈そうにしたわたしと同じくらいの背丈の女の子を見つける。
「え、あれ、子供……?」
「……わたくしのことですの?」
「あっ、ごめんなさい! えっと、大人しか居ないと思って……」
「ふふ……大人のパーティーは退屈でしょう?」
黒と見間違うような暗い灰色の長い髪に、煌めく星のような金色の瞳。金の装飾のついた黒いドレスを着た彼女は、そう言って酷く大人びた笑みを浮かべる。
同い年か、少し上くらいに見えるのに、随分と落ち着いた雰囲気だ。
「その、わたし、パーティーって初めてで……退屈というか、そもそも訳がわからなくて……。わたし、何でここに居るんだろうって」
見知らぬ少女と一緒になって壁の花になりつつ、煌びやかで別世界のようなパーティー会場を眺める。
あちこちで傾けられるキラキラと輝くグラスや琥珀色の液体、重たそうな装飾品やドレスを身に付け微笑む淑女、蓄えた髭を撫で付けながら口許だけで愛想笑いを浮かべる貴族。いつかはあの中に、混ざらなくてはいけないのか。
「あら、ここに居ると言うことは、皇族のどなたかに招待されたのでしょう?」
「うん……わたしは多分、ついでみたいなものなんだけど……」
年の近い女の子というだけでつい緊張の糸が緩み、そこまで話してからハッとする。わたしは慌ててドレスの裾を緩く摘まみ、少女に向けて会釈をした。
「……! 申し遅れました、わたし、ミア・モルガナイトと申します」
「あら、ご丁寧にありがとう。モルガナイト……公爵家のご令嬢なのね」
「父を、ご存知なんですか?」
「ええ、お父様のことはたまにお見かけしますわ。……ふふ、先程のように、砕けた口調で構いませんのよ?」
「う……すみません、わたし、家の者としかあまり話す機会がないもので……まだ慣れなくて」
いずれ社交界に出るのなら、令嬢らしい言葉使いをマスターしなくては。明日にでも家庭教師のペリドット先生に頼もうと心に誓う。
「あらあら。わたくしは気にしませんから、楽になさって? 勿論、練習がしたいというのでしたら、お付き合いしますけれど」
「ええ……凄い優しい……。ありがとうございます、ええと……」
「ふふっ、優しいだなんて初めて言われましたわ。……ああ、わたくしのことは、どうかフレイアとお呼びくださいな」
「こんなに優しいのに……? フレイア様……ありがとうございます、よろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそ。よろしくお願いしますね、ミア様。……あなたとは、また会う気がしますわ」
そのまま黒いレースの手袋に覆われた少女の手と握手を交わそうとして、不意に、一際大きくトランペットのような音が響く。それを追うようにして、びりびりとした地響きのように、たくさんの楽器による演奏が始まった。
アレキサンドライト帝国の皇太子殿下、ならびに皇子殿下の誕生記念式典開幕の合図だ。
短い演奏が終わると、あれほど賑やかだった貴族達もしんと静まり返る。
わたしが初めてのオーケストラに呆然と視線を向けている間に、フレイア様はいつの間にか居なくなっていた。差し出したまま宙ぶらりんとなった白いレースの手袋に包まれた手を下ろし、一息吐く。
この会場で、あの小さな体を探すのは流石に難しい。わたしは諦めて、未だに人混みの中心であるお父様の元へと戻ることにした。
*******
「ヘリオドール伯爵令嬢、本日も大変お美しい!」
「ステラ嬢、ダンスのパートナーはもうお決まりですか!?」
「モルガナイト様、白のタキシードも良くお似合いですわっ!」
「本当に……公爵様は軍服もお似合いですけれど、礼服はまた違った趣がありますわね……!」
「ステラ様!」
「ジャックさまぁっ!」
堰を切ったようにわらわらと集まる人達に気圧され、わたしは思わず距離を取る。ただでさえ屋敷の外の人達には不慣れなのだ。
少し離れてみると、主にステラの周りには男性貴族が、父の周りには令嬢達が群がり、わたしはすっかり蚊帳の外だった。
はじめての社交場で、本来ならお父様と一緒に挨拶なりするべきなのかも知れないが、今は父に色目を使う女達へ愛想よくする気にはなれなかった。
わたしは一人その群れから脱出し、人の少ない場所を探して歩く。大人の貴族ばかりの場で、六歳のわたしの視界では空いてる場所を探すのもやっとだ。
広い会場で人混みを抜けて何とか壁際に向かうと、壁に凭れ退屈そうにしたわたしと同じくらいの背丈の女の子を見つける。
「え、あれ、子供……?」
「……わたくしのことですの?」
「あっ、ごめんなさい! えっと、大人しか居ないと思って……」
「ふふ……大人のパーティーは退屈でしょう?」
黒と見間違うような暗い灰色の長い髪に、煌めく星のような金色の瞳。金の装飾のついた黒いドレスを着た彼女は、そう言って酷く大人びた笑みを浮かべる。
同い年か、少し上くらいに見えるのに、随分と落ち着いた雰囲気だ。
「その、わたし、パーティーって初めてで……退屈というか、そもそも訳がわからなくて……。わたし、何でここに居るんだろうって」
見知らぬ少女と一緒になって壁の花になりつつ、煌びやかで別世界のようなパーティー会場を眺める。
あちこちで傾けられるキラキラと輝くグラスや琥珀色の液体、重たそうな装飾品やドレスを身に付け微笑む淑女、蓄えた髭を撫で付けながら口許だけで愛想笑いを浮かべる貴族。いつかはあの中に、混ざらなくてはいけないのか。
「あら、ここに居ると言うことは、皇族のどなたかに招待されたのでしょう?」
「うん……わたしは多分、ついでみたいなものなんだけど……」
年の近い女の子というだけでつい緊張の糸が緩み、そこまで話してからハッとする。わたしは慌ててドレスの裾を緩く摘まみ、少女に向けて会釈をした。
「……! 申し遅れました、わたし、ミア・モルガナイトと申します」
「あら、ご丁寧にありがとう。モルガナイト……公爵家のご令嬢なのね」
「父を、ご存知なんですか?」
「ええ、お父様のことはたまにお見かけしますわ。……ふふ、先程のように、砕けた口調で構いませんのよ?」
「う……すみません、わたし、家の者としかあまり話す機会がないもので……まだ慣れなくて」
いずれ社交界に出るのなら、令嬢らしい言葉使いをマスターしなくては。明日にでも家庭教師のペリドット先生に頼もうと心に誓う。
「あらあら。わたくしは気にしませんから、楽になさって? 勿論、練習がしたいというのでしたら、お付き合いしますけれど」
「ええ……凄い優しい……。ありがとうございます、ええと……」
「ふふっ、優しいだなんて初めて言われましたわ。……ああ、わたくしのことは、どうかフレイアとお呼びくださいな」
「こんなに優しいのに……? フレイア様……ありがとうございます、よろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそ。よろしくお願いしますね、ミア様。……あなたとは、また会う気がしますわ」
そのまま黒いレースの手袋に覆われた少女の手と握手を交わそうとして、不意に、一際大きくトランペットのような音が響く。それを追うようにして、びりびりとした地響きのように、たくさんの楽器による演奏が始まった。
アレキサンドライト帝国の皇太子殿下、ならびに皇子殿下の誕生記念式典開幕の合図だ。
短い演奏が終わると、あれほど賑やかだった貴族達もしんと静まり返る。
わたしが初めてのオーケストラに呆然と視線を向けている間に、フレイア様はいつの間にか居なくなっていた。差し出したまま宙ぶらりんとなった白いレースの手袋に包まれた手を下ろし、一息吐く。
この会場で、あの小さな体を探すのは流石に難しい。わたしは諦めて、未だに人混みの中心であるお父様の元へと戻ることにした。
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